第67話「杏樹、招待状を受け取る」
お待たせしました。第3章、開始します。
次町での事件が解決してから、数日後。
州都に戻った杏樹のもとに、煌都からの書状が届いた。
『州候と会議を行いたい』
書状の冒頭には、そんなことが記されていた。
『昨今、この国には多くの問題がある。
それを語り合うために、州候会議を行いたい。
場所は、煌都と紫州と錬州の中間地点。
地図は同封してある。
紫州と錬州の代表者に、出席を願う。
これは皇帝陛下の許可を得て開催するものである。
両州候、あるいはその代理が来訪されるものと信じている。
右大臣 泰山 記す』
「……煌都の者が、杏樹さまと錬州候を呼んでいるということですか」
俺は書状をたたんで、杏樹に返した。
ここは州候の屋敷の、杏樹の部屋。
俺は杏樹に呼ばれて、ここで煌都からの書状を読んでいた。
時刻は夕方。
明日には皆を集めて、書状への対応を話し合うことになる。
その前に杏樹は、俺と相談しておきたかったそうだ。
「ご意見をいただけますか。零さま」
「率直に申し上げてもよろしいいですか?」
「どうぞ」
「書状の感想は『ふざけんな。まずは頭を下げろ。上から目線で人を呼びつけるとか、煌都の連中はなに考えてるんだ』ですね」
俺は言った。
杏樹は目を見開いて……それから、笑いをこらえるような顔になる。
そんな彼女を見ながら、俺は続ける。
「煌都の者は、副堂さまの事件にも、錬州の山の事件にも関わっています。その連中がまともに会議を行うなんて、俺には信じられません。杏樹さまを呼んで……おどしつけるか、なんらかの代償を差し出して、話をうやむやにするつもりだと思います」
「……そうですね。零さまのご意見はもっともです」
杏樹はため息をついて、
「ですが……もしかしたら、煌都の方々が先手を打ってきたのかもしれません」
「先手を?」
「わたくしたちは他州の州候に呼びかけて、煌都を非難するつもりでした。煌都の術者が錬州の山を汚染したのは明白ですからね。紫州と錬州、他州を巻き込んで、煌都に罪をつぐなっていただくつもりだったのです」
それは俺も知っている。
すでに、他州の州候に書状は出してある。
おそらくは、錬州からも他州候に連絡が行っているはずだ。
その返事を待って、杏樹は煌都に抗議するつもりだった。
けれど──
「その前に煌都の者は、抗議の場を整えてしまったのです」
「文句があるなら直接言え。来ないなら、文句がないとみなす……という感じですか」
「おそらくはそうでしょう」
杏樹はうなずいて、
「煌都には権謀術数に長けたものがおります。こちらの準備が整う前に、先手を打ってきたのです」
「杏樹さまを捕らえる罠ということは考えられませんか」
「その可能性は……薄いでしょう」
杏樹は、考えこむようにうつむいて、
「書状には皇帝陛下の印璽が捺されております。つまり、この書状は皇帝陛下の名のもとに出された、正式な書状ということになります。その書状で人を呼び寄せ、拘束したりしたら……」
「皇帝の名を汚すことになる、ということですか」
「その上、右大臣の名も記されておりますから」
右大臣、姓は泰山。
皇帝に仕えるなかで、二番目に高い地位の者だ。
その上に左大臣がいて、さらに緊急時には太政大臣が任命されるらしい。
「その右大臣が、煌都の陰陽寮の親分だったりしますか?」
「はい。右大臣は陰陽寮を統括しております。捕らえた陰陽師の蓬莱も、清らかな巫女も……その配下だったのでしょう」
「文句を言うにはちょうどいい相手です。まともに会議が行われるなら、出席するべきだとは思うんですが……」
問題は、相手に話し合う気があるかどうかだ。
杏樹は『罠の可能性は薄い』と言うけど、俺は煌都を信用していない。
直接、杏樹に危害を加えること以外で、なにか企んでいる可能性はあるだろう。
「零さまが心配するのもわかります」
杏樹は添付された地図を指さして、
「会議の場所は、川の近くです。船がなければ逃げられません。行動が制限されますから、零さまにとっては危険な場所なのでしょう」
「いえ、それは大丈夫です。俺は水面を歩けますから」
「……え?」
「『壁を歩く』の応用で、水面を歩けます。対岸が見えている川なら、杏樹さまを抱えて走るくらいはできますよ」
『壁を歩く』は、壁や樹に霊力を循環させて自分の一部にするものだ。
その状態では落下せずに壁を歩ける。
同じ要領で、水面を歩くくらいはできるんだ。
「だから、杏樹さまの脱出路は俺が確保します。最悪、杏樹さまだけでも逃がしますから」
「さすがは零さまです」
「霊刀も作っていただきましたからね。血路を開いて逃げるくらいはしますよ」
霊域で俺は、ご神体のかけらを手に入れた。
強い、霊力の結晶体だ。
それを使って、新たに刀を作ることにしたんだ。
須月紹介はすぐに腕利きの鍛冶屋を紹介してくれた。
そこに杏樹が、州候として正式に、刀剣作成の依頼を出した。
そうして完成したのが、俺の霊刀だ。
名前は『霊刀・龍爪』
実用品に名前をつける趣味はないんだけど……桔梗から『銘をつけるべきです』って言われたんだ。
『その方が、お嬢さまがよろこびますから』って。
それに、主君を護る騎士は、高名な武器を持つものらしい。それは桔梗の趣味だろうけど、言ってることは正しい。
だからご神体についていた爪痕から、名前をもらったんだ。
まだ実戦には使っていないけれど、霊力の通りはすごくいい。
邪道の技も、効率良く使えるはずだ。
「皇帝陛下と右大臣の名で開催される会議です。その場では、罠や攻撃はないかもしれません」
俺は話を続ける。
「ですが、移動中や宿泊中はわかりません。警戒しすぎかもしれませんが……用心に越したことはないと考えています」
「はい。零さまのおっしゃることは、もっともです」
「問題は、相手が多人数で襲って来た場合です。煌都の領域に行くということは、相手の手の中に入るのと同じですからね。できれば、近衛全員を連れて行くくらいの備えが必要です」
「承知しました。手配いたしましょう」
杏樹は真面目な顔で、うなずいた。
彼女としては、『州候会議』に参加したいんだろうな。
おおやけの場で、煌都や錬州と決着をつけるために。
だけど、杏樹は紫州の州候代理だ。
彼女になにかあったら、紫州は領主を失う。
今は、副堂勇作の乱があった直後だ。ここで杏樹がいなくなったら、紫州は紫堂暦一、副堂勇作──そして杏樹と、続けざまに領主を失うことになる。
そうなったら民は混乱する。
下手をすれば、副堂勇作の事件のとき以上の動乱が起こるかもしれない。
だから杏樹は『州候会議』に出るかどうか、迷っているのだろう。
「州候の部下が代理として、会議に参加することはできませんか?」
俺は書状を見ながら、続ける。
「それができるなら、俺が杏樹さまの代理として出席することができます。『精霊通信』を使えばリアルタイム……いえ、その場その場で杏樹さまの意思を確認できます。文字通り、杏樹さまの代理になれるわけです」
安全第一に考えるなら、それが最善だ。
でも、杏樹は首を横に振って、
「『州候会議』は、格式ある会議です。代理として出られるのは、州候の血縁者か親族、あるいは配偶者のみと決まっているのです」
「出席者には身分と権威が必要ということですか」
「はい。わたくしはそうやって人を分けるのは、好きではないのですが……」
「いえ、格式は大切ですよね。わかります」
俺は杏樹に向かって頭を下げた。
「身の程知らずなことを申し上げてすみませんでした」
次町に行ったとき、俺は杏樹に全権委任されてたけど、あれは紫州内の話だからな。煌都相手には通じないか。
俺が出しゃばったら逆に、紫州が軽んじられるかもしれないもんな……。
「い、いえ。零さまのお気持ちはうれしいです! とても!」
杏樹は、こほん、とせきばらいをして、
「わ、わたくしは……できれば、零さまが紫州候の代理として会議に参加できるようにしたいと考えております」
「そうなんですか?」
「……は、はい。お父さまの許可が必要ですけれど……」
「わかりました。そうなれば安心ですね」
……お父さまの──つまり、州候の暦一さまの許可が必要ってことか。
確かに、俺が一時的に紫州候の養子になれば、会議に参加できるからな。
『お父さまの許可が必要』というのは、そういうことだろう。
でも、そのためには前もって手続きをしておく必要がある。
今回の会議には間に合わないんだ。
……勉強不足だな。俺も。
こういう制度の抜け道については、もっと詳しく知っておく必要がある。
杏樹をちゃんとサポートするために、これからもっと勉強を──
「────失礼します。お嬢さま」
そんなことを考えていると、廊下から桔梗の声がした。
「お嬢さまに、書状が届いております」
「書状が? 錬州からですか?」
「いいえ。北の音州の──お嬢さまのお母さまの、姉君からです」
「おばさまから!?」
杏樹が急いで立ち上がる。
音州は、この国の最北端にある州だ。
そこは杏樹にとっては、亡くなったお母さんの故郷だ。
今でも母方の親戚が住んでいるらしい。
そして、音州の病院には、杏樹のお父さん──紫州候、紫堂暦一さまが入院している。
暦一さまが病で倒れた後に、副堂勇作は『紫州乗っ取り事件』を起こした。
杏樹は暦一さまを、副堂勇作から守る必要があった。
だから杏樹は親戚の力を借りて、暦一さまを音州へと逃がしたんだ。
暦一さまはずっと意識不明だったはずだ。
でも、音州から手紙が来たということは──
「…………お父さまが、目を覚まされたそうです」
杏樹は震える声で言った。
「お医者さまの話では……意識もはっきりしていると。1ヶ月もすれば、紫州に戻れるでしょう……と」
「暦一さまが!?」
「おめでとうございます。お嬢さま!!」
杏樹のお父さんが戻ってくれば、紫州は安定する。
もちろん、すぐに州候の仕事をするのは無理かもしれない。
でも、杏樹は楽になるはずだ。仕事も、精神的な面でも。
「……よかったです。本当に、よかった」
杏樹は書状を抱きしめて、涙ぐんでる。
気持ちはわかる。
暦一さまは俺の恩人だ。
あの人は俺を杏樹の護衛として雇ってくれた。
だから、俺は主君を見つけることができた。
紫州で、家族とも呼べる人たちを見つけられた。
その暦一さまが回復したのは、俺にとっても嬉しいニュースだ。
「……零さま。お願いがあります」
しばらくしてから、杏樹は俺の方を見た。
真剣な表情だった。
なんとなく、なにを言いたいのかがわかった。
「州候会議に参加したく思います。護衛を、お願いできますか」
「お嬢さま!?」
「そうおっしゃると思ってました」
戻って来た杏樹の父は、ふたたび紫州候に就くことになる。
そんな父親のために、杏樹は煌都と錬州の問題を解決しておきたいんだろう。
それと、杏樹が州候会議への参加を望む理由は、もうひとつある。
それはたぶん……暦一さまが戻ってくるなら、杏樹にもしものことがあっても、紫州は維持できるからだろう。
杏樹は本気で、煌都の連中と決着をつけるつもりでいるんだ。
俺も、決着をつけることに異論はないのだけど──
「お気持ちはわかりました。では、ひとつうかがいたいことがあります」
「構いません」
「申し上げます」
俺は姿勢を正して、杏樹を見た。
「州候会議には錬州の者も参加することになります。会議の場で、彼らを敵に回すのは得策ではありません。むしろ、彼らと協力することになるかもしれません。杏樹さまは、それを受け入れることができますか?」
「……はい」
杏樹はまっすぐ、俺の目をみたまま、うなずいた。
「州候代理として、できることはなんでもするつもりです」
「相手が蒼錬将呉でもですか?」
おそらく『州候会議』に出てくるのは、錬州候の嫡子、蒼錬将呉だろう。
錬州候は煌都を恐れている。しかも、引退を決めている。本人が出てくることは考えにくい。
末姫の真名香は紫州にいる。
他にも蒼錬颯矢がいるけれど、柏木さんによると、彼は素直な人物らしい。交渉には向かないだろう。
となると、蒼錬将呉が州候会議に出てくる可能性が高いんだ。
「杏樹さまは、沙緒里さまを利用したあの人と、手を組むことができますか?」
杏樹にとっては、酷な質問かもしれない。
でも、煌都に対抗するには備えがいる。
杏樹の覚悟も、確認しておかなきゃいけない。
「俺も、蒼錬将呉は信用していません。ただ、敵に回さないためには、表面上は親しくしなければいけません。杏樹さまは、それを受け入れることができますか?」
「わたくしは……錬州のご嫡子を許すことはできません」
杏樹はまっすぐに俺を見ながら、告げる。
「けれど、零さまが隣にいてくださるなら、普通に話をすることはできると思います」
「わかりました。では、対策を考えましょう」
州候会議が開催されるのは、1ヶ月後だ。
まだ時間はある。
とりあえずは落ち着いて、対処法を考えるべきだろう。
「わかりました。零さまのお言葉に従います」
「俺は落ち着ける飲み物を用意しますね。桔梗さんも、手伝ってくれますか?」
「は、はい」
「お願いしますね。零さま。桔梗」
そうして俺と桔梗は、厨房へと向かったのだった。
「お嬢さまがご自分で決着をつけたいというお気持ちは、桔梗にもわかります」
ことことと牛乳を温めながら、桔梗は言った。
和装にエプロン姿だった。
本を挿絵を参考に、西洋風のエプロンを自作したらしい。器用だ。
「ご当主さまが戻られる前に、事件を片付けておきたいのでしょう。お嬢さまは、病み上がりのご当主さまに、負担をかけたくないのだと思います」
「わかります」
俺はうなずいた。
「それに……たぶん、杏樹さまは煌都の者たちに聞きたいことがあるのでしょう。杏樹さまは、相手が誰であっても、まずは話をすることを望むお方ですから」
だから杏樹は、蒼錬将呉との会談を望んだ。
敵対していた相手と会談の場で会い、尋ねた。
『どうして錬州は副堂勇作に手を貸したのか』
『婚約者だった副堂沙緒里のことを、どう考えているのか』
──と。
副堂勇作による『紫州乗っ取り事件』のときも杏樹は、副堂沙緒里と話をすることを望んでいた。
杏樹には偏見がない。
先入観や思い込みで相手を判断することもない。
ただ、杏樹には、相手の考えを聞きたいという想いがあるんだ。
おそらくはそれが、精霊や霊獣と話ができるという能力にも繋がっているのだろう。
杏樹はそういう『先祖返り』なのかもしれない。
──と、俺がそんなことを話すと、桔梗は、
「…………月潟さま。すごいです」
なぜか目を輝かせて、俺を見ていた。
「月潟さまは、お嬢さまのことを、よく見ていらっしゃるんですね」
「護衛ですからね」
「月潟さまのおっしゃる通りです。お嬢さまは、他者に興味があるのです」
桔梗は感心したように、うなずいて、
「たとえ相手が人でなくとも、わかりあえない相手であっても。仮に……敵対するとしても、それは相手をしっかり見てからにしたいのでしょう」
「……ですね」
しばらく、沈黙があった。
俺と桔梗は無言で、かまどの火を見つめていた。
やがて牛乳が適温になり、俺の指示で桔梗は『抹茶ラテ』を作っていく。
それが完成すると、桔梗は安堵の息をついて、それから、
「……お嬢さまの願いを叶えるにはどうすればよいのでしょうか」
じっと俺の顔を見つめて、そんなことを言った。
「『州候会議』に出て……煌都の者と話し合い、無事に戻って来るには、どうすればよいのでしょうね」
「安全性を高める方法は、いくつかあります。まずは地図を見て、安全そうな経路を選ぶ。その後は精霊たちに現場周辺を見てきてもらって、安全性を確かめる。あとは……」
「あとは?」
「会議が終わるまでの間、杏樹さまに、俺の指示に従っていただくことですね」
俺は護衛として、杏樹を絶対に護るつもりだ。
そのためには、隙を作らないようにしないといけない。
ただ、そうするには、杏樹に俺の指示に従ってもらう必要があるんだ。
たとえば、食事はすべて、俺が毒味をして──
たとえば、就寝中は、俺が側に控えて──
たとえば、着替えの際も、俺が同室にいて──
──つまり可能な限り、俺が杏樹の側にいるべき、ということになる。
もちろん、時々は茜と交替することもあるだろう。
でも基本は、杏樹は俺と一緒に行動することになる。
ほぼ24時間、ずっと。
杏樹がそれに同意してくれるなら、可能な限り、安全性を高めることができるはずだ。
「ただ……杏樹さまにそこまでお願いするのは難しいですね」
「い、いえ。お、お嬢さまなら、受け入れてくださると思います」
「そうですか?」
「は、はい」
「でも『州候会議』に出て、戻ってくるまでの間、杏樹さまと桔梗さんは、ずっと一緒に過ごすんですよね?」
「もちろんです。桔梗はお嬢さまのお世話係ですから」
「となると、俺は桔梗さんとも、ずっと一緒にいることになるんです」
「──!?」
桔梗の顔が真っ赤になった。
彼女はエプロンの胸を押さえて、うつむいた。
それから、ぐっ、と拳に力を込めて、顔を上げて──
「……も、問題ありません!」
きっぱりと、そんなことを宣言した。
「月潟さまは紳士です! 物語に出てくるような『じぇんとるまん』です!!」
「は、はい。そうありたいと思ってますけど」
「で、ですから、問題ありません! 桔梗だって、色々と覚悟はしているのですから!」
桔梗は真っ赤な顔で、声をあげた。
「と、とりあえず、お嬢さまのご意志を聞いて参ります! では!!」
そう言って桔梗は『抹茶ラテ』が載ったお盆を手に、厨房を出ていった。
「俺としても、杏樹さまの願いを叶えてあげたいんだけどな」
『州候会議』で、話し合いだけが行われて欲しいと思う。
陰謀なしで、右大臣と州候代理たちの見交換ができればいい。
錬州に鬼門を作ろうとした張本人が出てきて、右大臣がそいつを罰してくれればいい。
そうして、煌都が謝罪をして、こちらが幽閉している陰陽師と巫女の引き渡しができればいい。
本心から、そう思ってる。
ただ、相手は煌都。最強の術者集団を擁する連中だ。
しかも、向こうには間違いなく転生者がいる。
やつらの領域に近づくなら、細心の注意を払う必要がある。
だからどうしても、参加条件は厳しくなる。
俺が杏樹に『指示に従ってください』なんて言うのが、越権行為なのはわかってる。
それでも……俺は杏樹を護らなきゃいけないから──
「ただいま戻りました。お嬢さまは『承知しました。すべてを零さまに委ねます』だそうです!」
──そんなことを考えていたら、桔梗が戻って来た。
杏樹の答えを携えて、真っ赤な顔で。
「それと、お嬢さまは月潟さまを呼んでいらっしゃいました。錬州から書状が届いたそうです」
「わかりました。すぐに行きます」
俺は桔梗に一礼。
それからすぐに、杏樹の部屋へと向かったのだった。
「錬州の蒼錬将呉さまから書状が参りました。『州候会議に参加します』とのことです」
書状を手に、杏樹は言った。
「その際に、わたくしたちと協力したいとおっしゃっています。『わだかまりはありますが、危機を乗り切るために協力しましょう』と」
「錬州も、煌都の招待は断りにくいということですか」
「皇帝陛下の側近からの招待状です。断れば、他州からの心証も悪くなります。手広く交易を行っている錬州は、それを避けたいのでしょうね」
そう言って杏樹は、俺の前に書状を広げた。
「蒼錬将呉さまは同行する護衛の名前を、書状に記載されております。その者について、零さまに確認していただきたいのです」
「護衛の名前ですか?」
「はい。書状には『虚炉村の無双剣』と書かれております」
「…………うわ」
変な声が出た。
確かに……書状には『虚炉村の無双剣を雇用した』と書いてある。
しかも、雇うに至った事情まで。
錬州と『虚炉村』が繋がっていることは、先の事件で確認した。
蒼錬真名香の護衛、剣士沖津は、『虚炉村』で修行をした人間だったからだ。
彼は、あの村の無双剣と対等に戦ったのを自慢してた。
でも今回、蒼錬将呉の護衛をするのは、別の無双剣だ。
「『元々は無双剣、虚炉多牙根を護衛にするつもりだったが、本人が負傷したため、無双剣、虚炉萌黄を護衛とすることになった』とあります」
杏樹は首をかしげた。
「よくわかりません。無双剣が負傷したので、無双剣を雇ったというのは……?」
「多牙根は表の無双剣。萌黄は裏の無双剣です」
俺は言った。
「表の無双剣は、世にわかりやすい強さを示すための客寄せ。裏の無双剣は文字通り、『虚炉村』最強の剣士です。剣の強さだけなら、俺の知る限り……この国で5本の指に入るでしょう」
「5本の指に!?」
「敵に回すときわめて危険な相手です。まぁ……味方にしても面倒な相手なんですけど」
まさか萌黄が表に出てくるとは思わなかった。
あいつが村で一番強いのは確かだ。
俺も、純粋に剣技だけで戦ったら……殺さずに勝つ自信がない。
というか、俺はあいつがいない時期をねらって、村を追放されるように仕向けたからなぁ。大きなトラブルにならないように。
裏の無双剣、虚炉萌黄。
彼女は俺の父さんの弟子で、俺の幼なじみ。
俺の祖父から黄金鞘を受け継いだ、『虚炉村』最強の剣術使いだ。
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書籍版だけの書き下ろしです。ぜひ、読んでみてください。
これからも『最強の護衛』を、よろしくお願いします!




