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妖刀 益荒男  作者: 地辻夜行
一幕 骨皮躯血
5/13

(五)

「さて折角、近くまでお越しいただいたのだ。それなりのおもてなしをせんとな」

 雄々しいままの益荒男を肩にかけ凄んで見せる。そこだけを見れば迫力があるのだが、同時に股間も盛り上がっているので、どこまで本気でやっているのか怪しい。

 彼と向き合う絡新婦も、いまいち実力を計りかねているのか、怪訝そうな表情を見せる。

「いくぞ」

 ひと声かけ、再び居合の体制にはいる。益荒男が鞘に納められると同時に治まる股間。充実する躯血の気迫。

 今度は絡新婦もはっきりと恐怖を感じとる。

 妖力が吸い取られ空腹感は増しているが、食事をするにも目の前の男は、獲物にするにはあまりにも狂暴。屋根にいるらしき人間は論外。

 残るは先程会話にあがった野盗ども。アイツらを食って立ち去るなら見逃すと躯血は言っていた。ただ、さっきといまでは状況が違う。いまのやる気満々の躯血が、絡新婦の食事を見逃してくれるとは思われない。

 答えが出せぬ絡新婦の前で、躯血の手が動いた。

「ひっ!」

 妖の口から小さな悲鳴があがる。だが抜き放たれた益荒男は、食らい尽くすように絡新婦の糸を払っただけで、刃は妖にまでは届かない。

「なんじゃ戦意喪失か?」

 益荒男をすぐには納刀せず、躯血は呆れた声をかける。

 絡新婦は屈辱で身体が燃えるような思いであったが、このまま飛びかかっても勝てる気がしない。

 なんとか勝機を見いだそうと、妖はこれまでの躯血の言動を思い返す。

 絡新婦の口角がいやらしく吊りあがった。次の瞬間、腹いぼのから糸がほとばしり、鞘の鯉口を塞ぐようにまとわりつく。躯血の股間は盛りあがっている。野党の首領との戦いで、目の前の獲物は股間の隆起が邪魔で、まともに戦えずいた。この男の恐ろしいのは抜刀術。鞘さえ奪ってしまえば、恐れるに足りない。

 絡新婦は鞘を奪い取ろうと脚を巧みに動かし糸を絡めとる。

「人の顔を持っておるから賢いのかと思えば、猫又のほうがまだ頭を使っていたぞ」

 呆れた声をあげ躯血は片手で鞘を押さえ絡新婦めがけて駆けだす。

「動きづらいだけで、弱った妖一匹叩き斬るなどわけないわ!」

 絡新婦の顔が一気に引きつり、糸から脚を放し、飛びのこうとするが躯血が振り下ろした益荒男のほうが早かった。

「ぐぎゃあ!」

 絡新婦の前脚の一本が切れ飛ぶ。だがそれを気にしている余裕はない。天井の梁に糸を飛ばし躯血から逃れようとする。

 躯血は糸にかまわず益荒男を納刀すると、鞘ごと益荒男を絡新婦が昇ろうとしていた糸めがけて投げた。糸に込められた妖力は益荒男に吸われ、絡新婦の重みに耐え切れずあえなく切れた。

 背中から床に落ちもがく絡新婦に、益荒男を拾い上げた躯血が歩み寄る。

「待て! もう生きている人間は食わん! だから見逃してくれ!」

 妖の命乞いに、躯血は困ったように頭を掻く。

「安心せい。わしは僧侶でもなんでもない。そんな約束をせんでも逃がすときは逃がすし、逃がさんときは逃がさん」

 ちっとも安心できない言葉に、体勢を立て直した絡新婦は残った鋭い前脚を突きだす。

 難なくかわした躯血が妖の眼前に立つ。

「最初に提案したときに逃げておくべきだったのう」

 言い終わると同時に益荒男が抜かれ、絡新婦の身体が真っ二つに裂かれた。

 その巨体も吐き出した糸も幻のごとく消えていく。

 廃寺にようやく相応しい沈黙が訪れた。

 益荒男を納刀し躯血は大きく息を吐く。

「ようやく休めそうじゃな。もう話を聞く気にもならん。すべては夜が明けてからじゃ」

 高らかに独り言を宣言すると、灯りを消しごろりと横になる。

 しばらくして、ごうごうといびきが鳴り響き、せっかく戻って来た廃寺の静寂をぶち壊した。

 時がたち廃寺の隙間から朝陽と小鳥の鳴き声を侵入してくると、躯血がもぞもぞと動きだす。

 彼は起きるにはまだ早いかと考えたが、右手に違和感を覚え恐る恐る目を開く。

「……ふざけているのか貴様は?」

 彼の右手には益荒男の柄がしっかりと握られていた。しかし刀身は昨日の雄々しさを失い、帯となり気怠そうに床に伸びている。

「鞘はどうした、鞘は?」

 上体を起こし周囲を確認すると、粉々に砕け散った鞘の残骸が散らばっていた。

「貴様、さては興奮して膨張し続けおったな! この馬鹿めが! 手に入れたおなごは大切にせんか!」 

 躯血の怒鳴り声にも、益荒男はぴくりとも応えない。

 代わりに天井から声が降ってくる。

「お目覚めになりましたか」

 昨夜は絡新婦が陣取った梁のうえに、躯血が街道で知り合った夢助がいた。

 彼は梁から飛び降りると、音もなく床に着地する。荷物をおろし中から、握り飯ひとつと水の入った竹筒を躯血に差し出す。

「お主、こやつがわしの手に潜り込んでくるのを見ていたのではないのか? なぜ止めなかったのだ?」

「呪いに巻き込まれては面倒ですので」

 しれっと言ってのける彼に、躯血は面白くなさそうに鼻を鳴らすと、握り飯と竹筒を奪い取る。

「食べてるからな。勝手にしゃべれ」

 握り飯にかじりつく躯血を前に、夢助は顔色ひとつ変えずに口を開く。

「骨皮様は京に行かれるとのこと。そこで骨皮様にお願いしたい仕事がございまして。京に滞在中のあいだだけで構いませんので、さるお方の護衛をしていただきたい。京に滞在中の衣食住はこちらで手配いたしますし、報酬も仕事に見合ったものを用意させていただきます」

 頬張った握り飯を水で押し流し、躯血はじろりと夢助をにらみつける。

「お主は堺のものではないのか?」

「拠点のひとつがあるというだけでございます」

「ふん、やはり草か。どこの手の者か、護衛する者が誰かは、引き受けん限りは答えそうもないのう」

「ご明察です」

 躯血は空いている手で顎をさすりながら思案していたが、やがて膝をぱんとうつと大きくうなずいた。

「よかろう、飯と雨風をしのげる場所が得られるのは正直助かる。京に入ればどうせ荒事も起きるであろうからな。ついでに誰かを守るくらいはしてしんぜよう」

 彼はそう言って豪快に笑い立ちあがる。

「ただし、ひとつ条件がある」

「なんでございましょう?」

 躯血はぐいっと益荒男を掴む手を夢助に突きだす。

「とても丈夫で美しい拵えの鞘を作れる職人を探してもらいたい。並みの鞘だとこの通りだからのう」

 躯血はつまらなさそうに、鞘の残骸に目をやる。

 そんな彼に夢助はうやうやしく頭をさげた。

「承知いたしました」

「よし!」

 躯血は益荒男の帯を肩にかけ、廃寺の扉をひらく。

「京にはお前を狙っとる奴もいよう。楽しくなりそうじゃな」

 躯血の笑みとしなびた益荒男が、柔らかな朝陽をうけ獰猛に輝いた。

第二幕6話から10話は1月頃に掲載予定です。

励みになりますので、ここまでの感想などをいただけますと嬉しいです。


次回予告

夢助とともに京へとはいった躯血。

妖を引き寄せる少女『朱火』の護衛を引き受けることに。

「海を見てみたい」というささやかな少女の願いを叶えるために、堺へと向かうが道中を妖怪たちに襲われて……。

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