表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ものまねオーディション

作者: 雉白書屋
掲載日:2023/08/11

 階段を上り、辿り着いたドアの前で深呼吸。開けると……ははは、まさにって感じだ。

 ここは都内某スタジオ。そう『某』だ。

マネージャーから渡された地図を見てやって来た、何の変哲の無い外観のビル。

その中のスタジオも何とも味気ない。

白い壁、ライトグレーの床。照明はそこそこ大きなのが左右に二台。

カメラは……なんだ、一台かよ。まあ、贅沢は言えないわな。

 椅子と机が三つずつ。あそこに座るんだな。なんだかクイズ番組みたいだ。

 俺は一番手前側、下座か。まあいいさ。

 俺は弱小事務所の弱小タレント。雑魚も雑魚。つまり鰯ってこと。

普段はバイトを三つ掛け持ちしつつ

たまに入る数千円の芸能仕事エキストラで何とか自尊心を保ちつつ

日の目を見ない、暗く苦しい日々を送っている。

 気づけば三十代半ば。でも色々やってきたんだぜ?

 お笑い芸人養成所に新人俳優の劇団。バンド活動に脚本家を目指したこともあった。

スポーツだって色々とできる。体力に自信があるからな。

あと落語やらゴルフやら野菜ソムリエなんかも

まあこれらは齧った程度だ。野菜だけにな。

 マルチタレントって言えば恰好はつくが、実際は括弧がつく。

(器用貧乏)ってな。嘘嘘。器用ですらない。ただの貧乏さ。

 笑い、歌、演技、執筆、運動。

レーダーチャートが綺麗に塗り重ねられるくらい、これらすべてが優れてりゃ

まさにスター! って感じだろうが実際のところ、俺はパンツに染みた尿もれさ。

最近はキレが悪くてな。

 でも、そんな俺でもわかる。これはチャンスだってな。何せ、直々にオファーが来たんだ。

 今を輝く俳優、海老原圭祐。ここはそのモノマネオーディションの会場なのさ。

 俺の事は誰も知らないだろうが他の参加者、スタッフに軽く挨拶して席に着く。

 真ん中の奴は俺より若いな。多分芸人だな。

 その隣のはうん、こいつも多分お笑い芸人。

ちょっと太いのと若いの。二人ともまあまあ海老原に似てる。

 ま、俺ほどじゃないがな。それもこいつらはわかっているだろう。

俺が入ってきた瞬間『俺より似てる!』って顔したからな。

そうさ、知り合いの美容師に頼んで髪型まで似せてきたからな。

備えは万全さ……と、いよいよか。


「はい、えーっ本日はどうも、あー、まあ時間もないし、早速始めちゃおうか」


「はい! よろしくお願いします!」


 俺たち三人は立ち上がり、声を揃えてそう言った。

全員、気合十分って訳だ。望むところだ。


「んじゃあ、えー海老原くんが出ていた映画のシーンのモノマネを頼むね。

こっちの左端の彼からね」


 俺は最後というわけか。いいね。二人に場を温めてもらい俺が笑いをかっさらう。

俺のお笑いセンスが光るぜ。


「は、はい、いきます! えー、映画、父親改造計画より、決め台詞の最中に

噛んでいたガムがいちいち気になってしまう海老原圭祐――」


「あ、映画とシーンはこっちが指定するから」


「あ、すみません」


「はいはい。じゃあ、映画、極道堂々のシーンで

えー『てめぇ、うるせえな』これをお願いします」


 出鼻をくじかれ、太り気味の海老原は意気消沈。

それはそうとシンプルな題材だな。まずはこれで実力を測ろうってことか。


「じゃあ、いきます! ……てんめぇえええふぅぅうるせえええなあああぁぁぁぁい!」


「はい、ありがとねー。次は真ん中の彼ね」


「はい!」


 ははっ、あれじゃ駄目だな。

肩に力が入り過ぎているのかウケ狙いなのか大げさにやり過ぎている。

 とはいえ、これはお笑いオーディション。

必ずしもそれが不正解とは言えないのが難しいところだ。

 さて、次の若めの海老原はどう出る?


「てんめええぇ! うるせえええええ……ナアアアアアイ アイッ! アイアイッ!」


 お前もか。


「はい、どーもね。じゃあ最後の彼」


 と、俺の番か。どうする? ここはかぶせに行くか?

さらに大声で、もっと長く……いや、ここはこうだろ!


「てめぇ、うるせえな」


 あえてのハズし。真面目優等生。どうだ俺のテクは?


「うん、いいね。じゃあまた最初の彼に戻って次は……」


 イマイチ反応が薄くてわからないな……。

やる気がないというよりかは他所事を考えているというか他のスタッフもどこか忙しない。

 恐らく、このオーディションは海老原本人との共演を目的としたもの。

お忙しい海老原のスケジュールの都合で番組撮影までの時間がないと言ったところか。

 うん? あれは……。


「じゃあ、次のお題ね。映画、型破り探偵のシーンで『俺のやることに文句あるかよ』

をお願いしますっと今配ったタバコとライターも使ってね」


 小道具か。面白い。さて、小太りの海老原はどう出る?


「はい、いきます……俺のやることにぃ、ブホゥ! も、文句あるかょ……」


 た、タバコ全本吸いだと? 思い切ったなあいつ!


「はい、じゃあ次の彼」


「はい! 俺のやることにぃ! 文句ないよな!」


 あるよ! 鼻で吸うなよ! おまけに台詞のアレンジまでしてきやがった!


「ふふっ、じゃあ次の彼ね」


 な、笑った!? クソッ、奴が一歩リードか……しかし、俺は……。


「いきます。俺のやることに……文句あるかよ」


「はい、じゃあ次で最後ね」


 台詞も間も完璧。どうだろうか。これで正しいのか……?


「えー最後は映画、ヤンキー母校に帰る。先生役ね。

んで、セリフは『ああ、俺だよ、これ以上言葉はいらねえだろ?』で頼むね」


 ……よし。ここまで出た映画は全部知っている。

というか勉強してきた。これは元ヤンキーであることを隠していた主人公が

同僚の女教員のピンチに駆け付け、その正体を明かし

ヤクザになったかつての親友と拳で語り合うあのシーン!


「いきます! ああ、俺だよ俺! 俺だよ? 俺だってば!

もー俺俺! おれえええ! 言葉はナッシングナッシングゥ!」


 いい、いい。お前はそれでいい。小デブ海老原よ。

さ、お前もだ若海老原。好きにアレンジ加えてくれ。


「次、行きます……ああ、俺だよ、これ以上言葉はいらねえだろ?」


 ……いや、どうしたおまえ! どしたー!?

若海老原、お前、急に路線変更……いや、これがハズしか!

あえてなのか! テクニックなのか! ギャップなのか! クソッ! やられた!


「じゃあ、最後の君ね。はいどうぞ」


 俺は、俺はどうする? 今まで通り……でもそれじゃ二番煎じ……。


「ああ、俺だよ。これ以上……話すことはねえな」


 あ、あ、あしまった。動揺して、台詞を、間違えた……あえてでもなく、単純なミス。

ああ、終わった……。


「はい、ありがとねー。じゃあ、全員この書類にサインしてね

はーいありがとー守秘義務のやつだからねはーい」


 これが番組放送までの間のネタバレ防止の書類というやつか……だが、ん?

俺だけもう一枚? まさか……。




 そう、俺は見事、役を勝ち取ったのだ。

最後こそミスしたものの真面目路線がウケが良かったらしい。

 そう、彼らにな。

 俺は早々に気づいたのだ。あの場、スタッフやら何やらがいる中

腕組みしているスーツの二人に。

あの感じ。多分、海老原の事務所関係者だったのだろう。

あまりふざけたことをすると悪印象。そう思い、俺はあえて真面目にやったのだ。

 それが功を奏し、おかげでこの仕事にありつけた。

半端じゃないほど緊張しているが、ただ台詞通りにこなせばいいらしい。

気楽に、ギャラもたっぷりと将来への道も開けて……うん? カメラ、彼らか。

いや、だが、しかしこれは……。


「あ、どうも週刊胡蝶です。ネットに出回った大麻吸引の写真

あなたということでよろしいんですか?」

「こっちは週刊サービスデーです。どうなんですかー?

あなただという声がね、あるんですよー」

「うちは週刊秋分です、それともやはり本物の海老原圭祐なんですかね」


「……てめえ、うるせえな」


「なんなんですかその態度!」

「本当ということですか!」

「どうなんですか!」


「……俺のやることに文句あるかよ」


「な、あなたねぇ、モノマネタレントなんでしょう!?

紛らわしい真似して、海老原さんご本人に迷惑が掛かるとは思わないんですか!」

「おこぼれで食っている癖に! それとも海老原さんを貶めてやろうと考えたんですか!?」

「本当にあなたがやったんですね!」


「……ああ、俺だよ。これ以上……話すことねえな」


 俺は記者たちに背を向け、歩きだす。これで仕事は終わり。俺も終わり。逮捕だろうな。

 俺の背を映すカメラは奴らの手の中の物だけ。俺に光を浴びせ、奈落へ突き落す。

テレビカメラはない。今はな。いずれ報道カメラが俺を有名にしてくれるだろう。

 ドッキリでもバラエティでも何でもない。これはリアル。ドキュメンタリー。俺の人生。


 ハメられた……いいや、否定はできたさ。

 でもしなかった。それはなぜか? 気になるだろ? 

嫌だよなぁ。不祥事の臭いを嗅ぎつけられた人気俳優の替え玉なんてさ。

 これがようやく貰えたでかい仕事だから?

 君が必要だって言われたから?

 君にしかできないって言われたから?

 

 惜しいな。断って干されたくないからさ、この芸能界をな。



 そう……鰯だけにな! 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ