表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

85/90

第85話「護衛と巫女姫、煌都の呪詛を祓う(1)」

 すべての用意を整えて、俺たちは川を渡った。

鎮魂(ちんこん)の祭り』に関わる者すべてを乗せた、大船団だった。


 船は、蒼錬将呉(そうれんしょうご)が手配してくれた。

 彼は『儀式には協力する』と言っていた。

 それが一時的な協力なのか、継続的な協力関係になるのかは、語らなかった。


 彼は船だけではなく、杏樹を護衛するための兵士も提供してくれた。

 船には蒼錬将呉自身も、転生者の駒木師乃葉(こまきしのは)も乗っていた。


 移動中、俺は一度だけ、駒木師乃葉と話をした。


 俺は一言『協力に感謝します』と告げた。

 駒木師乃葉は一言『見届けたいのです』と答えた。


 それで、俺たちの会話は終わりだった。




 先頭の船には、右大臣(うだいじん)泰山(たいざん)が乗っていた。

 泰山は今回の儀式の依頼者……ということになっているからだ。


『浄化の祭り』の目的は、表向きは『煌都(こうと)のため、邪霊刀(じゃれいとう)霊獣(れいじゅう)の骨を浄化する』となっている。

 そのことは、右大臣の名前で告知された。

 紫州と錬州を除く6州にも、伝令が出された。


 右大臣は陰陽寮(おんみょうりょう)の管理役だ。

 解任の命令が煌都より届くまでの間は、祭りや儀式を開催できる。

 だから紫州と錬州は右大臣の依頼、『鎮魂の祭り』行う……そういうことになった。。


「──あとで煌都より罰を受けることは、覚悟の上です」


 出発前、右大臣は言っていた。


 彼は皇弟を止めてもらうために、錬州に来た。

 二度と煌都に戻れないことを覚悟の上で、『邪霊刀』を持ち出してきたんだ。


 勇気のある人だと思う。

 皇弟が失脚した後は、右大臣が皇帝をサポートしてくれれば、煌都も落ち着くだろう。


「皇弟殿下は、書状に答えてくださるでしょうか」

「『転生者同士、話がしたい』と書状を出したんですけどね」


 杏樹と俺はうなずきあう。


 杏樹たちは、煌都(こうと)にも使者を出していた。

『鎮魂の祭り』が合法なものであることを、皇帝に伝えるためだ。

 一緒に送った書状には、俺が転生者であることと、同じ転生者である皇弟と話をしたがってることも記してある。


 皇帝が、書状を読んでくれることを願っている。

 できれば皇弟を止めるか、説得して欲しい。

『鎮魂の祭り』が終わった後で、話ができればいいと思う。


 そんなことを話しながら、俺たちは川を渡り、対岸へ。


 この国の首都、煌都の領地へと、足を踏み入れた。


 対岸は、草茫々(くさぼうぼう)の荒れ地だった。

 人の腰の高さまで伸びた草が、地面を(おお)っている。そこに埋もれるように、踏み固められた街道が、わずかな存在感を放っていた。


 誰も、ほとんど口をきかなかった。

 ここは、すでに煌都。

 それも歴代の皇帝が眠る、皇帝陵の近くだ。

 皆は緊張した表情で、自分たちの進む先を見つめている。


「杏樹さま。こちらへ」

「はい。零さま」


 俺は杏樹を、用意しておいた輿(こし)へと誘導する。

 輿を運ぶのは、柏木隊の人たちだ。


 杏樹が輿に乗って進み始めると……船底に隠れていた『四尾霊狐(しびれいこ)』が飛び出した。

 輿へと飛び乗り、杏樹の前に腰掛ける。


『きゅうぅ──────っ!!』


 人々が見守る中、『四尾霊狐』が高らかな声をあげる。

『鎮魂の祭り』のはじまりを告げる声を。



「紫州候代理、紫堂杏樹さまの名のもとに、月潟零(つきがたれい)が告げる!」



 輿の前に立ち、俺は声をあげた。

 中空から霊鳥『緋羽根(ひはね)』が降りてきて、俺の肩に止まる。

『注目せよ』とばかりに、火の粉を散らす。

 俺は紫州と錬州の行列を見回して、続ける。


「これより、歴代の皇帝陛下の御霊が眠る(みささぎ)にて、『鎮魂の祭り』を()り行う。いにしえの皇帝陛下と、契約霊獣であった『天一金剛狼(てんいちこんごうろう)』をなぞらえて、その魂を(しず)める儀式である。ご用意のほど、願う!!」

「皆さま、よろしくお願いいたします」


 輿の上で、杏樹が皆に告げる。

 やがて、人々の隊列が整い、進み始める。

 ゆっくりと。

 いくつかの輿(こし)と、荷物を運びながら。


 杏樹のあとには別の輿(こし)が続く。

 乗っているのは、呪符(じゅふ)が張られた箱がひとつ。

 そこには『邪霊刀』と『霊獣の骨』が納められている。


 輿はさらに続く。

 3つ目の輿には(とばり)が降りていて、中は見えない。

 見えるのは、かすかな人影だけ。

 その輿に乗っているのは、副堂沙緖里(ふくどうさおり)だ。


 彼女は、この儀式に立ち合うことを望んだ。

 危険だとわかっていて、それでも、責任を取りたいと言った。


 今の副堂沙緖里は霊力を失っている。

 けれど、巫女としての知識はある。

 さらに彼女は『邪霊刀』のせいで、父の副堂勇作を失っている。『邪霊刀』と、関わりができている。


『そのことは「鎮魂の祭り」のお役に立つでしょう。伏してお願いいたします。沙緒里を、お連れください』


 副堂沙緖里は、必死に願い出た。

 杏樹は、それを許した。


 すべてを失った副堂沙緖里に、俺や杏樹ができることは、なにもない。

 祭りに立ち合ったところで、彼女はなにひとつ、得ることはない。

 ただ、見届けることができるだけ。


 それでもいいと、副堂沙緖里は言った。

 だから彼女は輿(こし)に乗り、皇帝陵に向かっている。

 最も儀式に近い場所で、すべてを見届ける者のひとりとして。


『鎮魂の祭り』は、皇帝陵の中心で行われる。

邪霊刀(じゃれいとう)』と『霊獣(れいじゅう)の骨』をあつかう祭りだ。近くにいる者が、邪気に触れるのは避けられない。


 祭りの場所まで行ける人間は、多くない。

 現場に立ち会えるのは、数名だけだ。


 儀式の中心に行けるのは、俺と杏樹。

 そして『四尾霊狐(しびれいこ)』と『緋羽根(ひはね)』。


 そのまわりの、邪気がやや濃い場所でサポートするのは、浄化の呪符(じゅふ)を持った桔梗(ききょう)と、副堂沙緖里(ふくどうさおり)。そして、蒼錬真名香(そうれんまなか)


 他の者は皇帝陵のまわりで、護衛を務めることになる。

 儀式の最中に魔獣や、儀式を妨害する連中が来る可能性があるからだ。

 そんな連中から儀式を守るのが、兵士たちの役目になる。


 いや……本当なら、そういうのは俺の仕事なんだけど。


 儀式中は『邪霊刀』と『霊獣の骨』を解放することになる。

 それらが発する強烈(きょうれつ)な邪気に耐えられるのは俺と、杏樹くらいだ。

 だから儀式中は、俺が杏樹の側にいる必要がある。


 もちろん【禍神(かしん)】が現れたら、俺が退治に行くつもりだ。

 それまでは紫州の兵士──柏木隊(かしわぎたい)と、錬州兵(れんしゅうへい)に任せるしかない。

 まぁ、萌黄(もえぎ)(あかね)もいるから大丈夫だろう。


 萌黄は単純な戦闘力なら最強に近いし、茜は霊刀(れいとう)を持っている。

 柏木隊は霊獣『火狐(かこ)』を連れている。

 魔獣や兵士が相手なら、なんとかなるはずだ。


 ……気を引き締めよう。

 これから俺たちがするのは『鎮魂の祭り』──そして、なぞらえの儀式だ。


 杏樹と『四尾霊狐』は、初代皇帝とその霊獣『天一金剛狼(てんいちこんごうろう)』を真似た祭りを行う。

 人と霊獣が良い関係である姿を、『邪霊刀』と『天一金剛狼』の骨の前にさらけだす。

 そうすることで『天一金剛狼』に、かつては皇帝と霊獣が信じ合っていたことを思い出してもらう。


『天一金剛狼』の魂を(なぎさ)め、()やし、(しず)める。

 それが『鎮魂の祭り』の、第1幕(・・・)だ。



 ──しゃらん。



 やがて、行列の中で、鈴が鳴り始める。



 ──しゃらん。しゃらん。しゃらん。



 鳴らしているのは杏樹、副堂沙緖里、蒼錬真名香だ。

 輿に乗っている3人に、たがいの姿は見えない

 けれど、音は徐々に重なっていき、一定感覚で鳴り続ける。

 その音に合わせて、人の足並みもそろっていく。


 鈴の音と、人の足音。

 それらがひとつの楽器のように、音を鳴らす。


 足音に合わせて、霊鳥『緋羽根(ひはね)』と霊獣『火狐(かこ)』が火の粉を()き出す。

 午後の光の中、火の粉が行列を飾る。

 それに包み込まれた足並み、手足の動き、そして呼吸までもがそろっていく。


 まるで人々が、ひとつの生き物になったように。

 大きなその生き物が、皇帝陵に(もう)でに行くかのように。


 すでに祭りは始まっている。

 参詣(さんけい)が鳥居を(くぐ)ったときから始まっているように、『鎮魂の祭り』は、皇帝陵が視界に入ったときから始まっている。


 人々を誘導するのは、3人の巫女。


『四尾霊狐』の契約者の紫堂杏樹──紫州候(れんしゅうこう)の血を引く者。

 錬州の末姫、蒼錬真名香──錬州候(れんしゅうこう)の血を引く者。

 力を失った巫女、副堂沙緖里──煌都(こうと)巫女衆(みこしゅう)の血を引く者。


 ()しくも紫州・錬州・煌都に関わる者が(そろ)ったことが、儀式を強化していた。

 行列は静かに、歩調をそろえながら進んでいき──やがて、ふたつにわかれた。



「────儀式の成功を祈っております。ご主君」



 静寂を破ることを恐れるように、柏木(かしわぎ)さんが言う。

 名残(なごり)を惜しむように、『火狐(かこ)』たちが炎を上げる。

 錬州兵たちも、祭りの無事を祈るように、武器を掲げる。


 柏木隊と錬州の者たちは、ここまでだ。

 彼らは皇帝陵の前で陣を()き、儀式が行われるまでの間、杏樹たちを守るのが役目。

 ここから先には、踏み込めない。


「……師匠」

「わかってる。頼んだよ。(あかね)


 俺と茜は短い言葉を交わす。

 茜は霊刀(れいとう)を手に、うなずく。

 それ以上の言葉は交わせない。俺たちはもう、儀式の中にいるから。

 ただ、軽く手を握り合って別れる。


 茜の隣には、太刀を背負った萌黄(もえぎ)がいる。


「──決着」

「あとでな」

「約束」

「わかった」


 怒ったような顔の萌黄と、俺は(こぶし)をあわせる。

 拳をずらして、茜の方を示す。

 萌黄は納得したようにうなずき、また「決着」とつぶやく。

 俺はうなずき返す。


「茜を頼む」「わかった。あとで勝負して」「了解」


 言葉ぬきでそんなやりとりをして、俺は萌黄から離れる。

 言外のコミュニケーションはすごくうまいんだけどな、あいつは。

 こういうときは頼りになる。

 話し合いになると、徹底的にかみ合わなくなるんだけど。


 行列が止まり、輿(こし)が地面へと降ろされる。

 俺は『邪霊刀』と『霊獣の骨』が入った箱を手に取り、歩き出す。

 後に続くのは、輿(こし)から降りた杏樹、副堂沙緖里、蒼錬真名香。

 それと、浄化の呪符を身につけた桔梗だ。


 俺は3人の巫女とひとりの侍女を先導して、進んでいく。

 道の先には、土が盛られた丘がある。

 丘の前には巨大な石碑(せきひ)があり、ここに(ほうむ)られたふたりの皇帝と、その業績(ぎょうせき)(しる)されている。


 あの地に葬られているのは初代皇帝と、二代目皇帝。

 あれが皇帝陵の中心。

 そして、『邪霊刀』『霊獣の骨』が安置されていた場所だ。


 踏み固められた道を進んでいくと、左右に柱が現れる。

 ここから先は、神聖な地。

 そう記された柱の前で、俺たちは立ち止まる。


 俺と杏樹は振り返り、副堂沙緖里、蒼錬真名香、桔梗に向かって一礼する。

 3人は答えるように、鈴を鳴らす。

 3人への答えの代わりに、俺の肩で『緋羽根』が炎を上げる。杏樹の足下で『四尾霊狐』が尻尾を振る。


「────ねぇさま」

「────」


 言いかけた副堂沙緖里の(くちびる)を、杏樹が指で押さえる。

『浄化の祭り』はもう、始まっている。

 儀式が安定するまではできるだけ、言葉を発しない方がいい。


 そう言い聞かせるように、杏樹は黙礼(もくれい)する。

 それに応えるように、副堂沙緖里は何度もうなずく。


 これから杏樹がやろうとしているのは、危険な儀式だ。

『天一金剛狼』の魂を鎮められればいいけれど、失敗すれば、巨大な邪気を生み出すことにもなりかねない。その直撃を受けるのは杏樹だ。


 その邪気から杏樹を守るために、俺がいる。

 仮に『天一金剛狼』が邪霊(じゃれい)──あるいは【禍神(かしん)】として現れたときに、切り伏せるために。



 俺と杏樹は、一礼してから、桔梗たちに背中を向けた。



 ここから先は、俺たちだけ。

 杏樹と『四尾霊狐』、俺と『緋羽根』。


 初代皇帝になりきる杏樹と、『天一金剛狼』になりきる『四尾霊狐』

 そして、その祭りに介入する、月潟零。補助役の『緋羽根』


 この4名で、『鎮魂の祭り式』は行われる。


『参りましょう。零さま』

『はい。杏樹さま』


 俺と杏樹は手を取って、皇帝陵の中心に向かう。


 かつて、信じた皇帝に殺された霊獣の魂を、鎮めるために。

 そして、煌都からやってくる陰謀と攻撃を、終わらせるために。



 俺たちは『鎮魂の祭り』の儀式を、開始したのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
書籍版「追放された最強の護衛忍者は、巫女姫の加護で安定した第二の人生を送ります」の2巻は、2023年4月14日発売です!

【画像をクリックすると書籍情報のページに移動します】

i716984


新作、はじめました。
「天下の大悪人に転生した少年、人たらしの大英雄になる -傾国の美少女たちと、英雄軍団を作ります-」
https://ncode.syosetu.com/n1462ie/
中華風ゲームの悪役に転生した少年が、破滅フラグを回避しながら大英雄になるお話です。
こちらもあわせて、よろしくお願いします!

+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ