緊張しつつもほっこりと
閉店後、舞は待機していた馬車に乗った。その馬車が向かったのは、やはり予想通り魔王が住むと聞いていた城だった。そして到着後、折り畳み式の机や鍋、更に持ち歩き版特製氷箱を使用人らしき男性に持って貰い、舞は玉座の間へと通された。
そこには立派な椅子に腰かけた黒髪の男の子と、その傍らに佇む先程の老執事がいた。
「ようこそ、てんぷらのおねぇさん!」
「坊ちゃま……挨拶が出来たのは良いですが、レディへの呼びかけとしてはいただけません」
「……う、ごめんなさい……」
「私にではなく、レディに謝って下さいませ……大変、失礼致しました。私は、ダリス。そしてこちらは我が主君、ラルヴァ様でございます」
元気良く挨拶をした魔王に「偉い!」と内心、ほっこりしていると傍らの老執事が優しく窘めた。もっとも誉めるところは誉めているし、こちらが名乗りやすいように先に名乗ってくれた。有能な執事である。
「いえ、そんな……私は、舞と申します」
だから舞は、下の名前だけ名乗った。鑑定では隠せないが、この異世界では苗字があるのは富裕層だけなので、変に勘繰られないように名乗る時はそうしている。
だが、老執事――ダリスは、微笑んだままやんわりと尋ねてきた。
「聖女様は、苗字をお持ちだと聞いておりますが?」
「…………」
どうやら、すでに舞が聖女だとバレているらしい。話が早くて助かると思う一方で、皇国連中のように搾取されないかという一抹の不安もある。
けれど舞が何と答えるか迷っていると、今度はラルヴァがダリスを窘めた。
「ダリス! ジブンは、てんぷらのおれいをいいたくてよんだんだよ!?」
「これは……坊ちゃま。そしてマイ様、失礼致しました」
「ジブンはいいよ! マイさま、ごめんなさい! あのね、てんぷらおいしかった……です! サクサク、はじめてでしたっ」
「……ありがとうございます。あの料理は私がいた、異世界の料理なんです。あと、敬語じゃなくて良いですよ?」
「っ! ありがとう! そしていせかい、すごいんだねっ」
ダリスには普通に話しているので、敬語は聖女である舞に敬意を表していたようだ。気持ちは嬉しいが、それよりも気負わずのびのびと話してほしくて舞は言った。途端に深い緑の目を輝かせ、笑顔で話しかけてくるのが微笑ましくも可愛らしい。
その思いが顔に出たのか、ダリスもまた笑みを深くして口を開いた。
「聖女様が魔国に来たということは、皇国で何かあったと思われます……夕食の後、お互いの情報のすり合わせをしませんか?」




