第61話「零と杏樹、約束をする」
それから俺は、自分の生い立ちについて話した。
──生まれてすぐに、前世の記憶があることに気づいたこと。
──前世では病弱だったせいで、20代半ばで死んでしまったこと。
──俺の魔力が特殊なのも、転生者なのが関係しているかもしれないこと。
杏樹は黙って、俺の言葉を聞いていた。
落ち着いたようすで、何度もうなずきながら。
そうして、一通り話し終えたあと、俺は、
「これまで前世について秘密にしていたことを、お詫び申し上げます」
杏樹に向かって、頭を下げた。
「荒唐無稽なお話なので……お伝えするべきか、迷っていたのです。信じていただけるかどうか、わかりませんから」
「そうだったのですね」
「俺のような得体の知れないものが側にいるのは、ご不快かもしれません」
前世のことを杏樹に伝えるべきか、ずっと迷っていた。
【禍神】が一度しか現れなければ、話さずにいられた。
でも、二体目の【禍神】が現れてしまった。
だったら、第三、第四の【禍神】が現れる可能性は、十分にある。
だから、俺の前世について話すことにしたんだ。
そうすれば杏樹に、異世界の神について、話すことができるから。
異世界の神についての知識があれば、他の人でも【禍神】に対処できる。
逆に、俺が知識を出し渋ったせいで犠牲者が出たら、悔やんでも悔やみきれない。
杏樹にも申し訳が立たない。
俺は杏樹の護衛だ。
その俺が、杏樹に必要な情報を隠すわけにはいかない。
人の命に関わるものなら、なおさらだ。
杏樹の、俺を見る目が変わるのは……嫌だけど。
……まったく。
こんなことになったのは、煌都の連中のせいだ。
奴らが【禍神】を召喚しなければ、前世のことは内緒にしていられたのに……。
本当に、面倒なことをしてくれた。
絶対に許さない。
あの陰陽師たちのボスは、俺の敵だ。
出会ったら絶対にボコる。再起不能にしてから、杏樹の元に引きずり出してやる。
「そういうわけで、俺は前世の記憶を持つ、転生者なんです」
俺は話を続けた。
「俺は、他の人とは違う生き物で、得体の知れない記憶を持っています。そのような存在が護衛を務めることを、杏樹さまは不安に思われるかもしれません。ですが、俺の知識は【禍神】対策に役立つはずです。どうかこれからも、護衛として勤めさせてください」
「……よく……わかりません」
杏樹は静かに、首を横に振った。
「零さまのおっしゃることが、わたくしにはわからないのです」
「そうですよね。前世の記憶があるなんて信じられませんよね」
「いえいえ、それはまったく疑っていません」
「そうなんですか?」
「零さまのお言葉を、わたくしが疑うことはありませんよ?」
杏樹は腕組みをして、うなずいた。
それからじーっと、俺の顔を見て、
「理解できないのは、どうして零さまが『杏樹さまが不安』『不快』などとおっしゃったことです」
「え? 普通は不安ですよね? 前世の──別世界の記憶を持つ者が側にいたら。その人間は、別世界の知識や常識で動いてるかもしれないんですから。杏樹さまにとっては不安なはずで……」
「零さま?」
「はい」
「お忘れではありませんか? わたくしは数百年生きた霊獣『九尾紫炎陽狐』さまの記憶を受け継いでいるのですよ?」
「……あ」
そういえばそうだった。
杏樹は『九尾紫炎陽狐』と契約したとき、記憶と知識を引き継いだんだっけ。
つまり杏樹も、今の自分とは異なる存在の記憶を受け継いでいるわけで……。
…………あれ?
「でも、杏樹さまは、霊獣と正式に契約して、記憶と知識を引き継いだんですよね? 俺の前世とは違うのでは……」
「同じです。たいして違いはありません」
「……そういうものでしょうか」
「わたくしは巫女姫です。術に関しては、それなりの知識があります。その知識をもとに判断いたしました。零さまの『前世の記憶』と、わたくしの『九尾紫炎陽狐さまの記憶』には、たいして違いはないのです」
「……はぁ」
「むしろ、わたくしと零さまは、たがいに近しい存在と言えましょう」
杏樹は言い切った。きっぱりと。
「それより、零さま」
「はい」
「わたくしは数百年生きた霊獣『九尾紫炎陽狐』さまの記憶と知識を受け継いでおります。零さまは、そんな人間が側にいることで、不安や不快に思ったりしますか?」
「思うわけないじゃないですか!」
思わず答えていた。
「杏樹さまは杏樹さまです。俺は杏樹さまの優しいところも、立派なところも、危なっかしいところも全部知っています。霊獣の記憶があったからって、それは変わりません。不安とか不快とか、思うわけがないじゃないですか」
「わたくしも同じです。なのに、零さまときたら……」
杏樹は頬を膨らませてる。
怒った様子の杏樹は立ち上がり、俺の側へ。
袴の膝をそろえて、俺の正面に座る。じっと、俺の目をのぞき込む。近い近い。
「零さまはご自分の存在の大きさを、もっと理解するべきだと思うのです」
「理解、ですか?」
「わたくしが今、なにを考えているか、おわかりですか?」
「杏樹さまを疑ったことを怒っている、ですか?」
「なんでもっと早く言ってくださなかったのか、です」
杏樹はそう言って、俺の手を取った。
「わたくしが『九尾紫炎陽狐』さまの記憶と知識を受け継いでいることは、一部の者しか知りません。相談できる人が少なくて、困ったこともありました。零さやま桔梗、杖也という理解者がいるわたくしでもそうなのです」
ため息をつく杏樹。
それから彼女は、また、俺に顔を近づけて、
「零さまは前世について、誰かに相談したことはありますか?」
「……いいえ」
前世のことは、誰にも話したことがない。
父さんにも、幼なじみのあいつにも、もちろん、祖父にも。
「だから零さまは『不快に思う』とか『不安にさせる』とか、勘違いなさるのです」
杏樹は両手で、俺の頬を挟んだ。
息がかかるほどの距離で、じっと俺を見て、
「零さまは、もっとわたくしを頼るべきです!」
「……そう、でしょうか」
「そうです! わたくしと零さまは『四尾霊狐』さまを通じて繋がっているのです。もはや家族同然です。人に言えないような悩みがあるなら、素早く相談するべきなのです!」
「…………」
「わかりましたか?」
「…………はい」
「そもそも、零さまは年金受給者になるのが夢なのですよね? つまり、わたくしたちは老後まで共にいるわけですよね? なのに零さまは……生涯、前世のことを秘密にするおつもりだったのですか? それはあまりにお辛いでしょう? そんなことになる前に、わたくしに相談してください」
杏樹は胸に手を当てて、宣言した。
まるで、土地神に誓いを立てるように。
降参だった。
本当に……敵わないな。杏樹には。
前世のことは、家族にも、村の幼なじみにも話せなかった。
それを杏樹に伝えたのは【禍神】対策のためでもあるけど……杏樹なら、受け入れてくれると思ったからだ。
多少はびっくりしたり、不安に思ったりするかもしれないけれど、最後には受け入れてくれる。そんなふうに考えてた。
でも、杏樹はまったく動じなかった。
俺の予想なんか、あっさり飛び越えてしまったんだ。
厳密に言えば、俺に前世の記憶があるのと、杏樹に『九尾紫炎陽狐』の記憶があるのは違う。
俺のは原因不明だし、杏樹は儀式によって記憶を引き継いでる。
だけど、杏樹にとっては、同じことらしい。
そう言われて、なんだか、肩の荷が下りたような気がしたんだ。
「とにかく、おたがい、できるだけ秘密はなくしましょう」
そう言って、杏樹は話をしめくくった。
「わたくしも零さまには、隠し事はしないようにいたしますから」
「承知しました」
「それと、ふたりきりのときは、堅苦しい言葉はやめてくださいね」
「前にも同じようなことをおっしゃいましたね」
「『隠された霊域』を探しに行ったときですね。あの時は、零さまは結局、敬語に戻ってしまいました」
「立場がありますから」
「ですが、わたくしと零さまはどちらも『普通の者とは違う記憶を持つ者』です。似たもの同士、もう少し、距離を縮めてもよいのではないでしょうか」
「そういうものですか?」
「そういうものです」
「……わかりました。できるだけ、やってみますよ」
「はい。お願いしますね。零さま」
そう言ってから杏樹は、照れたような顔で、
「またひとつ、零さまのことがわかりました。ふふっ。なんだか、うれしいです」
「えっと……それで【禍神】の件ですが」
「あ、はい。そうですね」
今気づいたように、杏樹は手を叩いた。
「【禍神】への対策のために、前世のことを教えてくださったのでしたね」
「そうです」
俺はうなずいて、
「まずは杏樹さまに、俺の知る『異世界の神』のことをお伝えしたいんですけど、それでいいですか」
「問題ありません。わたくしがそれを書き留めて、皆と知識を共有します。零さまも知らない【禍神】が出てきたときは、協力して倒すということにいたしましょう」
「そうですね。それでいいと思います」
「では、後ほど……前世のお話を聞く時間をくださいませ」
「承知しました」
「ですが……他の方には、前世のことは知られたくないのですよね。となると、ふたりきりになれる時間が必要ですね。桔梗も茜さまもいない時間となりますと……夜でしょうか」
「……夜」
「幸い、『四尾霊狐』さまに霊力を供給するという口実──いえ、理由があります。今後はわたくしと零さまは、夜に霊力供給の時間を取ることにいたしましょう。そのときに、前世について話していただければと」
「……わかりました」
なんだか、不思議だった。
秘密を話したのに、杏樹は落ち着いてる。
それどころか、わくわくしてるみたいに、目を輝かせてる。
杏樹と夜に一緒に過ごすというのは……いや、別にいいのか。
昨日は『四尾霊狐』との霊力供給のために、近くの布団で眠ってるし。
それに、今は非常時だ。
紫州の安全のためにも、【禍神】の情報を共有しておく必要がある。
杏樹もそれを考慮して、夜の時間を提案してくれているんだろう。
「この月潟零は杏樹さまの護衛として、必要な情報を包み隠さず、お伝えすることを約束します」
「もう少し柔らかい口調でお願いいたします」
「……杏樹さまには、ちゃんと、前世のことを話しますね」
「はい。ではわたくしも、零さまに自分のことをお話しましょう」
「杏樹さまのことを、ですか?」
「わたくしが一方的に話を聞くのは、不公平ですもの。霊力も情報も、物事も循環するものです。それが世の習いというものですよ」
杏樹は、ぱん、と、手を合わせて、笑ってる。
なんだか、すごくうれしそうだ。
……まぁ、いいか。
とにかく、杏樹は俺が転生者だということを受け入れてくれた。
今は、それで十分だ。
前世でどんなふうに生きていたかを伝えるのには、抵抗はない。
杏樹なら受け入れてくれるってわかったからだ。
ただ……杏樹の話を聞くことになったのは……よくわからないけど。
杏樹は本当に隠し事しないからな……領主家の門外不出の話とかしないよな……心配だ。
そんなことを考えながら、俺は杏樹との話を続けたのだった。
それから、数日後。
錬州から書状が届いた。
錬州候と、嫡子の蒼錬将呉の連名だった。
内容は、領地の一部を割譲する件と、正式な引き渡し書類を交わす件について。
書面を取り交わすために、杏樹と蒼錬将呉が会談をする件について書かれていた。
会談の場所は、紫州と錬州の境目。
末姫の蒼錬真名香が通ってきた、山に囲まれた街道だ。
護衛の兵士の人数は、制限なし。
ただし、会談の現場に同行できる護衛は、2名のみ。
霊獣は、1体のみ。
そこで杏樹と蒼錬将呉は、正式な書面を取り交わす。
「──応じます。すぐに返書を書きましょう」
杏樹の決断は早かった。
「零さま。会談の現場に、同行してくださいますか?」
「もちろんです」
おそらく、その場には──錬州の転生者も来る。
どんな人間なのか。なにを考えているのか、知りたい。
それは今後の錬州対策にも関わってくるはずだ。
「俺と『緋羽根』が同行して、杏樹さまを護衛します」
「『四尾霊狐』さまではなくて、ですか?」
「切り札は隠しておきたいですから」
そうして、俺たちは会談の準備をはじめたのだった。
いつも『最強の護衛』をお読みいただき、ありがとうございます。
書籍版は12月15日頃、GAノベルさまから発売です。
試し読みもスタートしています。
『活動報告』から飛べますので、ぜひ、アクセスしてみてください。
書籍版には番外編として、本編の後日談を追加しています。
零たちの日常のお話です。
書籍版だけの書き下ろしです。ぜひ、読んでみてください。
これからも『最強の護衛』を、よろしくお願いします!