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第81話「杏樹、将来について語る」

月潟零(つきがたれい)は、異世界からやってきた転生者』

『それを確認する手段が、青錬将呉(そうれんしょうご)にはあるはず。だから、話をしたい』

『納得したら、月潟零が、同じ転生者である皇弟と話ができるように、協力してほしい』



 俺が蒼錬将呉に申し出たのは、この3点。

 それに対する蒼錬将呉の回答は『時間が欲しい』だった。


 理由はわかる。

 俺が転生者かどうか確認するには、同じく転生者である駒木師乃葉(こまきしのは)の知識が必要だからだ。

 蒼錬将呉は、彼女が戻って来てから話を進めるつもりなのだろう。


 時間がもらえるのは、こっちも助かる。

 俺も杏樹も、これからのことを、紫州(ししゅう)のみんなに話しておきたいから。


 ──『邪霊刀(じゃれいとう)』と『霊獣の骨』のこと。

 ──このふたつを浄化するために、杏樹が『鎮魂(ちんこん)の祭り』を行おうとしていること。

 ──杏樹の側にいる俺が、異世界からの転生者であること。


 それらを桔梗(ききょう)(あかね)、近衛の柏木(かしわぎ)さんに伝えなきゃいけない。

 なにも教えずに、ただ命令するのは、杏樹のやり方じゃないからね。


 それに『鎮魂の祭り』は、煌都(こうと)に入って行うことになる。

 杏樹を守るためには、数多くの護衛が必要になる。

 彼らには納得の上で、ついてきてもらう必要があるんだ。






 そして、十数分後──


「──というわけで、わたくしは『四尾霊狐(しびれいこ)』さまとともに、皇帝陵(こうていりょう)で『鎮魂の祭り』を行いたいのです」


 杏樹はみんなを集めて、これからのことについて話をしていた。

 出席者は桔梗と茜、近衛の柏木さん。

 それと、俺と杏樹だ。


「『邪霊刀』と『霊獣の骨』を浄化すれば、煌都(こうと)は力を失います。【禍神(かしん)】を召喚することも、紫州に干渉することも難しくなるでしょう」


 杏樹は、みんなを見回して、


「『鎮魂の祭り』は煌都のはずれで行うことになります。右大臣の協力を得てのことになりますが、煌都の者が妨害することも考えられます。柏木さまたちには祭りの間の護衛を、桔梗と茜さまには、祭りの補助をお願いしたいのです」

「オレら『柏木隊』は、杏樹さまに仕える近衛(このえ)です」


 柏木さんは杏樹に一礼してから、答える。


「主君が危険な地に出向くのであれば、当然、お守りしやす。それが紫州を守るためであればなおさらですぜ。わざわざ聞かれるほどのこともありやしません」

「ありがとうございます。柏木さま」

「ですが……いまいちよくわからねぇことがあるんですが……」


 柏木さんの視線が、俺を見た、


「事件の黒幕だった皇弟殿下が……異世界からの転生者で、月潟どのも同じ世界から来られたってのが……どうも……」

「柏木さんのお気持ちはわかります」


 俺は柏木さんに向かって、頭を下げた。


「今まで黙っていてすみませんでした」

「……い、いや」

「そうですよね。転生者なんて得体の知れない相手に、背中を預けるのは難しいですよね」

「…………そ、そういうことでは」

「杏樹さまを守る者同士、隠し事をするべきではなかったかもしれません。柏木さんに白い目で見られるのはつらいのですが、これも自業自得(じごうじとく)だと……」

「い、いやいやいや!! 白い目で見るつもりはないでさぁ!」

「そうなんですか?」

「ぶっちゃけると、オレらみたいなものには、よくわからない話なんですよ」


 柏木さんは苦笑いして、


「生まれ変わりとか、別の世界とか、さっぱりなんです。【禍神(かしん)】がいるんですから、奴らがいるような異世界も存在するんでしょうや。ですが、身近なお人が転生者とか、皇弟もそうだとか、さっぱり実感が持てないんですよ」

「そういうことですか」

「もちろん、月潟どののことは信頼しておりやす」


 にやりと笑う、柏木さん。


「そもそも、オレらは月潟どのに、魔獣に襲われたところを助けられておりやす。オレらにとってはそれがすべてだ。異世界とか生まれ変わりとか、関係ねぇですよ」

「ありがとうございます。柏木さん」

「誰がなんと言おうと、オレらは月潟どのの味方です。覚えておいてくだせぇ!」

「き、桔梗もそうです!!」

「あたしだって、師匠の味方なのです!!」


 柏木さんに続いて、桔梗と茜が声をあげる。

 よかった。

 俺が転生者だと知っても、みんなは受け入れてくれるみたいだ。


「……よかったですね。零さま」


 気づくと、杏樹が俺の側に来ていた。


「零さまが転生者だと明かしても、なにも変わりません。桔梗も、茜も柏木さまも、良い方ばかりですから」

「そうですね……」


 俺が転生者だということを知るのは、身近な人だけじゃない。

 錬州の者も、煌都の者もいる。

 紫州の人だって、すべてが俺のことを受け入れてくれるとは限らない。


 俺が白い目で見られるのは、別に構わない。

 ただ、杏樹に迷惑をかけるのは嫌だ。

 俺は杏樹の護衛なんだから。

 護衛のせいで主君がトラブルに巻き込まれたら本末転倒(ほんまつてんとう)だからね。


 ……そのあたりは、あとで対策を考えることにしよう。


「あ、あのあの。お嬢さま」


 そんなことを考えていたら、不意に、桔梗が手を挙げた。


「『邪霊刀』と『霊獣の骨』の浄化のことで、質問があるのですが……」

「いいですよ。どうぞ」

「お嬢さまと月潟さまは『四尾霊狐』さまと約束されたのですよね? 『隠された霊域』で『邪霊刀』と『霊獣の骨』を浄化されると……」


 桔梗は、なぜか真っ赤な顔で、たずねた。


『邪霊刀』と『霊獣の骨』の浄化方法のことは、みんなにも伝えた。

『鎮魂の祭り』をやったあとで、『隠された霊域』に安置して、長い時間をかけて浄化する……って。


 だけど……なんで桔梗は、じーっと俺の方を見ているんだろう?


「その浄化には、お嬢さまと月潟さまが協力されるのですよね?」

「そうです。わたくしと零さまが協力することで、はじめてそれは成し遂げられると『四尾霊狐』さまはおっしゃっていました」

「浄化には、100年以上かかるんですよね?」

「そうですよ。桔梗」

「お嬢さまと月潟さまの寿命と同じくらいか、それより長い時間ですよね。どうやって浄化されるのですか?」

「その方法は、紫州に戻ったら教えてくださるそうです」


 杏樹はうなずいた。


「きっと『四尾霊狐』さまにしかわからない方法があるのでしょう」

「い、いえ、桔梗には見当(けんとう)が付いてしまったのですが……」

「そうなのですか?」

「は、はい」

「言ってみてください。桔梗」

「よろしいのですか?」

「ここにいるのは皆、身内です。誰にはばかることがありましょうか」

「……で、では……申し上げます」


 桔梗は、すぅ、と深呼吸をして──

 それから俺と杏樹を見て──

 真っ赤になって、両手で顔をおおってから──



「『四尾霊狐』さまは、お嬢さまと月潟さまが協力して、子どもを作るべきだとおっしゃっているのではないでしょうか!!」



 ──そんなことを、宣言した。


 杏樹が、きょとん、とした顔になる。

 茜の目が点になる。

 柏木さんは、なぜか納得したような顔でうなずいてる。


「『邪霊刀』『霊獣の骨』の浄化には100年以上かかるんですよね? その間、おふたりは(とし)を取ってしまいます。お年を召されたあとで、山奥に行くのは大変です。それでも浄化におふたりの霊力が必要だとしたら……それを受け継ぐもの……おふたりの子どもを作るべきだと、霊獣さまはおっしゃっているのでは……ないでしょうか?」

「……確認してみますね」


 杏樹はそう言って、目を閉じた。

 (かぶり)を振って、うなずいて、ここにいない『四尾霊狐』と話をしていたかと思ったら──


「桔梗。いらっしゃい」

「は、はい。お嬢さま!」


 呼ばれた桔梗が、杏樹に近づく。

 すると杏樹は手を伸ばして、桔梗の頭をなではじめた。


「あ、あの。お嬢さま?」

「『四尾霊狐』さまが、こうするようにと」

「ということは……?」

「正解だそうです」



「「「おおー」」」



 声をあげる柏木さんと桔梗、それに茜。


 ……なるほど。

『四尾霊狐』が、『邪霊刀』と『霊獣の骨』の浄化に俺と杏樹の協力が必要だと言ったのは、そういう意味だったのか。


 浄化に100年以上かかるのはわかってた。

 でも、転生した今の俺は健康だ。きっと長生きする。

 がんばれば100年くらいは生きられるだろうし、長年の浄化にも付き合えると思ってたんだ。

 杏樹の方は──『四尾霊狐』のことだから、彼女を長生きさせるための、なにか秘密の方法を知ってるんじゃないかと考えていた。


 だけど、違った。

『四尾霊狐』が提案していたのは、正攻法(せいこうほう)だった。


 なるほどなー。

 俺と杏樹が子どもを作れば、その子は、俺たちの霊力を受け継ぐことになる。

 それなら俺たちの跡を継ぎ、『隠された霊域』で、定期的に浄化の作業をすることもできるだろう。


 さすがは『九尾紫炎陽狐(きゅうびしえんようこ)』の後継者だ。

 理に(かな)ってる。

 この方法なら、100年を越える浄化も問題なくできるはずだけど──


「あの、杏樹さま」

「なんでしょうか。零さま」


 杏樹は、不思議そうな顔をしたまま、俺を見ている。

 その隣にいる桔梗は真っ赤になってる。目がぐるぐる回ってる。頭から蒸気(じょうき)を噴き出すんじゃないかって思うくらい。

 茜も同じだ。目を見開いて、口を押さえている。

 柏木さんだってびっくりしてる。


 なのに──


「どうして杏樹さまは、そんなに落ち着いてらっしゃるんですか?」

「……どうして、と言われましても」

「『四尾霊狐』さまは、結構とんでもないこと言ってますよね?」

「そうでしょうか?」

「そうですよ。俺はともかく、杏樹さまの将来を決めるようなことを提案してるんですから」

「わかっております」


 杏樹はまっすぐに、俺を見て、


「桔梗と『四尾霊狐』さまの言葉を聞いて、わたくしも考えました。思わず想像もしました。わたくしも紫州候の娘です。婚姻(こんいん)のことや自分の子どものことも考えております」

「そうだったんですね」

「はい」

「では、考えた結果、どうなりましたか?」

「零さまとなら……まったく問題ありませんでした」


 杏樹はそう言って、(かぶり)を振って、


「逆に、零さま以外とそうなることは……想像することさえできませんでした。つまりは、そういうことなのだと思います」

「そういうことなんですか?」

「零さまは、いかがですか?」


 じっと、杏樹は俺の目を見つめていた、


「零さまはわたくしとそうなることについて、どのように感じていらっしゃいますか?」

「杏樹さまのような方は、他にいません」

「もう少し詳しくお願いします」

「杏樹さまは無防備で、危なっかしくて、目が離せません。だいたい、普通は州候のお嬢さまが、俺と一緒に『隠された霊域』を探しに行ったりしませんよね。『四尾霊狐』さまともあっさり契約しちゃいますし……そんな女性を、他の人に預けられるわけがないじゃないですか」

「はい。お気持ち、いただきました」


 杏樹はそう言って、俺の手を取った。

 白い(ほお)が、ほんのりと朱に染まっているのが、見えた。


 ふたりとも落ち着いてるのは……たぶん、職業病だな。

 杏樹は州候の娘で、巫女姫として育ってきてる。

 俺は武術家の村の生まれで、仕事のためには感情を殺すようにしてる。しかも転生者だ。


 俺も杏樹も、まともな恋愛とか結婚とか、最初から考えてない。

 将来のことをあっさり決めてしまえるのは、たぶん、そのせいだろう。


「……そのうち、実感もわいてくるのかもしれませんね」

「……そうですね。零さま」


 俺と杏樹は手を繋いだまま、うなずいた。


「い、いや、おふたりとも。州候さま──紫堂暦一(しどうれきいち)さまの許可も得ず、そのようなことを決めてもいいんですかい?」


 不意に、柏木さんが声をあげた。


「しかも、月潟どのは異世界からの転生者ですぜ。直接、月潟どのを知っているオレは気にしませんが、民は動揺するかもしれやせん。それはどうされるのですかい? おふたりとも」

「父は許してくださると思います」


 うん。たぶん、そうだろうな。

 暦一(れきいち)さまはおおらかな人だから。

 病床で杏樹のことを頼むほど、俺のことを信頼してくれているし。


 ただ、紫州の民はどう思うかというと──


「紫州に戻ったら、皆に『四尾霊狐』さまのことを公表いたしましょう」


 ──杏樹はあっさりと、解決策を示してみせた。


「『九尾紫炎陽狐(きゅうびしえんようこ)』さまの転生者(・・・)である『四尾霊狐』さまが、紫州の守り神となること。その『四尾霊狐』さまが零さまを選んだこと。それらを民に公表いたします。そして、『四尾霊狐』さまがわたくしと零さまの子どもを望まれたことも」

「……納得しやした」


 柏木さんは、苦笑いしながら、うなずいた。

 杏樹が示したのは、これ以上ないくらいの解決策だった。


 杏樹が紫州の鬼門で【禍神(かしん)】を(はら)ったことは、紫州の皆が知っている。

 特に鬼門近くに住んでいる人たちは、杏樹がすごい力で鬼門に結界を張ったことを見ている。その力がどこから来るのか、興味を持っていた。

 その力の源が『四尾霊狐』だったことを公開すれば、みんな納得するはずだ。


『四尾霊狐』が紫州の守り神で、その守り神が杏樹のパートナーとして俺を選んだことを民に知らせれば──たぶん、みんな受け入れてくれるんじゃないかな。


「零さまのことは『緋羽根(ひはね)』も認めていますからね」


 杏樹は続ける。


「わたくしが契約できなかった霊鳥と(えにし)を結ばれた方を、拒絶する方はいないでしょう。それでも皆が反対するのであれば……わたくしは山に身を隠しましょう。そこで零さまの子どもを、静かに育てることにいたします」

「──降参です。ご主君」


 柏木さんは床に平伏(へいふく)した。


「ぐうの音も出ねぇということはこのことですな。紫州の民として、文句のつけようもありません」

「ありがとうございます。柏木さま」

「この柏木、おふたりの婚姻には全面的に賛成いたしやす。文句を言うやつがいたら、オレがきっちり反論しやす。ご安心を」


 よかった。

 柏木さんも、納得してくれたみたいだ。


「でも、杏樹さま……山に身を隠すとか言わないでください」

「どうしてですか。零さま」

「俺は杏樹さまの護衛です。護衛は相手を守るものです。俺のせいで杏樹さまが山にこもることになったら、護衛失格ですから」

「わかりました。それは……最後の手段といたしましょう」


 そう言って杏樹は、笑った。

 本当に(かな)わないな。杏樹には。


 それで話は一区切りとなり、柏木さんは近衛隊のところに戻っていった。

鎮魂(ちんこん)の祭り』と、その際の警護の話をするためだ。


 俺と杏樹は、蒼錬将呉(そうれんしょうご)が呼びに来るまで待機。

 桔梗と茜が淹れてくれたお茶を飲んでいた。


 ふたりは真っ赤な顔で、俺と杏樹を見つめている。

 そんなふたりを見ながら、杏樹は、


「それでは……桔梗。それと、茜さま」

「は、はい。お嬢さま」

「な、なんでしょうか!?」

「これからのことについて、おふたりと話をしておきたいのですが、お時間をいただけますか?」


 杏樹は真面目な表情で、そんなことを言った。


「これは巫女として、そして、乙女としての直感なのですが……将来のことについて、おふたりとちゃんと話をしないと、もやもやするのです。これはわたくしだけの問題ではなく、桔梗や茜さまも関係しているのではないか……と」

「……とおっしゃいますと?」


 俺がたずねると、杏樹は(かぶり)を振って、


「うまく説明できません。おそらく、巫女と乙女の領域に関することだと思うのです」

「……お嬢さま」

「……紫堂杏樹さま」


 じーっと杏樹を見返している、桔梗と茜。

 なんだか通じ合っているようだった。


「恐れ入りますが、零さま。席を外していただいても?」

「すみません。月潟さま」

「乙女の領域に関することなのです。師匠!」

「あ、はい」


 重要なことみたいだ。

 そんなわけで、俺は部屋の外で見張りをすることにした。


 室内からは、ざざざ、という波の音のようなものが聞こえる。

 風の精霊『(ハレ)』が鳴らす音だ。盗聴防止(とうちょうぼうし)のためだろう。


 ……杏樹たちは、それほど重要な件について話し合っているのか。

 となると、杏樹たちが心置きなく話ができるように、俺が守らないといけないな。


 そんなことを思いながら、俺は部屋の前で見張りを続けたのだった。











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