第54話「護衛、錬州の山を駆ける(4)」
「断る。あんたたちは紫州へ連行する」
俺は言った。
『清らかな巫女』は悲しそうな顔をしているけれど……なんだか、違和感がある。
武器を手にした俺……つまり敵が目の前にいるのに、動揺した様子もない。
まるで、感情がない人間のようだ。
『清らかな巫女』が副堂沙緒里と似ている理由はわかった。
彼女の言葉が正しければ、煌都の巫女衆には、双子や三つ子が普通にいるらしい。霊力は遺伝する。巫女衆に能力の高い血筋が集められるのはあり得る。双子や三つ子なら全員を欲しがるだろう。
その双子や三つ子がそれぞれ子どもを残せば、似てくるのも当たり前の話。
となると『清らかな巫女』が副堂沙緖里と似ているのは、母親が血縁関係にあるからだろう。
……能力の近い血筋を集めて、似たような子孫を残す、か。
まるで巫女を量産してるみたいだ。
『清らかな巫女』に感情がないのも、それが関係しているのかもしれない。
「……まぁ、それは後の話だな」
これから紫州と錬州は合同で、煌都に抗議することになる。
連中が煌都のために動いてるのは確かだ。
錬州を──できれば他の州も巻き込んで、二度とこんなことがないようにしないと。
『……クルル』
声がした。
囮に出ていた霊鳥『緋羽根』が戻ってきたんだ。
「『緋羽根』。炎の結界を張れるか?」
俺は霊鳥『緋羽根』の方を見た。
「俺はこいつらを縛って拘束する。お前は逃げられないように、炎で周囲を囲んでくれ。できるか?」
『……できる』
霊鳥『緋羽根』は答えた。
『炎の結界を張る。それと、杏樹なら、術封じの結界も張れる』
「わかった。杏樹さまには俺から頼んでみる」
俺は『清らかな巫女』を社から連れ出した。
【牛頭馬頭】の服から追加の帯を抜き取り、それで巫女の手足を縛る。
それから、そのへんに転がってる陰陽師から、数メートル離れた場所に座らせた。
「結界を張ってくれ。『緋羽根』」
『クルルゥ──ッ』
ぶぉ、と、『緋羽根』が炎の羽根を生み出す。それは円形を描いて、陰陽師と『清らかな巫女』の周囲に落ちる。高さ2メートル程度の、炎の壁が生まれる。
「どれくらい維持できる?」
『──わたしが近くにいる間は、ずっと』
「わかった。俺は『軽身功』で、どちらかひとりを麓まで運ぶ。柏木さんに引き渡したら戻って来る。お前は結界を維持していてくれ」
その他にも、細々したことを指示しておく。
俺の役目は偵察と、儀式の破壊だ。どっちも完了してる。
「問題は謎の鎧武者か。ただの剣士なら『柏木隊』に任せればいいんだけど……」
「ははは」
不意に、陰陽師が笑った。
「ははは。ははは。祭壇を壊しただけで勝ったつもりでいるとは……ははは、ははははは」
陰陽師は縛られた身体を震わせて、笑ってる。
「貴様たちのような田舎者は、高貴なお方の禍を、ただ引き受けるだけの存在なのです。土と邪気にまみれて、都のために奉仕なさい。それが貴様たちの生きる道──」
「そうだよな。他にも主力がいるよな。あんた、弱すぎたものな」
俺は言った。
「結界を張るしか能のない陰陽師が、重要な役目を担うわけないよな。頼るべき主力がいるのは当然だ。そんなこと、とっくに予測済みだ」
嘘だけど。
この陰陽師、プライドが高そうだからな。
俺の前世の上司と似てる。あれは自分の失敗を絶対に認めない人だった。
前世では、失業が怖くて反論できなかったけど、今は問題ない。
反論したら、どういう反応を返すか見てみよう。
「あんたは失敗した。邪気の結界なんか張らずに、【偽鬼】たちに俺を襲わせるべきだった。なのに結界なんか張るから【偽鬼】たちを苦しめることになり、俺を攻撃させるのが遅れた。あんたは本当に無能だ。そんな奴が、作戦の主力のわけがないだろ?」
「──なにもわからぬ者が、この私を罵倒するか!?」
あ、キレた。
「術はすでに完成している。この山は予定通り、鬼で満たした。私と巫女を殺したとしても【禍神】と、その素体がいる限り……」
そこまで言って、陰陽師は口を閉ざした。
乗せられたことに気づいたらしい。それなりに優秀だな、この人。
「……杏樹さま、聞こえますか?」
『聞こえております』
『精霊通信』で、杏樹の声が返ってくる。
『陰陽師の声も聞こえました。ですが……すでに【禍神】が召喚されたのですね。ただ、山中にそのような気配はありませんが……』
「奴らの仲間にはもうひとり、鎧武者がいるようです」
『……その者が術者なのかもしれません。それに「素体」という言葉が気になります』
震える声で、杏樹は言った。
『今回の事件では『憑依降ろし』の術が使われております。それによって【偽天狗】や【偽鬼】が作り出されましたす。ならば──』
「……【禍神】を取り憑かせた人間が存在するかもしれない、ですか?」
『……はい』
最悪の予想だった。
そいつが【禍神】のコントローラーなのか、そいつ自身が【禍神】になるのかわからないけど……どっちにしても、かなり面倒な相手だ。
『沙緖里さまのときと違い……人が完全に【禍神】を操ることになります。術の素体となった者には、おそろしい負担がかかるはずですが……』
「それが奴らと一緒にいた、鎧武者なのかもしれません」
俺は太刀をつかんで、告げた。
「奴を探します。杏樹さまは陰陽師と巫女をお願いします」
『承知しました。「九尾紫炎陽狐」さまの知識の中に「術封じの結界」があります』
それは、精霊を使った高位の結界だそうだ。
しばらくの間、敵の術や霊力を封じ込めることができるらしい。
ただ効果範囲は狭く、物理的な防御力もないので、動く相手には使えないそうだ。
「物理的な対策は『緋羽根』にお願いします」
陰陽師と巫女は、貴重な証人だ。
きっちり情報を引き出してから裁き、煌都との交渉に役立ってもらおう。
俺は陰陽師と巫女の口を、布で封じた。
敵の気を引かないように、ここで静かにしていてもらおう。
「それじゃ行ってきます。杏樹さまは、この地の警戒を──」
俺がそう言って、出発しようとしたとき──
ふるふる!!
精霊から、緊急通信が届いた。
即座に光の精霊『灯』と接続する。山の中腹の様子を見せてもらう。
そこには、さっきの鎧武者が【禍神】へと変わる場面と──
地面にうずくまる、錬州の剣士──沖津たちが映し出されていた。
──十数分前。山の中腹で──
「……どうして、こんなことになったのだ」
剣士の沖津は太刀を握りしめた。
彼は『銀糸鞘』の剣士だ。
魔獣討伐を行う者の中で、上位に位置している。
その上、風を操る霊獣『騰蛇』を使役している。
霊獣の力を太刀に乗せ、真空の刃を発射することもできる。
錬州の名家に生まれて、高名な『虚炉村』にも派遣してもらった。修行の成果は十分に得られた。沖津に実力があることも確認できた。
なのにどうして、目の前の鎧武者には、手も足も出ないのか……。
「貴様らはつまらぬ。我を取り囲むしか能がないとはな」
社の前に、古び鎧を着た男性がいる。
100年以上前……まだこの国が統一される以前に使われていたものに似ている。
手にしているのは、長さ6尺を超える大太刀だ。
武者はそれを片手で振り回している。
鎧武者のまわりで倒れているのは、沖津の部下たちだ。
数は8人。その全員が、傷を負って動けない。
沖津が無事なのは、彼らより戦闘経験が多かったから。ただ、それだけだ。
「我は沖津! 錬州の末姫でいらっしゃる真名香さまの護衛隊長である!」
沖津はおのれを鼓舞するために、叫んだ。
「時代錯誤な鎧武者よ! 錬州で奇妙な儀式を行い、山を邪気で満たしたこと、許しがたい! まずは名乗れ! そして、社までの道を開けよ!」
「語りすぎだ。小物よ」
鎧武者は髭を揺らして、笑った。
「太刀を握ったものが出会ったなら、斬り合うほかあるまい?」
「ぐぬ……」
どうしてこうなったのか……沖津は改めて自問する。
沖津の目的は、紫堂杏樹とその仲間を見張ることにあった。
錬州候は紫州に山の浄化を依頼し、それが叶ったあかつきには、領地を割譲すると申し出た。
錬州候は知恵者だ。
領地を素直に引き渡すつもりはない。
可能なかぎり『値切る』つもりでいる。
たとえば、書状を取り交わす前に、紫州の者が山に入った場合は、違約とみなす。
たとえば、紫州の者が勝手に山を浄化した場合も、違約とみなす。
たとえば、一部の社を錬州の者が浄化した場合は、約束が完全には果たされなかったとみなす。
いずれの場合も、錬州候は約束を無効にするか、値切るつもりでいる。
だから沖津は、山のふもとで紫州の近衛『柏木隊』を見張っていた。
彼らが蒼錬颯矢と書状を取り交わすのを、じっと見ていた。
その直後、山の邪気が弱まった。
ならば社を浄化する好機と考えて、行動を開始したのだ。
そうして、手近な社に向かったそのとき……この、鎧武者と出くわしたのだった。
「錬州の剣士よ。お主たちは山を浄化するために来たのであろう?」
髭の鎧武者は、笑った。
「ああ、もちろん、山を邪気で満たす儀式を行ったのは我らだ。貴公は運が良い。まさしく宿敵に出会ったのだからな」
「……化け物が」
「違いない。ただ、我は楽しんでいるだけだがな」
「楽しんでいるだと?」
「楽しいとも。異界の者が、わざわざ山に鬼をばらまき、我を呼ぶための場を設けたのだ。そこまでして必要とされるのはかつて無かった。これを楽しまずになんとする」
「戯れ言を」
この敵は危険だ。
仲間の剣士たちは全員、手足を切り裂かれ、行動不能にされた。
皆、恨みごとを漏らしながら、地面でもがいている。
「許さぬ……」「よくも我が霊獣を……」そんな言葉が渦巻いている。
彼らの霊獣『騰蛇』がすべて、鎧武者に殺されたからだ。
鎧武者は霊獣に致命傷を追わせた上で、社へと放り投げた。
術がほどこされた社──魔獣の死体が捧げられた、邪気にまみれた場所に。
翼ある蛇『騰蛇』は、びくん、びくん、と身体を震わせながら、魔獣の血にまみれて、邪気の中で息絶えていく。
そんな光景を見せられれば、剣士たちが激怒するのも当然だ。
『…………ふるる』
沖津の肩で霊獣が鳴く。まるで、仲間の死を悼むかのように。
その声を聞いた沖津は──覚悟を決める。
「今すぐ、こやつを斬り殺す」
沖津は地面を蹴った。
彼の肩で、霊獣『騰蛇』が吠える。真空の刃が生まれる。数は4。
刃は四方から鎧武者に向かって飛んでいく。
さらに沖津は霊獣に指示を出す。
直後、暴風は発生し、左右から鎧武者を包み込む。
敵の視界を塞ぎ、行動を制限するためだ。
真空の刃をはじけば隙ができる。その間に、全力で斬る。
防御を無視した、捨て身の策だ。
「──善い」
鎧武者が笑う。
「すばらしい。正面から立ち向かう姿に敬意を表する」
鎧武者の大太刀が一閃する。
空振りだった。
大太刀は、なにもない空間を斬っただけだ。
「だが、霊獣とやらの力を借りているのは気に入らぬ。ゆえに、断ち切る。単独で来い。『鬼神に横道はないのだ』」
鎧武者が宣言した瞬間──真空の刃と、暴風が消えた。
沖津の顔が青ざめる。
通じ合っていた霊獣との接続が、切れた。
沖津が供給していた霊力が途切れる。風が消えたのはそのせいだ。
「馬鹿な! 貴様は一体……」
「異界の我は、集団でのだまし討ちにて滅ぼされた。ゆえに、集団の接続を断つ力を持って、この世界に呼ばれた。それだけだ」
気づくと、沖津の目の前に鎧武者の姿があった。
即座に沖津は、最も威力の高い技を使うことを決断。
『虚炉村』で学んだ最も速く。最も威力の高い突きだ。
「『虚炉流』──『砕龍突』!!」
「遅い」
鎧武者の大太刀が、沖津の太刀を打った。
ぱきん、と、音を立てて、銀糸鞘の太刀が折れる。
「……貴様は、なんなのだ」
「我は……そう、我は確か…………外道丸という名前であったか」
不意に、遠い目をしながら、鎧武者は言った。
「礼を言う。貴様との手合わせで思い出した。我が本当の我を思い出すためには、このような手合わせが必要であったのだな……そうだ。我は、外道丸である」
「……外道丸? なんだ、その名は」
「異界の鬼よ」
鎧武者は、笑った。
「我を呼んだ者は、素体である剣士に我を憑かせた。霊力と邪気とやらの苗床とするために。我には、よくわからぬ話しだがな」
「まさか、貴様自身が【禍神】だとでもいうのか!?」
「段々に思い出してきたぞ。我は外道丸。この地の【禍神】となり、この地を鬼の住む、禁忌の地とすればよいのだな。そのために術者は【牛頭鬼】【馬頭鬼】を呼び、この地を鬼の住む場としたのだな!」
鎧武者の身体が、肥大化していく。
6尺ほどだったものが、見上げるほどに。
身の丈に合わぬ鎧が砕け、赤銅色の肌が姿を現す。
頭部には、2本の角。眦は裂けて、深紅の目が露わになる。口には獣の爪のような牙。
巨大な、鬼の姿だった。
鬼の身体からは膨大な邪気が噴き出す。
その胸にあるのは、朱文字の呪符。描かれている文字は──
「【禍神・酒呑童子】……だと!?」
そんな鬼は知らない。
この世界にはそんな鬼は存在しないはずだ。
「将呉さまが言っていた。副堂沙緒里が紫州の鬼門で、異界の神を呼んだと。では、まさか……これも?」
『ア、アアア……』
鬼の声が変わる。
人のようだったものから、魔獣めいたものに。
『鬼神に……横道なし』
【禍神・酒呑童子】は言った。
身体に対して小さく見える、大太刀を握りしめながら。
『ゆえに、異界では叶わなかった堂々たる立ち会いをするとしよう。武士よ』
【禍神・酒呑童子】が太刀を振った。
数秒前よりはるかに、長い腕。そのせいで、沖津は間合いを読み損ねた。
反射的に飛び退く──が、霊獣の反応が遅れた。
『────キュ……』
【禍神】の太刀が、沖津の霊獣『騰蛇』を両断した。
「あ、あ、あ……こ、この沖津の霊獣が……!」
『ちょうどよい。これも贄にするとしよう』
血を流す蛇を、【禍神・酒呑童子】は社へと放り投げる。
それも、なにか儀式のひとつなのだろう。
社には蛇型の魔獣と、霊獣が、積み重なっていく。
「……ひぃっ」
沖津は悲鳴を上げた。
それが自分でも、信じられなかった。
沖津は『銀糸鞘』の剣士だ。これまで数多くの魔獣を倒してきた。名だたる剣士さえも、沖津には勝てなかった。あの『虚炉流』の無双剣とも、対等に戦った。錬州候に認められ、密命さえも受けることができた。
なのに、悲鳴を上げてしまった。しかも身体が動かない。
『……我がいれば、この地は……鬼門となるのだな』
鬼がうなずく。
『ならば、我は役目を果たすとしよう。鬼門を護る【禍神】として。この地に禍を、都の禍が、すべてこの地に流れ来るように。それが我の役割なのだから──』
【禍神・酒呑童子】が太刀を振り上げる。
巨大な鉄塊でもあるそれが、沖津の頭上に降ってきて──
「──失礼する。錬州の剣士どの」
気づくと、沖津は地面を転がっていた。
何者かに腕をつかまれて、放り出されたのだと、わかった。
沖津の前には、白鞘の少年。
紫堂杏樹の護衛役、月潟零だった。
「【酒呑童子】……確か、大江山の鬼だったか」
無垢木の鞘を払い、月潟零は言った。
「だけど、ここはあなたのいる場所じゃないんだ。できれば元の世界に帰ってくれないかな」
恐れ気もなく【禍神】を見上げながら、月潟零はそんなことを宣言したのだった。
いつも『最強の護衛』をお読みいただき、ありがとうございます。
書籍版の発売日が決定しました!
12月15日頃、GAノベルさまから発売になります。
イラストは、kodamazon先生に担当していただくことになりました。
キャラクターデザインも公開中です。
『活動報告』で公開しています。ぜひ、アクセスしてみてください。
それでは今後とも『最強の護衛』を、よろしくお願いします!