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私兵すら動いてないのです

 道を見つけてから丸一日かけて、ついに森を出た。


 見渡す限り草原だ。その中に一本の細い道が続いている。人影はなく、また動物や魔物の姿すらない。


 危険はなさそうで安心した。


「ようやく見知った景色になりました。この先に村があるんですよ!」


 口調は軽かった。


 俺の前にまで移動したアイラが振り返る。嬉しそうだ。


「朗報ですね」


 誘拐、魔物との戦闘、見知らぬ男との旅、どれか一つでも大変だったのによく耐えた。


 立場の違いがなければ頭を撫でて褒めてあげていたところだ。


「はい! やっとゆっくり寝られそうです!」

「そうですね。村に入ったらゆっくりしましょう。ですが、正体はばれないように注意してください。状況が分かるまでは様子を見ましょう」

「……仕方がありませんね。情報収集を優先して行動したいと思います」


 改めて、強い女性だと思う。


 逆境でも嘆くことはなく、我慢強く最善の手を考えられている。しかも他者の意見もしっかりと聞けて判断できるのだから、性格面だけ見れば勇者の適性は高い。


 新勇者がプルドじゃなくアイラだったら安心して任せられたんだが。

 世の中上手くいかないものである。


 空を見上げながら、故郷のことを少しだけ思い出していた。





 村に着いたのは夕方になる少し前だった。


 フードで顔を隠してもらったアイラを連れて空き家を一軒借りている。銀貨を数枚渡すと喜んで食事を分けてくれたので、俺たちの前には暖かいスープとカチカチの黒パンがあった。


 食料を集めるついでにヴォルデンク男爵について村人に聞いてみたのだが、娘が攫われた噂は広がっていない。誰も知らないのだ。さらに私兵たちの動きも普段と変わりないようで、表向きは平穏な日々が続いている。


 そういった話を聞いたアイラは酷く落ち込んでいた。


「お父様は私の事なんてどうでもいいのでしょうか……」


 食べる手を止めて、一点をずっと見ている。


 ヴォルデンク男爵が動いてないことに傷ついているように見えた。


「そんなことはないと思いますよ」

「ですが、私兵すら動いてないのです。傷物だと思われて見捨てられているのかもしれません」


 誘拐されて犯罪者の慰み者になっていたら政略結婚は難しい。


 できたとしても、高齢になった当主の介護目的として後妻になるパターンだが、我慢して献身的に尽くしても男の死亡後、親族から追い出されるなんてこともよくある話だ。もちろん遺産なんてもらえない。最悪な人生を送ることとなる。


 そんな具体的なことまでアイラは考えられてないだろうが、自分の未来は明るくない、道は途絶えてしまった、なんて漠然とした不安は持っているだろう。


「バドロフ子爵に隙を見せられないから動けてないだけかもしれません」

「だとしても、少しは変化があってもよいのではないでしょうか。せめて街道の安全を守るためといって私兵を森に派遣するとか、やりようはあると思います」


 頭が良いから、どうすれば良いのかすぐに方法が思いついてしまう。


 今はそれが裏目に出ているようにも感じた。


「アイラ様、結論を早く出し過ぎです。今回は本当に動けない可能性もあるのです」

「どいうことでしょうか?」

「誘拐と同時にルビー鉱山を野盗に襲撃され、手下が暴れて町の治安が悪化していることも考えられます。そちらに私兵を回していたら捜索なんてできないでしょう。事情を教えるわけにはいかないので冒険者に依頼するのも難しい。ヴォルデンク家当主は動きたくても動けない、そういった状況も考えられるかもしれません」


 徹底的に嫌がらせをするのであれば、誘拐をして終わり、なんてことはしない。同時に二手、三手打って徹底的に叩き潰す。


 ヴォルデンク家を再起不能にまで追い詰め、領地を治める資格がないと王家が判断するまで止まらないだろう。


 人の悪意とは、それほど酷いのだ。


「そんな……!」


 想像を越えるほど悪い状況になっているかもしれないと気づき、アイラは立ち上がろうとしたので腕を掴んで止めた。


「どこにいくつもりですか?」

「屋敷に戻るんです!」

「こんな夜に?」

「でも! 早く行ってお父様の力になりたいんです!」

「気持ちは分かります。ですが、慌てたらダメです。領内に敵がいるかもしれないんですよ? 正体がバレたら守り切れません。無事に屋敷に着くことだけ考えて行動しましょう。それがヴォルデンク家のためになります」


 相手はアイラの誘拐が失敗して計画を変えたかもしれないが、逆に諦めてないかもしれない。また実はすべて杞憂で父親が娘を見捨てただけというパターンも考えられる。


 すべては予想でしかないのだから、当初の予定通りに動くのが良いはずだ。


「明日は早朝に出てお屋敷を目指します。お金はあるので馬車があれば乗っても良いでしょう。ですから、今日はしっかりとご飯を食べて、寝て、体力を回復させるべきです」


 説得が聞いたのか、アイラは力が抜けて座った。


「ポルンさんも一緒に来てくれますか?」

「少なくとも屋敷に着くまでは。その後は状況次第ですね」

「よかったぁ」


 小さい声だったが俺には聞こえた。


 危険な状況かもしれないと分かって、逃げ出すと思われていたのかもしれないと思われたのだろう。


 悪いが俺はそんな薄情な人間ではない。こうやって縁ができたのだから、できる限り協力はする。裏切るようなことはしないので安心して欲しい。

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