第71話「護衛、情報収集する」
──数日後──
州境から錬州の彼岸町までは、馬車で約1日。
ただ、それは街道を通った場合だ。
紫州の『狼牢山』を駆け抜けて、森を抜ければ半日もかからない。
もちろん、俺が選んだのは速くて、人目に付かない方だ。
そして今、俺は樹の上に座り、彼岸町と『州候会議』の場所を見下ろしている。
「やはり錬州の注意は、煌都側に集中しているのか」
俺がいるのは、『狼牢山』のふもとの森。
高い樹の上で、俺は錬州の町を眺めていた。
昼から偵察をはじめて、今は日暮れ前。
川の向こうに沈む夕陽が、周囲を赤く染め上げている。
偵察の結果、彼岸町とその周辺のことがわかった。
まずは地形を確認しよう。
紫州の山──『狼牢山』のふもとには森が広がっている。
その向こうにあるのは平地だ。
平地には彼岸花の群生地隊があり、その先には田畑がある。
錬州の財力の源でもある、広い穀倉地帯だ。
まわりを彼岸花がかこんでいるのは『毒を持つ彼岸花には魔獣避けの効果がある』という言い伝えがあるからだろう。効果のほどは、わからないけれど。
彼岸町は穀倉地帯の向こう。川岸にある。
町は背の高い防壁に囲まれ、町の中には見張り塔と砦がある。
魔獣がいるこの世界では、町に砦があるのはめずらしくない。
ただ、彼岸町の砦は川に近い場所──煌都を見張るようにに建てられている。
防壁も煌都の側がもっとも高く、厚い。
町の外にいる兵士も、川の方が多い。
煌都側には、数十人の兵士が常駐している。
逆に紫州の側はスカスカだ。
町の向こうには大きな川がある。錬州と煌都をへだてる川だ。
川の中には中州……いや、あれは島だな。
大きな川をふたつに分けるように、岩と土の山がある、そこに館が建てられている。あれが錬州と煌都をへだてる関所で、『州候会議』の場所だ。
どうして煌都の大臣は、あの場所を指定してきたんだろう。
館は、どちらかというと錬州に近い。
しかも川は新月になると水が引いて、歩いて渡れるようになるという。
ただし、それは錬州から小島まで。
錬州の兵士は歩いて小島まで渡れるけれど、煌都の兵は船でしか渡れない。
兵を送れる数も、早さも、錬州側が圧倒的に有利だ。
煌都の大臣が、自分にとって不利な場所を会談場所にした意味がわからないんだ。
「館に近づいてそれを調べるのは……無理か」
川のまわりは視界をさえぎるものがない。
水面を歩いて近づいたら、一発で発見される。
今のところ、あの館には手を出せない。
他にやるべきことは……兵を伏せられそうな場所を確認することくらいか。
「よっと」
俺は『壁を歩く』の技を使い、木の幹を歩いて降りた。
錬州に杏樹を襲う理由はないけれど、煌都の側はわからない。
警戒は必要だ。
そう思って地上に降りると、森の出口──街道に近い場所を、兵士が巡回しているのが見えた。錬州兵だ。
ちょうどいい。彼らから情報を引き出してみよう。
俺は気配を消して、兵士たちに近づいた。
森の出口にいる兵士たちは3人。
ふてくされた感じの中年の兵士。
緊張した表情の、年若い兵士。
周囲を巡回している、隊長らしい兵士だ。
「おいこら! だらけてるんじゃないぞ!!」
不意に、中年の兵士が声を上げた。
「交替の時間はまだ先だ。しっかりと街道を見張っていろ!」
「は、はい。了解しました!!」
「うむ。わかっているならそれでいい」
満足そうに中年の兵士がうなずく。
「その調子で頼む。街道の見張りは、重要な任務だ」
隊長らしい兵士は満足そうにつぶやいて、近くを通り過ぎていく。
俺は彼らを観察しながら──『邪道』の技『鏡映し』を起動した。
『鏡映し』は対象の動きや呼吸などを真似するものだ。
これを利用して、兵士たちから話を聞いてみよう。
兵士たちの近くの木々に潜んで……っと。
『──君たち、やる気は十分のようだね』
「「はいっ! ありがとうございます!!」」
俺は兵士の隊長の声で、兵士たちに告げた。
兵士たちはすぐさま、隊長の背中に向かって一礼する。
うまくいったようだ。
『鏡映し』は、ねらった相手になりきる技だ。
応用すれば、声まねもできる。
耳を澄ませば声の違いはわかるけれど、ここでは無理だ。
まわりは風の音、草が揺れる音、木々のざわめき……つまり、ノイズまみれだ。
それで兵士たちは、俺の声を隊長の声だと勘違いしてくれたんだ。
『──ところで君たち。見張りの目的はわかっているかな』
「はっ! 紫州の動向を見張ることであります!」
「動きがあればすぐに彼岸町に走り、嫡子さまに報告いたします!」
なるほど。蒼錬将呉は彼岸町に来ているのか。
さすがに早いな。
『──嫡子さまは兵を連れてきているな?』
「はっ! 200を超える兵が来ております!」
「すべて彼岸町に詰めていらっしゃいます。だから我々は、外の巡回を」
『──兵が多い理由はわかるな?』
「はっ。州候会議に向けての準備と聞いております!」
「こ、近衛兵すべてを連れて来られたと聞いています」
『──嫡子さまの護衛の者を見たかね?』
「は、はい! 不思議な方でした」
「女性で……あれほど脚を露出させている方を、初めてみました」
蒼錬将呉の護衛──虚炉萌黄も、彼岸町に入っているらしい。
……危険な相手だ。
念のため、居場所を確認しておきたいんだけど……。
──そんなことを考えていると、前方を進んでいた隊長が足を止めた。
振り返り、不思議そうに兵士たちの方を見る。
俺はすぐに、中年の兵士の声色をまねて、
『──任務の確認は重要なことと考えます!』
「なるほど。そういうことか。うむうむ。感心だ」
「さすがは先輩です!」
「え? あ? う、うむ……もちろん。そうだとも!!」
よし。納得してくれた。
それを確認して、俺は森の中へ戻った。
太陽は、そろそろ沈みかけている。
夕暮れ時──見間違いをしやすい、たそがれ時だ。
俺は『軽身功』を発動してスピードアップ。
姿勢を低くして、森を出る。
兵士たちの隙をついて、街道を横断。穀倉地帯に飛び込む。
さらに彼岸花の群生地を駆け抜けて、ふたたび街道へ。
ここまで来れば、彼岸町は目の前だ。
俺は衣服を整えて、町に向かって歩き出す。
そのまま、門の前にいる兵士に声をかけた。
「彼岸町の方に申し上げます。自分は紫州候代理、紫堂杏樹さまの使者です」
俺は兵士たちに一礼した。
「名を、月潟零と申します。書状を届けに参りました。通ってもよろしいですか?」
「……え?」「……どこから来た?」「……?」
兵士たちが、ぽかん、とした顔になる。
俺がいきなり出現したように見えたらしい。
「錬州のご嫡子、蒼錬将呉さまへの書状です。蒼錬将呉さまは彼岸町に来るご予定と聞いております。すでにいらっしゃるのであれば、お目通りを願いたいのですが」
「す、少し待て。上の者を呼んで来る!!」
町の門が開き、兵士が町の中へと飛び込む。
門の隙間から見える町は……兵士であふれていた。
町を入ってすぐの場所に天幕があり、そこに兵士たちが集まっている。翼ある蛇……霊獣『騰蛇』を連れている者が多い。蒼錬将呉は錬州の近衛を、大量につれてきたらしい。
門の中では、兵士たちが話し合いをはじめる。
やがて、隊長らしい兵士がやってくる。
「……ご嫡子はまだ……いらしていない」
隊長らしき男性が俺の前に立ち、告げた。
「また、現在は許可を得たもの以外、町には入れられないのだ」
「自分は嫡子さまに書状をお届けするように命じられております」
「代理として、私が受け取ろう」
「代理人である証拠をご提示いただけますか?」
「うむ」
隊長の男性は、懐から書状を取り出した。
所属と氏名、彼が町の警備を担当していることが書かれている。
錬州候の署名もある。彼岸町の警備隊長なのは間違いなさそうだ。
「承知いたしました。では、書状をお受け取りください」
俺は書状を手渡した。
この書状は重要なものじゃない。
杏樹がいつ頃、彼岸町に到着するかを示したものだ。
しかも前後数日の余裕を入れてある。
書状を用意したのは、堂々と彼岸町に近づくためだ。
できれば町に入れてもらって、中の様子を確認できればと思ったけど……そこまでうまくはいかないか。
ただ、少しだけ確認できた。
近衛兵が大量にいるところも。霊獣を失った、剣士の沖津がいるのも。町の中が兵士であふれているのも。偵察としては、十分だ。
夜を待って壁を登って町に入ることもできるけど……それは杏樹に止められてる。
今は『州候会議』の前だ。
錬州を敵に回さない、ぎりぎりのラインで偵察するべきだろう。
それに、彼岸町には、俺の知ってる人物がいる。
ここであいつと敵対するべきじゃない。
その少女は、兵士たちの後ろで、じっと俺を見ていた。
兵士たちとは違う服を着ているせいで、すごく目立っている。
あいつは昔から長い袖や裾の服を嫌ってたから。今もそれは変わらないらしい。
上着の袖も、袴の裾も切り詰めて、腕と素足を露出させてる。
それは『自分は斬られない』という自信のあらわれだ。
髪型は、長い三つ編み。
腰には金箔を貼った鞘──黄金鞘の太刀を佩いている。
俺の祖父から譲り受けたものだろう。
黄金鞘の太刀は最上位の衛士であることを表す。
新参者の彼女が、錬州兵の中で堂々としているのはそのせいだろう。
しばらくすると、あいつが兵士の中をすり抜けて、門の外に出て来た。
あいつは大きな目をじっと細めて、俺を見て──
「月潟零……零……れいくん」
──まわりに兵士がいるのも構わず、昔のように俺を呼んだ。
俺は一礼して、
「紫州候の使者として参りました。月潟零と申します」
あくまでも使者として、礼を返した。
三つ編みの少女……虚炉萌黄は苛立ったように、俺をにらむ。
俺が姿を見せたのは、萌黄の居場所を確認しておきたかったからだ。
萌黄は沖津なんか問題にならないほど、危険な相手だ。
居場所がわかっていた方が、こっちも動きやすいからな。
それにしても……萌黄が近衛と一緒にいるのは意外だった。
護衛だから、常に蒼錬将呉の側にいるのかと思ったんだけど。
紫州と錬州の違いだろうか。
とりあえず萌黄の位置はつかめた。
こっちの仕事を続けよう。
「蒼錬将呉さまは、いつごろ彼岸町にいらっしゃるのでしょうか?」
俺は探りを入れてみた。
兵士の隊長は、せきばらいして、
「そうだな。紫州の方がいらっしゃる頃には、到着しているだろう」
「自分が直接、州都に書状をお届けすることはできますか?」
「それにはおよばない。すでにご嫡子はこちらに向かっている。書状は間違いなくわれらが預かり、将呉さまにお届けすると約束しよう」
「承知しました。お願いいたします」
彼岸町の中からは、大勢の兵士の気配がする。
太刀や槍が触れる音。訓練された足音。そして、緊張した呼吸音。
まさに臨戦態勢だった。
警戒態勢にもほどがあるだろ。
まさか、錬州はこの機に煌都に攻め込むつもりじゃないだろうな。
いや。それはないか。
会議を求めている相手に攻撃を仕掛けたら、錬州が悪人になってしまう。
……そうなってもいいように対策を立てているというなら、話は別だけれど。
「では、失礼いたします」
「ところで、使者の方」
俺がその場を離れようとしたとき、兵士の隊長はまた、せきばらいをした。
「貴公は、どの道を通って来たのか」
「『狼牢山』を通ってまいりました。邪気祓いの社の状態を確認しておくようにと、州候代理さまに命じられたからです。山は錬州候との合意のもと、紫州に編入されております。通過したとしても、問題はないかと」
「う、うむ」
「それでは」
仕事は終わった。
彼岸町周辺の状況はつかめた。『州候会議』の現場も見た。
逃走経路も確認した。兵を伏せられそうなところもチェックした。
やっぱり自分の目で現場を見るのは大切だ。
錬州の状況も、それなりにわかった。
『州候会議』までは時間があるというのに、蒼錬将呉はすでに彼岸町に入っている。
その上、大量の兵士を配置している。
川べりには多くの兵が巡回していたし、砦の上にも数多くの兵士がいた。
蒼錬将呉は、この会議を戦のように考えているのかもしれない。
会話ではなく、実際に武力を戦わせることになる、戦だと。
だとすれば、紫州のすべきことは──
「──隊長。虚炉萌黄は、使者どのを街道まで送ることにします」
そんなことを考えていたら、萌黄の声がした。
袴姿の少女──萌黄は隊長をまっすぐに見て、
「使者どのは道なき道を通るのがお好きなようですから。きちんと街道を通るようにお願いするべきでしょう」
「ま、待たれよ。勝手なことは──」
「わたしの上司はご嫡子です。異論があるのなら、ご嫡子に言って」
萌黄の反論に、兵士が押し黙る。
「わたしは遊撃部隊として、ある程度の自由が許されていますよ?」
「……承知した。虚炉どの。使者の見送りを頼む」
「はいはい」
軽い感じで手を振って、萌黄は俺の隣を歩き出す。
しばらく進んで、町が見えなくなってから、萌黄は、
「──久しぶり」
子どものような表情で、そんなことを言った。
「また零くんに会えるとは、思わなかった」
「……仕事で来てるんだろ。少しはまわりに合わせろよ」
「普通の人間に合わせたって、仕方ない」
萌黄は吐き捨てた。
「でも、仕事には価値があった。零くんをみつけられた」
「俺は、仕事で萌黄に会いたくはなかったけどな」
「わたし、怒ってるんだよ?」
隣を歩きながら、萌黄は言った。
「どうして怒ってるか、わかる?」
「さあ」
「当ててみて」
「俺が勝手に、村を出たからか?」
「それは理由のひとつ。でも、すべてじゃない」
「他の理由は?」
「それは零くんと手合わせしたときに、太刀で語る。言葉は不完全で、すべてを伝えることはできない……村長はそう言ってたから」
「古くさいな。それはうちの祖父のやり方だろ」
しかも、あいつが説明を面倒くさがったときのセリフだ。
面倒になるとこっちを竹刀で打ち据えて「あとは自分で考えろ」って。
俺の前世の世界風に言えば、DVかパワハラだよな。
「文明はとっくに開化してるんだ。古くさいやり方を続けてないで、言葉で話せよ」
「察して」
話をしながらも、俺は警戒を解かない。
萌黄は太刀を佩いている。
そして、俺がいるのはこいつの間合いだ。
この距離で話ができるのは、俺が紫州の使者で、萌黄が錬州の護衛だから。
俺たちは公的な立場で、ここにいる。おたがいに手出しはできない。
それもまぁ、萌黄相手だと、絶対の保証はないんだけど。
蒼錬将呉は、よく、こんなのを護衛にしようと思ったな。
いや、表の無双剣の多牙根が怪我をしたから、仕方なくだろうな。
「錬州のご嫡子の護衛に申し上げる」
──と、言ったら、萌黄が不満そうな顔になる。
俺は言い直す。
「萌黄に聞きたいことがあるんだが」
「なぁに。零くん」
「表の無双剣の多牙根に怪我を負わせたのは、萌黄か?」
「太刀で語り合っただけ。『仕事をゆずって』って。多牙根は太刀でそれを拒否したの。だからわたしは太刀で『どうしても錬州に行きたい』って伝えた。それだけ」
「この仕事にこだわったのはなぜだ?」
「零くんと、太刀で語り合いたい」
殺気がした。
けれど、萌黄の方に動きはなかった。
だから俺は殺気を受け流し、気づかなかったふりをする。
萌黄はため息をついて、
「ほら。零くんはそうやって、わたしと太刀で語り合うのを避ける」
「意味がわからない」
「わたしは零くんと太刀で語り合いたい。おたがいがぼろぼろになって、ぐちゃぐちゃになって、まるでひとつの生き物みたいに絡み合えるかどうか試したい。そんなふうに生きていきたいのに、零くんは村を出た。頭に来る」
「……村の人間がそんなだから、俺は村を出たんだよ」
『虚炉村』の人間は、武術に特化しすぎている。
──太刀を合わせればわかる。
──武を究めれば、物事は解決できる。
──仮に命を落としたなら、それは修練が足りなかったから。
──剣の技はすべてを解決する。
長い年月をかけて『虚炉村』は、そういう場所になってしまった。
それに疑問を持つ俺や父さんは異端だった。
逆に萌黄は、村に適応しきってしまった子どもだ。
疑問を持たずに技を究めて、持ち前の才能で最強──裏の『無双剣』になった。
だから俺は、萌黄にはなにも言わずに村を出た。
相談してしまったら、萌黄が俺を『太刀で語ることで止める』のはわかっていたからだ。
だけど、再会した萌黄は以前にも増して、話や言葉を拒否するようになっていた。
……まぁ、そうなるよな。
最強であれば『虚炉村』ではすべてが通る。萌黄を止められる者はいない。
多牙根に重傷を負わせて仕事を奪い取ったとしても、誰も文句なんか言えないはずだ。
だけど──
「……俺は言葉で語る人が好きなんだよ」
通じないのはわかってる。
それでも俺は、萌黄に向かって告げる。
「俺は太刀なんかで語り合いたくない。俺は言葉で……相手のわかるやり方で語り合う方がいい。言葉をかわして、考え方や種族が違ってもわかりあう努力をする……そういう人の側にいたいと思う。太刀で語り合いたくなんかないんだ」
「意味がわからない」
「わかった。もう一度説明する」
「わたしが聞きたいのは、零くんの太刀が語るもの」
萌黄が、足を止めた。
ぶらりと腕をおろして、じっと俺を見ている。
「聞きたい。今の零くんの太刀が、どんなことを語るのか」
「萌黄!!」
「言葉は不完全だから。村長が、そう言ったから」
「じいさんの言葉なんか忘れろ」
「……そんなことを言うなら、零くんが村長になればよかった」
萌黄は太刀を、かちん、と鳴らした。
「昔、立ち会ったときの零くんの太刀は『われこそは最強。われこそは虚炉村の正当後継者なり』って言ってた」
「言ってねぇよ」
「わたしは零くんの言葉より、零くんの太刀を信じる」
「太刀で語り合って、相手が死んじゃったらどうするんだよ」
「それもひとつの結果。言葉より雄弁な真実」
「そんな真実なんか捨ててしまえ」
「零くんの太刀からなにも聞こえなかったら、そうする」
「どのみち、俺は萌黄とは戦わない」
蒼錬将呉は杏樹に協力を持ちかけてきている。
しかも、本人の署名が入った書状で。
約束を破れば、次期錬州候である蒼錬将呉は面目を失う。
つまり、俺と萌黄が太刀を抜いて戦う理由は、なにもない。
「あのな、萌黄。自分にしかわからないやり方で、他人と関わるのはやめた方がいい。言葉で語る努力をしろ。世の中には違う種族の相手とも、がんばってわかりあおうとする人間もいるんだから」
──たとえば、霊獣や精霊ともわかりあおうとする、杏樹のように。
そんなことを思いながら、俺は街道の入り口で立ち止まる。
紫州の使者としての表情になって、告げる。
「お見送りに感謝する。錬州の兵士の方。州候会議の前に、またお目にかかりましょう。会議が平穏に終わることを望んでおります」
「……ごていねいに、どうも」
「錬州の兵士の方に申し上げる。剣術だけですべてを解決しようするのは、無理だ」
俺は続ける。
「そんなのは、呪術ですべてを解決しようとする煌都と同じだ。いずれ居場所を失って、どうにもならなくなる。祖父のようになる前に……考えた方がいい」
「それは、零くんの太刀の言葉じゃないから、聞かない」
「……萌黄」
「また、会う。そのときに、ちゃんとした言葉を聞く」
そう言って萌黄は一礼した。深々と。
ためらいなく、俺に隙をさらしながら。
「ほら。零くんはわたしを斬らなかった。それが、太刀の声」
「仕事中に意味もなく、誰かを斬ったりしない」
「次に会うときはちゃんと話をしよう。零くん」
そう言って、萌黄は彼岸町に向かって走り去った。
偵察の目的は達成した。
ただ……裏の『無双剣』萌黄は、思っていたよりやばかった。
俺が村にいた頃より、危険な人間になってるんじゃないか。あいつ。
隣を歩いているとき、あいつの手が震えているのが見えた。
何度か、太刀に手を伸ばそうとする気配を感じた。
足を踏み込んで、居合いのように鞘走らせたがっているのを察した。
あいつは常に居場所を把握しておかないと、危険だ。
そうして、杏樹や近衛の人たちは近づけないようにしよう。
「さてと、紫州に戻るか」
俺は『軽身功』を発動。宙を跳んで、山に入る。
ふよふよ。ふよ。
山では、大量の精霊たちが待っていた。
州候会議に備えて呼び寄せていた子たちだ。
俺はその子たちに偵察の結果と、これからの配置場所を告げる。
会議を無事に終わらせるために。
そして、錬州や煌都の干渉を受けないようにするために。
そうして、すべての準備を終えてから、俺は杏樹の元へと戻ったのだった。
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