第88話「護衛と巫女姫、煌都の呪詛を祓う(4)」
今日は2話、更新しています。
本日はじめてお越しの方は、第87話からお読みください。
──皇帝陵の周囲では──
「これが、国を統べる者のやることか!!」
将呉の霊獣『騰蛇』が生み出す風が、【クロヨウカミ】を切り裂く。
狼の魔獣が、倒れ伏す。
それでも魔獣の数が尽きることはない。
狼の魔獣が、猿の魔獣の【コクエンコウ】が、天狗型の【アオヤミテンコウ】が、次から次へと押し寄せてくる。
奴らを呼び寄せているのは、背後にいる巨大な人影だ。
あれをなんと呼ぶべきだろう。
【禍神】──荒魂──鬼姫か。
──呼ぶべき名前が、見つからない。
皇帝陵の外で、黒い炎が上がったのは十数分前のこと。
炎と同時に、巨大な邪気が噴き出すのが見えた。
魔獣が押し寄せるようになったのは、それからだ。
さらに邪気とともに、巨大な女性の姿が現れた。
黒くたゆたう、影のような存在だ。巫女服を着た闇の巨人とでも言うべきだろう。
それが腕の先から、邪気の礫を飛ばしてくる。
大きさは人の頭部くらい。それが勢いよく、同時に十数個、降ってくる。
当たれば地面はえぐれて、人は吹き飛ぶ。
なんとか防げているのは、紫州の近衛『柏木隊』のおかげだ。
彼らが放つ銃弾は、霊獣『火狐』の加護を受けている。
その同時斉射が、邪気の礫をことごとく撃ち落としている。
だから将呉と錬州兵たちは、魔獣の処理に集中できているのだ。
「帰還いたしました。ご嫡子」
将呉のもとに、血刀を提げた萌黄が現れる。
魔獣へと斬り込んできたのが戻って来たのだ。
「黒い猿──【コクエンコウ】の首を20ほど斬り、うち捨ててきました」
「ご苦労」
「錬州に帰るための船は、なんとか守れています。紫州の近衛と、それと──」
「それと?」
「……零くんの、愛弟子の力かと」
萌黄は絞り出すような声で、そんなことを言った。
「あの子……須月茜は零くんとおそろいの霊刀を使ってます。土地神の加護を受けた霊刀です。そのせいで、魔獣がひるんでいる様子。ずるい」
「土地神の加護か」
紫州ならば、そういうこともあるだろう。
紫堂杏樹は霊獣とわかりあい、ともに生きることを望んでいる。
そんな彼女のために、土地神が加護を下したに違いない。
紫堂杏樹は命をかけて、皇帝陵の中心に踏み込んだ。
常人ならば耐えられないほどの邪気の渦の中、『鎮魂の祭り』をやり遂げた。
だからこそ、煌都は最後の攻撃に出てきている。
紫堂杏樹を殺し、この地を血で汚すために。
そうすることで呪詛を復活させ、『天一金剛狼』の魂を再び荒ぶらせるために。
おそらくは──今後100年……1000年と、邪悪な術を使い続けるために。
「これ以上、煌都に力を与えるわけにはいかない。ここで終わらせる!」
将呉は錬州兵に指示を出す。
「魔獣どもを押し返せ! 紫堂杏樹どのが戻りしだい撤退する。それまで時間を稼ぐのだ!!」
「「「承知いたしました!!」」」
「師乃葉はいざとなったら『霊獣昇華』を使ってくれ。頼む」
「…………」
「師乃葉? どうした?」
「し、失礼いたしました」
呼ばれたことに気づいて、駒木師乃葉が一礼する。
将呉は不審そうな表情で、
「どうした。師乃葉。戦場で気を散らすなど、お前らしくもない」
「考えていたのです」
「考えていた?」
「転生者の、存在理由について」
駒木師乃葉は、うつむきながら、
「転生者である月潟零は──自分は健康な身体を持って生まれてきたと言っていました。彼は霊獣や精霊とつながり、ここまで来たのです」
「ああ。それは知っている」
「彼は……この世界を変えようとはしていませんでした」
月潟零がしたのは、ただ、紫堂杏樹を助けることだけ。
彼は紫堂杏樹の護衛をつとめあげて、老後は小料理屋をやりたいと言っていた。
彼の望みは、それだけだと。
「私は、前世の記憶に目覚めたとき、周囲を変えようとしました」
「ああ。お前はまわりの者に、自分の知識を伝えようとしたのだろう? それは悪いことではあるまい」
「けれど私はそのせいでうとまれて……捨てられました」
師乃葉は──家族や故郷のためになればと思い、前世の知識を伝えた。
今の技術レベルよりも、もっとよいやり方があるのだと、皆に話した。
簡易的な道具を作ることで、それを実証した。
便利になって、皆がよろこんでくれると思った。
その結果、駒木師乃葉は故郷を追放された。
得体の知れない技術を押しつける者として、迫害を受けたのだ。
彼女はさまよい。転々と居場所を変えた。
自分を捨てた家族を呪いながらの、旅だった。
師乃葉のことを理解しない家族など、死ねばいいと思っていた。
そうしてさまよっているとき、彼女は運良く、蒼連将呉に拾われた。
「私を拾ってくださったとき、将呉さまはおっしゃいました。『正しさを理解しない者もいる。物事を変えるには、時間がかかる』と」
「よく覚えている。『師乃葉の技術を取り入れるのは、私が錬州候になってから』と約束したのだったな」
「そのお言葉を聞いて、私は救われました」
──自分は正しかったのだと。
──自分の善意を理解しない、家族と故郷が悪かったのだと。
師乃葉はずっと、そんなふうに思っていた。
「けれど、皇弟は……私と同じように転生者としての知識を利用しました。その結果が、これです」
「皇弟と師乃葉は違うだろう」
「ですが、皇弟が呼びだしたのは、前世の世界の伝説を利用した【禍神】です。あの人も、私と同じように前世の知識を利用して、世界を変えようとしたのです……」
師乃葉は、地面に膝をついた。
「私と皇弟、そして月潟零──3人の転生者の中で、普通に、この世界の人間として生きようとしたのは、月潟零だけでした。彼はなにも変えようとしなかった。その結果、『天一金剛狼』は浄化された……」
「……師乃葉」
「転生者の力は、世界を変えるために使ってはいけなかったのではないでしょうか。私たちの力は……ただ、幸せに生きるためにあったのでは? 世界を変えようとすれば……すさまじい禍を生み出す。その結果が、【禍神】なのでは……」
師乃葉は震えていた。
「私は転生者の力の使い方を、間違えてしまったのではないでしょうか……?」
「馬鹿な。師乃葉の『霊獣昇華』に、平和的な使い道など……」
「あの力は、生命を一気に燃焼させるものです。使い方によっては、人の生命力を高め、身体を癒やすこともできたかもしれません。ですが、私はそのような使い方を想像もしなかった。強い攻撃力を得たとしか思わなかったのです……」
「落ち着け師乃葉! 今は戦の最中だ。気弱になってはいけない!」
「……この戦いで『霊獣昇華』を使ってもいいのでしょうか」
がっくりと肩を落とし、師乃葉はつぶやいた。
「『霊獣昇華』を使えば邪気が増えます。霊獣の恨みが、地を乱します。もっと別の使い方を研究すればよかったのです。そうすれば……人を活かすために力を使うことも……」
「師乃葉!」
『グゥオオオオオオァァァァァ!!』
将呉と師乃葉の近くで、魔獣が吠えた。
それに反応した萌黄が、ふたたび魔獣の群れの中へ飛び込む。
彼女も疲労がたまっている。無限に戦えるわけではない。
その姿を見て、将呉は思う。
『霊獣昇華は生き物の生命力を燃焼させるもの。うまく使えば、兵を癒やすこともできたかもしれない』──と。
今考えても仕方のないことだ。
それでも、後悔は消えない。
『わたしたちは転生者の力を、間違って使ってしまった』
──師乃葉の言葉が、頭の中でこだましていた。
「────紫堂杏樹さまがお戻りになったぞ!」
そんなことを考えていると……皇帝陵の奥から、紫堂杏樹たちが走ってくるのが見えた。
儀式を終わらせて、こちらに戻ってきたらしい。
あとは撤退するだけだ。
将呉がそう思った瞬間──
『────オオオオオオオオオオオオオォ!!』
巨大な振動が地面を揺らした。
魔獣の向こうで【禍神】が叫んでいる。
奴は無数の邪気の礫を、川に向かって発射している。
『柏木隊』が必死に撃墜しているが、追いつかない。
波飛沫が立ち、撃ち抜かれた船が砕ける。
「……まずいな」
魔獣の群れの勢いが増している。
そのせいで、【禍神】がわずかに前進した。だから攻撃が、川に届いている。
船はまだ1隻しか破壊されていない。
けれど、今の状況で船に乗り込むことはできないだろう。
「やはり。【禍神】をどうにかしなければいけない。けれど、どうすれば……」
「問題ありません」
将呉の耳に、紫堂杏樹の声が届く。
「私の夫となる方が、すでに【禍神】のもとへと向かっておりますから」
「──!?」
言われて将呉は、空を見る。
直後、空から天狗の魔獣【アオヤミテンコウ】が降ってくる。
2体──3体──10体。まるで雨粒のように、次から次へと。
『ギギィ!?』『ギィアアアアァ!?』『ギィィィィィ!!』
【アオヤミテンコウ】が混乱している。
人が当たり前のように空を飛び、次々に魔獣を切り捨てているのだから当然だ。
「月潟零、か?」
「彼と共にいるのは風の精霊……『晴』?」
月潟零は風に乗って空を飛んでいた。
ときおり【アオヤミテンコウ】を足場にして、軌道を変える。その直後、足場にされた【アオヤミテンコウ】の首が降ってくる。そのまま彼は、魔獣の背から背へ。
そうして彼は、巨大な【禍神】に向かっていくのだった。
「零くんと戦うには、空を飛ばなきゃいけないのか。大変だー」
魔獣の首を蹴飛ばして、萌黄はため息をついた。
自分と零との違いが、はっきりとわかってしまったからだ。
萌黄の幼なじみは、彼女とはまったく違うところを見ている。
村にいるときはわからなかったけれど、こうして共通の敵と戦っていると、見えてくる。
まるで、太刀で語り合っているときのように。
「零くんは普通に話をして、わかりあうことを望んでるだっけ。だからあんなふうに精霊を使えるんだ。いや……使ってないのかな。お願いしてるだけなのかな?」
萌黄の幼なじみは、奥が深い。
彼を理解したと思った瞬間、わからなくなる。
「ただ……今は零くんの方が強い。それだけだね」
この戦いが終わったら手合わせしよう。
それまで、彼の側を離れない。
そんなことを考えながら、萌黄は魔獣の屍を作り続けるのだった。
「師匠。すごいのです!」
「月潟どのは、親玉を倒すおつもりですな」
茜の言葉に、柏木が答える。
茜と『柏木隊』は、川に向かう魔獣たちを押しとどめている。
霊獣『火狐』の力を借りた銃撃は強力だ。銃声が鳴り響くたびに、魔獣は倒れ伏す。
だが、敵の数が多すぎる。
それに【禍神】が飛ばす邪気の礫にも対処しなければいけない。
それでも持ちこたえているのは、茜が持つ霊刀の力だ。
土地神のご神体のかけらを宿した太刀を、魔獣たちは恐れている。
茜が霊刀を手に、ここにいるからこそ、魔獣たちの侵攻速度は遅くなっているのだ。
「それでもあたしは……師匠と同じ場所には行けないのです」
「気に病むことはありやせんぜ。茜どの」
暗い顔になる茜に、柏木は笑いかける。
「同じ場所に行けないのなら、戻って来る場所になればいい。そうじゃありませんかい?」
「師匠が戻ってくる場所に、ですか?」
「うちのかみさんによく言われてますよ。『あんたと同じところには行けないけど、それでいい。あたしがいる限り、あんたは私のところに生きて帰ることを、第一に考えるでしょ』って」
「かっこいい奥さまなのです」
茜は感心したように、うなずいた。
「あたしは師匠と同じところには行けない……でも、師匠はきっと、あたしのところに帰ってきてくれるのです」
「ですな。月潟どのは、弟子の指導を放り出すようなお人じゃないですから」
「はい! 師匠は無事に戻って来て、あたしを手取足取り指導してくれるはずなのです!」
そうして茜は顔を上げる。
空を舞う零を、見つめる。
彼にはまだ追いつけないけれど、彼が帰って来る場所にはなれる。
それがうれしくて、思わず茜は胸を押さえる。
(……この気持ちは、あこがれ、ですか? それとも)
胸のどきどきが止まらない。
ふと、茜は、前に杏樹から提案されたことを思い出す。『彼岸町』の砦で聞いた話だ。桔梗と一緒に、茜は杏樹からとある提案をされた。それは零と杏樹の未来にも関わることで、茜にとっては意外すぎる提案だった。
答えは、まだ出せていない。
なのに、零の姿を見ていると、思わずうなずきそうになる。
茜の未来も決めてしまう答えを、口に出してしまいそうになる。
「どうしたんですかい。茜どの」
「……な、なんでもないのです。ないのです!」
「いえ、霊刀が輝いてるんですが」
真っ赤になった茜。
彼女が手にする霊刀が光を放ち、魔獣たちをひるませる。
その隙に、茜はまた、頭上を見上げる。
空を舞い、【禍神】を討ち果たすために向かっていく、彼女の師匠──零。
茜にあの人を受け止めることができるか自問する。
答えがすぐに見つかってしまったから、どきどきする胸を、押さえて、
「ああもう! すべては師匠が戻ってきてからのお話なのです!! 今、どきどきしても、しょうがないのですぅっ!!」
そうしてまた、茜は霊刀を構えるのだった。
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