(十三)
陰陽師が結界を施している朱火屋敷の庭で躯血は腰を落とし、抜刀術の構えをとっていた。
彼の前には石灯篭がある。
不意に帯のままの益荒男を振るう。益荒男は鞭のようにしなり灯篭をぺちぺちと二度たたく。
当然ながらそれで灯篭がどうなることもない。だが躯血は、がっくりと肩を落とす。
「やはりだめか」
彼は諦めきれないといった様子で、灯篭を銀色の帯で何度も打ち据える。
「なにをしておるのだ」
この場の陰陽師を束ねる土御門有脩が声をかけた。
「有脩殿か。常盤から聞いておろうが、牛鬼と一戦交えてな」
躯血は顔をしかめつつため息をこぼす。
その様子に、有修は怪訝そうに目を細めた。
「貴殿が撃退し、朱火様はお怪我ひとつされておらぬと聞いておる」
躯血は浮かない顔のままうなずく。
「わしも帰って来るまでは、そう思っておったのだが、こやつの力であったようでのう」
どうやら躯血が帯を刃のごとく扱い、牛鬼を斬ったと思っていたのが、実際は益荒男が妖の妖力を喰らっただけだとわかり、拗ねていたものらしい。
有脩はあごをあげ、躯血を見おろす。
「心底どうでもよいな。朱火様が無事であればそれでよい」
「手厳しいのう」
彼が再び肩を落としたところで、別の声が割って入る。
「骨皮様、土御門様とご一緒でしたか」
背中に木箱を背負った夢助であった。あいも変わらず、感情が掴みづらいすまし顔を浮かべている。
「おふたりが親交を深められるとは意外でした」
有脩が目くじらをあげて否定するよりも早く、躯血が訝しげに声をあげる。
「夢助。お主、自分の仕事に戻ったのではなかったのか」
「お約束をしたことをお忘れになりましたか」
夢助の言葉を聞き、躯血は目を輝かせて彼に詰め寄る。
「鞘を持ってきてくれたか」
夢助はすまし顔を横に振った。
「肥大化する刃を納められる鞘など、そう簡単に手に入れられるわけがありませぬ」
「それでは何をしに来たのだ」
腕組みをした躯血が不満げに言おうとも、夢助はいっさい気にした様子を見せず言葉を続ける。
「ふさわしき鞘を作れるかもしれない職人を見つけたので、そのご報告に参上した次第です」
「ふむ」
躯血は納得したといった様子で顎をさすった。
「たしかに益荒男を見せてから作らせたほうが無難か。それでは早速その者のもとへ案内してもらおう」
「無理です」
間髪入れずに答える夢助に、躯血はあんぐりと口をひらく
「お主、何をしに来たのだ」
彼の気持ちも、もっともなことであったが、どんな言葉も夢助の表情を崩すことはかなわない。
「隠遁しておりましてな。どの山かは突き止めておりますが、山のどこにいるかまでは掴めておりません」
これを聞いて驚きの声をあげたのは有修。
「ほう、公家の尻穴の皺の数さえ調べあげる一夜が掴めぬ情報があったのか」
「ええ、土御門様の心の臓が十数えるあいだに、いくつ跳ねるかも存じあげておりますが、山の奥に入るのはかないませんでした。霧が濃くなる場所で、地元の猟師さえ踏み込めぬ先に住んでいるようでしてな」
躯血の目がぎらりと輝く。
「なるほど一筋縄でいかぬから、自分で行けということか」
「麓の村まではご案内いたします。泊まる場所は確保しておりますので、翌朝、山に入られるとよろしいでしょう」
合点がいったとうなずく彼だったが、不安そうに尻を押さえる有脩の顔色をうかがう。
視線に気がついた有修がわざとらしく咳払いをしてみせた。
「好きにしろ。そもそも我らは何年もこの結界で朱火様をお守りしてきたのだ。朱火様がここにいらっしゃるかぎり、貴殿の力など必要ない」
苦笑した躯血がぼりぼりと頭を掻く。
「子供らはいいとして、直接の雇主にはひと声かけておかねばならんな」
「必要ないと思いますが、常盤さんであれば茶屋にいるでしょう」
「それならば、すぐに向かうぞ。有脩殿、朱火たちには貴殿から伝えておいてくれ」
有脩が驚き眉をもちあげる。
「伝えるのはかまわんが、まさかその格好で行くつもりか。草のものでさえ行けぬ山深いところなのであろう。この季節にそんな格好で行っては死ぬぞ」
「草履は履いておる」
片足をあげてみせるが、有脩は顔をしかめるのみだ。
「道中で用意するつもりですのでご心配なく」
「まあ一夜が連れて来たのであれば、心配する必要はなかったか。もういい、さっさと行くぞ。まったくその奇妙な刀のせいで、面倒なことこのうえないわ」
ひとつ鼻をならした彼は、結界を一時的に解除するために急ぎ足で鳥居へと向かう。
躯血と夢助が揃って首をすくめた。
街へと戻ったふたりが、常盤の運営する茶屋に到着すると、ひと騒動起きていた。
「このクソガキが俺に文句でもあんのか!」
仁王たちしたがらの悪い男が、縁台に腰をおろしている身なりの良い若い男に吠える。
「いっ、いえ、そういうわけではないのですが……娘さんが困っているのではと」
「じゃかあしいわ!」
気の弱そうな若者が男の怒声にさらに縮こまる。その横では常盤が盆で口から下を隠しつつオロオロしている振りを懸命にしていた。
「生意気な若造が! 腰のものが飾りでないのならば抜いて見せよ!」
言いつつ男が腰の刀を引き抜き振り上げる。
「ひいっ!」
悲鳴をあげた若者が、懐から筒のようなものを片手で取り出し男に向ける。もう一方の手には火打石が握られていた。すると突然爆発するような音が響く。
続けて男がドスンと尻餅をついた。傍らには柄元にひびの入った刀が転がっている。
「鉄砲か。あのような短いものもあるのだな」
躯血が興味深そうに顎をさすりながら呟く。
「もっ、申し訳ない! 怪我はありませぬか」慌てて立ち上がった若者が、火打石を袂にしまい男に手をさしのべる。短筒はまだ男にむけられたままだ。
「ひいぃぃぃぃ!」
今度は男が悲鳴をあげ地面に水たまりを作りだす。常盤の眉根が寄せられる。芝居抜きで嫌そうだ。
「その鉄砲をおろしてやれ。それでは逃げることもできんぞ」
躯血がおかしそうに声をかけると、若者はハッとした様子で、慌てて短筒をおろす。
男はすっかり毒気を抜かれたようで、這う這うの体で逃げていく。
「ご迷惑をおかけいたした。これで始末する者を雇ってくれ」
若者にさし銭を突きだされ、常盤が目を丸くする
「上総介様、いったい何人がかりで片付けさせるおつもりですか?」
夢助が若者に歩み寄り呆れたようにため息をつく。
「おお、夢助殿。そなたら一夜に会いたかったのだ」
上総介と呼ばれた若者は人懐っこい笑みを向けてくる。
顔見知りらしいふたりを放っておき、躯血は男が作った水たまりを見つつ肩を落とす常盤に声をかけた。
「常盤、すまぬが数日留守にするぞ。益荒男の鞘を作れる鞘師が住む山に行ってくるのでな」
常盤が返答するよりはやく頓狂な声があがる。
「それです! 鞘師の住む山! 拙者もそこに行きたい!」
食いつき気味に割り込んできた若者に、躯血と常盤は思わず顔を見合わせた。
ふたりの様子に、彼は恥ずかしそうに頭をかきながら頭をさげる。
「失礼いたした。拙者、織田上総介三郎信長と申す。鞘師の居場所、ぜひ教えていただきたい」
信長は目を輝かせながら、その手で短筒をもてあそんでいた。




