第52話「護衛、錬州の山を駆ける(2)」
──同時刻、街道にて──
『……ホウホウヴォウゥゥゥゥ────ッ!?』
『柏木隊』の銃弾を受けた【馬頭鬼】が、倒れた。
「……おぉ!
「……急に弱体化したぞ!」
「……『邪気衣』が、薄れているのか!?」
銃を手に、兵士たちは首をかしげている。
(月潟どのがやってくれたようですな)
部下たちの様子を見ながら、隊長の柏木はうなずいた。
作戦内容は聞いている。
柏木たちは錬州側の署名をもらった直後、炎を上げる。
それを合図に、零は錬州の山の調査を行う。そういう手はずだった。
(最初に浄化するのは、街道近くの社でしたな。それでこのあたりの邪気が弱まったんですか。さすが、月潟どのだ)
柏木はため息をついた。
彼が魔獣討伐の仕事を始めて長いが、零のような人は初めてだった。
──衛士としての位階にもこだわらず、淡々と仕事をこなす姿勢。
──功績を誇るでもなく、ただ、主君を守ることだけを考える、その人柄。
そんな零を柏木は、素直に尊敬している。
柏木もかつては位階にこだわっていたが、そんな気持ちもなくなった。
今はただ、主君と、尊敬できる同僚のために戦いたい。
それだけだった。
「油断するな。まだ終わりじゃねぇぞ!!」
「「「おおおおおおおっ!!」」」
「オレらは紫州を守る近衛『柏木隊』だ! 紫州に害をなす者がいるなら、その根を断つ! 全力で鬼もどきを消し去れ!!」
隊長である柏木の声に合わせて、部下たちが走り出す。
彼らの肩には霊獣『火狐』
それらが起こす狐火が太刀に宿り、邪気や魔獣、鬼を切り裂いていく。
「もう安全ですぜ。錬州の公子どの」
「……あ、あぁ」
蒼錬颯矢は呆然とした顔で、馬にしがみついていた。
表情はこわばっている。
無理もない。
彼が柏木隊と合流してから、四半刻も経っていない。
その間に知らない誰かが社を浄化し、街道の邪気を弱めてくれたのだ。
錬州の公子からすれば予想外の事態だろう。
「これは、公子どのが社の場所を教えてくださったからでさぁ。紫州の者を代表して、お礼を言わせてくだせぇ」
柏木は表情を変えずに言った。
確かに、蒼錬颯矢の情報は役に立った。
だが、そもそもこのような事態になったのは、錬州候が副堂親子を支援したからだ。
それを知っている柏木は、本心から感謝する気になれなかった。
「これよりオレらは、公子どのを錬州側まで送り届けます。よろしいですかい?」
「あ、あぁ。お願いする。ところで、確認なのだが……」
蒼錬颯矢は、同行してきた末姫の護衛たちを見て、
「真名香の護衛隊長である沖津は、ここには来ていないのだな?」
「あの剣士さまですかい? 来ていらっしゃいませんぜ」
「……そうか」
「ご伝言ですかい? よろしければ、お伝えするようにご主君に頼んでみますが?」
「いや、いいのだ。彼は父の直属だからな。僕に命令権はない」
そう言って蒼錬颯矢は馬にまたがる。
「手間をかけた。では、州境までの護衛を頼む。紫州の近衛の方々」
「……承知しやした」
答えながら、柏木は部下に視線を送る。
その意味を捉えたのか、部下のひとりがひそかに隊列を離れた。
紫州への伝令となるためだ。
(衛士の直感ってやつだな。伝令を出すことは、錬州の連中に気づかれない方がいい)
伝令兵は人気のないところで、精霊経由で杏樹に報告をすることになる。
その情報は、零にも伝わるはずだ。
(月潟どの。無茶しないでくださいよ。あんたは紫州に必要なお方なんですからな)
そんなことを思いながら、近衛の柏木は部下に進軍を命じるのだった。
──錬州の山奥にて──
「巫女に会わせよ」
錬州の山。
その最奥に、ひときわ大きな、浄化の社があった。
この社は破壊されていない。
鳥居もそのままだ。
注連縄は、呪術用のものが張り直されている。
紙垂の代わりに吊り下げられているのは呪符だ。描かれている文字は、土地を書き換えるためのもの。
この地に邪気を呼び込むための呪符だった。
社の扉はわずかに開いている。
その奥で、炎が燃えているのが見える。
儀式が、行われているのだ。
炎の前で巫女が舞っている。
細い身体。
白い肌。
身を覆うのは、薄い衣。
山を覆う邪気になど気づかぬように、巫女は一心不乱に舞い続けている。
それを確認し、社の外にいた男性が、扉を閉める。
男性がまとっているのは浄衣。頭には烏帽子。
陰陽師の姿だ。
彼は一歩一歩、地を踏みしめるように進み、鳥居の外に出る。
そこには、仮面を被った者たちがいた。
『オゥオゥオゥ』
『ホゥホゥホゥ』
社の中から聞こえる鈴の音に合わせ、鬼たちは踊っている。
彼らが被っているのは、牛に似た仮面と、馬に似た仮面。
【牛頭鬼】と【馬頭鬼】を模したものだ。
「下賤な者たちでも、術の素材としては使えるようですね」
陰陽師姿の男性は、笑った。
「『憑依降ろし』で擬似的に鬼にした者たちで【牛頭鬼】と【馬頭鬼】を操る。その場しのぎとはいえ、そこそこに使えるものです」
「それは虚勢か? それとも、うぬに状況が見えていないだけか?」
大柄な男性が、尋ねた。
筋骨隆々とした人物だった。
身にまとっているのは、武者のような鎧。ただし兜はかぶっていない。
櫛を入れた気配もない蓬髪。
長く伸ばした髭をなでながら、男性は陰陽師をにらんだ。
「召喚した鬼が倒され、社が浄化された。だから、脱落者が出た」
剣士の男性が、鳥居の向こうを指さした。
人が、座り込んでいた。
牛や馬の仮面をつけた者たちだ。
「山の社が浄化されつつある。計画に、齟齬が生じている。異常の事態だ。全員の力をもって、敵を排除せねばならぬ」
「『清らかな巫女』は、儀式の最中でございます」
浄衣の男性は深々と頭を下げた。
「この地を都の鬼門とし、厄災を引き受けてもらうための大切な儀式。邪魔するわけには参りません」
「それはわかる。だが……」
「儀式のために、我らは長い時間、準備をして参ったのでございます。ここで邪魔をするべきではございません」
「その儀式のための邪気が祓われていると申しておるのだ」
「問題ありません。敵はおろか者です」
ここは山頂に近い場所。
木々の隙間から、山道を見下ろすことができる。
浄衣の男性は薄笑いを浮かべながら、山の一角を指さした。
「敵は火炎の霊獣を使役しておる様子。浄化の炎は、ここからでもよく見えるのでございます。位置をさらしながら戦うとは、敵は戦の道理も知らぬものと見えますな」
「進路に罠でも張ったか」
「左様」
「だが、万一ということもある。我は、今すぐ動くべきだと思うが」
「ならば、ご自由にされるがよい。『断ち切るお方』」
浄衣の男性は口を押さえて、笑った。
「戦う口実を探していらっしゃるご様子。血が騒ぐのでしょう? 先祖返りの剣士よ」
「否定はせぬ」
男性は太刀を叩いた。
「我らは『清らかな巫女』のおかげで、邪気の中でも平気でいられる。同じように邪気の中を動ける者なら、それはひとかどの武士だ。手合わせする価値はあろう」
「後勝手に。されど、目的をお忘れなく」
「存じておる」
「我々のような先祖返りが生まれたのは、国を古の正しき姿に戻すため。その使命に目覚めたからこそ、我らは煌都を抜けたのです」
「わかっておるとも。すべては、あのお方のため」
「仮にあなたが敗れた場合は、御身の居場所に【禍神】を喚びます」
浄衣の男性の言葉に、剣士の足が一瞬、止まる。
その反応に満足そうに、浄衣の男性は、
「人の身で【禍神】を喚べることは、あの娘が証明してくれました。ならば、他の者を触媒に【禍神】を喚ぶこともできましょう。この地を禁じ、人の踏み込めない地とし、禍を引きうけてもらうために」
「……なにも知らぬ娘を利用したのが、それほど自慢か」
「十分な対価は与えるつもりでおりますよ」
「ふん」
聞き飽きた、とばかりに、剣士の男性は歩き出す。
その背中に向けて、浄衣の男性は言葉を投げつける。
「人は分をわきまえるべきなのです。霊獣や霊鳥を民が操り、術を使うような世の中は間違っている。正しき姿に戻すべきだとは思いませんか」
「我の目的は『清らかな巫女』をお守りすることのみ」
剣士は、かちり、と、太刀の鍔を鳴らした。
「清らかすぎるあの方に居場所を作るのが、我の役目だ。計画の邪魔をするものは斬る。それだけよ」
「頭の固いお方だ」
「出陣する。後は任せた」
言い残して、剣士は走り出す。
そして、彼の行く先で邪気の霧が──裂けた。
まるで、見えない斬撃が放たれているかのように。
剣士はそのまま、霊力の炎が立つ場所に向かって、駆けていった。
「血が騒ぐ……ですか。衝動を抑えきれないとは、あの方はまだ、自分の立場をわかっていないと思われる」
陰陽師の男性は苦笑いを浮かべた。
「私どもは高貴なる『先祖返り』。生まれながらにして使命を帯びて生まれてきた。使命に従えば選ぶことも、迷うこともないのです」
くるり、と、男性は指を動かす。
それに合わせて、周囲で紙人形が動き出す。真っ白な人形は、無言で首を縦に振る。人形は見張り役であり、探知役だ。この社に近づく者を見つけ出すためにある。人の呼吸、鼓動に反応する。
その人形は大量に、社のまわりに配置してある。
接近者の反応はない。
山中を走る炎はまだ遠い。こちらに近づくには、まだ時がかかるだろう。
「いや、近づいてくることなどありませんね。われらが仕掛けた罠と、『断ち切るお方』を排除して、誰かがここに来るはずが……む?」
浄衣の男性は頭上を見上げた。
社の周囲に撒いておいた人形に、反応があった。
かすかな気配。だが、魔獣や獣ではない。
人の霊力の気配だ。
「しかも……近い!? ばかな。この距離まで気づかないはずが……」
即座に浄衣の男性は術を変更。
人形を社の周囲に集める。探査範囲を狭める分だけ、情報の濃度を上げる。
わずかな呼吸音や鼓動、霊力をも逃さぬように。
そして──
「──現れよ。我が獣!」
浄衣の男性が獣型の紙を投げる。
霊力を宿したそれが、空中で虎の姿に変わる。大きさは犬程度。
一時的に『獣』の姿を与えられたものだが、牙も爪も、本物と同等の威力がある。
虎は空中で軌道を変えて、見えない敵に向かう。
『──轟!!』
虎が吠えて──樹上の敵を、がぶり、と、噛み裂く。
直後、その虎の頭に穴が空いた。
虎が噛んだのは人ではなかった。
尖った棒のようなもの。ある種の剣士の間では、棒手裏剣と呼ばれるものだ。
「馬鹿な。確かに、霊力を感じたはず──!?」
ふたたび、人型に反応。
振り返る。木々の間に、誰かがいる。霊力の反応がある。
ひとりではない。複数。5人から6人。
浄衣の男性の人形は、わずかな霊力さえも探知する。
その人形が伝えてくる。
似たような霊力の塊が、社のまわりにちりばめられている、と。
「そんな馬鹿な。我が人形をたぶらかすなど……」
「──こっちには術に詳しい人がいるんだよ」
声がした。
だが、位置がつかめない。
声の発生源が移動している。
右から、左から、上から。声の主がどこにいるのかがわからない。
「なぜ敵がここにいるのだ。霊獣の炎は、遠くにあったはず……」
「目立つのは嫌いなんだ」
あきれたような声が返ってくる。
「別にすべての社を浄化する必要はない。邪気の一番強い場所への道が開ければ、それでいい。長時間労働は嫌いなんだよ。俺は」
「貴公は何者か!?」
「それはこっちのセリフだ」
声は言った。
「あんたたちこそ何者だ。山を汚染して、邪気をまき散らしてなにをしたい? 副堂親子との関わりはあるのか? 『二重追儺』の術書を書き換えたのはあんたたちか? ここで、一体なにを企んでいる?」
「……ぐぬ」
浄衣の男性は歯がみする。
まだ早い。
この場所を都の鬼門にする儀式は、まだ完了していない。
完了すれば、後は勝手に、都の不幸や歪み、邪気を引き受けてくれる場所となる。
場所を護る『守護者』も配置することになる。
数年……いや、数十年は、都の『禍』を、ここに捨てられるはずだ。
今、ここを動くわけにはいかない。
それに、巫女のこともある。
儀式中の巫女に、状況が変わったことを伝えるのは無理だ。
彼女は清らかすぎて、人の心がわからない。
まるで玩具を扱うように、人を見る。
それがおそろしい。
彼女についてはなにも読めないのだ。なにひとつ。
「あんたたちの儀式は破壊させてもらう」
声の主は言った。
「うちの近所に、邪気のゴミ山があったら落ち着かないからな。二度とこんなことがないように、責任を取ってもらう。俺の安定した生活と、老後のために」
木々の向こうで、見知らぬ誰かはそんなことを宣言したのだった。
いつも『最強の護衛』をお読みいただき、ありがとうございます。
書籍版の発売日が決定しました!
12月15日頃、GAノベルさまから発売になります。
イラストは、kodamazon先生に担当していただくことになりました。
キャラクターデザインも公開中です。
『活動報告』で公開しています。ぜひ、アクセスしてみてください。
それでは今後とも『最強の護衛』を、よろしくお願いします!