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妖刀 益荒男  作者: 地辻夜行
一幕 骨皮躯血
4/13

(四)

「やはり最初から気づいておったか。お主自身の力か? それともその妖刀の力か?」

 忌々しそうに呟く化物に、躯血は臆することなく笑ってみせる。

「両方だな。元々勘は鋭いと自負しておったが、縁あってこやつと知りおうてから、より気づきやすくなってのう。それで先のわしの提案を受けてはくれんか?」

 彼は顎をさすりながら問いかける。

「馬鹿言うんじゃないよ。あたしは絡新婦(じょろうぐも)。そんなみっともない真似ができるかい。五人の男をまとめて狩れる機会を潰してくれた礼は、たっぷり払わせてやるよ!」

 梁に脚をかけ逆さまの状態で躯血を見おろしていた彼女は、言葉を切ると同時に口から白い糸を吐き出す。糸は網目状に広がり、躯血を捕えんとする。

「こりゃいかん!」

 彼はすぐさま横に跳んだが、あいにく網の端に捕えられた。

「蜘蛛は尻から糸を吐くもんじゃろうが!」

 もう浮くを言いながら振り払おうとするが、もがけばもがくほど糸が絡んでくると気づき、すぐにじたばたするのをやめた。

「馬鹿だねえ、尻から糸を出す蜘蛛なんていないよ。腹の先にある糸いぼからだすのさ。ただ、なかにはあたしのように口から粘液を網状に吐き出すやつもいる」

 梁からぶらさがったまま絡新婦は嘲笑う。

「賢くなれてよかったじゃないか。あたしの正体に気づいていながら追いかけてくるほどの馬鹿だったのにさ」

「これは痛いところを疲れたのう」

 躯血は寝ころびながら豪快に笑った。

「そんなことより、お主。せっかく、わしを捕えたのに、なぜ下りてこんのだ?」

 彼の言葉に絡新婦の顔から嘲笑が消える。彼女の目が天井側に向けられた。

 そこにはなにもなかったが、絡新婦はそれでも天井を凝視する。躯血が再び笑いだす。

「安心せい、そやつはわしを見定めているだけよ。手出しはしてこん。お主がわしを食い殺せば、黙って立ち去るだけであろう」

 絡新婦は首を傾げる。彼の言葉の真意を計り損ねたのだ。人は妖より弱い。それ故に徒党を組む。だから天井の裏、つまりは屋根の上に感じる気配は、床に転がる男の仲間だと思っていた。

 それを本人が否定する。いやそれも気になったが、それ以上に彼女の糸に囚われていながら、少しも焦った様子がないのが、気にかかる。

 彼女は念のため、もう一度、糸を吐き出し、今度は網の中央で躯血を捕えた。

「己に自信を持っておる割には慎重派だのう」

 変わらぬ彼の態度に、絡新婦は軽い苛立ちを覚える。おそらく手にしている妖刀に自信があるのだろうが、彼女の糸に捕らわれているいま、先程のような居合術を見せるのはおろか引き抜くことさえままならぬはずなのに……。

 彼女は梁にかけていた脚を外し、宙で反転し躯血の目前に着地する。

 背中を天井に向けることには不安があるが、いまのところ、躯血がいうように屋根の上にいる者がなにかを仕掛けてくる様子はない。

「あの鬼は京の手の者じゃな? その妖刀はいったいなんじゃ? とんでもない妖気を持っておることはわかる、こんな物をなぜお前のような浪人者が持っておる?」

 絡新婦の問いに、躯血の口角が持ちあがる。

「ずいぶん知りたがりの(あやかし)じゃのう。残念じゃがそいつが何者なのかは知らん。わしがそいつと出会ったのは偶然じゃからな。京からお誘いがあったのは確かじゃ。あとは余計な呪いもいらんから、丁度良い鞘も京なら見つかると思うてのう」

 妖から質問を受けたのが嬉しいのか、彼はぺらぺらと語る。

「それにしても、妖の世界でも京におる者は偉いのか? いったい妖の上下はどうやって決まるのじゃ? さっき言っておった妖力とやらか? それが強いものが偉いのか?」

 質問を返してきた躯血に、絡新婦は露骨に顔をしかめる。

「お前の知ったことではないわ。お前は大人しくあたしに食われればよい」

「それは勘弁願いたいな。どれ、最後にあがいてみるか」

「させん!」

 言うが早いが、彼女は長い脚で体を持ち上げ今度は腹の糸いぼから益荒男めがけて糸を飛ばす。

 躯血が不自由ながらも糸を避けようと身をよじるが、糸は益荒男の柄にしっかりと巻きついた。

「ほう、糸の種類が違うな。面白い」

「ふん、いかに貴様が優れた武者であろうと、その妖刀が強き力を持っていようと、振るわれなければ恐れるに足らぬ」

 そう言って絡新婦は脚を器用に動かし益荒男を巻き取ろうとする。

 益荒男はしっかりと腰に差されていた鞘を抜けだし絡新婦のもとへと引き寄せられた。

 彼女の眼前にかざされた益荒男は、躯血が振るっていたときよりも、立派にそそり立ち、廃寺の油の灯りを怪しく反射する。

「見れば見るほど雄々しい刀よな。このそり具合、とりこまれてしまいそうじゃ」

 うっとりとした目つきで呟くと、横から躯血が口をはさむ。

「お目が高いな、どうやらそやつは妖の生気……妖力と言うのか? それを吸い取る癖があるらしくてのう」

「なん……じゃと?」

 呑気な声での剣呑な言葉に、絡新婦はなんども瞬きをする。どうにも頭の働きが鈍いらしくいまいち躯血の言葉の意味を理解しきれていないようだ。

 しかし糸を巻き取った自身の脚が細くなっていく様を目にし、ようやく事態の深刻さを理解する。

「ひぃぃぃぃぃ!」

 悲鳴をあげ益荒男を脚で弾く。益荒男が網ごと床を貫いた。

 途端に網がぱらぱらと崩れいく。

「やれやれ、酷い目にあったのう」

 自身に向けたのか、益荒男に向けたのか、あるいは先程よりふた回りは小さくなった絡新婦に言ったのか。

 躯血はゆらりと、手負いの獣のように立ちあがった。

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