第87話「護衛と巫女姫、煌都の呪詛を祓う(3)」
「お疲れさまでした。杏樹さま」
「……はい。零さま」
儀式を終えた杏樹が、俺の肩に寄りかかる。
熱い。
『鎮魂の祭り』に、かなりの体力と霊力を使ったのだろう。
俺と杏樹は初代皇帝の陵を離れて、桔梗や蒼錬真名香、副堂沙緒里のいる場所に戻った。
駆け寄ってくる桔梗に、俺は杏樹の身体を預ける。
本当は、すぐにこの場を離れた方がいいんだろうけど、消耗した杏樹は、しばらくは動けない。
だから──
「杏樹さまは休んでいてください。あとは俺がなんとかします」
「皇弟殿下は、まだあきらめていないようですね」
「はい。戦闘音が聞こえますから」
火縄銃の音が聞こえる。
太刀が、肉を断つ音も。
目を凝らすと、皇帝陵のまわりにたちこめる邪気が見える。
邪気は皇帝陵の外から来ている。
おそらく、皇弟が最後の攻勢に出たのだろう。
……まったく。迷惑な奴だ。
「──報告。報告です!」
俺たちのもとに紫州の兵士がやってくる。
儀式を邪魔するのをはばかるように、『伝令あり』の旗を振っている。
兵士は、儀式が終わっているのを見て取ったのか、俺と杏樹の前に膝をついて、
「現在、この地は魔獣に包囲されております。また、魔獣の群れの向こうに……巨大な人影が確認されました!」
「その人影は……邪気を発していましたか?」
「は、はい。これまでに見たこともないほど、強いものでした」
となると【禍神】が現れたのかな。
皇弟は性懲りもなく、新しい【禍神】を召喚したらしい。
だけど──
「ひとつ確認です。杏樹さま」
「はい。零さま」
「『霊獣の骨』と『邪霊刀』は浄化しましたよね?」
「はい。完全な浄化には時間がかかりますが……邪気は消えています。仮に皇弟殿下が別の骨を持っていたとしても……それらは霊力によって繋がっています。邪気を発することはないはずです」
「『霊獣の骨』は、もう【禍神】を召喚する触媒にはならないんですよね。だとすると……敵はなにを触媒にしているのでしょうか?」
「『霊獣』でも『土地』でもないとしたら……あとは『人』しかありません」
「人……?」
「人の恨みも、積み重なることで大量の邪気を生み出します。【禍神】を呼び出すための触媒にすることもできるでしょう。例えば、利用されて殺された者など、ですね。10人……100人。そのような者たちがたくさんいれば……」
「煌都に利用された者というと……」
『清らかな巫女』のことが、頭に浮かんだ。
煌都には調整されて生まれてきた巫女たちがいる。
彼女たちは皇帝陵で祭りを行い、土地の邪気を祓ってきた。また、錬州や紫州を攻撃するための儀式にも使われてきた。
逆に言えば、他のことは、なにもしてこなかった。
副堂沙緒里の母親もそうだ。
あの人が副堂勇作に嫁いだのも、煌都の策のひとつだった。
そうして生まれた副堂沙緒里も、煌都によって利用された。
煌都が生み出した巫女衆は、長い歴史の中で、常に利用されてきたんだ。
だとすると──
「……煌都にいたとき、巫女が葬られた社について聞いたことがあります」
不意に、副堂沙緖里が言った。
「皇帝陵の近くには、歴代の巫女の魂を鎮めるための、社があるそうです。例外的にですけれど、私の父──副堂勇作の遺骨も、そこに埋葬された……と」
「紫州代理の遺骨も?」
「はい。煌都のために尽くしたことを、顕彰するために、と」
副堂沙緖里は、そんなふうに説明してくれた。
泣きそうな顔で。唇をかみしめながら。
副堂沙緒里は煌都によって、陰謀の道具にされた。
本人に罪があるとしても、利用されていたことに変わりはない。
副堂沙緒里の父も、同じように利用された。
彼は皇帝陵から『邪霊刀』『霊獣の骨』を持ち出すように命じられ、それを実行した。それが原因で邪気に侵されて、死んだ。
『清らかな巫女』も似たようなものだ。
歴代の巫女や陰陽師から、邪気に耐性のある者や、浄化の力が強い者が選ばれ、交配を繰り返してきた。そうして『清らかな巫女』が作られてきた。副堂沙緖里も、そのひとりだ。
煌都の長い歴史の中、使い捨てにされてきた巫女は数百人。
陰陽寮や巫女衆が、彼女たちの魂を放っておくわけがない。
だから、彼女たちを鎮めるための社が作られたのだろう。皇帝陵の近く──煌都のはずれに。皇帝陵の邪気を祓った巫女が死んだとき、すぐに葬れるように。
「……杏樹さま」
「はい。零さま」
「長い歴史の中で、道具として利用されてきた巫女が祀られた社があるとして、それを破壊すれば……【禍神】を作り出すほどの邪気や、恨みや怒りを引き出すことはできますか?」
「十分でしょうね」
杏樹は、苦いものをかみしめるような顔をしていた。
皇弟がここまでするとは思わなかったんだろう。
「けれど……生きている間に巫女を利用し続けて……死したあとも、【禍神】の触媒として利用する。そのようなことがあっていいはずがありません」
「わかりました。俺がちょっと行って、なんとかしてきます」
俺は霊刀『龍爪』をつかんだ。
「これが皇弟の最後の抵抗でしょう。狙いはおそらく、杏樹さまです」
杏樹は『四尾霊狐』と合体した状態で俺と子どもを作ることを、『天一金剛狼』と約束した。
『天一金剛狼』は『その未来を見たい』と言って、納得した。
それによって『天一金剛狼』の魂は静まった。
けれど、杏樹が死ねば、『天一金剛狼』と約束した未来は消滅する。
それは『天一金剛狼』への裏切りとなる。
『天一金剛狼』はふたたび荒ぶり、邪気を生み出すだろう。
そのために皇弟は、杏樹を殺しに来たんだ。
「【禍神】を呼び出したのは皇弟でしょう。奴は近くにいるはずです。【禍神】を祓ってから、奴を締め上げることにしますよ」
俺は言った。
「杏樹さまは体力が回復したら、『柏木隊』と合流してください。【禍神】は、俺の方でなんとかしてみますから」
「零さま」
「なんでしょうか?」
「ひとつ、大切なことをお忘れではないですか?」
「大切なこと?」
「零さまになにかあったら、『天一金剛狼』さまが望む未来は消えてしまうのですよ? わたくしは零さま以外の方と、子どもを作る気はありませんから」
杏樹は言った。
まっすぐに、俺を見つめたまま。
狐耳をぴん、と、立てて。まるで怒ってるみたいに、尻尾の毛を逆立てて。
「ですから、零さまは無事にお戻りにならなければ困ります」
「わかってます。いえ、今わかりました」
「零さまは賢い方ですが……ときどき、大事なことを失念されることがあるようです。わたくしは、心配です」
「すみません。なるべく、これからは心配をかけないようにします」
「絶対ですよ?」
「はい」
「では、約束してください。怪我ひとつなく戻って、わたくしや『天一金剛狼』さまとの約束を果たすと」
「怪我ひとつなく、ですか」
「約束のためだけではありません。わたくしは零さまが傷つくのが嫌なのです。あなたが傷つくことを考えると……胸が痛むのです。身を引き裂かれるように感じるのです。だから……どうか、ご無事で帰ってきてください」
杏樹はまっすぐに、俺を見た。
「わたくしには、零さまが必要なのです」
「……怪我ひとつなく戻ることを、約束します」
「絶対ですね」
「絶対です。『天一金剛狼』さまとの約束もありますからね」
「いえ、そちらは次善の策として、ここで急ぎ、子どもを作ってから戦いに向かうという手もございますが」
「はい?」
「──お嬢さま!?」
「──杏樹姉さま!?」
「──あ、あわわわわあわわ!」
桔梗、副堂沙緖里、蒼錬真名香が真っ赤な顔になる。
ちなみに伝令兵は真後ろを向いて、耳を押さえている。優秀だ。
でも、杏樹は、きょとん、とした顔だ。
「とにかく、わたくしは零さまのことが、誰よりも大切なのです。だからどうか、ご無事で帰ってきてください」
「わかりました」
俺はそう答えるしかなかった。
「あと……俺が戻るまでの間、杏樹さまは桔梗さんと話をしておいてください。杏樹さまは子どもを作ることについて、もうちょっと常識的なことを学ばれた方がいいと思います。この場で作るとか、そういうこと言い出されても困りますから」
「承知いたしました。正しい手順について、桔梗に聞くことにいたします」
「つ、月潟さま!? 桔梗に丸投げしないでくださいぃ!!」
「それじゃ、行ってきます」
俺は太刀を手に地面を蹴った。
決着をつけるために。
【禍神】と皇弟の術を斬り捨てて、事件をすべて、終わらせるために。
書籍版2巻は、ただいま発売中です!
表紙は狐耳と尻尾状態の杏樹と、錬州の末姫の真名香が目印です。
もちろん、2巻も書き下ろしを追加しております。
表紙は「活動報告」で公開していますので、ぜひ、見てみてください。
WEB版とあわせて、書籍版の『護衛忍者』を、よろしくお願いします!!




