ポルンじゃねぇか
貴族令嬢アイラの屋敷から逃げ出すと、正体を隠して村や町に立ち寄りつつ旅を続け、大陸の端にある大森林にたどり着いた。魔物が多数生息しているせいで人類は国家を作ることはできず、小さな集落がいくつかあるだけの場所である。好んでくる人なんていないだろう。
そんな場所を魔物と戦いながら一人で歩き続け、今は大森林の奥深くまできている。地図はないが道に迷うことはない。
実は大森林の中心には、雲に突き刺さりそうなほど高い山があるのだ。中腹ぐらいまでは木々が生い茂っていて森と一体化しているようにも見え、頂上付近は雪に覆われている。
あれは輝光山と呼ばれていて、今回の目的地でもある。世界中に知れ渡るほどの知名度をもっているが、それに反して訪れる人はほとんどいない。魔物が生息する森の中にあるというのも理由の一つだが、最大の問題は登山するのに資格がいるのだ。
もし許可なく立ち入ってしまえば、殺されてしまう。
一般人にとっては危険な山なのだが、俺は臆することなく大ぶりのナイフで草や枝を切り落としながら進んでいく。
視界にはずっと輝光山が見えているというのに、近づいているようには思えない。
汗が流れ落ち、体全体に疲労が溜まっていて、槍や胸当て、必需品を詰め込んだ背負い袋がいつもより重く感じられる。
前に訪れたときは十歳ぐらいだったな。その時は案内人に担がれて移動していたので、これほど疲れるとは想像していなかった。
「あそこに村を作った人を恨む」
数百年か前に拠点を作った開祖に不満をぶつけつつ、歩みだけは止めない。
戦闘と休憩を繰り返しながらも二日かけて麓に着いた。
前に来たときと景色は変わっていない。山を囲う大きな壁があって、唯一の入り口は世界で最も丈夫と言われているアダマンタイトで作られた扉がある。
身体能力を強化すれば壁を乗り越えても侵入できそうであるが、見張りに発見されたら資格なしと判断されて殺されてしまう。もちろん警告なんてない。
安全に進むなら、正式な方法で入るべきなのだ。
扉に手を当てると、ひんやりと冷たかった。金属らしい固い感触が返ってくる。目を閉じて光属性を注ぎ込むと自動で動き出して、地面を削るような音が聞こえ始める。
瞼を上げたら扉が半開き状態になっていた。
奥には半裸の男が一人立っている。全身が筋肉によって盛り上がっていて、肩に乗せている大剣が小さく見える。彼の名はペルルロージ。俺が初めてこの地に訪れたときから一人で門番をしている。実力はヴァリィと同じか越えるほどの猛者で、索敵能力も非常に高い。正面から戦って勝てる自信はなかった。
「誰が来たかと思ったらポルンじゃねぇか。五年ぶりか?」
「十年だよ。元気にしてたか」
「もちろんだ! 筋肉も大きく成長したぜ!」
腕を見せてアピールしてくるが、俺には違いがわからなかった。
自慢げな顔をしてピクピクと動かしているところが、ちょっとムカつく。
「男の体には興味ない。村に案内してくれ」
「つまんねぇな。筋肉について語り合おうぜ」
「断る」
何が悲しくて暑苦しいペルルロージと話をしなきゃいけないんだよ。しかも筋肉だと? バカじゃないか。せめて話題は女性を付き合う方法にしてくれ。
「ちっ。相変わらず冷静な男だな」
「お前も相変わらず筋肉しか興味ないな」
「当然だろ! 我が友だからな!」
これ以上の突っ込みは止めておこう。
扉を越えて山の敷地内に入る。
「案内はどうする?」
「不要だ」
口を開けば筋肉の話になりそうだったので、手をヒラヒラと振って返事すると登山を開始する。
未整備ながらも山道があるので先ほどよりも歩きやすい。
しっかりとした足取りで進む。
鳥の鳴き声は聞こえるが、動物の気配はない。山を囲う壁が魔物の進入を拒んでいるので、安心して周囲の景色を楽しめる。水分補給代わりに果実を採取して、かぶりつく余裕があるほどだ。
自然を堪能しながら登っていると夕方になる直前で村に着いた。
獣よけの柵すらない。木造の家が十数軒あるだけ。非常に人口は少なく全員が顔見知りだ。
そんな場所に部外者が来るのだから非常に目立つ。
外にいる男が気づくと手を振ってきた。
「お客が来たぞーー!」
声が大きい。
村中に聞こえたようで、家からわらわらと人が出てきたかと思うと、あっという間に囲まれてしまった。
「この顔はポルン……か?」
「大人になったねぇ~!」
「寂しくなって帰ってきたのか?」
「今日は宴だな!」
「巫女様へ挨拶しに行けよ!」
外部の刺激に飢えているようで一斉に話しかけられて戸惑ってしまう。
どんどん話しかけられてしまう。何も出来ずに立っていると奥から老婆がやってきた。
「おまえたち! 仕事はどうしたんだい!」
相変わらず歳に見合わない力強い声だ。俺を囲んでいた村人たちは「おばばが来たぞ~」と去って行く。悪戯が見つかってしまった子供みたいな逃げ方だな。精神年齢が低いのは複雑な社会にいないからだろうか。
「村長。お久しぶり」
「息災だったか?」
「この地で鍛えたからな。見てのとおり大きな怪我はしていないだ」
「どれ。確かめてみよう」
腕や腹、足を触って筋肉の付き方や痛む場所がないか調べられている。最後に股間がしっと握られた。
「良い具合に成長しているじゃないか」
「ナニを触って言ってるんだよッ!」
軽く腕を叩いて手を離させる。
「今も汚染獣とも戦っているのかい?」
「当然だ。最後の一匹になるまで続ける」
「どうやらポルンの頭の中は成長してないようじゃな」
大声で笑われてしまった。
俺が修行しに来たときは汚染獣への恨みで生きているような状況だったから、見た目は変わっても本質は同じだと懐かしんでくれたんだろう。そう思うことにした。
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