考えがブレないのは素直に感心するよ
男の欲望に振り回されている俺よりも冷静なようで、リュウールがまっとうな提案をしてくれた。樹海で何をするかは今後の生存率にも関わる重要なことなのでありがたい。
「いいだろう。どうやって汚染獣と戦うか考えるとしよう」
「そうだな……って、違う! 戦わないから!」
「どうしてだ? ああ、なるほど。先に水と食料の確保が優先か」
休息場所は見付けたので、それらが見つかれば樹海で戦い続けられるだろう。暗殺者のように奇襲と撤退を続ければ数は減らせられる。周辺の調査も捗るはずだ。
「それも違う! なんでポルンは樹海に滞在する前提で考えているの!?」
「汚染獣と戦うのは当然だろ。なんで驚くんだよ」
「違う! その考えは絶対に違う!」
小さくため息を吐くと、リュウールは呆れたような顔をした。
なんで突っ込まれているのか全くわからない。
「なんで逃げることを考えずに戦おうとしているの! 勇者という責務から解放されたのに汚染獣と積極的に戦おうなんて人はいない! 控えめに言っても頭おかしいから!!」
そういえば前に似たようなことを言われてたなと思い出す。あれは……メルベルだっけな。俺が汚染獣と積極的に戦ってしまったせいで、計画が大きく変わってしまったと文句をぶつけられた気がする。
汚染獣の気持ちなんてどうでも良いので聞き流していて今まで忘れていたよ。
「戦わないならどうするつもりだ。樹海でも焼き払うか?」
「いやいや、火をつけたら煙に巻き込まれて私たちも死ぬよ……」
「まぁそうだな。浅慮だった。すまない」
念願の樹海に来たからか少しテンションが上がりすぎていたようである。
土地勘が全くないので、リュウールが言うように森を焼いてしまえば逃げることなんてできず死ぬだろう。
「わかったなら許しましょう」
立場が上のような振る舞いをされてしまったが失態したばかりなので静かに話を聞く。
「ポルンは魔法陣のこと覚えてる?」
「当たり前だろ。俺たちをここまで転移させた原因だからな。もしかして、あれをここに描くつもりか?」
「あれはね、人類では作れない失われた技術を使っているから再現はできないだ。けど起動だけならさせられる」
「樹海で戦うんじゃなく、リュウールは修行の洞窟に戻るつもりか」
「ええ。そうなんだけど、不満ある?」
汚染獣と戦いと騒ぎ出すと心配しているのだろうが、帰れるのであれば話は変わってくる。より多く殺すために撤退するのはありだ。
「いいや。計画には賛成だ。樹海の情報を持ち帰れば今後の汚染獣対策にも役立つはず」
「考えがブレないのは素直に感心するよ」
ここは素直に褒められたと思っておこう。
汚染獣に常識がないと言われたときよりダメージはないため、特に気にせず受け流す。
「俺のことはどうでもいいから起動の方法を教えてくれ」
「それはわからない」
「計画が破綻してるじゃないかっ!!」
弄ばれたと思ってしまい胸ぐらを掴もうと手を伸ばして止めた。話に続きがあると言いたそうな顔をしていたからだ。
ただすぐ言わないことには苛立っている。リュウールが男なら軽くぶん殴っていたぞ。
「意外と女性には優しい?」
「限度はあるがな」
「ふふふ、わかった。そういうことにしておく」
腕を組んで早く言えと無言で催促をする。
「術者が近くにいなくても発動する設置型の魔法陣は大きく三つの種類に分けられる。一つ目は人が直接魔力を注ぐ方法、二つ目は魔法陣に入り込んだ生物の魔力を強制的に奪い取って起動させる方法。最後は空気中の魔力を吸い取って起動準備が勝手に終わる方法。文字や模様の構造を見た限り、今回は最後のパターンだと思う。一日ぐらいあれば起動する量は集められるから、明日になったら様子を見に行かない?」
魔法陣について詳しくないので真偽はわからないから、リュウールを信じることにした。
「いいだろう。試す価値はありそうだ」
「決まりだね。時間はたっぷりあるし、もう一寝入りしようかな」
敵地のど真ん中だというのにリュウールは横になった。色々と経験したからか、ずいぶんと神経が図太くなったな。
勇者という職業柄、繊細な人間は生き延びられない。このぐらいがちょうどいいだろう。もっとたくましくなれよ。
「俺は水源がないか探してくる」
「それじゃ、お昼寝はやめて拠点の警備をするね」
「任せる。死ぬなよ」
「うん。なんとしても生き延びる」
その気概があるなら大丈夫だろう。
入り口を塞いでいる枝を動かして洞の外へ出る。周囲は静かだ。汚染された空気のおかげで動物どころか昆虫すらいない。
安全を確認すると槍を持ちながら適当に歩く。
隠れて休んでいた間に汚染獣たちはどこかに行ってしまったらしい。樹海だというのに戦闘は一度も発生してないので意外な結果だ。
実際に来てみると想像と違うこともあって学びが多いな。
自生している植物を観察する余裕もあって、汚染されてはいるが食用の赤く果実まで見つかった。バルドルド山脈では植物すら絶滅していたのだが、樹海は違うらしい。
試しに一つもぎ取ってから浄化させると、真っ黒な皮が赤くなる。
「食べてみるか」
小さく口を開いて噛みつく。シャクシャクと音を立てながら咀嚼すると甘い味が広がった。
あっさりとしていて食べやすい。喉も潤うほど瑞々しくて水分補給にも使える。樹海で活動するには補給が最大の障害になると持っていたのだが、どうやら杞憂だったようだな。
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