目には目を、歯には歯を、勝手には勝手を
「さっさと行け!」
「もう戻ってくるなよ!」
「……っ」
そんな兵士達の声に、従う――訳ではなく。だがとにかく一刻もこの場から早く離れて、万が一でも捕まらないようにと、舞は振り向くことなく歩き出した。幸い、と言っていいかどうか解らないが、少し歩くと城下町なのか、建物が並んでいるのが見えてきた。
そんな城下町に入る前に足を止め、少し道を逸れて近くの切り株に腰掛けると舞はさて、と考えた。
召喚に、聖女。召喚だけならただ呼びつけられたという可能性も(低いながらも)あるが、更に聖女という単語を並べると、最近の漫画やアニメで見たことのある聖女召喚が出来上がる。スマートフォンでSNSを見ていると、もれなくプロモーションで漫画の一部が表示されるので、積極的に読まなくてもふんわりとは知識はあるのだ。とは言え、アラサーの聖女とはと何ぞやと内心、首を傾げるが。
(どこに、需要があるのやら……ってか、少なくともさっきの奴らには、需要がなくて追い出された訳だけど)
そこまで考えて、舞の目からハイライトが、いや、目だけではなく顔から一切の表情が消え失せた。
別に、需要についてはこちらにもそんなものは無いのでどうでも良い。ただし異世界に勝手に召喚しておいて、勝手に幻滅して無一文で追い出すなんて、頭がおかしいとしか思えない。最初からクライマックスにも程がある。
しかし一方で舞は下手にさっきの城に閉じ込められず、こうしてあっさりと手放されて良かったとも思った。
舞に、この世界の知識はない。どんな国で、聖女とやらがどんな役割なのか。それこそ、何かと戦わなくてはならないのかなど全く解らない。
そうなると先程のコスプレ軍団などの声のでかい馬鹿に騙されて、嘘八百教えられて洗脳されてしまう危険性がある。騙されて利用、いや、悪用されるなんて真っ平ごめんだ。
「主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから」
目には目を、歯には歯を、勝手には勝手を。
声や態度に出さないが、そんなスローガンを心の中で掲げる。実際には、気合いを入れるのに己の手を組んで握っただけだが――そこで舞は、自分が指輪をしていないことに気がついた。うっかり無くしたり、料理中に汚したりしないように普段は玄関に置いており、外出する時だけはめているのだ。
……寂しく思う一方で舞が召喚された今、日本に残してこられたのだとも思う。とは言え、絶対に遺品になんてするつもりはない。
「大樹さん、たっくん……絶対に、帰るからね」
今度は口に出して、舞はそう決意した。