第76話「番外編:精霊たちはお役に立ちたい」
いつも『護衛忍者』をお読みいただき、ありがとうございます。
今週はちょっと気分を変えて、番外編を書いてみました。
零たちが紫州の屋敷にいたときのお話です。
零の前世の話を聞いた杏樹は、いろいろと興味しんしんのようで──
気軽に楽しんでいただけたら、うれしいです。
「零さまにうかがいたいことがあるのです」
「なんでしょうか? 杏樹さま」
ある日の午後、屋敷で杏樹と話をしていた。
「前にうかがった、零さまの前世のお話です」
「なるほど。俺がどんな理由で転生したか、ですね」
「いえいえ。そういうことではありません」
「そうなのですか?」
「零さまは今、わたくしの目の前におられます。わたくしにとって大切なのはそれだけです。転生した理由には、あまり興味はありません。ただ、わたくしと零さまが出会えたことに感謝するばかりです」
「…………はい」
杏樹はそういうこと、真顔で言うんだもんな。
……護衛として、反応に困るんだが。
「話をうかがう限り、零さまの前世の世界は、とても便利なところだったようですね」
「はい。様々な機械が、人の生活を助けてくれていました」
「どのようなものでしょうか?」
「杏樹さまに興味がありそうなものというと……」
俺はふと、杏樹の方を見た。
きれいな黒髪が、目に入った。長い、艶のある髪だ。
あれを維持するのは大変だろうな。
お風呂上がりとか寝起きに、杏樹と桔梗がお互いに髪の手入れをしているらしいけど。
「前世の世界には、髪を乾かす機械がありました」
「そんなものがあったのですか?」
「あとは、髪を洗うのに便利なシャワーもありましたね。杏樹さまの疲れを癒やす、泡が出るお風呂とか……って、あれ?」
「どうされましたか。零さま」
「いえ、これって、精霊たちにお願いすれば再現できるんじゃないかと」
俺や杏樹の配下には、たくさんの精霊たちがいる。
あの子たちの力を借りれば、前世のものをある程度、再現できるんじゃないかな。
──という話を、俺は杏樹にしてみた。
すると、
「ぜひ、再現してくださいませ!」
大きな目をきらきらと輝かせて、杏樹はそんなことを言ったのだった。
ふわふわ、ふるふる、ふよふよ。
そんなわけで、俺は精霊たちをお風呂場に集めた。
水の精霊の『泡』と、風の精霊の『晴』と……今回は呼んでないのに、光の精霊の『灯』もついてきた。精霊たち、仲良しだからかな。
「それじゃ、教えた通りに動いてくれ。あとは臨機応変に」
ふわふわ! ふるふる!
気合いを入れて身体を震わせる精霊たち。
いくつか確認をしてから、俺は風呂場から脱衣所に移動する。
「お待ちしておりました」
「月潟さまが、なにか楽しいことをされるとうかがっております」
「よろしくお願いします。師匠!」
脱衣所では、杏樹と桔梗と茜が待っていた。
3人とも手ぬぐいを持ってる。これからお風呂に入る予定だからだ。
俺から『前世の話』を聞いた杏樹の行動は、速かった。
あっという間に『月潟零の前世のお風呂体験会』の準備を整えてしまったんだ。
もちろん、桔梗と茜には前世のことは話していないから『月潟零が新しい精霊の使い方を編み出した』ということにしてある。
まぁ、楽しんでくれるなら、なによりだ。
杏樹も色々な事件があって大変だったからね。
桔梗も杏樹をサポートしてくれてたし、茜は俺を手伝ってくれてた。
3人がのんびり過ごせるように、俺も協力しよう。
「それでは、後のことは精霊たちに任せてありますので」
「いえ、零さまもいてくださらないと」
「お嬢さま!?」「し、師匠もですか!?」
「精霊たちに指示をされるのは零さまです。脱衣所にいていただくべきでしょう」
うん。言うと思ってた。杏樹のことだからね。
俺は素直に脱衣所の扉を開けて、
「お風呂場に入ったら合図をしてください。俺はそれから、脱衣所に来ますから」
「あ、え? はい」
「わかりました。月潟さま」「承知なのです!」
不思議そうな顔をしている杏樹を引っ張って、桔梗と茜は入浴の準備を始める。
そうして俺は素早く、脱衣所を出たのだった。
「桔梗。これが西洋風の『しゃわー』というものですよ。たくさんの水の精霊『泡』が、優しいお湯を落としてくれています」
「なんと!? お屋敷にいながら西洋文化を体験できるなんて……!?」
「落ち着いてくださいです。桔梗さま!」
「濡れた髪は風の精霊『晴』が乾かしてくださいます。これも西洋風の『どらいやー』というものです」
「感激です! 桔梗はもう死んでもいいです!」
「ここで死なれたら困るのです!!」
うん。3人とも、楽しそうでよかった。
たくさんの精霊に来てもらったけど、実は、たいしたことはできない。
──水の精霊に、人肌くらいに温めたお湯を落としてもらう『シャワー』
──風の精霊に、髪を乾かしてもらう『ドライヤー』
──風の精霊に、浴槽で大量の泡を作り出してもらう『バブルバス』
再現できたのはこれくらいだ。
ふよふよ、ふよ!
「……ごめんよ。今回はお前たちの仕事はないんだ」
俺は光の精霊『灯』をなでた。
『灯』はお風呂場で、電灯の代わりをしてくれてる。
でも、それは一体いれば十分だ。
残りの『灯』は手持ち無沙汰のようで、お風呂場と脱衣所を行ったり来たりしてる。俺も同じく暇なので、かまってほしそうな『灯』をなでてる。
とにかく、3人がよろこんでくれて、よかった。
精霊たちも俺も、最近は戦闘ばかりだったからな。
能力をこんなふうに、平和なことに使えるのはいいよな……。
「あら、茜さま。どうなされたのですか?」
ふと、杏樹の声が聞こえた。
「さっきからお背中を気にされているようですが」
「あ、はい。実は剣の訓練中に、背中をぶつけてしまったです」
そういえばそうだった。
昼間に、茜を指導したとき、彼女は勢い余って柱に背中をぶつけたんだっけ。
本人は大丈夫って言ってたけど、今になって痛み始めたのか?
「痛くはないのです。ただ、跡が残ってないか気になるのです」
「お気持ちはわかります」
「少し待ってください。桔梗が確認いたします」
「ありがとうございます。でも、自分で確認できればいいんですけど」
ふよふよ、ふよ!
不意に、光の精霊たちが震え出す。
次の瞬間──
「わ、わわっ! あたしの背中が、目の前に映し出されたです!」
「光の精霊さまが、茜さまのお願いを聞いてくださったのですね。確かに、これなら背中もよく見えます。見えないところを洗うのにも便利です」
「あ、あの、お嬢さま! 光の精霊さんが四方八方で、桔梗たちの姿を映し出していらっしゃいます! べ、便利ではありますけど……恥ずかしい」
……うん。桔梗の気持ちはわかる。
俺もかなり困ってる。
光の精霊『灯』は、脱衣所でも同じことをしてるからだ。
俺の姿を映し出したり、お風呂場にいる杏樹と桔梗、茜の姿も再現したりしてる。
ふよふよ──って、うん。杏樹たちが喜ぶと思ったんだね。
でも、脱衣所に映像を映し出さなくてもいいからね。
俺が目をつぶってるうちにやめてね。手を叩いたら終了だ。はい。
ぱんっ。
こうして、脱衣所に投影されていたお風呂場の光景は消滅した。
だけど──
「…………あの……零さま」
お風呂場から、また、杏樹の声がした。
「なんでしょうか。杏樹さま」
「目の前に、手を叩いている零さまの姿が映し出されたのですが……これは」
光の精霊は、とても丁寧な仕事をしたようだった。
こうして『月潟零の前世のお風呂体験会』は無事に終了した。
『光の精霊』の仕事のことは、正直に伝えた。
杏樹は即座に、桔梗と茜は……顔を真っ赤にしながら、納得してくれたんだけど──
──でも、その後。
「それでは零さまにも、新しい精霊さまの使い方を体験していただきましょう」
「それはいいことですね。お嬢さま」
「師匠……がんばってくださいです!」
杏樹と桔梗と茜が脱衣所で待機している中で、俺はお風呂場で『シャワー』『ドライヤー』『バブルバス』を体験することになったのだった。
書籍版2巻の発売日が決定しました。4月14日発売です!
表紙は零と、『四尾霊狐』と合体した、狐耳と尻尾状態の杏樹が目印です。
もちろん、2巻も書き下ろしを追加しております。
表紙は「活動報告」で公開していますので、ぜひ、見てみてください。
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