第58話「護衛、杏樹や『四尾霊狐』と触れ合う」
──零視点──
「ただいま戻りました。杏樹さま」
「お帰りなさいませ! 零さま」
俺は山を下りて、明け方に次町に戻った。
【禍神・酒呑童子】を祓ったあと、俺は錬州の剣士、沖津を尋問した。
沖津は『我々の手で山の社を浄化するために来た』と言った。
そのために、こっそりと山に入り込んだそうだ。
具体的には……危険な場所の浄化は紫州の者にやらせて、安全な場所のみを浄化し、それを『錬州の功績』にしようとしていた。
そうして、錬州が支払う報酬を値切るつもりでいたらしい。
えげつない話だった。
まぁ結局、沖津たちは【禍神・酒呑童子】に敗れて、ボロボロになったんだけど。
それから俺は『柏木隊』が来るのを待って、沖津たちと、【禍神・酒呑童子】の中の人を引き渡した。
奥の社の陰陽師と『清らかな巫女』の回収もお願いした。
隊長の柏木さんは「月潟どのは十分に役目を果たされた。あとは任せて、町にお戻りください」と言ってくれた。
俺は、その通りにすることにした。
実際のところ、今日は働き過ぎた。
いくら健康だからって、無理はよくない。
無茶をしすぎて、健康を失ったら元も子もないんだ。
だから俺は柏木さんの言葉に甘えて、『軽身功』で一気に山を降りた。
そうしてそのまま、杏樹の元へと戻ったのだった。
「零さま、お怪我はありませんか!? 痛いところがあったらおっしゃってください。まさか山に【禍神】が現れるなんて。ああ、零さまがまた、無理をされて……」
「大丈夫です。怪我はまったくしてません」
俺は杏樹の前で腕を広げてみせた。
杏樹は俺をじっと見て──怪我がないことに安心したのか、ほっと息をついた。
それから、俺は杏樹に一礼して、
「それより『桜鳥』を遣わしてくださって、ありがとうございました。おかげで助かりました」
『クルル』
『『『ルルーッ』』』
庭の方で、霊鳥『緋羽根』と『桜鳥』の声がする。
『桜鳥』たちは紫州に戻って、安心したみたいだ。
「『禍神・八岐大蛇』の出現を防ぐことができたのは『桜鳥』が社を浄化してくれたおかげです。本当に、助かりました」
「わたくしが零さまをお助けするのは当然のことです」
杏樹はそう言って、笑った。
少し照れたような表情。
頭の上の狐耳が、ぱたぱたと動いている。
今の杏樹は霊獣『四尾霊狐』と合体している。
狐耳と尻尾があるのはそのせいだ。
「まずは、杏樹さまと『四尾霊狐』を分離させますね」
「はい。ですがその前に……『四尾霊狐』さまは、零さまにお願いがあるようです」
「お願い、ですか?」
「は、はい。わたくしのお願いではございません。『四尾霊狐』さまのお願いなのですが……それで……その……」
杏樹は恥ずかしそうに、俺を見上げて、
「この状態で……頭をなでて欲しいそうです」
「頭を?」
「わ、わたくしの希望ではないのでです! 本当です!」
真っ赤な顔で頭を振る杏樹。
「『四尾霊狐』さまは、わたくしと同じくらい、零さまを心配していらしたので……安心するために、たくさん、なでていただきたいそうです。合体している状態の方が、零さまに触れられる面積が大きいので……このまま、頭をなでていただきたいと」
「わかりました。でも……杏樹さまはいいんですか?」
主君の頭をなでるのは、俺としてはかなりハードルが高いんだけど。
でも、杏樹は真っ赤な顔のまま、決意に満ちた表情で、
「『四尾霊狐』さまの母君である『九尾紫炎陽狐』さまは、紫州の神のような存在でもあります。そして、わたくしは巫女です。神の眷属のお望みなら、叶えてさしあげるのが役目です」
「……なるほど」
「それに、わたくしも……嫌ではありませんから」
そう言って杏樹は歩を進め、俺のすぐ側へ。息がかかりそうなほど、近くへ。
胸に手を当てて、少し、顔を上げて、そのまま目を閉じる。
構わないので『なでてください』ってことらしい。
「わかりました。では、失礼します」
俺は杏樹に向かって手を伸ばした。
髪に触れる直前、ぱちり、と、杏樹は目を開いて、
「あ、あの。わたくしは零さまがお戻りになるまで水垢離をしました。そのせいで、髪を結っておりません。ですから髪が乱れることはお気になさらず、存分に、どうぞ……」
「えっと……わかりました」
「は、はい。では…………んっ」
俺が髪に触れると、杏樹はくすぐったそうな声を出す。
さらさらした髪は、触れていて気持ちいい。
こうしていると、杏樹が少し小柄なのがわかる。
この身体で、めいっぱいの霊力を使って、俺をサポートしてくれたんだ。
感謝しないと。
でも……上司の頭ってなでてもいいものなんだろうか。
この世界は身分の差が強いはずで、しかも杏樹は州候代理でお姫さまだ。
部下の俺が頭をなでるのはまずいかもしれないけれど……俺と杏樹は『四尾霊狐』と、共同契約している関係でもある。
その『四尾霊狐』は4文字の霊獣で、紫州の守り神のようなものだ。
となると、そのお願いを叶えるのも、俺の仕事のうちということになる。
だとすると、今後も同じことは起こりうるわけで……。
……杏樹の髪をなでることにも、慣れた方がいいのかもしれない。
例えば、どうすればうまく、『四尾霊狐』を喜ばせることができるのか。
それを察する力も、これからは必要になるんだろうか……?
ぱたぱた、ぱた。
そんなことを考えていたら、杏樹の狐耳が動いた。
狐耳の先端は常に、俺の手の方を向いている。
杏樹の頭を撫でる俺の手を、追っているようにも見える。
この動きから、『四尾霊狐』の意図を察するとすると…………。
……頭だけじゃなくて、狐耳もなでて欲しがっているんだろうか。
うん。聞いてみよう。
「杏樹さま」
「は、はい。零さま」
「ちょっと狐耳をなでてもいいですか?」
「……え」
「だめでしたか?」
「い、いいえ。あの……」
杏樹は目を閉じて、まるで耳を澄ますような仕草をして、
「……『四尾霊狐』さまは……していただきたい、そうです」
「はい。では、失礼します」
手を伸ばして、ふわふわの狐耳に触れる。
『四尾霊狐』と合体した杏樹の狐耳は、やわからくて、温かい。
触れると……指に耳をこすりつけてくる。
「れ、零さまぁ!」
「は、はい。杏樹さま」
「わ、わたくしは狐耳を動かしておりません。零さまの指に耳をこすりつけたのは『四尾霊狐』さまの意思ですから!」
「わかってます。大丈夫です」
「…………うぅ」
十数秒なでて、狐耳から指を離す。
それで満足したのか、狐耳は、ぺたん、と、倒れてしまう。
杏樹は胸を押さえながら、何度も深呼吸してる。
自分の中の『四尾霊狐』を落ち着かせようとしているみたいだ。
「『四尾霊狐』さまは、満足されましたか?」
「……満足していただいたようです」
杏樹は激しくうなずきながら、
「というよりも、満足していただかなくては困ります。これが癖になったら……た、大変ですから」
「では、杏樹さまと『四尾霊狐』さまを分離しますね」
「お願いいたします。ところで、零さま」
「なんでしょうか。杏樹さま」
「徹夜のお仕事になってしまいましたね。分離の作業が終わったら、ゆっくりとお休みください」
「そうさせていただきます。杏樹さまこそ、夜通し起きていらしたのでしょう?」
「わたくしは平気です。大変な事件でしたし……それに、『四尾霊狐』さまと一緒に力を使っている間は、身体が火照って、眠るどころではありませんでしたからね」
「分離したら、すぐに休んでくださいね」
「ありがとうございます。零さま」
それから俺は、霊力を込めて、杏樹と『四尾霊狐』を分離した。
その後は宿舎に戻り、昼間で、仮眠を取ろうとしたのだけど──
『むーむー』
部屋を出ようとした俺の袴の裾を、『四尾霊狐』がくわえていた。
『むむー。むー』
「どうされたんですか? 『四尾霊狐』さま」
『きゅきゅ、きゅ! きゅ!!』
「……えっと。俺と一緒に寝たい、ですか?」
『きゅきゅ!』
『四尾霊狐』は小さな頭を上下に振った。
正解らしい。
『きゅきゅ。きゅきゅ!』
──今日は杏樹と『四尾霊狐』は、たくさん力を使った。
──大量の精霊と通信していたし、州境を越えて、錬州の『桜鳥』とも連絡を取っていた。
──それで霊力を消耗したから、補給も兼ねて、俺とくっついて眠りたい。
「……と、いうことのようですけど。杏樹さま、どうしますか?」
「それは……構いません」
杏樹は答えたあと、考え込むような仕草をして、
「ですが、分離したばかりの『四尾霊狐』さまは……わたくしの近くで眠る必要があるのです。その『四尾霊狐』さまが、零さまと一緒に眠るとなると……」
『きゅきゅ!』
4本の尻尾を振りながら声をあげる『四尾霊狐』。
『みんな一緒に眠ればいい』と言っている、らしい。
「……杏樹さま」
「……は、はい」
「杏樹さまと『四尾霊狐』さまは、どのくらい近くにいればいいですか?」
「だいたい4尺 (1メートル20センチ)くらいの距離にいれば……」
「間に襖や障子があっても?」
「……隙間があれば、なんとか」
「……杏樹さまのお気持ちは」
「…………やむを得ぬことかと存じます。高位の霊獣である『四尾霊狐』さまがお望みなら、神事とみなして、巫女は叶えなければなりません。それに……」
杏樹は少し、うつむいて、
「零さまとなら……構いません」
そんなわけで、俺と杏樹は1.2メートル離して敷いた布団の中で、眠ることになった。
「──零さま」
「なんでしょうか。杏樹さま」
「……わたくしがおかしな寝言を口にしたとしても……それは、お仕事で疲れたせいです。決して……いつもそんなことを考えているわけでは……ありません……から」
「……はい。杏樹さま」
「…………おつかれさま、でした」
「……おやすみなさい」
『きゅきゅ』
『四尾霊狐』が俺の寝間着の袖をくわえて、引っ張る。
『ちゃんと触れてて』とお願いするみたいに、銀色の毛並みにくっつける。
触れた場所のすぐ近くには、杏樹の指があった。
そうして──俺と杏樹は『四尾霊狐』の身体に触れながら、眠りについて──
「…………これは『四尾霊狐』さまのせいでしょうか」
「…………そうですね」
目覚めたとき、俺と杏樹はなぜか、手を繋いでいたのだった。
──それから数時間後──
「あなたの身柄は、紫州でお預かりいたします。蒼錬真名香さま」
睡眠の後、身支度を調えた俺と杏樹は、蒼錬真名香と会っていた。
現状と、今後の対策について話し合うためだ。
「生活環境と身の安全は、この紫堂杏樹が保証いたします。ごゆるりと、紫州でおくつろぎください」
「あ、ありがとうございます! 紫堂杏樹さま」
蒼錬真名香は、畳の部屋で平伏した。
部屋にいるのは杏樹と俺と、蒼錬真名香の3人。
記録係として、小間使いの桔梗も同席してる。
蒼錬真名香は、落ち着いた様子だった。
昨夜、桔梗と茜は蒼錬真名香の元を訪ねて、陰謀をあばいた。
それは錬州の者が、蒼錬真名香を襲い、その罪を紫州になすりつけるというものだった。それが発覚した後、蒼錬真名香は杏樹に保護を求めた。
そうして彼女は留学生として、紫州に滞在することになったんだ。
ちなみに、蒼錬真名香の従者たちは、監視付きで宿舎に閉じ込められている。
彼らは尋問の後で、錬州に送り返される予定だ。
「真名香は、巫女として未熟です。ですが留学生として、紫堂杏樹さまのお側で学ばせていただければ幸いです」
蒼錬真名香は畳に額をつけたまま、つぶやいた。
「力をつけて、いつか父の……錬州の方針を変えさせたい。それが、今の真名香の想いです。浅学非才の身の上ですけど、精一杯、学び続けたいと思っております。どうか、ご指導をいただければ……」
「気負わなくても大丈夫ですよ。真名香さま」
杏樹は蒼錬真名香に微笑みかける。
「わたくしは……ただ、あなたと、もっとお話をしたいだけなのです。そのために、紫州に滞在してくれるようにお願いしたのですから」
「真名香には、たいした力はないですけど……それでも?」
「もちろんです。真名香さまは錬州のお生まれで、わたくしとは違うものを見てきていらっしゃいます。わたくしに必要なのは、そういう方の視点なのです」
杏樹はまっすぐに蒼錬真名香を見つめたまま、告げる。
「わたくしは若輩者です。紫州を治めるためには、さまざまな視点を持たなければなりません。そんなわたくしにとって、違う場所で生まれた……信頼できる方の意見というのは、とても貴重なのですよ」
「……紫堂杏樹さま」
「代わりに真名香さまには、紫州のことをたくさん知っていただきたいのです。錬州に戻ったあと、見たものや聞いたことを、ご家族に伝えてください。そうすればわたくしたちが、錬州に敵対する意思のないことも伝わるでしょう」
「は、はい!」
蒼錬真名香は勢いよくうなずいた。
「必ず、そういたします。約束します!」
「ありがとうございます。それでは、今回の事件についてお話をいたしましょう」
杏樹が俺の方を見て、うなずく。
俺がこの場にいるのは事件について、公式の報告をするためだ。
部屋の隅では桔梗さんが筆を手に、書記の準備をしている。
ここでの俺の話や、杏樹と蒼錬真名香のやりとりを書き留めたものが、紫州の公式記録になるはずだ。
「それでは申し上げます」
俺は事件の顛末について話した。
山に入り、偽鬼の【牛頭馬頭】たちに出会ったこと。
最奥の社にいた、陰陽師と『清らかな巫女』のこと。
現れた【禍神・酒呑童子】を祓ったこと。錬州の剣士沖津を尋問したこと。
それらについて簡単に話したあと──
「陰陽師と偽鬼たち。それと【禍神・酒呑童子】の中の人は、『柏木隊』が連れ帰ることになっています。今日の夕刻には次町に到着するでしょう」
「真名香さまの兄君……蒼錬颯矢さまの部隊は、『柏木隊』に同行されているのですね?」
「はい。現場検証のために」
「その後、真名香さまの兄君は、錬州に戻られるのですね」
「はい。それで、事件が解決したことが、錬州候にも伝わるはずです」
事件は無事に解決した。
紫州は、錬州からの依頼である『錬州側の山の浄化』を完了した。
末姫の兄──蒼錬颯矢はそのことを、錬州候に報告することになる。
「末姫さまの書状は、『桜鳥』に頼んで、柏木隊に届けてもらいました」
「真名香さまが、紫州に残る旨を記されたものですね?」
「そうです。昨夜のうちに書いてくださって、助かりました」
俺は蒼錬真名香に頭を下げた。
紫州に残ることを決めたあと、蒼錬真名香はすぐに、その事を書状に記した。
杏樹はその書状を霊鳥『桜鳥』に託して、柏木さんに届けさせた。
今ごろ書状は、『柏木隊』経由で、蒼錬颯矢の手に渡っているはずだ。
「あとは錬州が壊れた社を再建すれば、すべて元通りです。ただ、問題は……」
「このような事件を企む者が、煌都にいる、ということですね」
俺の言葉を、杏樹が引き継いだ。
今回の事件は、副堂勇作が次町の山を『禁足地』にしていたことがきっかけだ。
あいつは山を立ち入り禁止にして、怪しい連中を引き入れていた。
その連中は、邪気を生み出す儀式を行っていたんだ。
副堂勇作は煌都と強い繋がりを持っていた。
というよりも、ほとんど煌都の者たちの言いなりだったのだろう。
だから、奴が姿を消した後も、山では煌都の連中が儀式を行っていた。
そうして煌都の連中は、自分たちの都合がいいように、山の環境を作り替えようとしていたんだ。
「やはり、紫州と錬州の共同で、煌都に抗議の文を出すべきですね」
杏樹はきっぱりと宣言した。
「実行犯は捕らえております。物証もあります。この情報を他の州候に伝えれば、8州候が連名で煌都に抗議文を出すこともできましょう」
「8州候合同で、皇帝陛下に圧力をかけたという故事もあります。紫堂杏樹さまは、それにならうおつもりで?」
「そうですね。州候が合同で皇帝陛下を諫めた例は、何度かありますから」
「わかりました。真名香からも、改めて父さまに書状を出します」
蒼錬真名香はうなずいた。
「父さまは錬州に不利益を生み出す者を許しません。煌都の方々に対しては怒りをおぼえているはずです。ただ……」
「どうされたのですか? 真名香さま」
「父さまが以前、おっしゃっていたのです。『暗躍しているのは、煌都を追放された者たちなのかもしれない』と」
蒼錬真名香は続ける。
──煌都の陰陽寮や巫女衆では、時折、構成員が『追放』や『除籍』の処分を受けていた。
──けれど、それは表向き。
──『追放』『除籍』は、陰陽師や巫女が煌都を離れ、自由に活動するための手段。
──彼らが罪に問われたとしても、すでに『追放』『除籍』処分を行った煌都が、責任を問われることはない。
──『追放』の後に功績を挙げた者は、煌都に戻り、高位に就くことができる。
そんなことを父から聞いたことがあると、真名香は言った。
「兄、蒼錬将呉の婚約者であった副堂沙緒里さまの母君も……煌都の『巫女衆』を除籍された方だとうかがっております」
「……真名香さまのおっしゃる通りです」
杏樹は苦々しい口調で、答えた。
「沙緒里さまの母君……織女さまは、叔父さまと結婚するために巫女衆から除籍されております」
「やはり……そうなのですね」
「ですが『除籍』が、煌都を離れて自由に動くための手段だとすれば……そして、煌都を離れたあとも、彼女たちが都に忠誠を誓っているのだとすれば」
膝の上で、杏樹は拳を握りしめていた。
その手が、小さく震えている。まるで、怒りをこらえているかのように。
「叔父さまと織女さまの結婚さえも……煌都の計画のひとつだったのでしょうか……?」
「あり得る話ですね……」
俺は言った。
山にいた『清らかな巫女』は、副堂沙緒里によく似ていた。
精霊経由でその姿を見た杏樹によると──幼いころの副堂沙緒里に、瓜二つらしい。
『清らかな巫女』のような人間が、煌都の巫女衆にも、他にいるのだとしたら──
巫女衆が煌都のために、能力の高い子どもを残すようにしているのだとしたら──
副堂沙緖里の母親もその一味で、煌都のために手段を選ばない人だったのなら──
──杏樹の従姉妹の副堂沙緒里も、煌都の計画の中で生み出された存在なのかもしれない。
「……だとしたら……許せません」
杏樹の声は、震えていた。
「沙緒里さまはわたくしを嫌って……憎んでいました。それは悲しいことですが、その感情は沙緒里さまご自身のもののはずです。仮にそうではなく……沙緒里さまが、もっと大きな計画の道具だったとしたら……そんなの、ひどすぎます」
「俺は一度、煌都に行こうかと考えています」
あの地は、文明的な都市だと思っていた。
文明が開化して、夜でも明るく、カフェやレストランが建ち並ぶ、大正時代の東京のような場所だと。
でも、違うのかもしれない。
文明の光が強くて──その分、闇も深い魔都なのかもしれない。
そんな場所にいる連中が、紫州にちょっかいを出してきてるのは面倒すぎる。
俺が煌都に潜入して、じっくりと探りを入れるべきだろう。
「『虚炉流』は、元々は間者の血筋ですからね。情報収集はお手のものです。ちょっと行って、調べてきますよ」
「それは、最後の手段にいたしましょう」
杏樹は頭を振った。
「煌都には【禍神】にまつわる術を知る者がいるのです。どのような罠があるかわかりません。潜入していただくなら……もっと情報を入手してからにするべきでしょう」
「……そうですね」
「煌都は錬州から、川ひとつ挟んだ場所にあります。錬州の方なら煌都について、わたくしたちより詳しいことを知っているかと思うのですが……」
杏樹は真名香の方を見て、
「真名香さま。他に、煌都の情報はございますか?」
「…………はい」
蒼錬真名香は、少し考えてから、
「兄の……将呉の部下が言っていました。『煌都には、異世界から転生してきた者がいるかもしれない』『その者こそが、異世界の【禍神】を呼びだす術を編み出したのでしょう』……と」
──そんな言葉を、口にした。
【禍神】召喚の黒幕が異世界人……か。
それは俺も考えた。
【禍神・斉天大聖】も、【禍神・酒呑童子】も、この世界には存在しない。
彼らが登場する伝説も、物語もない。
だから、彼らを召喚できるのは、彼らの物語を知っている人間だ。
たとえば、異世界からの転生者とか。
そう考えるのは、俺も異世界からの転生者だからだ。
俺は『孫悟空』『酒呑童子』『八岐大蛇』の物語がある世界から来た。
だから、あれらの【禍神】の召喚術式を作った者が、異世界人だとわかる。
だけど、錬州にも同じことを考えている者がいるのか?
だとすると……その人は……。
「その者の名前は、駒木師乃派。兄の側近で、自らを異世界から転生してきた者と名乗る少女です。真名香は……彼女が本当のことを言っているのかどうか……わからないのですが」
ためらうような口調で、蒼錬真名香は、そんなことを言ったのだった。
いつも『最強の護衛』をお読みいただき、ありがとうございます。
書籍版は12月15日頃、GAノベルさまから発売です!
イラストは、kodamazon先生に担当していただくことになりました。
キャラクターデザインも公開中です。
『活動報告』で公開しています。ぜひ、アクセスしてみてください。
それでは今後とも『最強の護衛』を、よろしくお願いします!