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短編詩集2

作者: 五月雨夕霧

『憧憬に惑う』

あなたになりたい。髪型をまねるでもなく呟いていた。いつもどおりお団子を形作る指先でコバルトブルーが禿げて空の割れ目から桜色が顔を出す。そうだ、次はあのすみれ色。この間買った新品の色。だけどこの空を消すのは面倒くさくて、惜しくてまた明日へと見送って、ローヒールのパンプスを履いていた。昨日と今日のあわいを瞼の裏でなぞる、そんな生き方をしていた。あなたの視線、体温、吐息が震える、きっとこのままだと融けてしまう。そうしたら私、あなただったものを飲み込んで、そうして三ヶ月生きられる。あなたがいなくなったから飲んだのではなく、私が飲んだからあなたがいなくなったって、そう思えたらきっと涙をもっとたくさん流して苦しめる、かもしれない。知らない、そんなこと。だけどそうして生きる三ヶ月の方がきっと、今まで生きた何年よりもずっと素敵よ、本当よ。


『殺したいの詩』

殺したいと思っていた

ぼんやりと膝を抱えて眠りについたあの日に

殺したかった あなたたちのことを

階段から突き落として

包丁を突き刺して

何か、重いモノを頭に振り下ろして

そうして死んで欲しかった

目の前から消えて欲しかった

殺したかった 殺したかった 殺したかった 殺したかった

私はいつまでも子供のまま

指をくわえてみているまま

あなたの幸せを壊すには

死んで貰うしかないと思い込んで

殺したかった あなたを むごたらしく

殺したかった 殺したかった 殺したかった

事故に遭って欲しかった

病気になって欲しかった

殺したかった 殺したかった

首を吊って欲しかった

手首を切って欲しかった

殺したかった

命も肉塊も私に差し出して欲しかった

理由はもう 思い出せないけれど

胸の奥、熾火は今も燃えている


『自我の詩』

目をこらせば、案外見えるかもしれないもの。だけどそんなものなくても案外人は普通に生きていけるのだし、ただ、とろとろと微睡んでいたい。平穏を望んで希望を探し回るよりも日の光や川の流れの中、あくびをした猫の口の中に絶望、を、見いだす方が容易い、気、が、する。


あなたが苦しめばいいと思うほどの情はもうないの。(あなたはこれを優しさと呼ぶのかもしれないけれど)ただ、その唇からしたたり落ちた言葉が私の胸の上で凍って、肥大化した心が透明度を増していく。


空を馬車が駆ける時間に、私は柔らかな眠りについた。帳が落ちれば深みにはまっていくだけ。目覚めの時があるのかもしれない。その時を、夢の底で待って、いる、かも?


私たちの心がバターでできていたらよかったのにね、賛同は望まないけど、ただ、爪を立てて泣いている、あなたを待っている。私の言葉一つ一つに心も意味もありはしないけれど今日も詩集の行間を読んでいる。遠い国の生まれる前の詩人がどんな思いで詩集に絶望と入れたのか、知らないし知ることはない。みんな案外こうやって生きているのかしらね。どうでもいいや、一秒後には忘れてるから。あなたのことも、私のことも。


雨で視界が白く烟る。柔らかにその中を泳いで行きたいけれど理性が傘を用意して、直径一メートルにも満たない陸地を作る。溶けていけばいい。あなたの瞳のように。あなたよりも温かな雨が、私を溶かしてしまえばいい。


理不尽を振りかざす人を許せる夜があれば、仕事をしているだけの人をくびりたくなる朝もある。瞼が焼かれて、息が詰まった。自分の弱さを思い出して、また、ばらばらになる。そうしてできた私が、こんどはもっと、優しいといいなあ。


そしてまた、最初から、


『皮膚の詩』

指先を皮膚に沈めた、これが何なのか知らないけど、気道でも血管でも、あなたの命を止められるならそれでいいや。私たちの皮膚の下なんて全て全て脂肪、骨、血液、筋肉、そういったグロテスクなもの、でしょう?どうして死の瞬間を恐れるの、映画の哀れな死人を恐れて、動物や虫の死体から目をそらすのはどうして?私たち皆、そういったものを全部持っていて、21グラムが天に昇れば、残るのは大して構成物質に差の無い肉の塊。悪いのは、これ?見せかけのもの、包んでいるもの、私たちそれを掌でなぞって生きればそれでいいから、その中までは知ったこっちゃないってことなのね。いいの、それで。ならもう爪を立てないで、引き剥がさないで。あなたはただ、なぞればいい。視線と指先で、味わえば良い。そうしていつか、骨になったら見ないでどこか遠くへ。海の下空の上、そういったところへ。


『私のし』

泡沫の向こう側、陽に透けた光景と茫漠とした声。私を動かすのは私しかいないけれど心の中で膝を抱えるのも私だけ。朝が来れば忘れてしまうけれどいつまでも頭の奥底にこびりついているの。いつか破綻するのを恐れている。私がどこか、普通じゃないのかもしれない、その可能性に縮こまる。夜ごと生まれ変わりながら僅かばかりの連続性が私を私たらしめる。何が引き継がれるのかは知らないけれど。今日起きたこの悲劇を、朝が来れば忘れてしまう。きっと、忘れていられる。そうやって願って眠りにつく。夜の底に私をしまいに。

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