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第69話「護衛、旅の準備をする(茜と霊刀編)」

 ──零視点──





「ただいまです! お父さん!」

(あかね)! それに、月潟(つきがた)さまも。さぁ、どうぞ中へ!」


 杏樹と、錬州(れんしゅう)の護衛──萌黄(もえぎ)についての話をしてから、数日後。

 俺は茜と一緒に、須月商会を訪ねていた。





 須月さん──茜の父さんは、俺たちを応接間に案内した。

 聞き耳を立てる物がいないように、人払いもしてくれた。


 須月商会を訪ねたのは、茜の父さんにあいさつするためだけじゃない。

『州候会議』についての話と、荷物の受け取りをするためだ。


「須月商会の方に、橘杖也(たちばなじょうや)さまからの連絡は来ていますか?」


 最初に、俺は須月さんにたずねた。


「はい。会談の場所までの荷運びと、食料の手配をご依頼いただきました」


 須月さんは緊張した顔で、答えた。


「食材はすべて、こちらで用意したいと杖也さまはおっしゃっていました。やはり、皆さまは煌都(こうと)を警戒されているということですか」

「あくまでも、念のためですけど」


 俺も須月さんも、考えを口には出さない。

 煌都が食事になにかを混入させる、とか、口に出すのは不敬だからな。

 あっちは、皇帝を(よう)する首都なんだから。


「杏樹さまが煌都の会議に呼ばれたといううわさは、すでに町に広まっております。杖也(じょうや)さまは……特に秘密にする必要はないとおっしゃっていましたが、よろしかったのですか?」

「俺も杖也さまと話しました。結論として、(うわさ)を流した方がいい、ということになったんです」


 どのみち、杏樹は兵に守られて、行列を立てて煌都に向かうことになる。

 それを紫州(ししゅう)の民に隠すのは無理だ。

 黙って出かけたら、民が不安に思うだろう。

 副堂による『紫州乗っ取り事件』が起きたばかりなんだから。


 その上、人々はすでに次町での事件のことを知ってる。

 副堂勇作が煌都から神官を招き入れていたのも、有名な話だ。

 だから次町の事件に煌都が関係していたことも、みんななんとなく察しているんだ。


 杏樹が煌都行きを秘密にしなかったのは、そういうわけだ。


 どのみち隠せないなら、うわさを広めてしまえばいい。

 そうして、杏樹に注目を集める。

 そうすれば彼女のお父さん──暦一(れきいち)さまの帰還(きかん)から、人々の目をそらせる。

 杏樹のお父さんは安全に紫州に戻れると、杏樹は考えたんだ。


 もちろん、暦一さまの帰還については、須月さんにも秘密だ。


「これで杏樹さまにもしものことがあれば、民は煌都(こうと)の者たちを許さないでしょう」


 だから、俺は別の話をすることにした。


「仮に煌都の者が紫州を奪ったとしても、統治することは難しくなります。煌都と話し合うという事実を民に伝えることが、杏樹さまを守ることにも繋がるのです」

「なるほど。そういう考えもあるのですね」


 須月さんは感心したように、うなずいた。


 それから俺と須月さんは、お茶を飲んだ。

 茜の方を見ると……うん。じれったそうにしてるな。膝をもぞもぞさせたり、肩を揺らしたりしてる。

 俺が茜についての話を切り出すのが、待ちきれないみたいだ。


「それで須月さま。お願いしていたものはどうなりましたか?」

「例の小太刀ですな。届いておりますよ」


 須月さんは困ったような笑みを浮かべ、腰を浮かせる。

 彼も、茜の様子には気づいていたんだろう。


「すぐにお持ちします。茜も、それでいいね」

「は、はい。お父さん」

「よろしくお願いします」


 俺は須月さんに一礼して、


「茜さん用の小太刀──ご神体のかけらを使った霊刀をみせてください」





「これが、あたしの霊刀なのですか……」


 茜の手の中には、刃渡り2尺 (60センチ前後)の小太刀(こだち)がある。

 鞘は俺と同じ、塗りのない白鞘(しろざや)

 杏樹から下賜されたものだとわかるように、(つか)には紫州の紋章が刻まれている。


「ほ、本当にいいのでしょうか。あたしのような若輩者(じゃくはいもの)が……霊刀をもらうなんて」

「いいよ。杏樹さまも、ご神体の余りはご自由に使っていいって言っていたから」


 俺の霊刀『龍爪』を作ったら、ご神体のかけらが余った。

 それはほんの小さなかけらだったけれど、強い霊力を備えていた。


 ただ、太刀を作るには量が足りなかった。

 だから、それで茜用の小太刀を作ることにしたんだ。


「それに、茜は『次町』の事件できちんと仕事をしてるからね。末姫を陰謀(いんぼう)から守ったのは茜の力だ。ほうびをもらうのは当然だろ?」

「あれは、師匠が『地面を歩く』の技を教えてくださったからなのです!」

「もちろんそれは杏樹さまには説明してる。その上で、ほうびを与えるって話になったんだ」

「……お、おそれおおいのです」

「それに茜は俺のサポート……じゃなかった、補助として、杏樹さまの護衛もすることになる。強い武器があった方がいいだろ。州候会議でも、杏樹さまの側にいてもらうことになるわけだから──」


 そこまで言ってから、俺は須月さんの方を見た。

 大事なことを確認するのを、忘れていた。


「改めてうかがいます。娘さんに煌都(こうと)まで同行してもらってもいいでしょうか?」


 だから俺は床に正座して、姿勢を正して、須月さんに問いかける。


「俺は杏樹さまの護衛ですが、茜さんの師匠(ししょう)でもあります。弟子にふりかかる(わざわ)いは切り払うつもりです。ですが、煌都(こうと)は危険な場所です。それでも、俺には茜さんが必要なんです。どうか、彼女の力を貸りることを許してください」


 俺は須月さんに向かって、深々と頭を下げた。


 これまでの事件は、紫州の中で起きていた。

 だから杏樹の権力を借りることもできたし、紫州内の人のほとんどは味方だった。


 けれど、州候会議の場は違う。ぶっちゃけ、敵地だ。

 茜を連れていくからには、家族の許可を取っておきたいんだ。


「見くびってもらっては困りますよ。月潟さま」


 俺の言葉を聞いた須月さんは、不敵な笑みを浮かべてみせた。


「私は商人です。商人は信用と信頼が第一です。正しい取り引きを行うという信用と、たのみにした相手を信頼する気持ちが重要なのです。わが須月商会は、そのふたつを大切にしております」

「わかります」

「商人である私は、月潟さまを信頼して茜を預けました」


 まっすぐに俺を見たまま、須月さんは続ける。


「その上で、茜は紫堂杏樹さまの護衛の補助役に任命されました。それは月潟さまと、紫堂杏樹さまが茜を信頼してくれた上でのことと考えております」

「おっしゃる通りです。そして、茜さんは先の事件で立派に役目を果たしてくれました」

「茜は信頼に応えたわけですね」

「その通りです」

「つまり、月潟さまが茜を、州候代理さまに信頼されるほどの人材に育ててくださったわけです。あなたは、娘を成長させてくれたお方です。そのような方ならば、私が信頼するのは当然でしょう」


 そう言って、須月さんは床につくほどに頭を下げた。


「どうか、末永く、娘をよろしくお願いいたします」

「お、お父さま!?」

「茜は昔から武術を好んでおりました。親としては、その才能を伸ばしてやりたいと考えておったのです。それが月潟さまの元で開花したのであれば、これほどよろこばしいことはございません。どうか、今後とも娘を、よろしくお願いします」

「承知いたしました」


 俺は須月さんに礼を返す。

 須月さんは俺を信頼して、茜を預けると決めてくれた。

 だったらこっちも、全力で答えるだけだ。


 俺が転生して健康になったのは、ひとりだけ幸せに生きるためじゃない。

 というか、自分だけ健康で長生きしても仕方ないんだ。

 それじゃさみしくてしょうがない。

 できれば関わる人間すべてに、長生きして欲しい。


「俺は師匠として、茜さまを全力で守ります」

「茜は守られるだけの存在ではありませんよ。月潟さま」

「わかっています。でも、俺は茜の師匠ですから」

「はい。そういう方だからこそ、娘を預けるに足る方だと確信したのです」

「わ、わわわ……」


 茜は俺と須月さんの間で、真っ赤になって手を振り回してる。


「な、なんでこんな話になったですか。あたし、小太刀をもらいにきただけですのに」

「いい機会だからな」

「月潟さまのおっしゃる通りです」

「大事な娘さんを預かってるんだから、きちんと話はしておかないと」

「月潟さまのおっしゃる通りです」

「俺と一緒にいることが、茜の将来を左右するかもしれないんだ。お父さんと話をするのは大切だろ」

「まったくもって、月潟さまのおっしゃる通りです」

「師匠とお父さまが……違うことを考えてるような気がするです……」


 そうなのか?

 須月さんは穏やかに笑ってる。特になにか隠している様子はない。

 歴戦の商人だから、本心を隠すのは得意なのかもしれないけど。


 ……まぁいいか。


「それじゃ茜、霊刀の確認をしよう」

「は、はい。師匠」

「小太刀を抜いて、霊力を流してみてくれ」


 俺の言葉に、茜がうなずく。

 刃渡り2尺の小太刀。その鯉口(こいくち)を切って、ゆっくりと抜いていく。


 現れたのは、ごく普通の刃だ。

 けれど、これに霊力を注ぐと──


「わ、わわっ。師匠。刀身がほの赤くなってきたです……」

「刀身に溶け込んだ『ご神体のかけら』が反応してるんだよ」


『ご神体のかけら』は霊力の結晶体だ。

 それを組み込むことで、太刀そのものが、わずかな霊力を帯びている。

 さらに──


「す、すごいです……あたしの霊力に反応して──刀身が霊力で包まれていくのがわかるです」


 目を細めると、濃密な霊力が、刀身を駆け巡ってるのがわかる。

 茜の霊力を『ご神体のかけら』が増大させているんだ


「この状態で、小太刀を自分の一部にしてみてごらん」

「はい。師匠!」


 茜が目を閉じる。

 彼女に確認してから、俺は小太刀の(みね)に触れた。


「……わかるです。師匠は……えっと、人差し指と中指で、太刀の峰……切っ先から約3寸のところに触れてらっしゃるです。今、柄の方に向かって動きました。爪でトントンしてるですね。これは……小指なのです。あ、今度は、息を吹きかけているですね?」

「お見事」

「す、すごいのです! こんなにしっかりと感覚をつかめたのは、初めてなのです!」

「これが、霊刀の力だ」


 霊刀とは、霊力を通すための太刀でもある。

 これで、茜もかなり戦いやすくなったはずだ。


「これだけ霊力を通せれば、たいていの魔獣の『邪気衣』は切り裂けると思う。ただし、無理はしないように。魔獣と戦うのは、俺が見ているときにするように」

「約束するです!」

「……武術使いとは、すごいものですな」


 須月さんが目を見開いている。


「太刀を変化させ……太刀を自分の感覚器官にする……。商人の私には、まったく手の届かない技です。茜は、どこまで成長するのでしょうか……」

「おおげさなのです。お父さん。あたしはまだ未熟者(みじゅくもの)なのですよ」


 茜は(かぶり)を振った。


「師匠ならもっとすごいことができるですよ。ね、師匠?」

「俺の力というよりも、霊刀の力だけどな」

「どんなことができるですか?」

「そうだな……霊刀を完全に自分の一部にすると。こんなこともできる」


 俺は腰に()いていた霊刀『龍爪(りゅうそう)』を、床の上に置いた。

 少し離れたところに座って、目を閉じる。

 そして──


「来い」


 しゅるんっ。


 霊刀『龍爪(りゅうそう)』が床を(すべ)り、俺のところにやってきた。


「──と、まぁ、こういうことができるようになるんだ」

「「ええええええええっ!?」」

「もちろん。これは基本中の基本だよ。上達すれば、さらに色々なことができるようになる」


 霊刀を手足のように動かせれば、戦いの幅が広がる。

 応用すれば、霊刀を感覚器官(かんかくきかん)──目と耳のようにも使える。


「霊刀を自分の一部にする、というのは、こういうことだよ。感覚器官にも、手足にもできる。こんなふうに、自由に動かせたりもできるんだ」

「「…………」」

「それと、霊力をなじませて自分の一部にすれば、他人に使われることもないし、自分を傷つけることもなくなる。だから、できるだけ肌身離さず持っていた方がいい」

「わ、わかったです。師匠」


 茜は鞘に収めた小太刀を、抱きしめた。


「あたし、この小太刀を、肌身離さず持っているです。おふろの時も、寝る時も!」

「こらこら。風呂場に持っていったら太刀が()びてしまうよ。茜」


 須月さんは苦笑いしてる。


「霊力で保護されていますから錆びたり、鞘や柄が劣化することはないのですが……お風呂はやめた方がいいですね」


 それも、霊刀の強いところだ。

 普通の太刀よりも強度が高く、劣化(れっか)もしにくい。

 だから茜にも、霊刀の小太刀を持っていて欲しかったんだけど──


「分かりました! お風呂以外は一緒にいるです!」


 ──茜が小太刀を抱きしめるたびに……俺の霊刀から、やわらかいものに触れている感触が伝わって来るんだけど。

 具体的には、ささやかなふくらみに触れているような感じが。


 理由は……たぶん、俺と茜の霊刀に、同じ『ご神体のかけら』が使われてるからだろうな。

 この二振りは、双子の霊刀だ。

 しかも、俺の霊刀に含まれている『ご神体のかけら』の方が多いから、こっちが主になってる。

 つまり、茜の小太刀に触れているものを知ることができる、ということか。

 意識的にオフには……うん。できるな。それならいいか。


「ところで、茜」

「はい。師匠」

「俺も自分の霊刀『龍爪(りゅうそう)』を抱きしめてるんだけど……なにか感じる?」

「いいえ?」

「こうして(さや)を服の(えり)から差し込んで、直接肌に触れさせてみたら? 温かさとか、妙な感触とか伝わってこないか?」

「いいえ」


 茜は首を横に振った。


「あ、でも師匠のことですから、深い意味があるですね? あたしもやってみるです」

「それはしなくていい。いや、しなくていいからな」

「……特に変化はないですね」


 茜は鞘に入った小太刀を、服の中に入れてしまった。

 ……俺の霊刀『龍爪』から、生暖かい感触が伝わって来る。


 霊刀を感覚器官にするというのはこういうことか。

 …………まぁ、いいんだけど。


 そんなわけで、茜の霊刀のセットアップは終わり──

 温かい目で俺と茜を見守っていた須月さんにお礼を言って、俺たちは須月商会をあとにしたのだった。










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