第二話 お願い、女神様っ!!
頑張って投稿しました。
よろしくお願いします。
使えない上司に仕事を押し付けられ、来る日も来る日も残業三昧。
恋人もなく、結婚する当てもなく、増税と物価高騰に悲鳴を上げながら、それでも老後のためにわずかばかりの貯蓄を増やす日々。
楽しみといえば、1DKの安アパートに戻っての晩酌と、アパートを借りる決め手となった家賃の割に広くてのびのびできるお風呂。(他が多少手狭になっても、バストイレが別なところもいい)疲れた体を芯からあっためるその瞬間、今日も一日頑張ったなぁと実感する。
ふと、どこか遠くへ行きたくなるのは、十代で東京に出てきて、都会での生活に疲れているせいかもしれない。
現実逃避は楽しいけれど、実際には、働かなくては食べていくことが出来ず、旅行なんて贅沢するほどの時間もお金もなく、「どこか遠くへ行きたい」は単なる口癖と化している。
ーーーそんな私の目の前に、神話女神風のコスプレをした美女・・・もとい、異世界の女神様がいらっしゃった。←いまここ。
「あのー、ちよっと、ちょっとだけ待ってくださいっ!! これって、夢ですよね??? 現実にいきなり、異世界に転移させられちゃったりしませんよねっ???」
「あなたの望みは、『ここではないどこか遠くへ行く』こと・・・ですよね? いままさに、その願いを叶えるためにわたくしはここにいるのですよ」
私をまっすぐに見つめる、美しく曇りのない眼。宝石のように澄んだその碧い瞳は、しかしよく見るとどこかよどんで見える。
「も、もし、もしもですよ? もし、それが本当なら、ちょっと待ってくださいっ! いきなり、右も左もわからない状態でそんなところに行っても、私、果たして生きていけますかね???
着るものも食べるものも、家もお金もない、もしかしたら言葉も通じないかもしれない場所で、私は暮らしていけるでしょうか???」
「・・・それは、なんとも言えませんね」
困ったように眉を下げる女神さま。
正直、なんか面倒くさそう。
でも、ここで食い下がるわけにはいかない!
死活問題だ。
「あの、女神さまの世界には、危険な生き物はいないんですかね? 命の危険が沢山あったりしませんか??
衛生面とか、道徳観とか、大丈夫なんでしょうか??? 住む家くらいはありますか???」
「・・・こちらの世界とは違い、文明はかなり遅れているといえますね。自然豊かではありますが、未開の地も多く、危険な魔獣や野生動物も沢山存在しています。種族も多様で、貧富の差激しく、身分制度があります。人買いや奴隷制度もあり、盗賊や人殺しも横行しています。国同士の戦争も頻繁にあり、毎日多くの人間が亡くなっています。衛生面も良いとは言えないでしょう」
「・・・・・無理です。そんなところで、私は生きてはいけませんっっっ!!」
罰ゲーム通り越してデズゲームじゃないですかっ!!
すぐ死ぬ。
あっという間に人生終えちゃいますよっ!!
「・・・・困りましたね。あなたがわたくしの世界に来ることはもう決定事項です。この世界の神とも取引が済んでおり、いまさら反故にはできません」
「そ、そこをなんとか・・・!!! 私には、そんな未開の地で生きていく知恵も勇気も根性もありませんっ!! 女神さまのお力で何卒・・・っ!!!」
食い気味に猛然と叫び、私は床に這いつくばり、こめつきバッタのようにひたすら女神さまに頭を下げた。
女神さまは心底、困惑した表情で立ち尽くしておられる。
「あなたの望みを叶えて差し上げようとしているのに、どうしてそれほどまでに固辞するのですか? あんなにもしつこ・・・切実に願われていたではありませんか」
「私はただ、現実逃避をしていただけなんですっ! どこでもドアが欲しいとか、買ってもないのに宝くじ当たらないかな、とか! とにかく、実際には起こるはずのないことを妄想して楽しんでいただけなんですっっ!! ほんの出来心だったんですっ!!!」
段々、スーパーで万引きした犯罪者のようなノリになってきた。
もうすでに半泣きの私を見下ろして、女神さまは深く、深く、ため息をつかれた。
「・・・・わかりました。では、条件を言ってみてください」
「・・・条件?」
女神さまの申し出に、私の涙がピタリと止まる。
「・・・確かに、この世界は恵まれています。わたくしの管理する世界は、文明も進んでおらず、何かと不自由も多いでしょう。ここより命の危険が高いのも、事実です。これまで然したる命の危険もなく、衣食住に恵まれたぬるま湯のような環境で生まれ育った無知で無力なあなたを、わたくしの世界に送り出しても、あっという間にその命の灯火は消えてしまうかもしれません」
「・・・・なるほど?」
「あなたの言うとおり、右も左もわからない、文明も常識も習慣も言葉も違う世界に、いきなり放り出してしまうのは、わたくしとしても心苦しく思います。わたくしはあなたの望みを叶えるためにここへ来たのですから」
「め、女神様・・・っ!!!」
女神さまが厳かに頷き、慈愛の眼差しで私を見つめた。
その眼の下に浮かぶ隈が、なんだかまぶしい。
「あなたに住む家を用意しましょう。安全で快適で、不自由のない家を。着るものも食べるものも与えます。言葉も通じるようにしましょう。命の危険の多い世界です。自衛のために何かひとつ、能力も与えましょう」
「・・・あの、できれば家はいまのこの部屋より広いと嬉しいです。広いキッチンとお風呂、清潔なトイレが欲しいです。あっ、リビングと庭もついているともっと嬉しいですっ!」
「わかりました。あなたの言うとおりにしましょう。電気や水道も使えるようにしておきますね。この部屋にある家電製品もつけましょう。さすがにネット環境は与えられないのでパソコンやスマホで動画を見たり検索したりはできなくなりますが、それ以外の機能なら使えるのでスマホなどは案外気晴らしに使えると思いますよ。もちろんテレビもみることはできませんが、レコーダーの再生はできますので利用してください。家も物もそれぞれ朽腐しないように魔法をかけるので、壊れる心配はありません。最低限飢えることのないように、食料も補充しておきますね。石鹸やシャンプーやトイレットペーパーなどの生活雑貨や必需品も、使用した分補充されるようにします。・・・それで、あなたの望みの能力は何ですか?」
女神さまは太っ腹だった。
なんだかこれでこの話は終わりにしましょうという圧がすごい気がするけど・・・。
私にはもう拝むことしかできない。
「え・・・っと、・・・望みの能力・・・」
私に与えられる、
たったひとつきりの、自衛手段。
「あ、あの・・・魔法とかもありなんですか?」
「はい、わたくしの管理する世界は、あなた方の言うところの、剣と魔法のファンタジー世界です。魔法もスキルも存在しています。文明レベルはこちらでいうところの中世くらいでしょうか」
・・・剣と魔法のファンタジー世界、きたっ!!
残念ながら私はあまり詳しくないんだけどね。
ゲームとかしないし、ファンタジー小説はそもそもあまり読まない。
たまにパソコンで無料小説読んだりはしてたけど、もっぱらテレビか洋画のDVD観て過ごしてたからね。
好きなジャンルは時代劇とサスペンスドラマと海外テレビドラマなため、日常におけるファンタジー要素といえば、くだらない妄想くらいしかない。
あれだよね。
エルフとか、ドワーフとか、いるんだよね。
ほらあの、ロー〇・オブ・〇・リング・・・みたいな。
「・・・えっと、・・・ええーっと」
魔法。スキル。
自衛手段。
あ、治癒魔法。
いやいや、そもそも痛い目に遭うのが嫌。その前に何とかしたい。
じゃあ、何らかの防御能力??
・・・・・・・うーーーーん。
「決まりましたか?」
考え込んでしまった私に、女神さまが優しく尋ねる。
「・・・・はっ、えっと・・・はいっ!!」
私は慌てて跪いた。カエルみたいに床に這いつくばったまま顔を上げて答える。
「私に、防御魔法の能力を下さいっ!!! 正しく言うと、結界のようなものを張る能力です。私の家の敷地内と、私の半径五メートル以内を常に守れるようにしてください。どんな強力な魔法武器も、絶対に通さない結界ですっ! 場合によっては、自分で思い通りの結界を張れるようにして下さると助かりますっ!」
「防御魔法・・・それも結界の能力ですね。いいでしょう、あなたの望みは叶いました。
ついでに、あなたの手持ちの現金ですが、貯蓄も含めて、わたくしの世界の通貨に両替しておきます。あなたの現在持っているものはすべて、新しい住まいに転送しておきますね。庭には何種類か果物のなる木を生やしておきます。野菜も植えておきましょうね。いまこの部屋にある食料は、常に補充とれるようにしておきます。これで植える心配はないでしょう。以上で、あなたの望みはすべて叶えました。良い異世界ライフを」
「・・・・あっ、女神様・・・っ!!」
ピカーっと女神さまの姿が眩い光に包まれた。
私はそのまま意識を失った。