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第53話「護衛、錬州の山を駆ける(3)」

 ──零視点(れいしてん) (十数分前)──




牛頭鬼(ごずき)】と【馬頭鬼(めずき)】の術を解析(かいせき)した後で、杏樹は言った。


『この鬼は、術者と霊力で繋がっておりました。霊力の流れの源は、西の方角。山頂付近かと思われます』

 

 その話を聞いた俺は、ふたつの方法を考えた。


 ひとつは、このまま、ひとつずつ社を浄化(じょうか)していくこと。

 もうひとつは、霊力の流れの源に向かうことだ。


「術者の方に向かいます」


 即座に、俺は杏樹に告げた。


「うまくいけば、術者を捕らえて、術そのものを破壊できるかもしれません」

『相手は山ひとつを汚染するほどの術者です。ひとりではなく、集団でしょう。零さまおひとりで戦うのは危険すぎます』

「目的はあくまでも偵察(ていさつ)です。危ないと思ったら逃げますよ」

『そう言って零さまはいつも問題を解決してしまうではないですか……』

「大丈夫です。今回は『緋羽根(ひはね)』に囮役(おとりやく)をしてもらいますから」

『……おとりやく?』


 俺の言葉に、霊鳥(れいちょう)緋羽根(ひはね)』は首をかしげた。


『緋羽根』は炎を操る。


 その炎で邪気を(はら)いながら、俺たちは山に突入してきた。

 敵の術者も、こちらの存在には気づいているだろう。

 だったら──


「『緋羽根』には、炎を上げながら山をうろついてもらいます。それで敵を引きつけてもらって、危なくなったら上空に逃げて、そのまま俺に合流してもらいましょう」

「……なるほど」

『──理解』

「うまく行けば、敵を分断できます。俺の偵察(ていさつ)もやりやすくなるはずです」

『わかりました。ですが、くれぐれも気をつけてくださいませ。零さま』

『──わたしは零のために、動く』


 杏樹と『緋羽根』の同意が返ってくる。

 そうして俺は、作戦を開始したのだった。







 ──零視点 (現在)──



「とりあえず、あんたたちの儀式は破壊させてもらう」


 樹の上で、俺はそんなことを宣言した。

 声を伝えてくれているのは、風の精霊の『(ハレ)』だ。

 邪気が薄れたおかげで、精霊もなんとか近くに来られるようになった。


 あとは、霊力をまとわせた棒手裏剣(ぼうしゅりけん)(おとり)として、まわりの樹の枝に置いておいた。

 本体である俺は『無音転身(むおんてんしん)』で気配を消している。


 相手が霊力を探知しているなら、棒手裏剣の方に引っかかるかもしれない……と思ってたんだけど、正解だったかようだ。相手が呼び出した獣──式神(しきがみ)っぽいものは、棒手裏剣の方に食いついてる。

 手の内がわかったのはいいけど……やっかいな相手みたいだ。


 社の前にいるのは浄衣(じょうえ)をまとい、烏帽子(えぼし)を被った男性。

 陰陽師(おんみょうじ)か、それに関わる術者だろう。


 鳥居(とりい)の側には、社を参拝(さんぱい)するための広場がある。

 そこににるのは牛や馬の仮面を被った者だ。


『偽天狗』と同じように、『憑依降(ひょういお)ろし』をされてるらしい

 奴らが【牛頭鬼(ごずき)】と【馬頭鬼(めずき)】を操作しているのだろう。


 この場にいる敵はそれだけだ。

 ただ、他にも鎧武者(よろいむしゃ)と巫女がいる。


 鎧武者(よろいむしゃ)は『緋羽根』の炎につられて、山道を下っていった。

 巫女の方は社の中で儀式を行っているらしい。


 最優先で止めるべきは巫女だな。


 社を中心に、得体の知れない邪気が渦を巻いている。

 儀式がいつ完成するのはわからないけど、邪魔くらいはしておいた方がいいな。


「うちの近所に、邪気のゴミ山があったら落ち着かないからな。二度とこんなことがないように、責任を取ってもらう。俺の安定した生活と、老後のために」

「ほざくものではありませんよ。田舎者が!!」


 俺が狙ったのは敵の死角。社の背後。

 接近しようとした瞬間──違和感に気づいた。


 社の中には巫女がいるはずだ。

 なのに、気配もなにも感じない。

 外部から遮断(しゃだん)されている──そう思った俺は、精霊たちの反応を確認する。


 ──ふるふる、ふる。


 (おび)えたような反応。社に近づきたくないという声が返ってくる。

 俺は社に向かって棒手裏剣を投げる。



 ──しゅるん。



 棒手裏剣は空中──社の手前で、見えない壁に絡め取られた。

 やっぱりだ。社の周囲には結界が張られている。

 杏樹が使う『魔獣避けの結界』とは違う。対人用の結界だ。


 俺の前世風に言えばファイアウォール。

 認証されていない相手の動きを止めて、封じる。

 そういう(たぐい)のものらしい。


 まぁ、儀式の大元(おおもと)だからな。セキュリティ対策くらいはしてあるよな。


「田舎者にしては(さと)い。ほめてさしあげましょう。ですが、すでに貴様は網に掛かった虫のようなもの。どこにいようと、我が結界から逃れることは(かな)いません」


 地上で陰陽師が、笑った。 


「『──左に青龍(せいりゅう)。右に白虎(びゃっこ)。前に朱雀(すざく)。後ろに玄武(げんぶ)怨敵(おんてき)を防ぎ人為(じんい)(はい)す。四方を護持(ごじ)し、至宝(しほう)護衛(ごえい)す。急々如律令きゅうきゅうにょりつりょう!』」


 陰陽師は空中に、小さなものを投げた。

 目を()らす。あれは硬貨(こうか)のような……小さな円盤(えんばん)だ。


「──ちっ」


 反射的に棒手裏剣を投擲(とうてき)

 これで居場所がばれた。直後に樹を蹴って移動する。


「田舎者が。我が結界(けっかい)小太刀(こだち)などで破れるものですか!」


 ──棒手裏剣が、弾かれた。

 陰陽師が投げた硬貨から、影のようなものが生まれる。

 奴が宣言した通りの四神……青龍・朱雀に似た形になる。


 術を展開するのが異常に速い。

 これが、『先祖返り』の力なのか……?



 ふるふる、ふるふる!



 精霊たちが震え出す。即座に俺は待避を指示。

 邪気がさらに濃くなってくる。一文字の精霊たちじゃ耐えきれない。

 濃密な邪気が……まるで油のように、社のまわりを埋め尽くしていく。



 そして──周囲の空間から、霊力が消えた。

 


『──ガッ!?』

『……ぎぎぎ……がが』


牛頭馬頭(ごずめず)】の仮面を被った連中が、喉を押さえてのたうちまわる。


「ああ。【偽鬼(にせおに)】も影響を受けてしまいましたか。ですが、仕方ありません。短時間ですから、我慢していただきましょう」


 陰陽師が、笑った。

 あいつ……とんでもないことしやがった。

 奴が張った結界は、周囲を濃密な邪気で満たした。

 その結果、大気中の霊力がすべて、押し出されて──消えたんだ。


「ああ。仕方ない。仕方ない。ひとは霊力がなければ生きられないのですから」


 陰陽師が、笑う。

 まるで踊るように、手足を動かす。


「結界内に霊力が存在しなければ、どんな術であっても使えません。体内の霊力が尽きれば、身体は衰弱(すいじゃく)していくだけ。貴公は迷い込んだ田舎ネズミです。ほぅら、すでに居場所も特定していますよ」


 陰陽師が、紙の虎を投げる。式神だ。

 空中に浮かび上がったそれは……こっちに来る。


「邪気は黒く、霊力は清い。周囲を邪気で満たせば、人の霊力が浮かび上がって見えるというもの。隠れていても無駄ですよ。田舎ネズミ」

「……面倒な術だな。ったく」


 俺は枝を蹴り、地上に降りた。

 樹の幹に(・・・・)寄りかかり(・・・・・)ながら(・・・)、目の前の陰陽師を見る。


 すでにこちらの位置は特定されている。

 枝の上は、動きが制限されるだけ不利だ。地上に降りた方がいい。


「…………とんでもないことするな。あんたは」

「強がりもそこまでですよ」


 俺を見ながら陰陽師の男性が、笑う。


「ほぅら……あなたの鼓動(・・)と霊力が弱まってきている。弱すぎですね。すぐに死にますね。ああ、でも、我らの儀式を邪魔しようとしたのですから仕方ない。仕方ないのですよぉ」

「……なんであんたは、無事でいられる?」


 俺はかすれる声を出して、(たず)ねた。


「邪気の渦で霊力を消すなんてのは……自殺行為だ。今すぐ解除……しろ。さもないと…………お前も……」

「私には『清らかな巫女』の加護があるのですよ」

「……『清らかな巫女』?」

「田舎ネズミは知るはずもありません。我々、選ばれし先祖返りの力をもってすれば、邪気を無効化するなどたやすいこと。新たに鬼門を作り出すことも」

「…………鬼門? なにを言ってる? 詳しく……教えてくれ」

「これ以上、教える必要はありません」


 陰陽師は口を押さえて、笑う。


「ほぅら。さらに呼吸と鼓動(こどう)が弱くなっていますよ。もう、結界を広げる必要はありませんね。あなたの周囲だけにしましょう」


 そう言って、陰陽師は俺の周囲に硬貨を投げた。

 表面に青龍(せいりゅう)白虎(びゃっこ)朱雀(すざく)玄武(げんぶ)が彫られたものだ。

 あれが奴の術具(じゅつぐ)らしい。

 杏樹の呪符(じゅふ)に似てる。けど、より強力なものだろう。金属製なのは、炎に焼かれないようにするため……ってことか。


『…………ぐふぅ』

『…………ほぅほぅ、ほぅ』


 結界の場所が、変わった。

 解放された【牛頭馬頭(ごずめず)】たちが、起き上がる。呼吸を整え、また、踊り始める。


 そして、俺のまわりの空間が……さらに濃密な邪気で満たされた。


「これ以上話すことはありません。さっさと死になさい。田舎ネズミ」

「いや、頼む……冥土(めいど)土産(みやげ)に……お前たちの正体を……」

「そのようなことを聞くいわれはありませんね。さっさと死になさい」

「頼む……教えてくれ」

「………………?」

「あんたたちは、煌都の命令で動いているのか? 『荒神派(あらがみは)』とは? 副堂勇作(ふくどうゆうさく)副堂沙緒里(ふくどうさおり)の居場所を知っているか? それに──」

「──貴様!!」


 陰陽師の顔色が、変わった。


 あ、ばれたか。


「周囲の霊力は完全に遮断(しゃだん)しているはずだ!! なのに、貴様は弱っていない……? ど、どうして……!?」

「……質問を欲張りすぎたな」


 俺はずっと(・・・)触れて(・・・)いた(・・)樹から(・・・)、手を放した。

 もちろん、苦しんでなんかいない。

 霊力は、結界の外から、たっぷりと補給していたからな。


 俺が使っていたのは、『壁を歩く』の応用だ。

 地上に降りてからずっと、俺は樹の幹に触れていた。

 樹そのものに霊力を巡らせて、自分の一部にしていたんだ。


 陰陽師の結界とはいえ、背の高い樹をすっぽりと(おお)うほどじゃない。

 樹の上は結界の範囲外だ。

 俺は樹と繋がっているんだから、結界の外から、いくらでも霊力を取り込める。

 だから、今の俺は健康だ。


 いわば、忍者が竹筒を口にくわえて水中にもぐるようなものだ。

 木を利用して健康状態を隠す技だから、名付けて『木遁(もくとん)の術』ってところかな。


「────それじゃ『虚炉流(うつろりゅう)改変(かいへん)睡龍突(すいりゅうとつ)



 さくっ。



 俺の太刀が陰陽師の腕を──突いた。


「──ぐ、ぐぅあああああああっ!?」


 結界が消えた。

 陰陽師は腕を押さえながら、飛び退く。地面に硬貨をばらまく。


「『我が前に玄武(げんぶ)! 鬼神(きじん)をも退(しりぞ)(たて)を。急々如律令きゅうきゅうにょりつりょう!!』」


 がきんっ!


 二撃目が弾かれる。

 俺と陰陽師の間に浮かんだのは、亀の甲羅(こうら)()した盾だ。

 即座に俺は『軽身功(けいしんこう)』で跳躍(ちょうやく)。盾を飛び越え、陰陽師を追う。


「なぜ動けるのですか! 結界の邪気は貴様の身体を縛るはず……」

「ん? 邪気の隙間(すきま)を突いただけだけど」


 俺は陰陽師を蹴り飛ばす。


「がはっ!?」


 地面に転がった陰陽師は、腕を押さえて、うずくまる。

 その隙に適当な紐で、奴の手足を拘束していく。


「……どうして、あの邪気の中で動けるのだ」

「あんたが自分の正体と目的をすべて話したら、教えてやるよ」

「…………ぐぬ」


 ちなみに『睡龍突(すいりゅうとつ)』は、最小限度の動きで敵を突く技だ。

 眠った龍が、ちょこん、と突っついたような一撃をイメージしてる。

 最小の動きで、相手の攻撃の隙間を()うものだ。


『虚炉龍』の技で『全力を振り絞り、相手の筋骨を撃ち抜く、突き技』があったので、それを改良したんだ。できるだけ力を使わずに、周囲の状況に逆らわずに、攻撃する技に。


 全力の一撃って疲れるからなぁ。

 最小の動きで放つ技なら、病弱でもそれなりに使えるし。


 老後は料理屋をやるつもりだけど、たまに嫌な客が来る可能性もあるからな。

 身体が弱くても、嫌な客を撃退できる方法を考えていたんだ。役に立ってよかった。


「【偽鬼(にせおに)】たち! 奴を殺しなさい!!」

『『『ブゥオオオオオオ!!』』』


 仮面を被った【牛頭馬頭(ごずめず)】たちが動き出す。

 だけど、遅い。

憑依降(ひょういお)ろし』の破り方は実証済みだ。


「邪道、『神斬(かみき)り』」


 俺は『軽身功(けいしんこう)二連(にれん)』で高速移動。

牛頭馬頭(ごずめず)】に接近。仮面と、仮面に仕掛けられた術を断ち切る。


『…………ごが、ぁ』

『…………ぶぉぉ……』


 術を破られた【牛頭馬頭(ごずめず)】たちは、次々に倒れていく。

 ただの人間に戻ったんだ。


憑依降(ひょういお)ろし』は魔獣や鬼になりきることで、対象の魔獣や鬼を操る。

『なりきる』ための衣裳(いしょう)を破壊すれば、術は破れる。相手は、邪気の影響で衰弱(すいじゃく)した人間になる。


 術が壊れれば、【牛頭鬼(ごずき)】と【馬頭鬼(めずき)】も消滅するはずだ。


「……人をわざわざ不健康にして、操ってるんじゃねぇよ」


牛頭馬頭(ごずめず)】を憑依(ひょうい)させてた人たちは、ぐったりと地面に倒れてる。

 敵は人を使い捨てるように儀式を行い、山を邪気まみれにした。

 山に入った者も具合が悪くなるように仕向けた。


 最悪だ。

 この世界は文明が開化したばかりで、生きていくだけでも大変なのに。


「あんたたちのせいで、うちの主君も、民も、とんでもない迷惑をこうむってるんだ」

「……【牛頭馬頭(ごずめず)】の素材にしたのは、錬州(れんしゅう)下々(しもじも)だ」

「ああん?」

錬州(れんしゅう)は敗者に厳しいですからね。我々は、そんな者たちを金で(やと)っただけ。文句を言われる筋合いはありません」

「鬼にすると説明してか?」

「……説明したところで、どうせ理解できない者たちです」


 陰陽師は、俺を(にら)んだ。

 とりあえず、拘束を強めておこう。

【牛頭馬頭】だった人たちの帯を引き抜いて、全身を縛っておく。

 ついでに目も(ふさ)ぐ。口は……話を聞いておきたいからな。開けておこう。


「あんたたちが『荒神派(あらがみは)』なのか?」

「…………」

煌都(こうと)の命令で動いてるのか? それでも、自分の意思で? 『先祖返り』ってなんなんだ? 統一した目的があるのか? 鬼門を作るというのはどういう儀式だ?」

「…………」

「話す気がないなら、まぁいい。先に儀式を破壊させてもらう」


 陰陽師が倒れたことで、社の結界は消えている。

 俺は社に近づき、扉を開けた。


 炎が見えた。

 周囲には金属製の塔のようなものがある。

 蛇の彫刻があり……俺にはわからない文字が刻まれている。

 護摩壇(ごまだん)のようなものだろう。


 そして──炎の前で、幼い少女が踊っていた。


 まとっているのは、薄衣ひとつ。

 長時間踊っているのだろう。汗で、服が身体に張り付いている。炎を前にしているせいで、肌が透けてみえる。櫛を入れたこともないような、ぼさぼさの髪。細い手足。それを振り回しながら、少女は必死に踊っている。

 その少女が、振り返る。

 顔が見えた。

 我を忘れたような、恍惚(こうこつ)とした表情。

 あれが陰陽師の言う『清らかな巫女』なのだろう。


 でも、その顔は──



 ばたん。



 俺は社の扉を閉めた。

 寒気がした。

 手に、嫌な汗をかいているのが、わかった。


「──杏樹さま」


 邪気と結界は消えた。精霊はとっくに、俺の周囲に戻ってきてる。

 だから俺は精霊通信で、山向こうにいる杏樹に呼びかける。


「……あの巫女の顔を、見ましたか」

『…………はい』


 震える声が、返ってくる。


『光の精霊を通して、拝見しました。でも、あのお顔は……』

「杏樹さまから見てもわかりますか」

『……はい。あの方に、よく似ております』


 杏樹の声を聞きながら、俺は陰陽師に近づく。

 奴の胸ぐらをつかんで、問いかける。


「そういえば、お前の名前を聞いていなかったな」

「……田舎者に名乗る気はありませんよ」

「名乗る気がなければ『不法侵入者で塵芥(ちりあくた)の術者』と呼ぶが?」

「…………蓬莱(ほうらい)です」


 苦々しい口調で、陰陽師──蓬莱(ほうらい)は答えた。


「では、陰陽師の蓬莱(ほうらい)(たず)ねる」


 俺は杏樹の呼吸が整うのを待ってから、告げた。


「あの『清らかな巫女』は、どうして──副堂沙緖里(ふくどうさおり)と同じ顔をしている?」


 社の中にいた『清らかな巫女』。

 その顔を見たとき、俺は『副堂沙緖里に似ている』と、思った。


 別人なのはわかる。

 社の中にいる巫女は、せいぜい10歳くらい。副堂沙緒里よりも幼い。

 それに副堂沙緒里は『呪詛返(じゅそがえ)し』のせいで霊力を失っている。

 儀式に参加できるはずがない。


 だから杏樹に確認した。

 杏樹は言った。『幼いころの沙緖里さまにそっくりです』と。


「いや、訊くべきことはそれじゃない。陰陽師──蓬莱(ほうらい)。お前たちはいつから、紫州を攻撃するつもりでいた?」


 副堂沙緖里に妹はいない。

 なのにどうして、『清らかな巫女』が彼女と同じ顔をしている?


『叔父さまの反乱も、今回の事件も……根はひとつなのかもしれません。そして、もっと昔から、仕組まれていた可能性も……』


 杏樹は言った。


『沙緖里さまのお母さま──煌都(こうと)巫女衆(みこしゅう)のひとりが副堂の叔父さまに嫁いできた、その時から』


 仮に杏樹の推測が正しいなら、これは、十数年越しの計画ということになる。

 副堂勇作も……生まれたての副堂沙緒里を利用することを前提とした……最悪の。


「ははは。下賤(げせん)な者と話す口はもちませんよ」


 しばらくして陰陽師、蓬莱(ほうらい)が口を開いた。


「私を拘束したとしても、無駄なこと。選ばれた『先祖返り』が貴様を……おい、なにをする!?」

「えい、『削岩破(さくがんは)』」



 どごん。



 俺は社の扉を開け放ち、護摩壇(ごまだん)を破壊した。

 もちろん、術を解除する手順に則ってる。杏樹にも確認ずみだ。


 さらに水の精霊『(ほう)』を大量に呼んで、炎を消す。

 霊鳥『緋羽根』も、こっちに向かってる。

 あいつの炎で周囲を浄化すれば、儀式の解除は完了だ。


「…………あなたは、だぁれ?」


 気づくと、白衣(しらぎぬ)の巫女が、床に座り込んでいた。

 あどけない表情で、俺を見上げている。


「不思議な霊力のひと。あなたは、どなたですか?」

「その格好、寒くないのか?」


 俺は聞いた。

 少女は不思議そうに首をかしげて、


「心配していただいたことに、感謝申し上げます」


 頬を染めて、笑った。


「誰かに心配してもらうなんて、はじめてでございますから」

「あんたは重要人物なんだろ? なんで、そんな格好で仕事をさせられてるんだ?」

「暑さとか寒さとかを気にするのは、雑念にとらわれているから。真に清らかなものは、そんなものを気にしません」

「……へー」

「『荒神派(あらがみは)』が作るのは、そのような世。皇帝陛下の皇子さまのための──」



「『清らかな巫女』! それ以上、口を開くな!」



 陰陽師が叫ぶ。

 彼の言葉など耳に入らなかったように、巫女は続ける。


今上帝(きんじょうてい)の皇子さまは、とてもすばらしい能力をお持ちなのです。まさに初代皇帝……煌始帝(こうしてい)の再来といえましょう。その方が健やかに育つように、都はすべての幸いが集まる場所でなければいけません。(わざわい)は他の場所に」


 それがまるで、すばらしい夢でもあるかのように──

『清らかな巫女』は頬を染めて、語り続ける。


「幸いにも、ここは都の北東。ならば、ここを新たな鬼門として、都の(わざわい)を引き受けてもらうのに、なんの不都合がありましょう」

「いや、みんな気づいて、術を壊しに来るだろう?」

「皇子さまが元服(げんぷく)されるまででいいのです。私たちの役目は、それだけ」

「……聞いてもいいか?」

「なんでしょうか、見知らぬおひと」

「……副堂沙緒里(ふくどうさおり)は、あなたの親戚(しんせき)なのか? どうしてあなたは、副堂沙緒里にそっくりなんだ?」

「その方のことは存じ上げません」


 無邪気な顔で笑う、『清らかな巫女』。


「私の母は、偉大なる煌都巫女衆(こうとみこしゅう)です。巫女衆には同じ顔の者が多くおります。双子……三つ子……才能を持つ血筋は限られておりますから……同じ顔の巫女衆が、似たような子を産むこともございましょう」

「……なるほど」

「不思議な霊力のひと。私はあなたに興味がございます」


『清らかな巫女』は告げた。


「私たちが、あなたを殺さなければいけないのが残念です。彼が戻る前に降参してください。『清らかな巫女』は、力を持つひとが死ぬのを望んではいません」


 祈るように手を合わせ──

 地面に膝をついて、涙ぐみながら──


『清らかな巫女』は静かに、俺に降参するように勧めたのだった。




 いつも『最強の護衛』をお読みいただき、ありがとうございます。


 書籍版の発売日が決定しました!

 12月15日頃、GAノベルさまから発売になります。


 イラストは、kodamazon先生に担当していただくことになりました。

 キャラクターデザインも公開中です。

『活動報告』で公開しています。ぜひ、アクセスしてみてください。


 それでは今後とも『最強の護衛』を、よろしくお願いします!


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書籍版「追放された最強の護衛忍者は、巫女姫の加護で安定した第二の人生を送ります」の2巻は、2023年4月14日発売です!

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