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第74話「零と杏樹、河童の魔獣への対策を立てる」

「あんなに大量の【アカヤミスイコ】を見るのははじめてだな」


 (とりで)の防壁に立ち、俺は赤く染まった川面を(なが)めていた。


【アカヤミスイコ】は魔獣化した河童(カッパ)だ。といっても、河童のような愛嬌(あいきょう)はまったくない。頭に皿もないし、背中に甲羅(こうら)もついていない。

 共通点といえば、人を水中に引きずり込むことくらいだ。


 水虎(すいこ)の名の通り、両手にはするどい爪があり、口にはキザギザの(きば)がある。

 主に水辺にひそんでいて、近づいたものを喰らう。

 それが魔獣【アカヤミスイコ】だ。

 ただ、人里近くに──しかも、こんなに集団で現れるのは珍しいな。



「────銃構(じゅうかま)え。放て──っ!!」



 列をなした錬州の近衛兵が叫び、銃声が響き渡る。

 上陸しようとした【アカヤミスイコ】が悲鳴を上げて倒れる。


 けれど、それは数体だけ。

 大部分の【アカヤミスイコ】は水中に隠れたまま。上陸しようとしない。

 おそらく、夜を待っているのだろう。

 暗くなれば銃の命中率は落ちるし、魔獣が闇に紛れて上陸することもできる。

 川中の(・・・)館にいる(・・・・)という(・・・)術者(・・)は、それを狙っているんだろうか。


「館にも魔獣がいるな。うかつに踏み込めば、水中と空中から挟み撃ちか」


 川の中央にある小島──そこに建つ館の周囲に、鳥のような影が見える。

 天狗型(てんぐがた)の魔獣【アオヤミテンコウ】だ。


 奴らの中の一体が、ついさっき、砦の近くまで飛んできた。

 錬州の近衛兵に撃ち落とされたそいつは、小さな板を持っていた。文章が書かれた板を。

 内容は──



『右大臣の泰山(たいざん)と、奴の持ち物を引き渡せ。さもなくば(ばつ)が下るだろう』



 ──それだけだった。


錬州(れんしゅう)のご嫡子(ちゃくし)は、対策を考えていらっしゃるようです」


 俺の隣で、杏樹が言った。

 高いところが怖いのか、ぴったりと身体をくっつけてる。

 防壁の上は危険だと言ったんだけど、杏樹は『零さまのおそばが一番安全です』と言って、聞かなかった。


「右大臣はおっしゃっていましたね。『はじまりは、皇帝陛下の弟君が「前世の記憶」とやらに目覚めたことです』と」

「……ですね」

「つまり、皇弟殿下は、転生──」


 言いかけた杏樹に、俺はうなずき返す。

 予想通り、煌都(こうと)の術者を操っていたのは、俺と同じ転生者だった。

 しかも皇帝の弟という地位の人間だ。


「前世の記憶に目覚めた皇弟殿下は、この世界が不安定すぎることに怒りを覚えたそうです。なんの保証もなく、明日のこともわからない。こんな世界は許せない、と。そう言われても、わたくしたちにはどうしようもないのですが……」


 杏樹はそう言って、ため息をついた。

 ここは砦の防壁の上。まわりには錬州の兵士がいる。聞き耳を立てている者も、たぶんいる。

 俺が転生者だということは、口にしない方がいい。


「仮の話として……皇弟が本当に別世界から来たのだとしたら、不安になるのもわかるような気がします」


 だから、少しぼかす感じで、俺は言った。


「たとえばその世界が、先の予定が立てられる世界だったらどうでしょうか。一週間後の天気とか、乗り物が確実に、何時に到着するかとか。荷物は、何日の何時に届くのか、とか。皇弟がいたのはそんなふうに、先のことがある程度わかってしまう世界なのかもしれません」

「そういう世界があるのですね? 仮の話として」


 杏樹は俺の意図に気づいたように、うなずく。


「仮の話として、皇弟殿下がそういう世界から来たのなら……不安になるのもわかるような気がしますね」

「この世界は不安定ですからね……」


 ──この世界には人間の天敵である魔獣がいる。人を侵す邪気がある。

 ──なのに、情報は少ない。ネットもスマホもない。

 ──情報源はすべて口コミ。明日の天気さえも、正確にはわからない。

 ──生命保険もない。年金は……一応はあるか。恩給があるもんな。


 そんな不安定な世界に、怒りを感じる気持ちはわかる。

 だから俺も老後の安定のために、年金を望んだわけだし。


「右大臣はおっしゃっていましたね。『(わざわい)をすべて他に押しつければ、幸運だけを享受(きょうじゅ)できると、あの方は考えていた』と」

「その実験として、副堂沙緖里(ふくどうさおり)に『二重追儺(ふたえついな)』の術を使わせた。それである程度の成果を得たから、今度は錬州に、実際に鬼門を作ろうとしたわけですか……」

「それに煌都(こうと)の者が従ったのは、皇太子殿下のためになると思ったからでしょう」


 それが、錬州の山の事件の真相だった。


「今の皇帝陛下の長男……皇太子殿下は優秀な方ですが、お身体が弱いそうです。その方が、不安定な世界に生きていくのを可哀想に思って、皇弟殿下は陰陽寮(おんみょうりょう)を動かした……それが、右大臣さまのお話でした」


 けれど、錬州に鬼門を作ることはできなかった。

 それで皇弟は『邪霊刀(じゃれいとう)』に手を出したそうだ。


『邪霊刀』は皇帝の霊獣を殺した太刀だと言われている

 数代前の皇帝はあの太刀で、霊獣の身体を切り刻んだ。霊獣の怒りと血にまみれた太刀は、邪気を噴き出す『邪霊刀』と化した。その皇帝はすぐに亡くなり、『邪霊刀』は皇帝陵(こうていりょう)の中に封印された。

 皇弟は、それを掘り出してしまったらしい。

 で、危険を察知した右大臣が、隙を見て奪って逃げてきたわけだ。


「『邪霊刀』を封印して、皇弟をなんとかすれば──」

「はい。事件の連鎖(れんさ)を断ち切ることができるかもしれません」


 俺と杏樹は、川の小島にある館を見ていた。

 あの中に、皇弟はいない。いるのは術者と、その補助をしている巫女の女性だ。

 年齢は、杏樹と同じくらい。

 顔つきは、『清らかな巫女』に似ているそうだ。


「……沙緖里(さおり)さまでしょうか」


 杏樹は、ぽつり、と、つぶやいた。

 俺は、答えなかった。情報が少なすぎるからだ。


「わたくしは……知りたいです」


 杏樹は川の中央にある館を見ながら、言った。


「あの場所に、本当に沙緒里さまがいるのか。術者となにをしているのか。そして……皇弟殿下が、これからなにをしようとしているのか。話をして……その意図を聞いてみたいのです」


 杏樹の気持ちは、よくわかる。

 副堂沙緖里は【二重追儺】の術のせいで、霊力を失った。そんな人が前線に出てきた理由を知りたい。館の術者も……たぶん、陰陽師の蓬莱の同類がいるんだろうけれど、そいつの意図も気になる。

 そして、すべての背後にいる皇弟の思惑も……そいつがどこから来た転生者なのか、『邪霊刀』を使ってなにをしようとしているのか、聞き出したい。

 そのために、まずは館に行ってみたいんだけど、これが意外と難しい。


 川には数十体の【アカヤミスイコ】がいる。

 俺の『軽身功(けいしんこう)』なら、水面を足場にして飛ぶことができる。

 そのまま館に入ることはできるけれど……そうしたら魔獣たちも、俺を狙って上陸してくるだろう。数十匹の【アオヤミテンコウ】と【アカヤミスイコ】──空と陸、両方から攻撃を受けることになるんだ。

 さすがにそれだけの数を、ひとりで相手にするのは無理だ。


「館に行くには【アカヤミスイコ】の数を減らした上で、ある程度の兵力で向かうしかないですね」

「おひとりでは……行かないでくださいね」

「わかってます。さすがにこの数をひとりで相手にするのは無理です」

「ですよね」

「それに【アカヤミスイコ】を排除して川を渡るには、錬州側(れんしゅうがわ)の協力が必要ですから」

「……え?」


 杏樹がびっくりした顔になる。


「零さまは【アカヤミスイコ】をなんとかできるのですか?」

「手間はかかりますけどね」


 相手は魔獣化した河童だ。

 基本的には水中にいる。しかも邪気衣(じゃきえ)をまとっている。それを貫くには霊獣の力が必要なんだけど、水中にいる相手には『火狐(かこ)』や『桜鳥(おうちょう)』の炎が通りにくい。錬州の霊獣の『騰蛇(とうだ)』が起こす風も散らされてしまう。

【アカヤミスイコ】を効率よく倒すには、地上に引っ張り出す必要があるんだ。


「問題は、どうやって錬州側の協力を得るかですね」


 俺は続ける。


「それと、少しだけこちらの手の内をさらす必要があります」

「あの方と、わたくしの力のことですね」


 杏樹は声をひそめた。

 それから俺たちは声に出さずに、【アカヤミスイコ】を排除する作戦について、話し合った。

 まわりに不審に思われないように、別の言葉を声に出しながら。


 ふたりとも頭の中での会話に集中してたから『杏樹さまはすごい』『零さまこそ』『杏樹さまの好物は』『お風呂で背中を流して』『お屋敷をもらったことに感謝』『零さまに髪をとかしてほしい』とか、微妙に()み合わない話になったけど。


 そうして話を終えたあと、杏樹は納得したようにうなずいて、


「わかりました。そのやり方ならば、うまくいくと思います」

「あとは錬州側をどうやって納得させるかですけど」

「それは問題ないと思います。錬州側がもっとも恐れるのは……【アカヤミスイコ】がこのまま下流へ向かうことでしょうから」


 下流……つまり、錬州の都がある場所だ。

 川を下れば、海に出る。

 海の側には錬州の都があり、交易のための大きな港がある。


「【アカヤミスイコ】を討伐できなければ、錬州の港は大きな被害を受けることになります。錬州のご嫡子も、それは避けたいはず。ならば協力してくれるのではないでしょうか」

「納得です」

「では、ご嫡子にそのことを伝えて参ります」

「杏樹さまのお手をわずらわす必要はありません。そこに(・・・)隠れている者に(・・・・・・・)、伝言を頼みましょう」


 俺は杏樹を背中にかばいながら、砦の中に通じる階段を見た。

 ここは敵地だ。油断はしていない。周囲の気配は、しっかりと察知してる。


「いるんだろう。萌黄(もえぎ)。どこまで聞いてた?」

「……はじめてお目にかかります。紫州候代理(ししゅうこうだいり)、紫堂杏樹さま」


 ゆらり、と、階段の影の中から、小柄な少女が姿を現した。

 俺の幼なじみで蒼錬将呉の護衛の、虚炉(うつろ)萌黄(もえぎ)だ。


「錬州のご嫡子の護衛の方に申し上げる」


 俺は萌黄の方を見て、言った。


「砦の中での行動を許していただいたことには感謝している。けれど、立ち聞きまでは許したつもりはない。紫州候代理に対して無礼ではないのか?」

「お詫びもうしあげます」


 萌黄は素直に、杏樹に対して頭を下げた。

 顔を上げた萌黄は苦笑いしてる。『わかってたくせに』という顔だ。


 確かに、萌黄がいることには気づいてた。杏樹にも耳打ちしてた。

 それで前世のことや『四尾霊狐』のことを話すときは、声を潜めていたんだ。


 だから、これは表面を取り(つくろ)うためのやりとりだ。


「錬州はただいま窮地(きゅうち)にあります。仮に、この状況をなんとかできる方法をごぞんじなら、ぜひ、お知恵にすがりたい、のですが」

「承知しました」


 萌黄の言葉に、杏樹はうなずき返す


「では、錬州のご嫡子へのお取り次ぎをお願いできますか?」

「はい。ところで……」


 萌黄は護衛の表情のまま、首をかしげて、


「おそれながら、申し上げます」

「なんでしょうか。ご嫡子の護衛の方」

「護衛というものは、そこまで身体をぴたりとくっつけるもの、でしょうか」

「紫州には紫州のやり方がございます」


 杏樹はおだやかな表情で答えた。


「わたくしたちにはこのやり方が合っているのです」

「……わたくしたち」

「ところでご嫡子の護衛の方……あなたは、零さまの?」

「同郷の者。家族、同然、です」

「そうですか」


 ……あの。杏樹。

 どうして俺の手を握りしめてるの?


「いずれお話をさせていただきたいです。昔の零さまのことなどをうかがえればと」

「お話を……?」

「ええ。零さまのお身内の方なら、話をして、わかりあって、仲良くなりたいですから」


 そう言ってから、杏樹はかぶりを振って、


「ですが、それは後のことです。今は錬州のご嫡子と、今後のことについてお話をいたしましょう」

「紫州候代理さま。あなたは、話をするのが……お好きなのですか?」

「はい。話して、わかりあうことが大好きです」

「……そう」


 萌黄の視線が、一瞬、俺を捉えた。

 けれど彼女はすぐに杏樹に向かって、深々と一礼して、


「ご案内します。こちらへ」

「ありがとうございます」

「参りましょう。杏樹さま」


 俺と杏樹は萌黄に案内されて、蒼錬将呉のもとへ。

 それから俺たちは、作戦について伝えた。

【アカヤミスイコ】を排除して、川中の館に兵を入れる方法があること。

 実行するには錬州側の協力が必要なこと。

 杏樹には力を振るうための、安全な環境が必要なことを。


「……承知しました。紫堂杏樹さまの、お力をお借りしたい」


 蒼錬将呉は床に(ひざ)をつき、深々と頭を下げた。


「ですが……どうしてそこまでしてくださるのだ? 川の上流にある紫州にとって、【アカヤミスイコ】の影響は小さいはず。放置することで……錬州を」


 言いかけて、蒼錬将呉は言葉を切った。

 たぶん『放置することで錬州を弱体化させることができる』と言いたかったんだろうな。

 けれど、杏樹は静かな口調で、


「わたくしは煌都(こうと)と決着をつけるために来たのです。【アカヤミスイコ】の排除は、そのための手段だと考えております」

 

 ──そんなことを、言った。


「それに、魔獣を操る術者を放置して、紫州に帰るわけにはいきません。そんなことをしたら……懸命(けんめい)に術者と戦い続けてくださった方に顔向けができません。わたくしは大切なその方に、恥ずかしくないように生きていきたい……それだけのことなのです」


 そうして杏樹は、俺が考えた作戦について、話し始めたのだった。








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