第78話「護衛、【禍神】の姫君と戦う」
『「命ずる。
地上を這いずる邪悪な者どもは、殺し合え。
おたがいの血肉を食らい、たがいの命が尽きるまで、殺し合えばいいのだ」』
──【禍神・迦具夜】の声が、俺の霊力に染みこんでくる。
奴の能力は霊力を通して、対象の身体を操るものらしい。
俺の『影縫い』と似ている。
あれは魔獣の邪気衣を固定することで、本体の動きを止めるものだ。
同じように、この【禍神】は対象の霊力に影響を与えることで、肉体の方をコントロールするってことか。
『竹取物語』に登場する月の人々は、謎のプレッシャーで地上人の動きを封じていた。
この能力は、それが変化したものだろう。
【禍神・迦具夜】を月の住人──つまり、地上人の上位の存在と見立てて、そのプレッシャーで身体を操るわけだ。
『──ギギィ』
『──ガガガ……血。人の血』
『──近クデ、見タイ』
「良かろう。おろかな地上人が相争う姿、間近で見るがいい」
従者に扮した【コクエンコウ】の声を聞き、【禍神】が笑う。
許可を受けた【コクエンコウ】たちが、俺と萌黄に近づいてくる。
「殺し合う地上人に混じり、奴らの肉を食らうがいい。我が従者よ」
『『『ギギギギィ!!』』』
はじかれたように【コクエンコウ】たちが走り出す。
それを見た萌黄の顔が、真っ青になる。
あいつは太刀を手にしたまま、じっと俺を見てる。【禍神】のプレッシャーに必死に抵抗してるけど──身体が、俺の方に向かってきてる。【コクエンコウ】もそうだ。【禍神】は3匹と1人がかりで、まずは俺を殺すことにしたらしい。
……面倒だな。
こんな人里の近くで【禍神】なんか喚ばれたら困るんだが。
『というわけです。杏樹さま。浄化をお願いします』
『はい! 承知いたしました!』
しゃらん、と、神楽鈴の音が響く。
【禍神】の声が俺の霊力に触れたのは、ほんの一瞬だけ。
杏樹の巫女の力は【禍神】の術を、即座に祓い、消し去った。
「めんどくさいから近寄るな。魔獣!」
『──ギガッ!?』
『──ハ、ハァ!?』
『──ドウシテ動ケ……ル!?』
俺は霊刀『龍爪』を振った。
無防備に近づいてきていた【コクエンコウ】の首を、まとめて切り落とす。
ぶしゃ、と、赤黒い血が飛び散る。
それが地上に落ちる前に、俺は『軽身功』を発動。
床を蹴り、【禍神・迦具夜】に飛びかかる。
「────!? 『月の宮の姫の名において命じる! 下賤の者よ、退がれ!!』」
「効かねぇよ!!」
「『──ならばそこの娘! この不埒者を殺せ!!』」
【禍神・迦具夜】は言霊を萌黄に叩きつける。
「零くん。避けて!」
「わかってる」
背後から斬りつけてくる萌黄の太刀を、俺は受け流す。
本気の萌黄なら別だけど、操られてる萌黄の太刀なら、簡単に見切れる。
というか、萌黄もそれなりに抵抗してるからな。
この【禍神・迦具夜】は、戦闘向きじゃない。
能力も中途半端だ。実験的に召喚されたものだろうか。
以前に召喚された【禍神・斉天大聖】も【禍神・酒呑童子】も、邪気が満ちる場所に呼び出されていた。
だけど、ここは錬州近くの館だ。
邪気の満ちる場所じゃない。
こいつはきっと、これまでの【禍神】とは別の術式で召喚されている。
だから戦闘向きじゃない。
俺たちを止めるには、力不足だ。
『──ばかな!? なぜ動ける!?』
「俺がひとりで戦ってるわけじゃないからだよ」
俺は杏樹と『四尾霊狐』、それに、精霊たちとも繋がってる。
ぶっちゃけ、霊力を通してネットワーク化してる。
俺を支配しようとする【禍神】の言葉は、杏樹が浄化してくれる。
奴の支配の力も分散できる。俺を操ろうとする力は、『四尾霊狐』や精霊たちに少しだけ、背負ってもらうこともできる。
そうすれば奴の支配力は数十分の一になる。
影響は「ちょっと戦いづらいな」ぐらいだから、杏樹が浄化するのも簡単なんだ。
「俺たちは煌都の連中を甘く見てない。対策を立てて来てるんだ」
「寄るな下郎!!」
青ざめた【禍神・迦具夜】が『龍珠』を掲げる。
俺は即座に棒手裏剣を投擲。
奴の邪気を、床に縫い付ける。【禍神】が雷を放つけれど、それはあさっての方向に飛んでいく。固定された腕では、まともに狙いなんかつけられない。【禍神】は身体を振って棒手裏剣を引き抜く。
その隙に、俺は奴を間合いに捉えていた。
「『寄るな!!』『寄るなと言っておるのが聞こえぬか!!』」
「聞こえねぇよ。とっとと消えろ、【禍神】!」
俺はそのまま【禍神・迦具夜】に近づき、霊刀『龍爪』を振り上げた。
『──霊刀「龍爪」には、ご神体のかけらが組み込まれております』
俺は、以前聞いた杏樹の説明を思い出す。
『太刀は、儀式に使われる神具でもあります』
『ですが、武器として敵を斬るものでもあります』
『ゆえに、ご神体のかけらが組み込まれた霊刀は、ふたつの力を持ちます』
『現世の物理を断ち切る力』
『神の加護により、邪気や魔獣、霊力や霊体のみを斬る力です』
『零さまなら、それを選んで使うことができるはずです』
その言葉の通り、俺は霊刀『龍爪』の使い方を、選んだ。
「邪気と【禍神】のみを切り裂け。霊刀『龍爪』よ」
俺は【禍神・迦具夜】に向けて、霊刀を振り下ろす。
「『虚炉流・邪道』──『神斬り』」
そして──『禍神・迦具夜』の十二単が、割れた。
『──────が、ががあああああああああっ!?』
割れた衣の向こうに見えるのは、誰かの白い肌と、赤い文字が書かれた呪符。
俺は返す刀で呪符を断ち切る。
十二単の内側にある肌には、傷はつかない。
ただ、堅いものが割れる音がした。
【禍神】の中から、灰色をしたものが落ちてくる。
骨だった。
朽ちかけた背骨のようなものだ。
それを見た瞬間、杏樹と『四尾霊狐』の嫌そうな感情が伝わってくる。
『──霊獣の、骨です』
杏樹は言った。
『「四尾霊狐」さまがおっしゃってます。「おぞけが走る」「きもちわるいよ」と。そこにあるのは恨みと共に亡くなった霊獣の骨のようです』
『初代皇帝の霊獣のものでしょうか?』
『おそらくはそうでしょう。あの「邪霊刀」と霊獣の骨が【禍神】の召喚に使われたのかもしれません』
……いや、そんなカジュアルに【禍神】を喚ばれても困るんだが。
骨と太刀だけで【禍神】を召喚できるって……やばすぎだろ。
あんまりポンポンと【禍神】を召喚されたら、手に負えなくなるぞ。
「【禍神】の中の人は……予想通りか」
呪符を破壊した結果、【禍神・迦具夜】は消滅した。
中から現れたのは──ふたりの人物。
意識を失った副堂沙緖里と『清らかな巫女』だった。
脈を取ってみる……ふたりとも、生きてる。
副堂沙緖里の方は巫女服姿。『清らかな巫女』の方は、素裸だった。
窓から見たときのように、『清らかな巫女』が副堂沙緖里の背中にしがみついている。まるで取り憑いているようにも見える。
『……沙緒里さまと巫女の方が、術の素体になっていたようです』
杏樹の声が届く。
『沙緒里さまは……生きていらっしゃいます。よかった……』
『でも、副堂沙緒里さまは霊力を失ったんですよね? 術は使えないはずじゃないんですか?』
『おそらく、知識を利用されたのでしょう』
杏樹は答える。
『沙緒里さまはすぐれた知性と知識をお持ちです。強制的に術を覚えさせられて、実行したのかもしれません。その術に必要な霊力は「清らかな巫女」が供給したのでしょうね』
副堂沙緒里がシステム担当。『清らかな巫女』は電池ってことか。
……最悪なやり口だ。
人をなんだと思ってるんだ。煌都の連中は。
『副堂沙緒里さまのことはご心配でしょうけど……戻る前に屋敷の探索を済ませておきます。いいですよね?』
『もちろんです。こんな術を使った者がいるなら、捕らえなければ』
『もうちょっと待っていてくださいね』
杏樹に答えてから、俺は萌黄の方を見た。
「萌黄。無事か?」
「…………」
「萌黄?」
「……だい、じょうぶ。無事」
萌黄は太刀を手に、床に座り込んでいた。
呆然とした顔で、うつむいてる。
「……わたし、敵に操られた」
やがて、萌黄はぽつりと、そんなことをつぶやいた。
「未熟……くやしい」
「相手は【禍神】だ。そういうこともあるだろ」
「太刀の声が、聞こえなかった。わたしの意思に、太刀が逆らった。わたしは……零くんを背後から、攻撃しちゃった」
「そっか」
「どうすれば……いい?」
「貸しひとつだ。すぐに返してくれればいい」
「貸し? 返すって?」
「俺は副堂沙緖里を背負って町に戻る。萌黄は、巫女の方を頼む」
萌黄は【禍神・迦具夜】の言霊に捕らわれたのが、ショックだったらしい。
変なところで真面目だからな。こいつ。
こういうときは、仕事を頼んだ方が安心するんだ。
「錬州の連中は、まだ船を回収してないはずだ。岸に戻れるのは俺たちだけ。だから、副堂沙緖里と巫女は俺たちが運ぶしかない。わかるな?」
「……わかった」
萌黄はうなずいた。
「全裸の巫女は、わたしが背負う。それで貸し借りなし?」
「そういうことだ」
「納得した」
「あと、もうひとつ。俺が3階を見てくるまでの間、萌黄はここでふたりを見張っていてくれ」
「それも借りを返すため?」
「3階で得た情報は、お前にも伝える」
「わかった。信じる」
「あっさりだな」
「零くんはこういうとき、嘘はつかない」
「不意打ちやだまし討ちはするけどな」
「わかってる。でも、約束を破ったりはしないから」
「信用してくれて助かる。それじゃ、いってくる」
「うん」
萌黄に手を振って、俺は屋敷の3階に向かった。
『……不思議ですね。零さま』
『どうされましたか。杏樹さま』
『なんだか、すごく、うらやましくなりました』
『うらやましい、ですか?』
『零さまと萌黄さまは、深いところで、信じ合っているような気がします』
ぽつり、と、杏樹はそんなことを言った。
『い、いえ、もちろん、わたくしも零さまを信じております。深く深ーく信じております。いつでも証明できます! 紫州に戻りしだい、すぐにでもです』
『あ、はい』
『ですが……ああいう、対等の友だちのようなお話は、したことがなかったような気がするのです』
『そうでしたっけ?』
『いつも「敬語はやめましょう」と申し上げていますよね?』
『……帰ったら検討します』
『約束ですよ』
そんなことを杏樹と話しながら、俺は階段を上っていく。
そうして俺は、屋敷の最上階にたどり着いたのだった。
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