表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

88/90

第88話「護衛と巫女姫、煌都の呪詛を祓う(4)」

今日は2話、更新しています。

本日はじめてお越しの方は、第87話からお読みください。





 ──皇帝陵(こうていりょう)の周囲では──




「これが、国を()べる者のやることか!!」


 将呉の霊獣『騰蛇(とうだ)』が生み出す風が、【クロヨウカミ】を切り裂く。

 狼の魔獣が、倒れ伏す。


 それでも魔獣の数が尽きることはない。

 狼の魔獣が、猿の魔獣の【コクエンコウ】が、天狗(てんぐ)型の【アオヤミテンコウ】が、次から次へと押し寄せてくる。

 奴らを呼び寄せているのは、背後にいる巨大な人影だ。


 あれをなんと呼ぶべきだろう。

禍神(かしん)】──荒魂(あらたま)──鬼姫(おにひめ)か。

 ──呼ぶべき名前が、見つからない。


 皇帝陵(こうていりょう)の外で、黒い炎が上がったのは十数分前のこと。

 炎と同時に、巨大な邪気が噴き出すのが見えた。

 魔獣が押し寄せるようになったのは、それからだ。


 さらに邪気とともに、巨大な女性の姿が現れた。

 黒くたゆたう、影のような存在だ。巫女服を着た闇の巨人とでも言うべきだろう。


 それが腕の先から、邪気の(つぶて)を飛ばしてくる。

 大きさは人の頭部くらい。それが勢いよく、同時に十数個、降ってくる。

 当たれば地面はえぐれて、人は吹き飛ぶ。


 なんとか防げているのは、紫州の近衛『柏木隊(かしわぎたい)』のおかげだ。

 彼らが放つ銃弾は、霊獣『火狐(かこ)』の加護を受けている。

 その同時斉射が、邪気の礫をことごとく撃ち落としている。

 だから将呉と錬州兵(れんしゅうへい)たちは、魔獣の処理に集中できているのだ。


「帰還いたしました。ご嫡子(ちゃくし)


 将呉のもとに、血刀を提げた萌黄(もえぎ)が現れる。

 魔獣へと斬り込んできたのが戻って来たのだ。


「黒い猿──【コクエンコウ】の首を20ほど斬り、うち捨ててきました」

「ご苦労」

「錬州に帰るための船は、なんとか守れています。紫州の近衛と、それと──」

「それと?」

「……零くんの、愛弟子の力かと」


 萌黄は絞り出すような声で、そんなことを言った。


「あの子……須月茜(すづきあかね)(れい)くんとおそろいの霊刀を使ってます。土地神の加護を受けた霊刀です。そのせいで、魔獣がひるんでいる様子。ずるい」

「土地神の加護か」


 紫州(ししゅう)ならば、そういうこともあるだろう。

 紫堂杏樹(しどうあんじゅ)は霊獣とわかりあい、ともに生きることを望んでいる。

 そんな彼女のために、土地神が加護を下したに違いない。


 紫堂杏樹は命をかけて、皇帝陵の中心に踏み込んだ。

 常人ならば耐えられないほどの邪気の渦の中、『鎮魂(ちんこん)の祭り』をやり遂げた。


 だからこそ、煌都は最後の攻撃に出てきている。

 紫堂杏樹を殺し、この地を血で汚すために。

 そうすることで呪詛(じゅそ)を復活させ、『天一金剛狼(てんいちこんごうろう)』の魂を再び荒ぶらせるために。

 おそらくは──今後100年……1000年と、邪悪な術を使い続けるために。


「これ以上、煌都(こうと)に力を与えるわけにはいかない。ここで終わらせる!」


 将呉は錬州兵に指示を出す。


「魔獣どもを押し返せ! 紫堂杏樹どのが戻りしだい撤退(てったい)する。それまで時間を稼ぐのだ!!」

「「「承知いたしました!!」」」

師乃葉(しのは)はいざとなったら『霊獣昇華(れいじゅうしょうか)』を使ってくれ。頼む」

「…………」

「師乃葉? どうした?」

「し、失礼いたしました」


 呼ばれたことに気づいて、駒木師乃葉(こまきしのは)が一礼する。

 将呉(しょうご)は不審そうな表情で、


「どうした。師乃葉。戦場で気を散らすなど、お前らしくもない」

「考えていたのです」

「考えていた?」

「転生者の、存在理由について」


 駒木師乃葉は、うつむきながら、


「転生者である月潟零(つきがたれい)は──自分は健康な身体を持って生まれてきたと言っていました。彼は霊獣や精霊とつながり、ここまで来たのです」

「ああ。それは知っている」

「彼は……この世界を変えようとはしていませんでした」


 月潟零がしたのは、ただ、紫堂杏樹を助けることだけ。

 彼は紫堂杏樹の護衛をつとめあげて、老後は小料理屋をやりたいと言っていた。

 彼の望みは、それだけだと。


「私は、前世の記憶に目覚めたとき、周囲を変えようとしました」

「ああ。お前はまわりの者に、自分の知識を伝えようとしたのだろう? それは悪いことではあるまい」

「けれど私はそのせいでうとまれて……捨てられました」


 師乃葉は──家族や故郷のためになればと思い、前世の知識を伝えた。

 今の技術レベルよりも、もっとよいやり方があるのだと、皆に話した。

 簡易的な道具を作ることで、それを実証した。

 便利になって、皆がよろこんでくれると思った。


 その結果、駒木師乃葉は故郷を追放された。

 得体の知れない技術を押しつける者として、迫害を受けたのだ。


 彼女はさまよい。転々と居場所を変えた。

 自分を捨てた家族を呪いながらの、旅だった。

 師乃葉のことを理解しない家族など、死ねばいいと思っていた。

 そうしてさまよっているとき、彼女は運良く、蒼連将呉に拾われた。


「私を拾ってくださったとき、将呉さまはおっしゃいました。『正しさを理解しない者もいる。物事を変えるには、時間がかかる』と」

「よく覚えている。『師乃葉の技術を取り入れるのは、私が錬州候になってから』と約束したのだったな」

「そのお言葉を聞いて、私は救われました」


 ──自分は正しかったのだと。

 ──自分の善意を理解しない、家族と故郷が悪かったのだと。


 師乃葉はずっと、そんなふうに思っていた。


「けれど、皇弟は……私と同じように転生者としての知識を利用しました。その結果が、これです」

「皇弟と師乃葉は違うだろう」

「ですが、皇弟が呼びだしたのは、前世の世界の伝説を利用した【禍神】です。あの人も、私と同じように前世の知識を利用して、世界を変えようとしたのです……」


 師乃葉は、地面に膝をついた。


「私と皇弟、そして月潟零──3人の転生者の中で、普通に、この世界の人間として生きようとしたのは、月潟零だけでした。彼はなにも変えようとしなかった。その結果、『天一金剛狼』は浄化された……」

「……師乃葉」

「転生者の力は、世界を変えるために使ってはいけなかったのではないでしょうか。私たちの力は……ただ、幸せに生きるためにあったのでは? 世界を変えようとすれば……すさまじい(わざわい)を生み出す。その結果が、【禍神(かしん)】なのでは……」


 師乃葉は震えていた。


「私は転生者の力の使い方を、間違えてしまったのではないでしょうか……?」

「馬鹿な。師乃葉の『霊獣昇華(れいじゅうしょうか)』に、平和的な使い道など……」

「あの力は、生命を一気に燃焼させるものです。使い方によっては、人の生命力を高め、身体を癒やすこともできたかもしれません。ですが、私はそのような使い方を想像もしなかった。強い攻撃力を得たとしか思わなかったのです……」

「落ち着け師乃葉! 今は戦の最中だ。気弱になってはいけない!」

「……この戦いで『霊獣昇華』を使ってもいいのでしょうか」


 がっくりと肩を落とし、師乃葉はつぶやいた。


「『霊獣昇華』を使えば邪気が増えます。霊獣の恨みが、地を乱します。もっと別の使い方を研究すればよかったのです。そうすれば……人を活かすために力を使うことも……」

「師乃葉!」


『グゥオオオオオオァァァァァ!!』


 将呉と師乃葉の近くで、魔獣が吠えた。

 それに反応した萌黄(もえぎ)が、ふたたび魔獣の群れの中へ飛び込む。


 彼女も疲労がたまっている。無限に戦えるわけではない。

 その姿を見て、将呉は思う。


『霊獣昇華は生き物の生命力を燃焼させるもの。うまく使えば、兵を癒やすこともできたかもしれない』──と。


 今考えても仕方のないことだ。

 それでも、後悔は消えない。


『わたしたちは転生者の力を、間違って使ってしまった』


 ──師乃葉の言葉が、頭の中でこだましていた。



「────紫堂杏樹さまがお戻りになったぞ!」



 そんなことを考えていると……皇帝陵の奥から、紫堂杏樹たちが走ってくるのが見えた。

 儀式を終わらせて、こちらに戻ってきたらしい。

 あとは撤退(てったい)するだけだ。


 将呉がそう思った瞬間──


『────オオオオオオオオオオオオオォ!!』


 巨大な振動が地面を揺らした。


 魔獣の向こうで【禍神】が叫んでいる。

 奴は無数の邪気の(つぶて)を、川に向かって発射している。

『柏木隊』が必死に撃墜しているが、追いつかない。

 波飛沫(なみしぶき)が立ち、撃ち抜かれた船が砕ける。


「……まずいな」


 魔獣の群れの勢いが増している。

 そのせいで、【禍神】がわずかに前進した。だから攻撃が、川に届いている。

 船はまだ1隻しか破壊されていない。

 けれど、今の状況で船に乗り込むことはできないだろう。


「やはり。【禍神】をどうにかしなければいけない。けれど、どうすれば……」

「問題ありません」


 将呉の耳に、紫堂杏樹の声が届く。


「私の夫となる方が、すでに【禍神】のもとへと向かっておりますから」

「──!?」


 言われて将呉は、空を見る。

 直後、空から天狗の魔獣【アオヤミテンコウ】が降ってくる。

 2体──3体──10体。まるで雨粒のように、次から次へと。


『ギギィ!?』『ギィアアアアァ!?』『ギィィィィィ!!』


【アオヤミテンコウ】が混乱している。

 人が当たり前のように空を飛び、次々に魔獣を切り捨てているのだから当然だ。


「月潟零、か?」

「彼と共にいるのは風の精霊……『(ハレ)』?」


 月潟零は(・・・・・)風に乗って(・・・・・)空を飛んでいた。

 ときおり【アオヤミテンコウ】を足場にして、軌道を変える。その直後、足場にされた【アオヤミテンコウ】の首が降ってくる。そのまま彼は、魔獣の背から背へ。


 そうして彼は、巨大な【禍神】に向かっていくのだった。






「零くんと戦うには、空を飛ばなきゃいけないのか。大変だー」


 魔獣の首を蹴飛(けと)ばして、萌黄(もえぎ)はため息をついた。

 自分と零との違いが、はっきりとわかってしまったからだ。


 萌黄の幼なじみは、彼女とはまったく違うところを見ている。

 村にいるときはわからなかったけれど、こうして共通の敵と戦っていると、見えてくる。

 まるで、太刀で語り合っているときのように。


「零くんは普通に話をして、わかりあうことを望んでるだっけ。だからあんなふうに精霊を使えるんだ。いや……使ってないのかな。お願いしてるだけなのかな?」


 萌黄の幼なじみは、奥が深い。

 彼を理解したと思った瞬間、わからなくなる。


「ただ……今は零くんの方が強い。それだけだね」


 この戦いが終わったら手合わせしよう。

 それまで、彼の側を離れない。


 そんなことを考えながら、萌黄は魔獣の(しかばね)を作り続けるのだった。





「師匠。すごいのです!」

「月潟どのは、親玉を倒すおつもりですな」


 茜の言葉に、柏木が答える。

 茜と『柏木隊』は、川に向かう魔獣たちを押しとどめている。

 霊獣『火狐(かこ)』の力を借りた銃撃は強力だ。銃声が鳴り響くたびに、魔獣は倒れ伏す。


 だが、敵の数が多すぎる。

 それに【禍神】が飛ばす邪気の(つぶて)にも対処しなければいけない。


 それでも持ちこたえているのは、茜が持つ霊刀の力だ。

 土地神のご神体のかけらを宿した太刀を、魔獣たちは恐れている。

 茜が霊刀を手に、ここにいるからこそ、魔獣たちの侵攻速度は遅くなっているのだ。


「それでもあたしは……師匠と同じ場所には行けないのです」

「気に病むことはありやせんぜ。茜どの」


 暗い顔になる茜に、柏木は笑いかける。


「同じ場所に行けないのなら、戻って来る場所になればいい。そうじゃありませんかい?」

「師匠が戻ってくる場所に、ですか?」

「うちのかみさんによく言われてますよ。『あんたと同じところには行けないけど、それでいい。あたしがいる限り、あんたは私のところに生きて帰ることを、第一に考えるでしょ』って」

「かっこいい奥さまなのです」


 茜は感心したように、うなずいた。


「あたしは師匠と同じところには行けない……でも、師匠はきっと、あたしのところに帰ってきてくれるのです」

「ですな。月潟どのは、弟子の指導を放り出すようなお人じゃないですから」

「はい! 師匠は無事に戻って来て、あたしを手取足取り指導してくれるはずなのです!」


 そうして茜は顔を上げる。

 空を舞う零を、見つめる。


 彼にはまだ追いつけないけれど、彼が帰って来る場所にはなれる。

 それがうれしくて、思わず茜は胸を押さえる。


(……この気持ちは、あこがれ、ですか? それとも)


 胸のどきどきが止まらない。

 ふと、茜は、前に杏樹から提案されたことを思い出す。『彼岸町』の砦で聞いた話だ。桔梗と一緒に、茜は杏樹からとある提案をされた。それは零と杏樹の未来にも関わることで、茜にとっては意外すぎる提案だった。


 答えは、まだ出せていない。

 なのに、零の姿を見ていると、思わずうなずきそうになる。

 茜の未来も決めてしまう答えを、口に出してしまいそうになる。


「どうしたんですかい。茜どの」

「……な、なんでもないのです。ないのです!」

「いえ、霊刀が輝いてるんですが」


 真っ赤になった茜。

 彼女が手にする霊刀が光を放ち、魔獣たちをひるませる。


 その隙に、茜はまた、頭上を見上げる。

 空を舞い、【禍神】を討ち果たすために向かっていく、彼女の師匠──零。

 茜にあの人を受け止めることができるか自問する。

 答えがすぐに見つかってしまったから、どきどきする胸を、押さえて、


「ああもう! すべては師匠が戻ってきてからのお話なのです!! 今、どきどきしても、しょうがないのですぅっ!!」


 そうしてまた、茜は霊刀を構えるのだった。







 書籍版2巻は、ただいま発売中です!


 表紙は狐耳と尻尾状態の杏樹と、錬州の末姫の真名香が目印です。

 もちろん、2巻も書き下ろしを追加しております。

 表紙は「活動報告」で公開していますので、ぜひ、見てみてください。


 WEB版とあわせて、書籍版の『護衛忍者』を、よろしくお願いします!!



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
書籍版「追放された最強の護衛忍者は、巫女姫の加護で安定した第二の人生を送ります」の2巻は、2023年4月14日発売です!

【画像をクリックすると書籍情報のページに移動します】

i716984


新作、はじめました。
「天下の大悪人に転生した少年、人たらしの大英雄になる -傾国の美少女たちと、英雄軍団を作ります-」
https://ncode.syosetu.com/n1462ie/
中華風ゲームの悪役に転生した少年が、破滅フラグを回避しながら大英雄になるお話です。
こちらもあわせて、よろしくお願いします!

+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ