第68話「護衛、村の思い出を語る」
俺の幼なじみ、虚炉萌黄は天才肌だった。
太刀の振り方もすぐに覚えた。
虚炉村の基本の技も。
大人が使う技でさえ、見よう見まねで使えるようになっていた。
双子の弟の多牙根が、いつも悔しがっていたのを覚えている。
ただ、萌黄は飽きっぽかった。
連携技や受け技、回避の技を覚えるのを嫌った。
本人にとっては、それでよかったんだろう。
萌黄は基本の技だけで、他者を圧倒できたからだ。
本当に強かった。
多牙根が技をひとつ繰り出す間に、萌黄は3つか4つの技を繰り出してた。 同年代の子どもで、萌黄に勝てるのは、俺くらいだった。
村長だった俺の祖父は、萌黄をあつかいかねていた。
勉強嫌い。
だけど天才。
才能だけで皆を圧倒できる少女なんか、指導のしようがないからだ。
祖父にはプライドがあった。
自分が教えられない生徒は、側においておきたくなかった。
だから祖父は、俺の父さんに萌黄の指導を頼んだんだ。
当時は俺も父さんから指導を受けていた。
そんなわけで萌黄と俺は、兄妹弟子ということになったんだ。
父さんを尊敬していた萌黄は、素直に教えを受けた。
当時は、俺の父さんが『虚炉村』では最強だったからだろう。
その頃の俺は『虚炉村』の原初の技を覚えたばかりで、父さんと萌黄に技を見てもらったりしてた。
興味を示した萌黄を、霊力運用の実験台にしたりもした。
父さんが仕事中に亡くなった後は、萌黄が村では最強の剣術使いになった。
けれど、祖父は彼女を表に出そうとはしなかった。
たぶん、制御できないからだろう。
萌黄は俺の父さんの言うことしかきかなかったから。
次期『虚炉村』の無双剣は、萌黄の弟の多牙根になった。
多牙根は祖父や、他の村人の前では真面目だった。
表の『無双剣』として、村の看板にするにはちょうどよかったんだろう。
萌黄は祖父の願いを聞いて、村人と一緒に魔獣狩りをはじめた。
魔獣相手なら、祖父が彼女を制御する必要もなかった。
萌黄は本能のままに魔獣を狩りまくってくれる。村人としては便利だっただろう。
彼女の魔獣狩りのスコアは積み上がっていって、祖父も萌黄の強さを認めるしかなかった。
萌黄の名声が高まるにつれて、多牙根は俺に八つ当たりするようになった。
萌黄が村人から『「裏の無双剣」「真の無双剣」と呼ばれるのが気に入らなかったらしい。
村長にうとまれてる俺は、ストレスを発散するのにちょうどよかったんだろうな。
そのころ、俺は村を出ることを考えていた。
だから、多牙根に決闘を挑むことにした。
俺が勝ったら、多牙根はこれまでのことを謝り、『無双剣』の名を返上する。
俺が負けたら、俺は村を出る、という条件で。
多牙根はそれを受けた。
ついでに祖父が『決闘に使えるのは、ワシが正当な技と認めたものに限る』という条件をつけた。
俺は多牙根を追い詰めて、最後にうっかり邪道の技を使ってみた。
祖父はそれを見とがめて、俺の反則負けを宣言した。
そうして俺は合法的に『虚炉村』を追放されることになり──
「その後、暦一さまにお目にかかって、俺は杏樹さまの護衛になったんです」
俺は説明を終えた。
長い話になってしまった。これでも、かなり省略したんだけど。
杏樹は正座したまま、静かに俺の話を聞いてる。
本当は、杏樹に昔の話をするつもりはなかった。
あんまり面白い話でもないからな。
でも、萌黄が錬州に雇われたなら話は別だ。
あいつは強すぎる上に、制御が利かない。
そのあいつが錬州側の護衛になったのなら、警戒しなきゃいけない。
だから、杏樹に昔の話を聞いてもらう必要があったんだ。
「あの……零さま」
「はい。杏樹さま」
「どうしてそのお話を、もっと早くしてくださらなかったのですか?」
しばらくして、杏樹は口を開いた。
彼女は頬をふくらませて、怒ったような口調で。
「以前にわたくしは、もっと零さまのことを知りたいと申し上げましたよ?」
「前世のことはお話しています」
「今世のことも知りたいのです」
「両方ですか?」
「両方です」
「だけど、俺と杏樹さまが話をするのは夜ですよね。あまりお時間をもらうわけにはいかないですよね。寝るのが遅くなっちゃいますから」
「わたくしは構いませんよ?」
「いえ、そういうわけには……」
「お願いします。零さま」
「……では、日替わりにしましょう」
「日替わりですか?」
「今日は前世のお話で、翌日は今世のお話、という感じで」
「名案です。そういたしましょう」
杏樹は目を輝かせた。
正座したまま、ぐっ、とこっちに身を乗り出してる。
確かに、今世の話もした方がいいな。
『虚炉村』が錬州側についたのなら、情報は必要だからな。うん。
「それで錬州側の護衛──虚炉萌黄の話ですけど」
俺は姿勢を正して、
「杏樹さまから『柏木隊』の皆さんに伝えてください。錬州と敵対することになっても、萌黄とは戦わないようにと」
「戦わないように……ですか?」
「あいつの相手は俺がします。他の人は逃げるか、足止めに徹してください。あいつは制御不能のバーサーカー……いえ、とにかく危険な剣士です。立ち向かったら死人が出ます。あいつは、俺が止めますから」
「わ、わかりました」
「これは錬州が敵に回った場合です。本当は、敵対しないのが一番いいんですけどね……」
錬州からの書状には『多牙根が怪我をして、萌黄が護衛になった』とある。
どうしてそうなったのかは不明だ。
念のため、俺の方で『虚炉村』に手紙を出してみるか。
俺は追放された身だけど、村人たちに嫌われてたわけじゃない。親しかった人もいる。あの人に手紙を出してみよう。
茜に頼んで、須月商会の名義で手紙を出しておこう。
読めば俺だとわかるようにすればいいな。うまくいけば、返事がもらえるはずだ。
そういうのは得意だ。忍びだからね。
「錬州の護衛……萌黄さまの件については、承知いたしました」
杏樹はうなずいた。
「彼女については、零さまのご意見の通りに対処します」
「すみません。俺の村の件で迷惑をかけてます」
「錬州が『虚炉村』と関わっていることは、末姫さまからもうかがっております。零さまのせいではありませんよ。ですが……零さま」
「はい。杏樹さま」
「裏の無双剣の方が、零さまを傷つけることはないのでしょうか?」
口に出してから、杏樹はすぐに頭を振って、
「零さまのお力をうたがっているわけではありません。ただ、心配になったもので……」
「そうですね。あいつが昔のままだったら、なんとか無力化できると思います」
「……よかったです」
杏樹は胸を押さえて、ため息をついた。
心配させちゃったみたいだ。
萌黄とは……正直、戦いたくない。
あいつは俺の兄妹弟子だ。萌黄の方が年上だけど、父さんに弟子入りしたのは、俺の方が早かったから、兄弟子ということになってる。
一応、幼いころは兄弟子を尊敬してた。俺の言うことも聞いてた。
まぁ、多牙根が『無双剣』になってからは、俺の話も聞かなくなってたんだけど。
村を出る前に、俺は萌黄にそれとなく話はしたんだけど……あいつは耳を貸そうとしなかった。
萌黄はいつも「すべては太刀が語る」と言ってたからなぁ。
言葉でのコミュニケーションを拒むところがあったんだ。あいつは。父さんは「人とはちゃんと話をしなさい」と、いつも注意してたっけ。
今のあいつは……なにを考えているんだろうな。
「いまさら、あいつに関わることになるとは思わなかったんだけどな……」
とにかく、今の俺は杏樹の護衛だ。
杏樹に危害を加えようとする者は排除する。
相手が煌都の者でも、俺の知り合いでも関係ない。
杏樹は煌都と決着をつけるつもりでいる。
俺の個人的な問題で、邪魔をするわけにはいかないんだ。
「それでは、錬州の人々が来るという前提で、安全対策を立ててみます」
俺はそう言って、杏樹に一礼した。
「杏樹さまのおそばには、常に俺か茜が護衛につくことになります。そのほかの警護は、近衛の『柏木隊』の皆さんにお願いしましょう」
「わかりました。わたくしは、近衛の皆さまと話をしましょう」
「お願いします。俺も、できる限りのことをしておきますから」
俺は杏樹の部屋から退出した。
州候会議に出るために、やることはたくさんある。
移動ルートの確認。魔獣対策。
そして、会談の席で、杏樹を守る方法も考えなきゃいけない
会談の場所は、地図で確認した。
次町の先。
山間の街道を抜け、錬州に入ってすぐに南に行けば、大きな川がある。
錬州と煌都をへだてている川だ。
その中央に、島がある。
島には小さな館が建っている。
錬州と煌都の行き来を見張る、関所のようなものだ。
州候会議はそこで行われることになっている。
「地形のことは、末姫さんに教えてもらった方がいいな」
茜は末姫と仲良しだ。
まずは話を通しておいてもらおう。
そういえば……俺の霊刀を作るついでに、茜の小太刀も注文してたっけ。
ご神体のかけらが余ったから、小太刀に組み込んで欲しいと頼んでおいたんだ。
確か、今日くらいに届くはずだ。
小太刀が茜に馴染むように調整しなきゃいけないな。
あとは……末姫と話をして、と。
近衛の柏木隊の人たちとも話をしておきたい。
やることはたくさんあるけど……仕方がない。
これは煌都とおだやかに話をつける、最後のチャンスだ。
関係修復するか。それとも、決裂するか。
決着をつけなければいけない。
俺の──杏樹や紫州のみんなの、安定した生活のためにも。
そんなことを考えながら、俺は茜のところに向かったのだった。
──錬州にて──
「『虚炉村』は変わったということなのだね?」
「そうですよ。嫡子さま」
錬州候の屋敷にある、将呉の部屋。
そこで彼は、雇ったばかりの護衛と向かい合っていた。
和装の少女だった。
袖の短い上衣に、裾の短い袴。
この時代の者には珍しく、腕と素足が露出している。
髪は、長い三つ編み。
戦闘には邪魔ではないかと尋ねた将呉に、彼女は、
「髪など、真の『無双剣』が気にするものではありません」
そんな答えを返した。
さらに続けて、
「わたしの髪に触れられる者は、ひとりだけです。その子に出会ったら切ります」
そう言って虚炉萌黄は、笑った。
不思議な少女だった。
椅子に座り、ぼーっとした様子で、将呉を見ている。身体を揺すっているのは、椅子に慣れていないからだろう。ときおり、誰かを探しているかのように、周囲を見回している。剣術の心得がある将呉から見ると、隙だらけだ。
なのに、太刀を打ち込めるような気がしない。
太刀を手にした瞬間、負ける。
すべての隙は誘い。切りつけた瞬間、将呉の身体は両断される。
そんな気がしてならないのだった。
「護衛、虚炉萌黄どの」
「萌黄でいいですよ。嫡子さま」
「では、萌黄どの」
将呉は空気を変えようとするように、せきばらいして、
「君には数名の部下をつける。隊長の沖津は、『虚炉村』に修行に行ったこともある。顔は知っているだろう?」
「そうですね。それなりには」
「彼には、君の指示に従うように伝えてある。手足として使ってくれて構わない」
「ありがとうございます。嫡子さま」
「もちろん、君自身は私の命令で動いてもらうが」
「ありがとうございます。嫡子さま」
「……勝手なことはしないと約束してくれ」
将呉が言うと、萌黄は不思議そうな顔で、
「どうして、そのようなことを?」
「私が依頼した相手は君の弟、虚炉多牙根だった」
「そうですね」
「君が、その彼を傷つけたのだと聞いている。出発前の虚炉多牙根に決闘を申し込み、その腕を折ったのだと。間違いないか」
「間違っています。わたしが折ったのは、弟の両腕と脚です」
「……そこまでする必要があったのか?」
「太刀で語り合っただけです。『虚炉村』は、そういう村ですから」
「『虚炉村』は確実に依頼を果たす村だと聞いていたのだがな。仕事に向かう者を傷つけるとは、意外だよ」
将呉は萌黄を見据えたまま、ため息をついた。
視線は、萌黄から外さない。
『虚炉村』の村長は『萌黄はあつかいづらい。しかし今の「虚炉村」に、彼女を超える者はいない』と、伝えてきている。
萌黄が危険な相手だというのは、見ていればわかる。
こうして話をしていても、萌黄はどこか上の空だ。
彼女が将呉の言葉を聞いているのか、いないのか、それすらもわからない。
(あつかいづらい最強か。面倒なものをよこしたものだ)
だが、煌都と関わるためには、強力な護衛が必要だ。
だから最強の者を護衛にしたいと、『虚炉村』に依頼したのだ。
萌黄が『無双剣』の虚炉多牙根を倒すほどの者ならば、実力に不足はない。
制御が難しいといっても、将呉の側には、参謀の師乃葉がいる。
師乃葉の力なら、虚炉萌黄を止められる。
そう考えた結果、将呉は萌黄を護衛に採用したのだった。
「あなたは双子の兄を倒してでも、この仕事をしたかったのですか?」
ふと、師乃葉が口を開いた。
「だとしたら、理由をお答えください。私たちは危険な場所に向かうのです。不安要素は、排除しておきたいのです」
「そうですね。おっしゃる通りかもしれません」
萌黄は、きれいな礼をしてみせた。
「わたしには、太刀で語り合いたい者がいるのです。その者と会えるかと思って」
「倒したい相手?」
「同門の幼なじみで、わたしが一度も勝てなかった少年です」
殺気が走った。
思わず将呉が太刀に手を伸ばす。
師乃葉の肩に乗った霊獣が、威嚇の声を上げる。
萌黄は、まったく動いていない。
表情も変わらない。まるで、水面のように静かだ。
なのに、将呉は命の危険を感じていた。
(これが『虚炉村』最強か。だが、この者が勝てなかった相手とは……?)
「彼の名前は、虚炉零……いえ、家の名前は捨てた? 今は、月潟零かな?」
おだやかな表情のまま、萌黄は告げる。
「沖津さまが、仕事の依頼に来たときに言ってました。零くんが紫州にいると。だからわたしは、どうしてもここに来たかったんだ。彼と、太刀で語り合うために。もちろん、仕事はしますよ。個人的なことは、その後で」
ぼんやりと──けれど、将呉が寒気を感じるような口調で、萌黄はそんなことを告げたのだった。
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