第5話「到着した護衛、戦局をひっくり返す」
本日3話目の更新です。
今日初めてお越しの方は、第3話と第4話をお読み下さい
──数分後、魔獣に襲われている商隊で──
「魔獣を近づけるな──っ!!」
商隊を護る、衛士の隊長が叫んだ。
鬼門からの戻り荷だった。
食料や娯楽品を運び、帰りに鉱石を運ぶのが、須月商会の仕事。
それを護衛するのが、衛士部隊の役目だ。
鬼門へは何度も往復している。
須月商会も、彼らにとってはお得意様だ。金払いはいいし、民間の衛士に対しても敬意を払ってくれる。これは魔獣が多く、民間の衛士の力に頼らざるを得ない紫州の特徴でもあるが、仕事をする衛士としては有り難い。
州によっては、兵士が衛士を見下すこともあるからだ。
だから、紫州では誇りをもって仕事をすることができる。
今回もそのつもりだった。
衛士の部隊は、鬼門まで、商隊の護衛をやり遂げた。
あとは、州都に戻るだけだった。
事態が変わったのは、鬼門周辺の兵が、妙に減っていることに気づいてからだ。
関所を守る兵、砦を守る兵、村を守る兵。
それらの数が、いつの間にか減っていた。州候が代替わりしたらしいから、その影響かもしれない。だが、急すぎた。
不穏を感じた衛士の隊長は、帰還を早めることを進言した。
商人の須月も、それに応じた。
関所は無事に通過できた。
だから、問題なく州都まで戻れると思っていたのだが──
まさか街道で、大量の魔獣に囲まれるなど、予想もしていなかった。
「なんだこれは。どうして、こんなに魔獣が活性化している……?」
『グォオオオオアアアアアアッ!!』
巨大な魔獣たちが叫んだ。
魔獣の名前は【クロヨウカミ】。
狼の姿をしているが、体長は熊よりも大きい。
不気味なのは、体表に無数の眼球があることだ。
しかも、身体が黒い霧のようなものに覆われている。魔獣が発する『邪気』だ。それが衣の姿をして、身を守る鎧となっている。
だが、これほど濃密な『邪気衣』は、彼らも見たことがなかった。
邪気が濃すぎて、魔獣の姿が良く見えない。
黒い霧の向こうで、狼に似た姿がゆらゆらと揺らめいている。
それがさらに、衛士や商人たちをおびえさせる。
「……こちらの兵力は8人。魔獣は、20体か」
衛士の隊長、柏木はつぶやいた。
鬼州からの戻り道で、これほどの数に遭遇したのは初めてだ。
異常なことが起こっているのはわかる。
けれど、今は考えている場合ではない。
「オレたちは商人の須月氏のご息女を脱出させた! 魔獣の囲みを破ることはできるのだ! 恐れるな!!」
隊長の柏木は太刀を手に、声をあげる。
「ご息女が、すぐに助けを呼んできてくれるだろう。これほど魔獣が多いならば、近くに兵士が配置されていることは疑いない! それは『朱鞘』のオレが保証する!!」
掲げる太刀の鞘は、朱色に染め上げられている。
鞘の色は、衛士の実力を現す。魔獣討伐の実績が高いほど、輝かしい色に染まる。
柏木が掲げる『朱鞘』は、防人の位階の中でも第5位だ。
低いように見えるが、国内で『朱鞘』を手にしている者は百に満たない。
柏木の『朱鞘』は、衛士と商隊の士気を高めるには十分だった。
「「「おおおおおおおおっ!!」」」
「我々は魔獣を近づけなければいい! 時間を稼げ!!」
柏木は続ける。
魔獣は、衛士たちを遠巻きにしている。
まだ、奴らが間合いに入るまでには時間がある。それまでに態勢を整えなければいけない。それには士気を高めなければいけない。たとえそれが、空元気だとしても。
「……茜は……大丈夫なのでしょうか」
震えるような声で、商人が言った。
彼は紫州を拠点とする商人で、名前は須月玄斗という。
顔色は蒼白。がたがたと歯を鳴らしている。
不安なのはわかる。大事な娘がただひとり、助けを呼びにいったのだから。
あれは、賭けだった。
商隊は完全に囲まれ、魔獣は異常に活性化していた。衛士たちは必死に戦い、敵を後ろにさがらせることには成功した。だが、仲間の数名が傷を負った。
──突破できないかもしれない。
隊長の柏木の脳裏に、そんな言葉が浮かんだ。
だから、囲みを破って少女を逃がすことにした。
助けを呼びに行かせるという名目だったが、本心は彼女だけでも生かすためだ。
街道に他の魔獣がいなければ、無事に村までたどりつけるだろう。
部下の衛士たちも協力してくれた。
依頼主は守る。あるいは、依頼主が大切にしている存在を守る。
それが『朱鞘』の柏木を長とする、『柏木隊』の誇りだった。
「大丈夫ですよ。須月さん」
隊長の柏木は、ぎこちない笑みを浮かべてみせた。
「それより、あなた方は隠れていてください」
「わ、わかっています。信じるだけです。茜は無事だと……」
「お気持ちはわかりますが、お静かに。敵が来ます」
魔獣たちはゆっくりと囲みを縮めてくる。
奴らは、集団での狩りになれている。
ならば、こっちが容易に崩せないことを示す。
まずは敵を威嚇する。そう考えた柏木は指示を出す。
「銃兵は弾込め! 合図したら一斉射だ!」
「「「了解!!」」」
「当てなくてもいい。ただ、同時に放つようにしろ。いいな!」
銃の数は5丁。しかも旧式の火縄銃。
元々の目的は盗賊避けだ。旧式でも、飛び道具があれば有利に戦える。
そして、魔獣に対しての使い道は──
「放て──っ!!」
柏木の指示で一斉射。
山間に、轟音が響く。
魔獣の身体のまわりで、火花が散る。衛士たちの狙いは確かだが、弾丸は魔獣には届いていない。黒い霧──奴らを守る『邪気衣』のせいだ。
霊力の籠もっていない銃弾では、邪気の衣は貫けない。
だから火縄銃が最も費用対効果が高い。高価な銃を買っても仕方がないからだ。
魔獣に効果を発揮するのは、銃弾の威力ではなく──
『……グガァ……グガガ』
近づいていた魔獣たちが、脚を止めた。
思った通りだ。
魔獣たちは、聞き慣れない轟音を警戒している。
「生活の知恵という奴だ。魔獣ども」
害獣避けに爆発音が使われるのはよくある。
同じように、銃声は魔獣をひるませることができるのだ。
特に、音に敏感な狼型【クロヨウカミ】には効果が高い。
耳をつんざく破裂音と火薬のにおい。どちらも魔獣には慣れないものだ。
だが──
「また来るぞ! 二度目は効果が薄い。撃ったらすぐに槍に持ち替えろ!」
言いながら、隊長の柏木は太刀に手を掛ける。
『朱鞘』の太刀は、魔獣討伐の実績があることの証明だ。
仕事をもらえるのもそのためで、だからこそ、商隊を守らなければいけない。
「あなた方は動かない。声をあげない。いいな」
柏木の言葉に、商人たちがうなずく。
その直後に二度目の銃声が響く。
『…………グルルゥ』
だが、魔獣が動きを止めたのは一瞬だけ。退く様子はない。
即座に、衛士の柏木は判断を下す。
「まずはオレが斬り込む。恐れるな!」
「「「応!!」」」
銃声で、時間稼ぎは出来た。
近くに兵がいたなら、音が聞こえていたはず。
ならば、救援要請にもなったはずだ。
商人、須月の部下は優秀だ。柏木たちの指示通りに盾を構えてくれている。
おかげで槍と盾での壁ができた。
銃声で魔獣をひるませたことも効いている。戦える相手だと、皆が理解してくれた。これなら、なんとかなるかもしれない。
隊長の柏木がそう考えたとき──
『グルウウウウウオオオオオオオオオァアアアアアア!!』
魔獣【クロヨウカミ】が、一斉に吠えた。
彼らがまとう邪気の向こうから、大型種がやってくる。
一瞬でわかった、群れの頭だ。
大きさは、馬車と同じくらい。無数の眼球の他に、頭部に角が生えている。
身体に傷があるのは──以前、人間と戦った跡だろう。
「……まずい」
歴戦の魔獣がいた。人間と戦って、生き残った奴だ。
そういう者に率いられた魔獣は、人間を恐れない。
銃声の効果が薄かったのはそのせいだ。
「……ひっ」
からん。
商人の部下たちが盾を取り落とす。
強い魔獣が持つ力──威嚇だ。
慣れていないと、人は魔獣の邪気に飲まれてしまう。
「オレが斬り込む!! 親玉を倒せば敵は逃げ散る! 恐れるな!!」
『グルウウォォォォ!!』
柏木の声をかき消すように、魔獣たちが吠えた。
狼型の【クロヨウカミ】たちは、まっすぐに衛士たちに向かってくる。
仲間が怯えている現在、迎え撃つのは不利。
──そう判断して、隊長は太刀を手に飛び出した。
「『白砂流』──砂上連撃!」
霊力を込めた太刀が、魔獣の脚を断った。
『白砂流』は剣術流派のひとつだ。
流れるような歩法と、素早い動きを特徴とする。
ただし連続技を基本としているので、一撃一撃が、浅い。
(それでいい。今は、敵を散らすのが優先だ)
『グブオオオオオオァ!』
脚を切られた魔獣が、つんのめって転がる。
そこに衛士たちの槍が殺到する。魔獣は槍衾に貫かれ、絶命する。
「──さ、さすがです。隊長」
「──これならなんとかなるかもしれない」
「──恐れるな! 隊長の働きを無駄にするな──っ!」
士気が回復したのを確認して、柏木は次の敵に向かう。
致命傷を与えるは必要ない。それは部下に任せる。
自分は敵の足を止めのに徹する。
割り切って、隊長は刀を振り続ける。
だが──
『グゥゥゥガアアアアァァァ────────────ッ!!』
山をも震わすような絶叫が響いた。
傷を与えたはずの魔獣たちが立ち上がる。
脚を切られた者。胴体をえぐられた者。腹からだらだらと血を流しているもの。
それらすべてが動き出し、衛士の柏木に飛びかかる。
親玉の【クロヨウカミ】の叫び声が、配下の魔獣たちを動かしているのだ。
──止まるな。
──息絶える瞬間まで戦え。
まるで、そんなことを叫んでいるように。
「──まずい」
衛士の柏木の額に冷や汗が伝う。
魔獣が凶暴化している。
さっきまでは多少の傷で動きを止めていたものが、今は脚を切っても、腹をえぐっても止まらない。
おまけに、邪気が強くなっている。
霊力を込めた太刀が、邪気の衣に触れて、その動きを鈍らせる。
わずか数瞬の遅れだが、連続攻撃を得意とする『白砂流』にとっては致命的だ。
数瞬が重なり、数秒になる。
次の魔獣を斬るのが遅れる。
別の魔獣が横から、柏木の身体に傷を付ける。
やがて──次々に襲い来る波状攻撃に、身動きが取れなくなる。
残りの魔獣は商隊を襲っている。
あちらも、槍衾を恐れていない。
壊れたように叫びながら、兵士たちに飛びかかる。
「救援はまだか!?」
手足が重い。血を吸った服が身体にまとわりつくのが気持ち悪い。
それでも衛士の隊長の柏木は剣を振る。
だが──
『グァァ』
ゆっくりと、魔獣の親玉が近づいてくる。
舌なめずりしている。
すでにこちらを追い詰めて、どう料理しようか考えているかのように。
「だめだ……このままでは──」
『ガァッ!』
柏木の太刀が狙いを外す。
首を切るはずだった刃が、魔獣の頭蓋骨で弾かれる。
腕に衝撃が走る。一瞬の隙を、魔獣たちは見逃さない。
一斉に、柏木に向かって飛びかかり──
ごぉっ!!
突然、目の前で上がった炎に、その動きを止めた。
一瞬、衛士の柏木は目を見開く。
彼は『朱鞘』を持つ衛士だ。だから、見えた。
目の前に降ってきた棒のようなものと、それにくくりつけられていた、小さな紙。
朱墨で文字と紋章が描かれている。
あれは呪符──おそらくは『発火の呪符』だろう。
霊力を注がれたそれが、魔獣の前で炎を発生させたのだ。
『……ギィィ』『…………ガガァ』
狼の魔獣【オオクロヨウカミ】たちが、突然の炎にたじろぐ。
後ろにさがり、寄り集まり始める。
火縄銃をものともしない魔獣でも、霊力を宿した炎は恐れる。
だが、切り札にはならない。
一箇所に集まった【オオクロヨウカミ】たちは、身体から『邪気』を噴きだし始める。集団で作り上げた、強力な『邪気衣』で炎を突っ切るつもりだ。
そして──
「一箇所に集まってくれたか。じゃあ『虚炉流・邪道』──『影縫い』!!」
飛来した棒が、魔獣たちの『邪気衣』を貫いた。
カカンッ、という音と共に、地面に突き刺さる。
それが、魔獣たちを地面に縫い付けた。
『ガガァッ!?』『グォ?』『ギギギ?』『ギィィィっ!?』
魔獣たちが悲鳴をあげる。衛士の柏木も、目を見開く。
彼を取り囲んでいた魔獣たちが、ぴたりと動きを止めている。
地面を見ると、魔獣の影に棒のようなものが刺さっていた。
脇差し──短刀──簪──頭の中に候補が浮かぶが、引っかかるものはない。
考えるのをやめた柏木は、返り血でぬめった太刀を握り直す。
「……は、『白砂流』──」
「無理しないでください」
声の主は言った。
「あなたは商隊の守りをお願いします。魔獣たちは俺の方で、まぁ、やれるだけやりますから」
次の瞬間、影が、魔獣の間を駆け抜けた。
直後、魔獣の首から血が噴き出す。声の主が、駆け抜けざまに斬ったのだ。
隊長の目に映ったのは、太刀を背負った少年の姿。
その鞘は、無垢木の白鞘だ。朱鞘でも、黒鞘でもない。
魔獣討伐の兵士としては登録されていない者だ。
なのに彼は濃密な邪気を気にもせず、魔獣の首を斬り落としていく。
「いや、待て。さっき『虚炉流』と言ったか?」
柏木はその流派を知っている。
『虚炉流』。
そして、その使い手が住む『虚炉村』。
その村は武術の道を究めようとする者たちが集う場所だ。
現村長は先帝の護衛を務め、祖先は龍神から武術を学んだとも言われる。
「最強の三流派のひとつ、『虚炉流』の使い手が、この場に!?」
「あ、すみません。俺の技は邪道って言われてるんで」
気づくと、柏木の目の前に、少年の背中があった。
着流し姿で、困ったように首をかしげてる。
「あと、俺は追放されているので。『虚炉村』の人間を期待されると……その」
「い、いや……すまない。それに……助けてくれたことに、感謝する」
柏木は慌てて、少年に頭を下げた。
「自分は護衛部隊の長、柏木だ。君は?」
「俺は月潟零。紫州候のご息女、紫堂杏樹さまの護衛です」
少年は答えた。
「杏樹さまのご命令により、商隊の支援に来ました。魔物の突進を防いだ炎も、杏樹さまがくれた『発火の呪符』によるものです。あなたを助けたのは杏樹さまです。感謝するなら、俺の主君にお願いします。あと、杏樹さまの功績をまわりに宣伝してくれると助かります。よろしく」
──零視点──
「それで、商隊の皆さんはご無事ですか?」
魔獣たちは一旦、後ろに退いた。
逃げてくれれば楽なんだけど、そのつもりはなさそうだ。
その隙に、俺は衛士の柏木さんを連れて、商隊のところに戻った。
民間衛士の人たちは、馬車を囲んで陣地を作っている。
それで四方から来る魔獣を撃退していたらしい。
重傷の人はいない。
敵のほとんどを、隊長の柏木さんが引きつけていたからだ。
魔獣の爪と牙を受けた人はいるけれど、怪我は軽い。
商人の人たちは無傷だ。よかった。
「ご無事でよかったです。もうすぐ、杏樹さまの兵士が来ます。それと、須月茜さんも無事です。今は杏樹さまや兵士たちと一緒にいます」
「……お、おぉ」
「……いや、助かった。ありがとう」
「……だが……どうして魔獣は動きを止めたんだ……?」
衛士の人たちは、呆然とこっちを見てる。
魔獣の動きを止めた理由は……説明したくないなぁ。
『影縫い』は邪道の技だからな。
『虚炉流』を知っている人の前では、あまり説明したくないんだ。
「それなりに使えるんだけどな。『影縫い』」
祖父が仕切ってる『虚炉流』に、この技を使えるものはいない。
これは俺が編み出した技だ。
前世であったからな。忍者が使う『影縫い』って。
『虚炉村』は忍者みたいなものだから、『影縫い』もあるかと思ったけど、なかった。祖父には『阿呆が』と怒られた。
でも、魔獣相手にはできると思った。
父さんが『魔獣は邪気の衣をまとっている』と言ったからだ。
俺は『衣なら、端っこを踏んづければ動けなくなるんじゃないの?』と答えた。
びっくりしてたな。父さん。
それでも父さんは、練習に付き合ってくれた。
そしたら、できるようになった。
どうも俺の霊力は、人とは違うらしい。
村で色々研究したところによると、普通の人の霊力は空気のようで「ふわふわ」していたり「ざらざら」していたりする。俺は触覚で霊力を感知しているから、そういう表現になってしまうんだけど。
でも、俺の霊力は粘土か、ゼリーのような感触をしている。
人より多くの霊力を取り込んで、圧縮しているのかもしれない。
自分では、よくわからないんだけど。
とにかく、そういう霊力だから、色々な使い道がある。
たとえば粘土のように千切ってこねて、棒手裏剣に絡みつけることも可能だ。
それを魔獣に向かって放つと──魔獣がまとう『邪気衣』を地面に縫い付けることができるんだ。
俺の霊力が魔獣の邪気に絡みついて、引っかかるらしい。
邪気は魔獣にとって身を守る鎧のようなものだ。
魔獣は、自分から邪気を断ち切ったり、消したりはしない。つまり、常に衣をまとっているのと変わらない。それを地面に縫い付けるわけだから、魔獣本体も引っ張られることになる。
だから、魔獣本体も地面に縫い付けられる、というわけだ。
まぁ、強い奴には棒手裏剣を引っこ抜かれるんだけどな。
あと、棒手裏剣はそこそこ重量があるから、大量には持ち運べない。
だから今回は、杏樹さまの『発火の呪符』が役に立った。
霊力を宿した炎で【オオクロヨウカミ】を威嚇して、一箇所にまとめることができたからだ。
奴らはそれぞれの『邪気衣』を合体させて、強化させてた。
そこに棒手裏剣を撃ち込めば、全員の動きを止めることができる。
一体一体に棒手裏剣を撃ち込むより楽だし、棒手裏剣の節約にもなる。
あと、杏樹さまの功績を宣伝することもできる。
そうして……みんなが杏樹さまを推すようになれば、自然と地位を取り戻せるかもしれない。
この呪符は、積極的に使っていこう。
「でも……間に合ってよかったよ」
鬼門への道中で商人や衛士が死屍累々ってことになったら、杏樹さまの名前に傷が付く。
州候代理が文句をつけてくる可能性もあるからな。
本当に、犠牲者がいなくてよかった。
俺は改めて、商隊のまわりを見回した。
地面には魔獣の死体が転がってる。数は、16体。
うち10体は俺が『影縫い』で動きを止めてから倒したもの。
残りの6体は商隊のひとたちの成果だ。
「残りは4体です。そっちは……柏木さんたちに任せてもいいですか?」
「あ、ああ。大丈夫だ」
衛士の隊長の柏木さんは、うなずいた。
「……いや、待て。君は大型種と戦うつもりか?」
「とりあえず、当たってみます。駄目だったら戻ってきますよ」
「そ、そうなのか?」
「勝てないようだったら、時間稼ぎに徹します。その間に、通常種を倒してください」
残りは狼型の魔獣【クロヨウカミ】4体と、その大型種が1体。
防御側は8人。
大型種を俺が引きつければ、2人で1体に当たれる。
隊長の柏木さんがいれば、大丈夫だろう。
「そういえば『朱鞘』の人を初めて見ました。かっこいいですね」
「月潟零、と言ったか」
「はい」
「君はどうして『白鞘』なんだ?」
「家の事情で」
父さんが死んでから、祖父は俺に外の仕事を受けさせなかった。
たぶん……父さんの死の真相を、村の外の人間に話されるのが怖かったんだろう。
しょうがないから俺は、近くの山の魔獣討伐ばかりやっていた。
その成果は村の外には漏れなかった。
だから魔獣狩りの成果にはならなかったんだ。
「なるほど……衛士の位には興味がないってことか」
「まぁ、そんな感じです」
間違ってはいない。あんまり、興味ないのは本当だ。
それに、じっくり話している時間はない。
4体の【クロヨウカミ】に、逃げる気配はない。
背後で親玉が威嚇しているからだろう。
その親玉は周囲をゆっくりと回っている。
守りの弱そうな場所を探しているようだ。
「いちにのさんで俺が飛び出します」
俺は言った。
「俺が【クロヨウカミ】の注意を集めます。その隙に攻撃してください」
「承知した。死ぬなよ」
「恩給をもらうまでは死にません。では、いちにの──」
「「さんっ」」
俺は円陣から飛び出した。
4体の魔獣の眼球が、俺の方を向いた。
『グルゥアアアアアアアアア!!』
先頭の魔獣が飛びかかってくる。
俺は拳に霊力を込めて、地を踏む。
元の世界で言う『発勁』を発動。
こちらの世界での技名は──
「『虚炉流』──『削岩破』」
『グガラヴァアァッァァ!?』
『発勁』を喰らった黒い狼が、真横へ吹き飛ぶ。
進路には別の魔獣がいる。吹っ飛んで来た仲間を避けきれず、そいつは地面を転がる。動きが止まったところを、兵士たちの槍が突き刺す。よし。
今使ったのは『虚炉流』の正統な技だ。
『虚炉流』は忍者の流れを組んでいる。祖先は龍に技を教わったとかなんとか。
たぶん、そのあたりはただの伝説だろう。
そのせいか『虚炉流』では全身の霊力の流れ──霊脈を龍と見立てる。
『龍を起こす』イメージで霊脈を活性化・強化する。
技はとにかく全身を武器にして、対象を攻撃するのがメインだ。
俺の『影縫い』もそれに合わせた技だけど、祖父は徹底的に否定したからなぁ。
型と違う、とか。伝統に反する、とか。
でも『削岩破』だってどうかと思う。
そりゃ確かに威力は高いけど、【クロヨウカミ】は全身眼球がびっしりだし。
殴ったときの感触は『ぐじゃり』だから。
正直、気持ちが悪い。
……やっぱり、こういう肉体労働は若いうちだけだな。
「今のうちに稼いで、20代半ばになったら頭脳労働に回してもらおう……!」
そんなことを考えながら、俺は残りの【クロヨウカミ】を蹴り飛ばす。
倒す必要はない。
衝撃を与えて、衛士さんたちの方へと追い込めばいいだけだ。
『グガァラ!?』『ギィア!』『ギィアアアアアア!』
倒れた【クロヨウカミ】は、衛士さんたちの方に転がっていく。
そこで待っているのは槍衾だ。
衛士さんたちは霊力を込めた槍を構えて──
「一気に貫け! 魔獣どもを殲滅しろ──っ!!」
「「「おおおおおおおおおっ!!」」」
ざぐん、ざぐん、と、【クロヨウカミ】を槍で貫いていく。
「た、助かる。これなら、なんとかなりそうだ」
「あれが『虚炉流』──杏樹さまの部下の力なのか」
「いや、邪道と言っていた。何者なんだ、あの少年は……」
衛士さんたちも、話すだけの余裕が出てきている。
後の【クロヨウカミ】は任せて大丈夫だろう。
俺の相手は大物──親玉の【クロヨウカミ】だ。
老後の安定した生活のためにも、さっさと片付けよう。
・魔獣解説
【クロヨウカミ】
触手と、無数の目を持つ狼型の魔獣。
正式名称は【黒妖狼】。
しかし【クロヨウオオカミ】という呼び名が妙に呼びにくかったことから、人々が【クロヨオウカミ】と呼ぶようになり、それが変化して現在の【クロヨウカミ】という名称が定着している。
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