第63話「巫女姫と護衛、錬州の嫡子と会う(後編)」
「あなたは……なにを言っているのですか?」
杏樹の身体は、小刻みに震えていた。
彼女は拳を握りしめて、蒼錬将呉をにらみつける。
「だから自分に責任はないと? そうおっしゃりたいのですか?」
「いいえ」
蒼錬将呉は頭を振った。
「錬州には副堂どのを支援した責任があります。それは認めています。父が引退を決めた理由のひとつもそうです」
「ならば、どうして沙緒里さまの不幸が、巫女の才能と霊獣のせいになるのですか!?」
「副堂どのの事件は終わりました。けれどその後も、紫州と錬州は怪しい術者に迷惑をかけられている。霊力と霊獣、あるいは呪術……それこそがこの国の不幸をもたらしていると、私は考えているのです」
冗談を言っているようには、見えなかった。
蒼錬将呉は胸を張り、堂々と宣言している。
「煌都のものは常に、まわりの州に干渉してきています。彼らの得意とする術を使って。それは煌都の陰陽師や巫女衆が強い力を持っているからです。これも、呪術の存在によるものなのです」
「煌都の干渉は防ぎました。【禍神】も祓っております。それに……」
杏樹は口にしかけた言葉を、途中で止めた。
紫州には『四尾霊狐』という切り札がある。
『四尾霊狐』は成長すれば『九尾紫炎陽狐』になる。6文字の、最強の霊獣だ。煌都が術を仕掛けてきても一蹴できる。
『九尾紫炎陽狐』の力を示すことで、煌都を大人しくさせることもできるだろう。
けれど、それはまだ先の話だ。
「それに……これから、わたくしはすべての州候に呼びかけるつもりです」
だから、杏樹が口にしたのは、別の言葉だった。
「今回の事件について他州にも知らせて、皆で煌都の罪をただすつもりです。そのために錬州にも協力を──」
「今は、それでいいでしょう」
蒼錬将呉は肩をすくめた。
「けれど、霊獣や霊力、呪術というものがある限り、陰謀をくわだてる者は現れます。似たような事件は続くでしょうね。州候が、いかに力を尽くしたとしても」
「……あなたは、なにを言いたいのですか?」
「仮に霊獣も霊力も、呪術も存在しない世界があったら、どうでしょうか?」
「その問いに意味はありません。わたくしたちの世界には霊獣・精霊がいるのですから」
「仮の話です。霊獣も精霊も、物語の中だけの存在だったとしたらどうでしょうか? 普通の人々からは遠い存在となり、見えなくなる。忘れ去られて、やがては物語だけの存在になる。そうなったら、この国はもっと落ち着く……そうは思いませんか?」
──霊獣も精霊も、物語の中だけの存在、か。
そうなった世界のことを、俺は知っている。
前世で俺が生きていた世界だ。
つまり蒼錬将呉は、俺の世界のことを知っているということだ。
伝えたのはおそらく……そこにいる、駒木師乃葉だろう。
彼女が『転生者』だというのは、これで確定だ。
「ところで、紫堂杏樹さま。あなたは霊獣や精霊と話ができるそうですね」
蒼錬将呉は続ける。
「話を聞いたとき、おどろきました。あなたは霊獣や精霊と契約せずに、お願いごとを聞いてもらえるとか」
「沙緒里さまが話したのですね?」
「そうです。その上でうかがいたいのですが……その力で、民を管理することは可能ですか?」
「……管理?」
「絶対的な管理です。霊獣や精霊を使って民を見張り、危険な者や、能力のありすぎる者を見つけ出し、隔離する。そのようなことは可能でしょうか?」
「できません。できたとしても、するつもりはありません!」
杏樹は声を上げた。
まるで不気味なものを見たかように、後ずさりして、俺の側に身を寄せる。
俺の手に触れて……それから、蒼錬将呉に向かって声をあける。
「霊獣も精霊も、未契約の者たちは自由きままに過ごしております。わたくしは、その子たちにちょっとしたお願いをしているだけです。自由を愛する者たちを……民を管理するために使うなどできるわけがないでしょう?」
「杏樹さま。錬州のご嫡子さま」
俺は尋ねた。
「無礼を承知で申し上げます。発言の機会をいただいてもいいでしょうか?」
「まさしく無礼だな! 私が部下を叱ったのを見ていなかったのか!?」
「いえ、構いませんよ。零さま」
蒼錬将呉の言葉を断ち切るように、杏樹は言った。
「わたくしに、あなたの言葉を聞かせてください」
「紫堂杏樹さま。それは……」
「この方──月潟零さまは、わたくしが最も信頼する護衛です。副堂の叔父さまの内乱の際にも、多くの功績を立てております。錬州の方の支援により起きた事件を鎮めたお方です。ならば、発言の権利はあるのではないでしょうか?」
「……承知しました」
蒼錬将呉は苦々しい口調で、うなずいた。
彼は『紫州乗っ取り事件』に対して、錬州は責任があると明言している。
杏樹はそこを突いたかたちだ。
「では、次期錬州候にうかがいます。あなたが望むのは、霊力を持つ民とそうでない民が、違う場所で生きることなのでしょうか?」
俺は言った。
「霊獣や精霊……それと関わる者と、そうでないものを棲み分ける。そうすることで、最終的に人間だけの州を作りたい。そうお考えなのではありませんか?」
「────!?」
蒼錬将呉が一瞬、息をのんだのがわかった。
けれど彼は、すぐに苦笑を浮かべて、
「君は……月潟零と言ったか」
「そうです」
「さすがは……紫堂杏樹さまの側近だ」
「恐縮です」
「……君の言う通りだよ。私は霊獣や精霊と、民が別々に生きることを望んでいる。まぁ、夢のようなものだがね」
「……そんなことが可能なのですか?」
「君は知らないだろうが、そういう世界があるのだよ」
知ってるよ。
俺には、あまりいい思い出はない世界だけど。
「霊獣や精霊が存在しない世界。民が落ち着いて暮らせる世界。それは煌都を恐れ続ける錬州にとっては、理想の世界だ」
「……質問にお答えいただき、ありがとうございます」
俺は蒼錬将呉に視線を向けたまま、彼の隣にいる駒木師乃葉の気配を探る。
彼女は蒼錬将呉の言葉に、うなずいていた。
やっぱり彼女は、俺と同じ世界から来たと考えて間違いなさそうだ。
……聞きたいことは、他にもある。
副堂沙緒里に【二重追儺】の呪術書を渡したのは、杏樹を紫州にいられなくするためじゃないのか、とか。
行き場をなくした杏樹を手に入れて……今言ったような仕事をやらせるつもりだったんじゃないのか、とか。
けれど、これ以上、探りを入れるのは危険だ。
目の前には俺と同じ世界から来た『転生者』がいる。
俺が突っ込んだ質問をしすぎたら、俺も『転生者』だということがばれるかもしれない。
それは避けたい。
情報のアドバンテージは確保しておきたいんだ。
「霊獣と精霊……彼らと共に暮らす者と、他の民の居場所を分ける。そのための管理……ですか」
杏樹は……指先で俺の手に触れたまま、告げた。
「沙緒里さまを不幸にしたのは巫女の力と霊力とおっしゃったのは、そういうことだったのですね。霊鳥『緋羽根』が紫州の象徴でなければ、沙緒里さまがあの子を欲しがることはなかった。紫州乗っ取りは起こらず……沙緒里さまが不幸になることもなかった……と」
「そういうことですよ。紫堂杏樹さま」
「ですが、民を絶対的な管理下におくことや、霊獣や精霊を隔離することには、賛成できません」
杏樹は蒼錬将呉の顔を見上げて、
「わたくしとあなたは、違う道を行く者なのでしょう。自分と異なるものを排除するのは、わたくしのやり方ではありません」
「それでうまくやっている世界があったとしても、ですか?」
「違う世界のやり方を押しつけられても困ります」
「霊獣や精霊は、しょせんは人とは異なる者だ。そんな者たちと暮らしていたことが、この世界の不幸、そうは思わぬのですか?」
「違うものだからこそ、話して、わかりあう喜びがあるのです」
「理解できませんね……」
蒼錬将呉は肩をすくめて、首を振った。
「霊獣や精霊……自分とは違うものとわかりあうことが楽しいとおっしゃる。だが私は、彼らは敬して遠ざける者だと思っております。仮にそれが人の姿をしていたとしても……大切にはしますが、我々とは別のものとしてあつかうべきでしょう」
「私は共に生きるべきと思っております」
杏樹は言った。
「大切なのは、わたくしがそのお方に触れたいと思うか、抱きしめたいと思うか……それだけです」
「残念です。あなたなら、私の考えを理解していただけると思ったのですが」
「わたくしは、紫州の巫女です」
それは、ひとつの儀式のようだった。
杏樹は俺に寄り添いながら──姿勢を正し、静かに告げる。
「紫州は霊獣と土地神、精霊たちと共に生きる州です。そのような州の巫女に、霊獣や精霊──民の管理を提案するのは、お門違いというものですよ」
「いずれ……わかっていただけるでしょう」
蒼錬将呉はつぶやいた。
それから数歩、後ろにさがり、杏樹に向かって一礼する。
「お話をする機会いただいたことに感謝しますよ。紫堂杏樹さま」
「こちらこそ、お会いできてよかったです。蒼錬将呉さま」
州候の名代たちは、それぞれに一礼する。
それから俺たちは、それぞれの馬車に戻った。
馬車の中で、杏樹は書状に署名した。
書状は俺が預かり、蒼錬将呉の馬車に届けることになった。
錬州の馬車の前にいたのは、蒼錬将呉の側近の、駒木師乃葉だった。
「紫堂杏樹さまからの書状をお届けいたします。ご確認ください」
「感謝いたします」
型どおりのあいさつを交わして、俺は書状を渡した。
駒木師乃葉が書状を受け取り、確認するのを待ってから、また、一礼する。
「……将呉さまは、民のことを考えていらっしゃいます」
俺がその場を離れようとしたとき、ふと、駒木師乃葉がつぶやいた。
「それと……真名香さまにお伝えください。必要なものがあれば、いつでも送ります、と。それだけを、お願いいたします」
「承知しました」
そう言って、俺は馬車へと戻った。
こうして会談は終わり、俺たちは紫州へと戻ることにした。
杏樹は──緊張がとけたのか、帰りの馬車の中でずっと、眠っていた。
なぜか、俺の肩に頭を乗せて。
……いや、いいんだけどね。
俺は杏樹の護衛だ。彼女の体調管理のためなら、肩を貸すくらいなんでもない。
でも……気になることがある。
会談のとき、蒼錬将呉のやりとりの中で、杏樹はこんなことを言ったんだ。
『大切なのは、わたくしがそのお方に触れたいと思うか……抱きしめたいと思うか……それだけです』
──あれは霊獣と精霊の話だよな? そういう流れだったし。
別に転生者の話をしてたわけじゃないよな。
まぁ……意識しすぎか。
「……とりあえず、これで事件は終わりか」
煌都の術者は捕らえた。
錬州との会談と手続きも終わった。
州境の山と【禍神】にまつわる事件は片付いたんだ。
あとは政治的なやりとりだ。
家老の杖也老や、文官たちの仕事になる。
俺たちは次町で、こまごまとしたことを済ませたあと、州都に戻ることになるだろう。
杏樹も、次町に来てからは働きづめだったからな。
州都に戻れば、少しはゆっくりできるだろう。
「して欲しいことがあったら言ってくださいね。俺は、杏樹さまの護衛なんですから」
「…………ふぁい」
寝言のような声が、返って来る。
そうして俺たちはのんびりと、次町に向かったのだった。
そしてまた、数日後。
杏樹は、新たに紫州に組み込まれた山で、儀式を行った。
逆鉾に見立てた枝を地に打ち込む儀式だ。
それにより、土地は紫州と霊的に繋がることになるらしい。
改めて、山の社の浄化も済ませた。
山には本来、強い霊力を持つ。
それを歪めれば、【禍神】や魔獣を呼ぶこともできる。
今回の事件で行われたのは、そういう儀式だった。
錬州は山の霊力を、うまく扱うことができなかったのだろう。
でも、杏樹なら正しく使える。
紫州の力にすることも、できるかもしれない。
そうして、儀式を終えたあと、杏樹は、
「州都に帰りましょう。零さま」
そう言って、笑った。
「零さまはまた、大きな功績を立てられました。なにか、して欲しいことがあったら言ってくださいね」
「もう十分もらってますよ」
「……なんでもいいから、言ってみてください」
「じゃあ、屋敷の台所を改装したいです」
「お料理のためですね?」
「はい。杏樹さまたちに、新作料理の味見をして欲しいですから」
「わかりました零さま。では、零さまと、わたくしのお屋敷の台所を改装しましょう」
「……え」
「それと、零さまはわたくしのお部屋に、出入り自由といたします」
いたずらっぽい口調で、杏樹は言った。
「零さまには、前世のお話を聞かせていただかなければいけません。『四尾霊狐』さまへの霊力供給もあります。もちろん、お料理の味見も。わたくしは零さまと一緒にしたいことが、たくさんあるのです。いちいち面会の許可を申請していては、手間がかかりますもの」
「あの……杏樹さま?」
「というわけで、これからよろしくお願いいたしますね。零さま」
杏樹は俺の手を取って、うなずく。
決定らしい。
……本当に、敵わないな。杏樹には。
とにかく、次町での事件は終わった。
後のことは後で決めることにして、州都に戻ろう。
末姫──蒼錬真名香のことも、色々と決めなきゃいけないからな。
そうして、俺と杏樹は州都に戻り──
数日後、煌都からの書状を受け取ることになるのだった。
第2章はここまでです。
第3章に続きます。
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