第51話「護衛、錬州の山を駆ける(1)」
目的は偵察。
ただし、社を浄化できそうだったら、そうする。
それが、俺の役目だ。
杏樹は俺に『緋羽根』を預けてくれた。
その期待に応えよう。
「まずは社のところに行く。力を貸してくれ」
『──承知しました』
俺は『緋羽根』と一緒に、錬州の山を走る。
邪気が濃い。鬼門での戦いのときよりも。
まるで、霧の中を走っているようだ。
『緋羽根』の翼から、羽根の形をした炎が散る。
それが邪気を灼き、道を開いてくれる。
けれど、その敵からも見える。こっちの居場所を特定される。
忍びとしては、あまりよろしくない。
静かに偵察するためにも、手近な社を浄化して、山の邪気を弱めておきたい。
社の位置は聞いている。柏木さんからの情報だ。
あの人は錬州の公子、蒼錬颯矢を助けたあと、社の位置を聞き出してくれた。
山に入る前に、杏樹がそれを精霊経由で教えてくれた。
まずは、一番近い場所に向かおう。
確か、街道を見下ろせる場所にあったはず。
浄化すれば、街道の邪気も弱まる。柏木さんたちも楽になるはずだ。
「行くぞ。『緋羽根』」
『クルル────ッ!!』
隠密行動は無理。ならば、速攻だ。
俺は『軽身功・二連』を発動。
樹を蹴り、宙を跳ぶ。
『緋羽根』と共に、一気に、錬州の社へと向かう。
地上でうごめく、邪気の渦が見える。
その中心には社が……あった。
紫州のものより粗末なものだ。
鳥居のサイズは数十センチ。手入れをされていないのか、塗りも剥げかけてる。注連縄は最近、替えた様子もない。
そもそも参道が草茫々。
紫州とは違って、社が雑に扱われているらしい。
「錬州の者にとっては社も霊獣も、使い捨ての道具ってことか」
そういう連中だから、霊鳥を金で取り引きできたんだろう。
売ったのは副堂勇作だけどさ。
紫州側の山は、『次町』の人たちがしっかりと管理していた。少なくとも副堂勇作が山を禁足地にする前はそうだった。だから州境は浄化されていたし、魔獣もあまり現れなかった。
つまり、錬州の方で社の管理をしなくても、問題がなかった。
だから錬州側の山では、浄化の社がいい加減に扱われていたのかもしれない。
そんな錬州の社は屋根が剥がされて、鳥居は砕けて倒れている。
そして、社の前には、2体の鬼がいた。
牛頭馬頭の名で知られる鬼たち。
【牛頭鬼】と【馬頭鬼】だ。
『ブゥオオオオオオオオオオオオオ!』
『ホウオウホゥオゥゥゥウウウウ!!』
「……気づかれたか。まぁ、そうだよな」
視線が合う。
赤い目。牛の頭部と馬の頭部。大きく開いた鼻から噴き出すのは、赤黒い邪気。
ただし、動きは人のものだ。
こんな魔獣は存在しない。
【禍神】のように召喚されたものだろうか。
社のまわりは、濃密な邪気の渦。
そこで鬼たちが棍棒を振り回してる。
『牛頭馬頭』が暮らすという、地獄のような光景だ。
「悪趣味だな……」
気に入らない。
紫州の近くで、邪悪な術を使っている、術者も。
「杏樹の領地の近くで、ご近所トラブルを起こすんじゃねぇよ!」
『ブゥオオオオオオ!』
【牛頭鬼】が金属製の棍棒を振る。
邪気混じりの風が飛んでくる。巨体と怪力。物理的な圧力を持った邪気。
それがこいつの武器か。
「太刀で受け止めるのは無理だな」
邪気は『緋羽根』に焼いてもらい、俺は棍棒を回避する。
すると──
『ブルゥオオオオオ!!』
【牛頭鬼】が地面を蹴る。角を前にして突進してくる。
それを十分に引きつけてから、俺は地面を蹴った。
『軽身功』は発動中。
俺は【牛頭鬼】の頭上を飛び越え、社に向かう。
『──ブルゥ!』
直後、突進を終えた【牛頭鬼】が、後ろ向きに跳んだ。
そのまま、俺の背後に着地する。
俺の前方で【馬頭鬼】が棍棒を振り上げる。
意外と賢いな。挟み撃ちにするつもりか。
「──てい」
『ブルォォォォ!』
俺は身体を翻し、【牛頭鬼】に向けて太刀を振る。
邪気の鎧『邪気衣』が焼けて消える。
太刀に宿った『緋羽根』の力だ。
軽い一撃だから、【牛頭鬼】の腕に傷をつけただけ。
噴き出したのは血ではなく、赤黒い──邪気の霧。
これで『憑依降ろし』で鬼にされた人間という可能性は消えた。
というか『憑依降ろし』を食らった『偽天狗』たちは衰弱してたからな。同じように鬼を憑かせたとしても、こんなごつい姿にはならないか。
「俺の仕事は偵察だからな。倒す前に、杏樹に調べてもらおう」
精霊は近くにいない。
一文字の精霊には、この山の邪気はきつすぎる。
まずは邪気を薄めて、杏樹と連絡を取ろう。
「頼んだ。『緋羽根』」
『──承知』
名高い3文字の霊獣の全力、ここで見せてもらおう。
「我が霊獣『緋羽根』よ。邪気を祓う浄化の炎を、ここに。【牛頭鬼】と【馬頭鬼】の身体を覆う邪気の衣を焼き払い、敵の本体をむき出しにせよ!!」
『──浄化する』
『緋羽根』が翼を広げ、はばたく。
風が起こる。無数の羽根が、【牛頭鬼】と【馬頭鬼】に向かって飛んでいく。
その羽根は霊力と、炎で作られている。
強力な浄化を宿した、緋色の羽根だ。
それが【牛頭鬼】と【馬頭鬼】に殺到し、奴らの邪気を焼き尽くしていく。
『ブゥオオオオオオオオ!?』
『フォオオオオオオオッ!!』
【牛頭鬼】と【馬頭鬼】が悲鳴を上げる。
『緋羽根』の炎に焼かれ、鬼たちの身を包む邪気の衣が消えていく。
けれど──
『──グゥゥゥオオアアアアアア!!』
『──ギィオオオオオオアアアア!!』
──対抗するように、【牛頭鬼】と【馬頭鬼】が、大量の邪気を発生させる。
【牛頭鬼】は角を震わせながら。
【馬頭鬼】は鼻息荒く、馬のように首を振りながら。
浄化の炎と、邪気の霧が拮抗していく。
『──零に提案。炎を強めること、可能』
「いや、このままでいい」
『──なぜ?』
「あとあと楽だからだよ」
『緋羽根』は紫州の権威の象徴だ。これまでは巫女姫や州候と共にいた。
だから、戦いに慣れていない。
無理はさせない方がいい。
無理は、鬼の方にしてもらおう。
『──グルォオオオオオ!!』
『──ブルゥオオオオオ!!』
【牛頭鬼】と【馬頭鬼】は必死に邪気を噴き出している。
歯を食いしばり、息も絶え絶えだ。
身を守る『邪気衣』を、懸命に維持しようとしてる。
「『緋羽根』。停止」
『──主人?』
「炎を止めていいよ。お疲れさま」
俺は『緋羽根』に命じて、浄化の炎を止めさせる。
こっちが力尽きたと思ったんだろう。【牛頭鬼】と【馬頭鬼】は勝ち誇ったように鼻を鳴らしてる。かなり疲れているようだけれど、戦意は衰えていないようだ。
奴らは棍棒を手に、俺に向かって歩き出す。
けれど──
「──はい。『影縫い』」
俺は鬼たちに向けて、霊力つきの棒手裏剣を投げた。
1体につき4本。合計8本。
奴らの邪気衣を貫き、地面へとつなぎ止める。
『ブォ!? ブゥゥウウウウオオオアアア!?』
『フゥオ!? フゥゥオオオオオアアア!!?』
鬼たちの足が止まった。
こっちに向かってこようとしてるけれど──動けない。
俺の棒手裏剣が、奴らの邪気を地面に縫い止めてるからだ。
「協力に感謝するよ。『緋羽根』」
『──ご主人。これ、どうなってるの?』
「邪気を地面につなぎ止める『影縫い』の改良版だ。【禍神】対策を想定してる」
以前、【禍神】に『影縫い』を使ったら、棒手裏剣を引き抜かれてしまった。
だから今回は、敵を疲れさせてから拘束することにしたんだ。
『緋羽根』の炎で邪気を消せば、奴らは反射的に対抗しようとする。
そうして力を消費したところで、『影縫い』を使えば、棒手裏剣を引き抜く力がなくなる。それだけだ。
『……ご主人』
「なんだよ」
『おとりに使われたみたいで、不愉快』
「悪い。あとで埋め合わせする」
『「四尾霊狐」さまのように、ご主人のごはんが食べたい』
「……お前も?」
『4文字の霊獣とはいえ、特別扱いされるのを見ているのは、嫌。緋羽根も対等に扱うべきと心得る』
「わかったわかった。帰ったらな」
『──納得』
「それじゃ、奴らが動けないうちに、社を浄化しとこう。炎を頼む」
『──承知』
俺と『緋羽根』は倒壊した社に近づく。
社は、『狼牢山』のものと似た状態だった。
あっちの社には魔獣核が供えてあったけど、この社にあるのは、魔獣の遺体だ。
『クロヨウカミ』が数体、喉と胸を裂かれた状態で放置されてる。
喉から流れる血が地面にしみこみ、胸の魔獣核が不気味な光を放っている。
魔獣を生け贄として捧げているようだ。
無残に殺された魔獣をさらすことで、その怨念と邪気を捧げる。そういう儀式で、山に邪気を発生させているらしい。
「嫌な感じがするな」
『──同意』
「まるで、どうやったら効率よく山を汚染できるか、実験しているみたいだ」
『──浄化する?』
「ああ。灰も残らないくらいに燃やしてくれ」
『──承知』
俺は魔獣の遺体をつかんで、社から引き離す。
それを確認した『緋羽根』が炎を噴き出す。
炎の羽根が魔獣を包み込み、焼き尽くしていく。
無残な遺体も。赤黒い血も魔獣核も。なにもかも。
その間に俺は鳥居を直していく。
かたちだけでも立てておいて、石で固定。
最後に、社に酒を注いでいく。
すると──
『──ブゥオオオ……』
『──フゥァァァ……』
──鬼たちの動きが、鈍くなった。
社が浄化されたことで、邪気が弱まったからだろう。
「──杏樹さま。聞こえますか」
『……ます。零……ま』
よし。杏樹と繋がった。
社を浄化したおかげで、邪気が薄れたからだろう。
途切れ途切れだけど話はできる
「【牛頭鬼】と【馬頭鬼】を拘束しました。これから呪符を探して破壊します」
『はい……お願い……ます』
「その前に杏樹さまは、術の解析を」
俺は【牛頭鬼】と【馬頭鬼】に近づく。
奴らはまだジタバタしている。
『影縫い』で拘束されたまま、必死に脱出しようとしてるようだ。
俺は太刀で、奴らの胸のあたりを浅く斬る。
革製の服が破れて──胸のあたりに、呪符が出現する。
書かれている文字は【ゴクソツノゴズキ】【ゴクソツノメズキ】──漢字で書くと『獄卒の牛頭鬼』と『獄卒の馬頭鬼』か。
この呪符が、術の本体だ。
『──分析が終わ……。呪符を壊して……零さま!』
「承知!」
『──クルル──ッ!』
俺の太刀が呪符を切り裂いた。
直後、『緋羽根』の炎が、バラバラになった呪符を灰にする。
そして──
『…………ブゥオオオオオ』
『…………フルウウウウウ』
【牛頭鬼】と【馬頭鬼】の身体が崩れ、消滅していった。
「これで術者本体に大ダメージを……じゃなかった、術者を再起不能にできますか?」
『いいえ。でも……傷は与え……ました』
「ですね」
呪符を壊して【禍神】を祓えば、召喚した術者は再起不能になる。
でも、鬼程度ではそうはならない。
必要な霊力と、呪詛の強さが違うからだ。
仮に集団で儀式を行っているのなら、傷を分け合うことになる。
ひとりひとりが失う霊力は少なくなる。
それが、杏樹の分析だった。
「次に行きます」
『お願いします。それと、零さま……』
杏樹は、術についてわかったことを教えてくれた。
そうして俺は、次の社へと向かったのだった。
いつも『最強の護衛』をお読みいただき、ありがとうございます。
書籍版の発売日が決定しました!
12月15日頃、GAノベルさまから発売になります。
イラストは、kodamazon先生に担当していただくことになりました。
キャラクターデザインも公開中です。
『活動報告』で公開しています。ぜひ、アクセスしてみてください。
それでは今後とも『最強の護衛』を、よろしくお願いします!




