第84話「零と杏樹の打ち合わせと、錬州側の計画」
──零視点──
「副堂勇作は……すでに亡くなっていたんですね」
俺は砦にある部屋で、杏樹と話をしていた。
杏樹と副堂沙緖里が会ったあとのことだった。
副堂沙緒里は杏樹に、彼女の知るすべてのことを教えてくれたそうだ。
──彼女自身の生い立ち。
──『清らかな巫女』と副堂沙緖里が似ている理由。
──煌都を頼った彼女の父、副堂勇作の末路についても。
「副堂の叔父さまは、皇帝陵から『邪霊刀』と『霊獣の骨』を持ち出すようにという命令を受けたそうです。それを果たしたあと、煌都に家が与えられるという条件で」
「副堂勇作は、それを実行したんですね?」
「そうです。そして……皇帝陵の地下に満ちる邪気に、身体を食い尽くされたと」
そう言って杏樹は、目を伏せた。
皇帝陵に収められていた『邪霊刀』と『霊獣の骨』を持ち出したのは、副堂勇作だった。
あの人は一番危険な仕事を、そうとは知らずにやらされたんだ。
『邪霊刀』は初代皇帝の霊獣を殺した、呪われた霊刀だ。
その殺された霊獣の遺骨が、『霊獣の骨』だ。
煌都はそれを、毎年の祭りを行うことで鎮めていた。
それでも、『邪霊刀』と『霊獣の骨』が収められた場所は、濃密な邪気であふれる危険地帯だ。
そんな場所に、身を守る術を持たない副堂勇作が踏み込んだら──
「……ひとたまりも、ないでしょうね」
「……叔父さまは、皇帝陵の外にいた者に『邪霊刀』『霊獣の骨』を見せたあと、息絶えたそうです」
煌都の者たちは、約束を果たした。
副堂勇作の死後、娘の沙緒里には家が与えられた。
だが、副堂沙緖里は生活のために、仕事をしなければいけなかった。
煌都の者たちは彼女に仕事を斡旋してくれた。
その時点では副堂沙緖里も、煌都の善意を信じていた。
仕事前の研修で、副堂沙緖里の秘密と、『清らかな巫女』たちの正体を教えられるまでは。
『清らかな巫女』は、副堂沙緒里の母の、双子の姉妹から生まれていた。
巫女たちには生まれる前に、邪気への耐性を増すための術が施されていた。
そして──副堂沙緒里もまた、巫女衆出身の母によって、霊力を増すための調整がされていた。
つまり、副堂沙緒里は『清らかな巫女』の別ヴァージョンだった。
それを知った副堂沙緒里は、混乱した。
自分は、杏樹のライバルでさえなかったことに気づいたからだ。
副堂勇作の反乱は、煌都の計画の一部でしかなかった。
沙緒里はそのために調整された……道具だった。
それがはっきりとわかったからだ。
その後、沙緒里には【禍神・迦具夜】を呼びだすための術が施された。
術の知識が──俺の前世の言葉でいえば『インストール』されたんだ。
そのまま副堂沙緖里は『清らかな巫女』のひとりと共に、屋敷につれてこられた。
──副堂沙緒里は術を詠唱する音楽プレイヤー。
──『清らかな巫女』は術を発動し、霊力を供給するための電池。
そのふたりによって、【禍神・迦具夜】は呼びだされたそうだ。
屋敷にいた煌都の連中を逃がすための、道具として。
そして、用済みになった副堂沙緒里は放置され、俺と萌黄によって回収された、というわけだ。
「──最悪ですね」
話を聞いた俺の第一声はそれだった。
それしか感想がなかった。
いや、本当に最悪だ。
人をなんだと思ってるんだ。煌都の連中は。
皇弟──流葉というらしい──が、この世界を嫌ってるのはわかる。
21世紀の日本に暮らしていた人間が、この世界を不安定だって思うのは当然だ。
どうにかしたいと思う気持ちも、わからないわけじゃない。
だけど、やり方がひどすぎる。
人を使い捨てにして、自分だけが安心できる世界を作ってどうするんだ?
そんなことが長く続くわけがないだろ。
踏みつけにされた人間が黙っているわけがないんだから。
いつか誰かに復讐されることにおびえて……逆に不安になるだけじゃないのか……?
「それで、副堂沙緒里さまはこれからどうされるんですか?」
「沙緒里さまは……わたくしに裁かれたあとで……できるなら、紫州の民のために尽くしたいとおっしゃっていました」
──術や霊力や霊獣とは無関係な生き方をしたい。
──調整された者ではなく、人間、副堂沙緒里として、できることをしたい。
それが今の、副堂沙緒里の願いだそうだ。
「それと、沙緒里さまは皇帝陵の構造について、詳しく話してくださいました」
副堂勇作は『邪霊刀』『霊獣の骨』を回収する仕事を受けたとき、作業手順や皇帝陵の構造についての説明を受けていた。
彼は確実に仕事を果たすために、それらの情報を書き残していた。
それを副堂沙緒里は読んでいたんだ。
「その情報もとに『鎮魂の祭り』の計画を立てましょう。できれば……この功績によって、沙緒里さまの罪を少しでも──」
──軽くできれば。
その言葉を、杏樹は口にしなかった。
たぶん、紫州候代理としての立場があるからだろう。
副堂沙緒里は紫州の民に対する罪がある。
それを裁くのは、紫州候代理の──杏樹の仕事だ。
その杏樹が『沙緖里の罪を軽くしたい』と口に出すわけにはいかない。
だから、願うだけ。
言葉にせずに、思うだけだ。
それくらいは許されるだろう。
杏樹はずっと、紫州のために働いてきたのだから。
「作戦を立てましょう」
杏樹の話を聞いたあとで、俺は言った。
「こんなことは、さっさと終わらせないと。『鎮魂の祭り』を済ませて、紫州に帰りましょう。煌都がまた面倒なことをする前に」
「は、はい。零さま!」
そうして俺と杏樹は、『鎮魂の祭り』の最終打ち合わせに入るのだった。
──その頃、蒼錬将呉たちは──
「錬州は紫堂杏樹に協力することにする」
蒼錬将呉は宣言した。
ここは『彼岸町』にある、蒼錬将呉の宿舎だ。
部屋にいるのは末姫の真名香と、駒木師乃葉。それと蒼錬将呉。
真名香は紫州側の人間として、ここに来ている。
彼女はここで聞いた話を、杏樹に伝えることになるだろう。
「私は、将呉さまのご決断に従います」
やがて、師乃葉が口を開いた。
「ですが将呉さま。紫州に協力するということは──」
「煌都に対して、敵対すると宣言することに等しい、ということだね」
師乃葉の言葉をさえぎり、将呉は告げた。
「仕方ないよ。このまま、煌都の脅威を放置するわけにはいかないからね。ただし、すべて私の独断ということにする」
「独断、ですか?」
「兄さま。それは……」
「『鎮魂の祭り』が失敗したら、私が身を引くということさ。私がすべての責任を取って立ち去れば、煌都の怒りをおさえることができるからね」
なんでもないことのように、蒼錬将呉は言った。
肩をすくめるその姿には、気負いもなにもない。
ただ、すでに決まったことを、淡々と語っているようだった。
「将呉さまは『霊獣も術もない世界』を、あきらめてしまったのですか?」
「まさか。それはないよ」
「では、どうして? 将呉さまが身を引いてしまったら、私たちの理想は──」
「私が身を引いたら、師乃葉は離れていくのかい?」
「その質問は卑怯です!」
師乃葉は声をあげた。
直後、自分の言葉におどろいたように、両手で口をおさえる。
「し、失礼いたしました。出過ぎた口を……」
「構わないさ」
「私が、将呉さまから離れることはありません」
端座し、床に額をつけて、師乃葉は言った。
「転生者として生まれて、この世界にまったくなじめなかった私を……将呉さまは拾ってくださいました。転生の話を信じてくださったのも、あなたがはじめてです。そのご恩を忘れたことはありません」
「ありがとう。師乃葉」
「ですが、理解できないのです。どうして身を引こうなどと。そこまでして紫州に協力する必要は──」
「兄さまは……理想を重んじる方ですよね」
不意に、真名香が口を開いた。
「兄さまは、賭けてみたくなったのではありませんか? 紫堂杏樹さまに」
「真名香さま?」
「あの方が煌都の力を奪うことに成功したら、兄さまは心おきなく理想の州を作ることができます。霊獣を他州に渡して、術を禁止して……『術も霊獣もない』錬州を作ることもできるでしょう」
真名香は続ける。
「紫堂杏樹さまは、他人になにかを強要したりはしません。兄さまが霊獣を犠牲にせず、錬州の中だけで理想を追うならば、手出しはしてこないでしょう。兄さまは、そうなることを願っていらっしゃるのではないですか」
「……真名香」
「はい。兄さま」
「君は成長したね。君は紫州でなにを見てきたんだい?」
「おだやかで、優しい人たちを」
真名香は将呉の目をまっすぐに見つめたまま、告げる。
「その人たちを助けて、紫州と錬州の架け橋になるという自分自身の決意を、真名香はずっと見つめてきました」
「……そうか」
「では、将呉さまは、紫堂杏樹さまのために、次期州候の地位を賭けるのですか?」
「そこまではっきりした考えはないよ」
将呉は立ち上がり、窓に近づく。
そこから見下ろす州境の川は霧にけむって、見通せない。
川の向こうにある煌都を、代々の錬州候は恐れてきた。
煌都は、尊敬すべき皇帝の住む都であり、無粋な干渉をしてくる場所だ。
少なくとも錬州候から見た煌都とはそうだった。
──皇帝とは自分たちには関わりのないもの。
──なにもしないのが、一番いいもの。
──うかつに触れれば、手痛い目にあってしまう存在。
錬州候は皇帝のことを、ずっとそのように考えてきたのだ。
けれど──
「考えたことがあるんだ。力ではなく、人々の尊敬だけを武器に、国をまとめあげる皇帝がいてくれたら……と」
気づくとそんな言葉を、将呉は口にしていた。
「この者は信じられる。この者なら我々の上に立ってもいい……すべての州候がそう考える人物がいたら、その者は、理想的な皇帝になれるのではないだろうか」
「将呉さま!?」
「まさか……その人って……」
「夢物語だよ。ただの」
将呉は肩をすくめた。
他の州候が、将呉と同じことを考えるとは限らない。
仮に、すべての州候が同じことを考えたとしても……その人物がどう思うかは別の話だ。
けれど、煌都にいる皇帝の代わりに、信じられる女帝が国を治めてくれるのなら──
「州候の地位を賭けて、協力する価値はあると思わないかい?」
呆然とする師乃葉と真名香を見ながら、将呉は答えた。
(たぶん、私は彼女たちに敗北したのだろう)
蒼錬将呉は思う。
彼女は『霊獣昇華』の欠点を教えてくれた。
彼女に仕える彼は、将呉の理想とする世界の弱点を指摘してくれた。
それを理解してしまったとき、蒼錬将呉は敗れたのだろう。
だが、それでいいと思う。
(敗北を認められず、周囲を巻き込んであがくのなら……それは煌都の者たちと代わりはない)
皇弟はすでに敗れている。
『邪霊刀』と『霊獣の骨』を失い、煌都の情報が流出した時点で、勝敗は決まっているのだ。
煌都の者たちはそれを認められず、あがいているだけなのだろう。
彼らと同じことはできない。
自分が嫌う者たちと、同じ轍は踏まない。
それが──次代の錬州候である、蒼錬将呉の決断だった。
「いずれにしても、すべては『鎮魂の祭り』が終わったあとの話だ」
蒼錬将呉は肩をすくめて、笑った。
「失敗すれば、私の理想も、夢物語もこっぱみじんになってしまうのだからね。そうならないように、紫州には全面的に協力しよう。真名香は、そのことを紫堂杏樹に伝えてくれ。師乃葉は……私の側で支えてくれると助かる。煌都にいる転生者に、私が臆することがないように」
そうして錬州の人々も動き出す。
『鎮魂の祭り』を実現するために。
延々と続く煌都の脅威を、この地から排除し、平穏な錬州を手に入れるために。
書籍版2巻は、ただいま発売中です!
表紙は狐耳と尻尾状態の杏樹と、錬州の末姫の真名香が目印です。
もちろん、2巻も書き下ろしを追加しております。
表紙は「活動報告」で公開していますので、ぜひ、見てみてください。
WEB版とあわせて、書籍版の『護衛忍者』を、よろしくお願いします!!