第60話「護衛、秘密を告白する」
──零視点──
事件の後、俺と杏樹はしばらくの間、次町に滞在することにした。
陰陽師と【禍神・酒呑童子】の中の人、それと『清らかな巫女』を尋問するためだ。
【禍神・酒呑童子】の中の人──素体になっていた人物は、意識不明のままだ。
ただ、身元はわかっている。煌都の兵士だった人だ。
それは、捕まえた陰陽師にも確認した。
「──捕らえられたら、ここまでは話してもいいと言われているのだよ」
蓬莱という名の陰陽師は、そんな言葉を口にした。
俺が話を聞きに行った時のことだ。
奴は術封じの呪符が張られた牢の中で、余裕ある表情をしていた。
「私を罰するのかな? ならば殺すがいい」
蓬莱はそう言って、笑った。
「貴様は偶然【禍神】を祓っただけだ。術の本質などわかりはしない」
「……そうか」
「私たちには、他州の者たちにはない知識があるのですよ。これからも【禍神】は現れるでしょう。おごりたかぶった州候たちを罰するために」
まるで、自分の言葉に酔っているようだった。
牢の中で、目を輝かせて、陰陽師の蓬莱は語り続ける。
「これで終わりではないのです。いずれ大いなる異界の神が呼び出されるでしょう。知識のない貴様たちには、なにもできぬでしょう。呼びだされる神の名さえ知らない者には──」
「知ってるよ」
俺は言った。
「【斉天大聖】のことも、【酒呑童子】のことも知ってる。【斉天大聖】は別名、孫悟空と呼ばれる者で、【酒呑童子】は大江山の鬼を統べる頭領だ。あと【八岐大蛇】は八本の首を持つ大蛇で、スサノオという異界の神に滅ぼされている。たぶん、酒に弱くて、尻尾には剣が隠されてるんじゃないか?」
「────な!?」
「だから、知ってるんだよ。あんたたちの手の内は」
煌都の連中は、自分たちが特別な知識を持っていると考えている。
だから他州よりも優位にあると考えて、同じことを繰り返すんだろう。
だけど──
「あんたたちは特別じゃない。異界のことを知っている者は、どこにでもいる。その知識を広めれば、【禍神】を祓うのは、それほど難しくない。俺が【禍神・酒呑童子】に勝てたのも、そういう理由だ」
「馬鹿な……そんな、馬鹿な!!」
「予想外だったか?」
「…………ぐっ」
「その程度のことも知らされていないなんて、あんたは上の人間から信頼されてないんじゃないのか?」
最後のセリフはハッタリだ。
けれど、陰陽師の蓬莱は動揺した様子で──
「……そんなことはない! あの方は……」
──言いかけて、口を手で押さえた。
これ以上、話はしない、ということだろう。
「あんたの上司の知識は特別なものじゃない。いや……これから、特別じゃなくなる」
俺は続ける。
「新たに【禍神】を召喚したとしても、こっちは対処できるようにしておく。【禍神】の正体を知っている者が、情報を広める。あんたたちの願いは叶わない」
「…………」
陰陽師の蓬莱は答えない。
ただ、歯がみしながら、殺気混じりの視線で俺を睨んでいる。
こいつの扱いは、錬州と話し合って決めることになる。
事件は、紫州と錬州の双方で起きているからだ。
たぶん──連名で煌都に抗議する際に、事件の犯人として引っ張り出すことになるんだろうな。
それまではどちらかの州で、幽閉されるはずだ。
「……『清らかな巫女』は、どうしているのですか」
俺が牢を離れようとしたとき、ふと、陰陽師の蓬莱が口を開いた。
「あの方には……罪はないのです。あの方は……」
「それはあんたが気にすることじゃない」
そう言って、俺は牢を後にした。
『清らかな巫女』は、眠っている。
『柏木隊』が彼女を捕らえたときから、ずっと。一度も目を覚まさない。
まるで、スイッチが切れたみたいに。
『……待機状態の霊獣のようです』
眠り続ける巫女を見て、杏樹はそんなことを口にした。
普段は眠っていて、主人に呼びだされると目覚めて、役目を果たす。そんな種類の霊獣がいるらしい。
『清らかな巫女』は、それに似ているそうだ。
煌都の連中がなにを考えているのかはわからない。
でも、これ以上、紫州に手は出させない。
【禍神】の召喚術を作り出したのが転生者なら、止める。
異世界の神話や物語の情報を広めれば、神の名前や弱点もわかる。
その知識は【禍神】が現れたときに、役立つはずだ。
「そういう情報を、杏樹に伝える必要があるんだが……」
話したら……杏樹は、どんな顔をするだろう。
これまでと同じように、信頼する上司と部下でいられるんだろうか。
そんなことを考えながら、俺は牢を後にしたのだった。
その後、俺と杏樹は、錬州の末姫と会うことになった。
末姫の護衛たちは、末姫を残して、錬州に帰る。
これは蒼錬真名香本人の意思によるものだ。
彼女の侍女は短刀で末姫を傷つけ、その罪を紫州に押しつけるように命じられていた。
となると……他の者も、錬州候からなにか指示を受けているかもしれない。
安全のためには、全員を一度、錬州に戻すべき……ということだった。
「紫州の方に迷惑をかけないためには、この方がいいんです」
末姫、蒼錬真名香は言った。
次町にある、杏樹の宿舎だった。
末姫は今、杏樹と同じ屋敷で生活している。
屋敷は近衛の『柏木隊』が警備しているから、錬州の者たちは近づけない。
杏樹の他に、茜や桔梗も同居しているし、離れには俺もいる。
末姫にとっては、最も安全な場所だ。
「錬州候である父がなにを考えているのか……真名香にはわかりません」
末姫はさみしそうに、頭を振った。
「わからない以上、一度、全員を遠ざけるしかないのです」
「真名香さまは、不安ではないのですか? ひとりで紫州に残ることになるのですが……」
杏樹が尋ねると、末姫はすっきりとした表情で、
「いいえ。不安は感じていません」
そう言って、微笑んだ。
「むしろ、錬州にいたときよりも落ち着いているんです。巫女の力が弱い真名香は……あまりよいあつかいをされていませんでしたから」
「そうだったのですか」
「真名香を気遣ってくれたのは、将呉兄さまくらいで……」
言いかけて、止める。
彼女の兄と紫州との関係を思い出したのだろう。
末姫の兄、蒼錬将呉は錬州の手先として、副堂勇作を支援していた。
副堂沙緒里の元婚約者で、彼女に呪術書を与えた張本人でもある。
その兄と仲が良かったとは、杏樹の前で口にしづらいのだろう。
「後ほど、領地の割譲の手続きのために、錬州から使者が来るはずです」
末姫は顔を上げて、そう言った。
「その使者は将呉兄さまにしてくれるようにと、真名香が書状に書きました。これで、紫堂杏樹さまと将呉兄さまの会談もできると思います」
「ありがとうございます。真名香さま」
「……杏樹さま」
俺は小声で、杏樹に尋ねる。
「末姫さまに、ひとつ、質問をしてもよろしいでしょうか?」
「いいですよ。護衛の方」
答えたのは末姫だった。
彼女はまっすぐに俺を見て、うなずいてる。
「真名香は、これから紫州でお世話になるのです。護衛の方とも、仲良く出来ればと思ってます」
「ありがとうございます」
俺は末姫に一礼してから、
「では、うかがいます。使者として蒼錬将呉さまが来られる際に、側近の方……末姫さまがおっしゃった『転生者』の方と、話をすることはできますか?」
「『転生者』……師乃葉とですか?」
「俺が戦った【禍神・酒呑童子】は異界のものでした。錬州に『転生者』がいるのなら、その神のことを知っているかもしれません。ですから、話をしてみたいのです」
「わかりました。真名香が手配しますね」
「ありがとうございます」
そうして、会談は終わった。
末姫が退出した後、俺は、
「杏樹さまに、お話したいことがあります」
杏樹とふたりきりになったあと、俺は言った。
「異界の【禍神】に関わるお話です。お伝えするか迷ったのですが……」
一度ならともかく、二度までも異界の【禍神】が召喚されて、人や町を襲っている。
召喚された【禍神】の名前と特性を、俺は知っていた。
その知識を活かして、これまではなんとか、祓うことができた。
だけど、これから先はわからない。
【禍神】が召喚された場所に、常に俺がいるとは限らない。
それに……俺が【禍神】を倒し続けたら、いずれみんな違和感を覚えるだろう。『どうして月潟零だけが、【禍神】の倒し方を知ってるのか』と。
あと、俺の老後に【禍神】が現れて「ごめん。倒して」と言われても困る。
だから俺は、召喚されそうな【禍神】の名前と特性を、皆に知らせておきたい。
そうすれば奴らが現れたとき、他の人たちでも対処できるかもしれない。
そのためには……俺の秘密を、杏樹に伝える必要があるんだ。
「今まで隠していたことをお詫びします。実は俺は、前世の記憶を持つ『転生者』です」
俺は言った。
杏樹が目を見開く。
構わない。俺は続ける。
「これまでに召喚された【禍神】は、前世の世界の神話や物語に登場する者たちです。おそらくは召喚の術を作った者も『転生者』でしょう。そいつに対抗するためには、俺の前世の知識を杏樹さまにお伝えする必要があるんです。まずは……転生について、話を聞いていただけませんか」
「わかりました。うかがいましょう」
……あれ?
杏樹は……落ち着いてるな。
俺は『転生者』で、異質な存在だって告白したんだけど……?
まぁいいや。
とにかく、伝えるべきことを伝えよう。
そうして俺は、自分が『転生者』であることと、前世の事情について話しはじめたのだった。
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これからも『最強の護衛』を、よろしくお願いします!