ポエーハイム王国でしょ?
「瘴気への耐性を持った植物は手にあるだけですか?」
腰にぶら下げた革袋を取り外すと巫女の前に出す。
「十個ぐらいは回収できました。これらをメルベルがいる国で育てません?」
「私、が?」
「ええ、あそこなら汚染獣が襲撃してきても撃退できます」
頼りないが勇者を抱えているし、なによりメルベルがいる。契約魔法によって俺への支援は惜しまないとなっているので、樹海攻略に必要だと言えば嫌でも協力するはずだ。
毒には毒で対抗。それが俺の考えである。
「ポルンをクビにしたポエーハイム王国、そして契約魔法に縛られているメルベルを私は信じられません。一人で行けと言われてもお断りします」
真っ直ぐな瞳で俺を見た巫女は、手を組んで上目づかいをする。
「ですから、一緒に来て、私を守ってくれませんか?」
修行の洞窟と樹海で過ごしたことによって光属性の適性は上がったが、まだ限界に到達していない。俺はもっと強くなれるのだ。
しかし何よりも巫女の安全は重要である。秘密を共有してもらった俺が護衛するのは理にかなっているので、断るのもためらわれてしまって悩んでしまった。
むにゅ。
ん?
腕に柔らかい感触が。
視線を動かすと巫女が俺に抱きついて胸を押しつけていた。
「ふぉあっ!?」
反射的に後ろに下がって離れようとしたが、掴まれているので失敗してしまう。
「なななにをしているんですか!」
「お願いしているだけですよ。なんで焦っているんですか?」
ニヤニヤと笑いながら巫女が押してきたので、自然と後ろに下がって壁にぶつかってしまった。
逃げ場はない。
先ほどまで懇願するような目をしていたと思ったのに、今は獲物を見つけた猛禽類だ。絶対に逃がさないという強い意思を感じる。今や俺の立場は小動物と同じぐらいにまで下がってしまった。
「離れてからお願いすれば……」
「そんなことしたら逃げちゃうでしょ。可愛いポルン」
無駄にと歳を取っているからなのか、少女の姿をしているのに色っぽく感じてしまう。
背伸びをしたようで唇が近づいてきた。
ゴクリとつばを飲み込む。
もうすぐで触れてしまう、その瞬間に巫女は動きを止めた。
「ん? あれ……これは……なるほど。人の物に手を出すなってことですか」
俺から離れると考え込むような仕草をして独り言をつぶやいている。
何が何だかわからない。
振り回されっぱなしだ。
「どういうこと……ですか?」
返事はなかった。唇が触れる前に離れてしまう。
数歩下がってから、巫女は誰もいないはずの天井を見た。
「いいでしょう。受けて立ちます」
強い決意を感じる。どろっとした感情を垂れ流しているような気がして近寄りがたい。背筋がゾクゾクとする。性格なんて全く違うのに、どことなくベラトリックスに似ていると思ってしまった。
「巫女は何を言っているん……です?」
「丁寧な口調は不要です。ポル私も同じようにしますので」
「あぁ……わかった」
拒否したら面倒なことになると直感が囁いたので、すぐにうなずいた。
「よかった。断られたらどうしようかと思ったんだよね」
手を伸ばしてきて腕を組んでくる。胸が当たってドキドキしてしまうが表に出さないよう冷静さを装う。
「さ、一緒に行きましょう」
「どこへ?」
「ポエーハイム王国でしょ? 私のポルンは、小さな村から出たことのない世間知らずな小娘を見捨てるなてことしないよね?」
あ、その話は続いていたのか。
ことわ……むにゅ。
思考が鈍っていく。大侵攻がいつ発生してもおかしくはない状況なのだから、早く強くならないと……むにゅ。
胸の感触によって思考が中断されてしまう。
男の本能が深く考えるな、感じろと訴えている。娼館で遊ぼうとするときは役に立たないのに、こんな時にだけ積極的に動きやがって! ったく仕方がないな。今回は珍しく積極的に働いている本能に譲るとしよう。
巫女を抱きしめて口を耳につける。
「ポルン?」
汗をかいたような匂いもするが、それがまたよい。眠り続けていた男の本能が喜んでいる。
「道中の護衛は引き受けよう。その後については、メルベルと話してから考える。どうだ?」
「うーーん。ちょっと不満ですが、今はそれでいいです。報酬ですが――」
「今もらっている」
俺にとって女性を抱きしめたのだから、他に何もいらない。
追加で金銭をもらおうなんて欲張りすぎだ。
「汚れてしまった体でも価値があるの?」
「逆だ。逆。世界を守り続けた巫女の体は美しい」
人知れず汚染獣と戦い続けた彼女は、勇者よりも高潔で尊い。もし汚染獣が埋め込まれているからといって差別するような人がいるのであれば、俺が使っている槍で突き殺してしまうだろう。
そのことが原因で国を追われる立場になったとしても後悔することはない。
「巫女じゃないよ」
「え?」
「私の名前はミュール。村では言ってはいけないとなっているから、二人っきりの時にだけ呼んでもらえると嬉しい、かなあ」
「わかった。今後はそうしよう」
受け入れてもらえて安心したようで、ミュールの体から力が抜けた。抱きしめられていることをいいことに、俺に寄りかかってきやがる。
「ポルンが勇者でよかった。ありがとう」
「元だよ。無職だ」
「ふふふ。今は巫女の護衛でしょ」
「そうだったな。ミュールの護衛だ」
普段は呼ばれない名前を言われて恥ずかしかったのか、耳まで真っ赤になっている。
落ち着くまでしばらく待つことにした。
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