揚げ物万歳
日本のCMで『美味しいものは、脂肪と糖で出来ている』というフレーズを聞いたことがある。
そしてミゲルの酒場でウェイトレスをした時、売れたのはフリッターや南蛮漬けが人気だった。南蛮漬けは当然、こちらの異世界では名前は違うが、鶏肉や魚を唐揚げにし、軽く炒めたパプリカや玉ねぎと一緒にマリネ液で酢漬けするので、舞は心の中でずっと『南蛮漬け』と呼んでいた。
そして主婦だった舞は両方作れるが、フリッターは衣に卵白を泡立てたメレンゲを入れるし、南蛮漬けは上記の通り酢漬けという工程が入る。メレンゲはともかく酢漬けは事前にやれば、と思われるかもしれないが今は宿住まいで、万が一でも部屋に匂いをつけたら大変である。結果、どちらも露店では不向きだと結論付けた。
しかし魔国で作られた『あるもの』により、舞はこうして露店向きの揚げ物を作ることが出来る。そんな訳で舞は、広場で露店の準備を始めた。今日は料理人も兼ねているので、エプロンと三角巾も着用している。
旅人や冒険者の為に、この世界というか魔国には特製窯の持ち歩き可能版――つまりは携帯コンロ――や、持ち歩き版特製氷箱――つまりはクーラーボックス――があった。そして机を置き、特製窯と油を入れた鍋を置くと、特製氷箱から用意しておいた材料を取り出した。
今日、使うのはアスパラガスと茄子、それから鶏のむね肉である。これらを一口大に切ったところで、次は衣の準備である。
(小麦粉よーし! 卵よーし! 冷水よーし!)
心の中で読み上げて舞はまず水に卵を加えてといて卵水を作った。
そしてふるっておいた小麦粉をその卵水に加え、粘りが出ないよう気をつけながらサックリ混ぜた。常温の水、あるいは混ぜすぎるとグルテンが形成され、重くて固い衣になってしまうのでクーラーボックスの存在を知った時は内心、万歳三唱した。
(ありがとう、クーラーボックス!)
思い出し感謝をしつつ、舞は下粉をつけた具に衣をつけた。そしてアスパラガス、茄子、鶏肉の順に揚げていった。そう、異世界にある材料と露店で作るのに適していると思った、天ぷらである。
そんな舞に、母親の手を引っ張ってきた女の子が声をかけてきた。
「お母さん! これ、食べたいっ」
「あら、フリッター? 二つ下さい」
「……はい! かしこまりましたっ」
お客様第一号(二人だから一号二号?)の登場に、舞は笑顔で答えるとお代を受け取り、小さな紙袋に揚げたものを二個ずつ入れ、塩をふった天ぷらを渡した。ヨーロッパのような世界だが、聖女や転生者の影響のものと思われるつまようじがあったので、食べやすいようにそれをつけて母子に渡す。
「ありがとうございました」
「……っ! お母さんっ、これ、サクッとするよ!? おいしいっ」
「この子ってば、もう食べたの? ……あら、本当ね。でも、これはこれで美味しいわね」
そう言いつつ、食べながら立ち去る母子を舞が見守っていると、見ていて食べたくなったのか数人の客がやってきた。
「いらっしゃいませ!」
実はセバエから時折、魔王がお忍びで城下町に来ているらしいと聞いている。
会えるのが、いつになるか解らない。しかし、目標に一歩前進した気がして――我知らず笑顔になりながら、舞は天ぷらを売っていった。




