第79話「零と杏樹、『霊獣の骨』の浄化の計画を立てる」
──数時間後、錬州の『彼岸町』で──
「屋敷の3階にあったのは、【禍神・迦具夜】を召喚するための術書でした」
数時間後。
俺は萌黄と共に、錬州の『彼岸町』に帰っていた。
副堂沙緒里と、『清らかな巫女』も一緒だ。
ちなみに、紫州が回収した『清らかな巫女』は、彼女で2人目になる。
同じタイプの巫女が何人いるのか、見当もつかない。
煌都は本当に人を道具にして……しかも、使い捨てにしているみたいだ。
「──残念ながら、3階に人の姿はありませんでした」
俺は杏樹に向けて、報告を続ける。
「右大臣の泰山の話によると、彼を殺そうとした術者がいたはずですけど……逃げたんでしょうね。屋敷に入ったとき、副堂沙緖里さまと巫女以外の気配はありませんでしたから」
「魔獣【アカヤミスイコ】が倒されるのを見て、敵わないと判断したのでしょう」
杏樹はうなずいた。
「だから逃げる時間を稼ぐために、【禍神・迦具夜】を召喚した……いえ、沙緖里さまに召喚させたのでしょうね」
「あの【禍神】が弱かったのはそのせいですか」
「おそらくは、そうだと思います」
術者としては、自分が逃げる時間を稼げればよかった。
だから副堂沙緖里を『清らかな巫女』を【禍神】の『中の人』にして、俺たちの足止めをさせた……ってことか。
「零さま。このことは錬州の方々に話されましたか?」
「3階で見たもののことは、虚炉萌黄に伝えました。そのほかのことは、まだです」
目の前には、狐耳と九本尻尾の杏樹がいる。
俺は『彼岸町』に戻ったあと、すぐに彼女の元に報告に来た。
町の門のところで、蒼錬将呉の側近──転生者の駒木師乃葉に呼び止められたけど、『まずは主君に報告させてください』と言って、押し通った。
ちなみに副堂沙緒里は、紫州側の宿舎で休ませてる。
二人目の『清らかな巫女』も同じだ。
萌黄は素直に『清らかな巫女』を引き渡してくれた。
たぶん【禍神】に操られたことがショックだったんだろう。
もちろん彼女には、館の3階で見たもののことは教えてある。
これで、貸し借りなしだ。
「術書の他に、【禍神】から出てきた骨を持ち帰りました。」
俺は杏樹の前に術書と、布に包まれた骨を置いた。
術書には【禍神・迦具夜】の召喚術を、どうやって発動すればいいかが書いてあった。
それと──俺が持ち帰った骨の由来についても。
「この骨は間違いなく、高位の霊獣のものです」
俺は言った。
「霊獣の名は『天一金剛狼』です。その骨が【禍神】を召喚するための触媒として使われたようです」
「『天一金剛狼』……初代皇帝陛下と契約していた、五文字の霊獣ですね」
杏樹は記憶をたどるような表情で、
「地と炎を操る、強力な霊獣だったと聞いております。常に初代皇帝陛下の側にあって、その力で国の統一に強力したとか。気性が荒く、嫉妬深い霊獣だったことでも有名です」
「やっぱり……初代皇帝の霊獣だったんですね」
「『天一金剛狼』の力をおそれた州候たちは、土地に、狼を封じるような名前をつけたと言われています。かつては錬州の領地だった『狼牢山』もそうですね。『天一金剛狼』をおそれた錬州候が、その名をつけたそうですよ」
「そういう意味があったんですね」
「それほど強力な霊獣の骨だからこそ、【禍神】の召喚に使われたのでしょうね」
杏樹はため息をついた。
「『天一金剛狼』は、のちの皇帝によって殺されました。おそらくは、深い恨みを抱えているはずです。信じていた人に殺されたことで……人を愛し、人を大切にしていた思いが反転してしまったのでしょう。時が過ぎても、それが消えずに残っているのでしょうね」
「俺が持ち帰ったのは、背骨の一部です」
俺は布に包まれた骨を指し示す。
「他の部分の骨は、煌都の連中の手にあると思われます。それがまた【禍神】の召喚に使われることもあるかもしれません」
「はい。対策が必要ですね……」
「それと、『霊獣の骨』と術書を、錬州の者に見せるかどうかですが……」
「術書の方はお見せしても大丈夫でしょう」
術書に目を通しながら、杏樹は言った。
「術書に書かれているのは、準備を終えた術を発動する方法です。術のやり方そのものの記述はありません。それに『霊獣の骨』はこちらで押さえておりますもの」
「錬州側が【禍神】を召喚することはできない、ということですね」
「はい。それに、情報を共有することで、【禍神】を消す方法を編み出せるかもしれません」
「わかりました。杏樹さまのご判断にお任せします」
「問題は、霊獣の骨ですね。見せても構わないと思いますが……邪気を発する危険なものでもあります。取り扱いには注意が必要でしょう」
「これって、浄化できないものですか?」
「普通の方法では無理でしょうね」
杏樹は布に包まれた『霊獣の骨』を見つめて、
「『邪霊刀』と『霊獣の骨』は封印すべきものです。皇帝陵に埋められていたのは、歴代皇帝を祀る儀式のとき、一緒に浄化するためでしょう。ですが……もはや皇帝陵に戻すわけにはいきません」
「また皇弟が掘り出して使っちゃうからですよね……」
「そうです」
まったく、面倒なことをしてくれる。
封印されていた呪いのアイテムを掘り出すなんて……本当に、ろくなことしない。
おかげでこっちで封印しなくちゃいけなくなったんだ。
こんなやっかいなものを置いておけるような場所といえば──
「杏樹さま。『四尾霊狐』さまに聞いていただけますか?」
俺はしばらく考えてから、言った。
「『邪霊刀』と『霊獣の骨』を『隠された霊域』に封印してもいいですか、と」
「……あ」
杏樹が目を見開いた。
予想外の言葉だったらしい。
「『隠された霊域』は『九尾紫炎陽狐』さまがいた場所です。一般人は入り込めない場所ですし、まわりには浄化された川が流れています。あの地なら『邪霊刀』と『霊獣の骨』を封印できるんじゃないですか?」
「わかりました。うかがってみます」
そう言って杏樹は目を閉じた。
自分の中にいる『四尾霊狐』と相談しているみたいに、うなずく。
そのたびに白金色の髪が揺れる。狐耳がぴこぴこと動いて、尻尾がぱたぱたと揺れて、それから──
「あの場所であれば、封印はできるそうです」
──そんなことを、言った。
「ただその前に、特定の場所で鎮魂の儀式をする必要があるそうです」
「特定の場所、ですか?」
「『邪霊刀』と『霊獣の骨』と関わりが深い場所です。そこで儀式をすることで、『邪霊刀』と『霊獣の骨』に宿る、『天一金剛狼』の怒りを静める必要があるとのことです」
「……なるほど」
「それは、わたくしがなんとかいたしましょう」
杏樹は、ぽん、と、胸を叩いた。
「わたくしは巫女です。神や霊獣を鎮めるのがお役目です。特定の場所についても見当がつきます。その場所に行く方法については、州候代理としての権力を使うことにいたしましょう」
きっぱりと宣言する杏樹。
彼女には『四尾霊狐』の言う、特定の場所の見当がついているらしい。
さすがは杏樹だ。
『邪霊刀』と『霊獣の骨』を浄化できれば、煌都は【禍神】を召喚できなくなる。奴らの力を削ぐことができる。
あとは、術者の背後にいる皇弟をどうするかだけど。
そっちは、俺がなんとかしよう。
……うまくいけば奴を、手の届く場所に引きずり出せるかもしれない。
「ただ『邪霊刀』と『霊獣の骨』を完全に浄化するには、長い時間がかかるとのことです」
杏樹は続ける。
「儀式を行えば【禍神】召喚の触媒にはできなくなるでしょう。ですが、その後は『隠された霊域』で、時間をかけて浄化する必要があるそうです。完全な浄化には、100年以上かかるでしょう。その間は邪気に触れないように、気を遣う必要があります」
「俺たちが持っている部分以外の骨は、どうなりますか?」
「ひとつの生き物の骨です。霊的に繋がっているはずです」
杏樹は記憶を探るように、目を閉じてから、
「この骨を『隠された霊域』に安置して、定期的に浄化を続ければ……それは他の骨にも伝わります。いずれは『天一金剛狼』の恨みや怒りも静まり、すべての骨が浄化されるでしょう」
「……なるほど」
「ただ……『四尾霊狐』さまは、わたくしと零さまが浄化に協力することを望んでいらっしゃいます」
「まぁ、そうなりますよね」
俺と杏樹は『四尾霊狐』の契約者だ。
その俺たちが『霊獣の骨』を管理するのは当然のことだろう。
「ということは、俺と杏樹さまが定期的に『隠された霊域』をチェック……いえ、点検すればいいわけですね?」
「いえ、かなり長い時間がかかるので、確実な方法をとってほしいと」
「確実な方法ですか?」
「そうです」
「わかりました。俺にできることでしたら」
「……えっと。内容については、事件が解決してから申し上げるそうです」
「落ち着いてから、ということですか」
「おそらくは、そうだと思います」
「それは俺と杏樹さまにしかできないことなんですよね?」
「そのようです。わたくしと零さまが協力することで、はじめてそれは成し遂げられるそうです。長い時間をかけて浄化をするためには、どうしても必要なことのようですね。ですが……えっと、やっぱり詳しいことは、煌都の事件が解決してからにしたいようです」
杏樹は不思議そうな顔で、何度もうなずいてる。
俺と杏樹にしかできないことで、長期間の浄化に必要なこと。
……一体、なんだろう。
『四尾霊狐』が安定するように、毛並みを櫛でとかして欲しいとか、尻尾をなでてほしいとか……かな。
うん。それくらいなら構わない。
というよりも、別のことでも問題ない。
『邪霊刀』と『霊獣の骨』の封印は、俺が安定した生活を送れるかどうかがかかってる。
必要なことならやるべきだろう。
「──杏樹さま、月潟さま。少しよろしいですか?」
そんなことを考えていると、戸の向こうから桔梗の声がした。
「錬州のご嫡子、蒼錬将呉さまが、杏樹さまと月潟さまとの会談を申し出てきました。情報の共有と、今後のことについてお話をされたいそうです」
「すぐにうかがいますと申し上げてください」
杏樹は答える。
桔梗の返答があって、足音が遠ざかっていく。
錬州側も、こちらと情報共有したいらしい。
こっちも今のところは、錬州と敵対する理由はない。
【アカヤミスイコ】退治では船を出してもらっているからな。
協力関係は維持しておこう。
「それでは零さま。わたくしと『四尾霊狐』さまの分離をお願いいたします」
「承知しました」
俺は杏樹と『四尾霊狐』の分離作業に入る。
作業は、それほど難しくない。
杏樹の額と、胸の中央と、臍の下に俺の霊力を注げばいいだけだ。
それで分離できるはずなんだけど──
「……あれ?」
「…………分離、できませんね」
霊力を注いでも、杏樹は狐耳と九本尻尾のままだ。
……あれ?
「えっと……『四尾霊狐』さまがおっしゃっています。やり方を変えてほしいと」
「やり方を、ですか?」
「長い時間をかけて『霊獣の骨』を浄化するために必要なことがあるので……それをするときのための練習だそうです。霊力を注ぐとき、服越しではなく、直接肌に触れて行うように、と」
「直接」
「もう、霊力を注ぐ時間をもっと長めに、だそうです」
「……あの、杏樹さま」
「はい。零さま」
「『霊獣の骨』を浄化するために必要なことって、なんなんでしょうか?」
「それはまだ秘密、だそうです」
杏樹はまた、首をかしげて、
「人の寿命を超えて、『四尾霊狐』さまがわたくしたちの霊力と繋がるために、必要なことだそうです」
「……よくわかりません」
「神にも等しい霊獣がおっしゃっているのです。指示通りにいたしましょう」
「…………ですね」
「…………それでは、お願いいたします。零さま」
「………………はい」
「………………あの、零さま」
「……………………はい」
「……………………今さらなのですが……緊張してまいりました」
「…………………………ですね」
「…………………………こ、ここは、すべてを零さまにゆだねることにいたします」
そう言って杏樹は、服の帯をほどいていく。
その後、俺はいつもの数倍の時間をかけて──杏樹と『四尾霊狐』を分離したのだった。
書籍版2巻は来週、4月14日発売です!
表紙は狐耳と尻尾状態の杏樹と、錬州の末姫の真名香が目印です。
もちろん、2巻も書き下ろしを追加しております。
表紙は「活動報告」で公開していますので、ぜひ、見てみてください。
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