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第47話「護衛、霊獣にごはんをあげる」

「さすが代官の屋敷の厨房だ。いい調理器具が揃ってる」


 俺は杏樹のご飯を作るために、屋敷の厨房(ちゅうぼう)に来ていた。

 ここは元々、副堂勇作(ふくどうゆうさく)が使っていた屋敷だ。

 だから屋敷そのものも広いわけだし、住人や使用人を含めた大勢の食事を料理するために、厨房も広くなっている。

 これなら、楽に料理ができそうだ。


桔梗(ききょう)に色々と教えてくださいませ。月潟(つきがた)さま」


 俺の隣には、割烹着(かっぽうぎ)姿の桔梗がいる。


 今回は彼女に、調理の補助をしてもらうことにした。

 桔梗は杏樹(あんじゅ)専属の小間使いだ。レシピを覚えてもらえば、杏樹はいつでも、俺が作るのと同じ料理が食べられる。


 その後、料理が普及すれば、州都の屋敷では必要な食材を買うようになる。

 州候が毎回買ってくれるなら、生産者はその食材の増産(ぞうさん)を始めるだろう。

 すると、俺も食材を手に入れやすくなる。


 元の世界風に言えば、ウィンウィンの関係になるんだ。


「今回の料理には、主に卵とご飯、それと牛酪(バター)を使います」


 牛酪(バター)は、新鮮なものが手に入った。

 次町にも数名の畜産農家(ちくさんのうか)がいたからだ。

 ついでに鶏肉(とりにく)も手に入った。これで俺の食べたい……いや、杏樹がよろこびそうな料理を作ろう。


「最初に作るのは料理に必要なソース……じゃなかった、タレです」

「どんなタレなのですか?」

「次町には試験的に蕃茄(トマト)を作ってるところがありました。これを使って、ちょっとコクのあるタレを作ってみます」


 これから作るのは、自家製のトマトケチャップだ。

 香辛料(こうしんりょう)が足りないから、正しくはトマトケチャップ (偽)だけど。

 これを使って、俺の好きな卵料理が、この世界の人の口に合うか試してみよう。


「作り方は、そんなに難しくありません」

「は、はい。月潟さま」

「まずは蕃茄(トマト)の皮をむいて、細切れにして、(なべ)に入れます。ヘタを取るのを忘れないようにしてくださいね」

「ヘタを取るのを忘れないように、ですね。はい。覚えました」

「次に、トマトを潰して、どろどろの液状にします」

「はい。承知しました」

「手順は簡単です。(なべ)にトマトを入れたら、風の精霊『(ハレ)』にお願いして、鍋の内部に竜巻を発生させます」

「なるほど。精霊の力で竜巻を……え?」

「そうすると、鍋の内壁にトマトがぶつかって潰れて、ペースト状……いえ、どろどろの液状になります。2体の『(ハレ)』にお願いして、竜巻同士を干渉させると、トマトが(つぶ)れるのが早いでしょう。トマトが液状になったらそれを裏ごしして……」

「お、お待ちください月潟さま!」

「どうしましたか、桔梗さん」

「どうしてここでいきなり精霊さんが出てくるのですか?」

「助手をお願いしたからです」


 ふよふよ、ふよ。


 俺と桔梗(ききょう)の前で、精霊たちが浮き上がる。

 水の精霊と風の精霊は、調理補助や洗い物を。光の精霊は手元を照らしてくれる。

 だから、お手伝いを頼んだんだ。


「料理に精霊を使うなんて聞いたことがありませんよ!?」

「すみません。男の料理って大雑把(おおざっぱ)で……」

「そういう問題なのでしょうか……?」


 桔梗が額を抑えている間に、精霊がトマトを液状にしてくれる。

 できあがったのはきれいなペースト状だ。


「はい。これでトマトがどろどろの液状になりました。裏ごししましょう」


 風の精霊『(ハレ)』は、空気の渦や断層を作り出せる。

 攻撃には使えないけど、トマトを細かく潰すくらいはできる。

 この世界にはミキサーがないからな。わざわざすりこぎで潰すのも面倒だし、精霊の力を借りた方が早いよな。


 使えるものは使う。やれるなら効率よく──というのは、忍びのモットーだ。

 ついでに言うと、俺の前世の仕事のやり方でもある。


 前世の俺は体力がなかったからな。

 仕事はできるだけ手早く、効率よくやる必要があったんだ。

 まぁ、それで仕事をさっさと終わらせたら、次の仕事を押しつけられてたんだけど……。


 でも、今世ではそんなこともない。

 杏樹は俺のペースも考えて、仕事を配分してくれるからだ。

 俺の上司が杏樹でよかった。


「あとは香辛料(こうしんりょう)を入れて煮詰(につ)めるだけです。俺はごはんを用意しますから、桔梗さんは鍋を見ていていただけますか?」

「……は、はい」


 香辛料は足りないけど……今回は、ケチャップっぽいものを作れればいいか。

 今回の事件が落ち着いたら、香辛料を買いに出掛けよう。


 ……そういえば錬州(れんしゅう)には、海があるんだったな。

 あの州には、異国の香辛料とかも入ってきてるんだろうか。

 錬州の上層部と関わるつもりはないけど、買い物に行くくらいならいいかな……。


 となると、街道が封鎖されたままというのは問題だ。

 流通も(とどこお)るし、物の価格も高くなる。

 錬州の衰亡はどうでもいいけど、食材が手に入らなくなるのは困るな。うん。


「ところで桔梗さん」

「はい。月潟さま」

「今さらですけど、乳製品(にゅうせいひん)鶏肉(とりにく)って、杏樹さまや桔梗さんのお口に合いますか?」

乾酪(チーズ)は食べたことがあります。杏樹さまのお父さまが異国(とつくに)のものを好んでいらしたので、お酒のつまみにされていたんです。ときどき、杏樹さまと桔梗も分けてもらっていました」

「美味しかったですか?」

「杏樹さまは、気に入られたみたいでした。桔梗も嫌いではありません。それと、鶏肉(とりにく)は普通に食べていますよ」

「承知しました」


 この世界の人は、微妙に食べてるものが違うからな。

 慣れない食材を使うときは気をつけないと。


 ケチャップ (偽)ができれば、後はそれほど難しくない。

 鶏肉(とりにく)牛酪(バター)(いた)めて、ご飯を混ぜて、ケチャップをかけて。

 愛用の片手鍋(かたてなべ)で卵を焼いて、少し固まったところでケチャップライスを入れて、片手鍋を叩いて、振って……と。



 とんとん、ととん。



「このように、卵で簡単にご飯を包むことができます」

「できませんよ!?」

「大丈夫です。これは精霊の力を使っていませんから」

「……実は『虚炉流(うつろりゅう)』の技だったりするのでしょう?」


 なぜかほっぺたをふくらませてる桔梗。


「月潟さまは、変なところでいじわるなんですから……」

「違います。本当に、普通にできることです。できなかったら精霊さんにお願いしてください」


 ふよふよ。


 呼ばれたと思ったのか、精霊『晴』が俺のところにやってくる。

 片手鍋を指さすと、俺の意を察して、風の力で卵をくるくるとひっくり返してくれる。器用だ。


「ほらね」

「……月潟さまは(はか)()れないお方です」

「小器用なだけですよ」


 前世の俺にとって、卵料理は重要だった。

 卵は栄養豊富で、完全食とも言われる。消化もいい。

 身体が弱かった俺にとっては、重要な食材だったんだ。


 料理に凝りすぎたせいで、前世では身体は弱いのに、舌だけは肥えてたような気がするけど。

 それで杏樹たちを喜ばせることができるんだから、問題ないな。


「できました。これがオムライス (仮)です」

「……きれいなお料理ですね」


 完成したのは自作のケチャップ (仮)で作った、オムライスだ。

 ケチャップは香辛料が足りないけど、卵と鶏肉は新鮮なものを使ってる。

 形も、悪くない。

 とろとろの卵が、ほかほかのケチャップライスを包み込んでる。


 うまくいってよかった。

 前世では結構作ったからな。オムライス。


「これが……異国風のお料理ですか」


 皿に()ったオムライス (仮)を前に、桔梗は目を見張ってる。

 でも正直なところ、これはまだ未完成品だ。

 ケチャップは完全にペースト状になっていないし、香辛料も足りてない。

 友人に食べてもらうのはいいけれど、金を取って食べさせるのはどうかな……。


 老後は小粋(こいき)な小料理屋をやる予定だけど、まだ遠いな。

 和食のみに特化すれば食材も手に入りやすいけど、それだとこの世界の料理人との勝負になる。

 長年、技術を磨いてきた料理人たちに、俺の素人料理が立ち向かえるとも思えない。

 ……なかなか難しいな。


「それでは、試食をお願いできますか。桔梗さん」

「よ、よろしいのですか? あこがれの異国料理を、桔梗なんかが……」

「杏樹さまはまだ会議中のようですから」


 時間的に見て、もう少しで終わりそうではある。

 けど、熱々を食べて欲しいからな。

 これは桔梗の分にして、杏樹の分は次に作ろう。

 それに……。


「杏樹さまの舌に合うかどうか、確認しておく必要もあります。桔梗さんなら、これが杏樹さまの好みの味かどうかわかりますよね。だから、食べてみてください」

「しょ、承知(しょうち)いたしました。それでは……」


 桔梗が(さじ)を手に取った。

 そうして、彼女がオムライスをすくい取ろうとしたとき──



『きゅきゅ』



 厨房(ちゅうぼう)の床の方から、声がした。


「『四尾霊狐(しびれいこ)』さま?」

「え? 霊獣(れいじゅう)さまですか?」

『きゅきゅーっ!』


 ──楽しそうなことしてる? おいしそうなもの食べようとしてる?


 って感じで、『四尾霊狐』は俺と桔梗を見上げてる。

 それを見た俺と桔梗は顔を見合わせて、


「食べますか?」

「どうぞ、お先に」

『きゅうぅっ!』


 とりあえず『四尾霊狐(しびれいこ)』を優先することにしたのだった。

 相手は4文字の霊獣だからね。

 それに『四尾霊狐』は杏樹のためにがんばってくれてる。俺や杏樹に力を貸してくれたり、杏樹と合体して山の浄化を手伝ってくれたり、大活躍だ。

 その分、ねぎらっておかないと。


「で、では桔梗が『四尾霊狐』さまを抱っこさせていただきます。その間に月潟さまが……あらら」

『……きゅきゅ』


 しゅるり、と、『四尾霊狐』が桔梗の手をすり抜けた。

 4本の尻尾を揺らして、俺の(あし)に身体をこすりつける。


「俺に抱っこして欲しいのか?」

『きゅう!』


 そういうことらしい。


「よいしょ」


 俺は、子猫サイズの『四尾霊狐』を抱き上げた。

 もふもふの毛並みと、尻尾の感触が気持ちいい。


 そういえば……前世では俺は猫を飼いたかったんだよなぁ。

 猫の毛のアレルギーがあるせいで、駄目だったけど。

 それに、自分が生きていくので精一杯だったから、ペットの面倒を見る自信がなかった。

 だからこうして『四尾霊狐』を抱き上げてると……なんだか、うれしくなる。


「試食するのはいいけど、『オムライス』を食べるのは初めてだろ? 口に合わないかもしれないぞ」

『きゅきゅぅ』

「えっと。『新しい時代の霊獣(れいじゅう)を目指してるから問題ない?』……そうなの?」

「月潟さまは『四尾霊狐』さまのお言葉がわかるのですか?」

「なんとなくです。杏樹さまのようにはいきませんよ」

「通じ合っていらっしゃいますよ。『四尾霊狐』さま、うなずいてらっしゃいますから」

「でも『新しい時代の霊獣』ってなんでしょうね?」

「想像もつきませんね」

「杏樹さまにうかがってきましょうか」

「そうですね。『四尾霊狐』さまに失礼があってはいけませんから」


 俺と桔梗が話をしていると──


『────きゅきゅっ!!』


『四尾霊狐』が歯をむき出して、尻尾を振り上げた。

『早く食べさせて』と言ってるような気がする。

 たぶん、間違ってないと思う。オムライスの皿の方に脚を伸ばしてるから。


「では、召し上がってくださいませ」

『きゅう……』

「……月潟さま」

「どうしましたか。桔梗さま」

「このお料理、見た目がきれいすぎて、卵を(くず)すのが怖いのですが……」

「また作りますから気にしないでください」

「は、はいぃ」


 すぅ、と、桔梗が卵に(さじ)を入れる。

 半熟にしていた卵が流れ出し、その下のケチャップライスと絡まる。

 それをすくい上げ、桔梗は『四尾霊狐』に差し出す。


『きゅぅ!』


 ぱくり、と、匙をくわえた『四尾霊狐』は──


『────!!』


 あ、よろこんでる。

 俺の腕の中で尻尾をぶんぶんと振っているし、赤い目はきらきらと輝いてる。

 気に入ったみたいだ。


「口に合ったようです」

「ふふっ。そうですね。それに……」


 桔梗はうれしそうに頬を押さえた。

 それからまた、『四尾霊狐』の口元に(さじ)を差し出す。


「まるで小さな子にご飯を食べさせているみたいで、楽しいです」

「そうなんですか?」

「はい。桔梗(ききょう)孤児(こじ)でしたから……いつか家庭を持って、子育てをするのが夢なんです」


 そういえば桔梗は、杖也老(じょうやろう)の養女なんだっけ。

 それで家族への憧れがあるんだろう。


「なんだか、どきどきしてきました。『四尾霊狐』さんって生まれたてで、まだ赤ちゃんみたいなものなんですよね……」


 あれ?

 桔梗の鼻息が、少し荒くなってきたみたいだけど……。


「た、確か異国(とつくに)では、お父さんのことを『パパ』、お母さんのことを『ママ』と呼ぶんですよね。ということは『四尾霊狐』さまは、月潟さまパパに抱っこされていて、桔梗ママにご飯を食べさせてもらっているわけです」

「あの……桔梗さん?」

「よかったですねー。『四尾霊狐』さま。パパに抱っこされてますよ。じゃあ、桔梗ママがご飯をあげますね。『おむらいす』をふーふーして差し上げますから、あーんしてくださいませ……」

「桔梗さん? 表情がとろけてきてますけど……あの」

「ご飯が終わったら、ママとパパと一緒にお昼寝をしましょう。3人で川の字になって眠れば、きっといい夢を……」



「……桔梗。なにをしているのですか?」



「「……あ」」


 気づくと、厨房(ちゅうぼう)の入り口に杏樹が立っていた。

 会議が終わったらしい。


「えっと……『四尾霊狐(しびれいこ)』さまに、試食をお願いしていました」

「月潟さまのおっしゃる通りです」

「新たな料理ですから、まずは霊獣さまにお供えするべきだと思いまして」

「月潟さまのおっしゃる通りです」

「ちょうどいい(テーブル)がなかったもので、それで俺が『四尾霊狐』さまを──」

「つ、月潟さまのおっしゃる通りです!」

『きゅきゅっ!』

「そうだったのですね」


 杏樹は笑顔で、ぽん、と手を叩いた。

 それから──


「ところで『四尾霊狐』さまがおっしゃっている『月潟パパ』と『桔梗ママ』とは、どういう意味なのでしょうか?」


 ──杏樹は不思議そうな顔で、首をかしげたのだった。

 あと、『オムライス』はとても好評だった。




 それから、俺たちは3人で、『四尾霊狐』にオムライスを食べさせた。

 満足した『四尾霊狐』は、丸くなって眠ってしまった。


 それを確認してから、俺は杏樹と桔梗の分を作りはじめた。

 俺の分は桔梗に、試しに作ってもらった。


 ちょっと形は悪かったけど、味は良かった。

 俺がそう言うと、桔梗は照れた顔で、よろこんでくれた。

 杏樹は『これが桔梗ママですか』なんて言って、複雑な顔をしてたけど。

 とりあえず、この世界でもオムライスが作れることはわかった。杏樹たちの口に合うことも確認できた。試作は大成功だ。


 でも……杏樹たちはよろこんでくれるけど、他の人はどうだろう。

 できれば色々な人に食べてもらって、意見を聞いてみたいんだけど。

 そんな機会があればいいな。


「……零さまと桔梗がいらっしゃるので、会議の結果をお伝えします」


 そんなことを考えながら自分のオムライスを食べていると、杏樹が言った。


「紫州は……錬州の提案を受け入れることになりました。杖也老(じょうやろう)も、次町(つぐまち)の方々も、その方がいいと言っていましたからね。それに、州境の向こうとはいえ、山の汚染を放置するわけには参りません。それが、わたくしの結論です」

「賢明なご判断だと思います」

「ありがとうございます。零さま」

「ところで、卵と牛酪(バター)が余っています。おやつに『プレーンオムレツ』を作れますが、お腹に余裕はありますか?」

「……零さま?」

「杏樹さま、がんばりましたから。おやつです」

「…………主君をあまり甘やかすものではありませんよ?」


 杏樹は困ったような顔をして、笑った。


 杏樹、がんばったもんな。

 本当は錬州(れんしゅう)なんかと関わりたくないだろうに。

 自分の感情よりも、民の安全を優先したんだ。それが州候代理としての責任なんだろうけど、偉いな。

 護衛としては、ごほうびを用意するべきだろう。


「お腹には、十分余裕はございます。ぜひ、いただきたく存じます」

『きゅきゅぅ!』


 杏樹の膝の上で『四尾霊狐』が起き上がる。

 俺の声が聞こえてたらしい。


「では、用意しますね。ふたつですか? みっつですか?」

「……月潟(つきがた)さま。その質問はいじわるですよぉ」

「みっつですね」


 杏樹と『四尾霊狐(しびれいこ)』と桔梗……いや、茜の分もあるから、4つかな。

 茜は今回、連絡役の仕事をしてくれたからな。

 彼女にも報酬が必要だろう。


「……でも、錬州と一時的に、手を組むことになったわけか」


 俺は杏樹たちに聞こえないように、つぶやいた。


 これから錬州の末姫の護衛のうち数人が、錬州に向かうことになる。

 近衛である『柏木隊』の人たちが、紫州の使者として同行する予定だ。


 紫州側の山は完全に浄化されているから、魔獣に襲われる心配はない。

 問題は錬州に入ってからだ。

 向こうでも州境を護る兵士くらいはいるだろう。その連中と強力すれば、街道を突破するくらいはできるはず。その後、錬州で書状を渡して、錬州候の返事待ち。

 同意が得られれば、杏樹は州境を超えて、錬州の山を浄化する──という流れになる。


 すぐに浄化してもいいけれど、それだと、ただ働きすることにもなりかねない。


『錬州候の正式な依頼を受けて、報酬を約束された上で、山を浄化するという流れにするべき。その事実は、紫州の名を高める。ひいては今後の州候同士の付き合いにも影響する』というのが、杖也老や文官たちの意見だ。

 俺も異論はない。


「杏樹さま」

「はい。零さま」

「会議の結果には賛成します。ただ、万が一のために、第2案を考えておくのはどうでしょうか?」


 俺は錬州候(れんしゅうこう)と、錬州(れんしゅう)嫡子(ちゃくし)を信用していない。

 彼らの考えに沿って動いた場合、足をすくわれることもあるだろう。

 だから、こっちで独自に動けるような作戦を考えておくべきだと思うんだ。


「錬州の提案は『山の浄化を手伝って欲しい。そのためなら、領地を割譲(かつじょう)しても構わない』ですよね」

「はい。そのようになっております」

「だったら──」


 それから、俺と杏樹は、今後の作戦について話をした。

狼牢山(ろうろうさん)』は浄化したけれど、敵はまだどこかにいるかもしれない。

 錬州から使者が戻ってくるのを待っていたら、対応が遅くなる。

 それに、また【禍神(かしん)】なんかが出てきたら大変だ。

 そうならないように──そして、錬州の思惑に乗らないためにはどうすればいいか──


 そんなことを話しながら、俺はプレーンオムレツを作り続けた。

 気づいたら、5つできあがってた。


「……とまぁ、俺はこんなことを考えているわけですが」

「よいお考えだと思います」


 俺が口にした作戦に、杏樹は同意してくれた。


「あとで(じぃ)──杖也老や柏木さまと話をしてみます。錬州の使者には『柏木隊』が同行することになりますから、彼らにも話をしておいた方がいいでしょう」

「ありがとうございます」


 答えながら、俺は『プレーンオムレツ』を皿に載せていく。

 杏樹と『四尾霊狐(しびれいこ)』、桔梗(ききょう)(あかね)の分はいいとして……ひとつ余るな。

 俺が食べてもいいんだけど……。


「零さま。提案してもよろしいですか?」

「どうぞ。杏樹さま」

蒼錬真名香(そうれんまなか)さまが、会議の結果を聞くために、この宿舎にいらしております。お茶請(ちゃう)けとして差し上げるのはいかがでしょうか」


 (おだ)やかな声で、杏樹は言った。

 俺の心配そうな視線に気づいたのか、杏樹は、


「……錬州候(れんしゅうこう)や、そのご嫡子(ちゃくし)に対して、思うところはあります」


 杏樹は目を伏せて、そんなことを言った。


「けれどそれを、末姫である蒼錬真名香(そうれんまなか)さまに向けるつもりはありません。あの方は魔物のいる街道を越えて、紫州(ししゅう)にいらしたのです。その勇気には、敬意を持つべきだと考えております」

「……杏樹さま」

「それに、零さまのことですから、他州の方にも『ぷれぇんおむれつ』の感想をうかがいたいのではないかと思いまして」

「見抜かれてましたか」

「わたくしは将来、零さまがお料理屋を開かれるときには、お手伝いをするつもりでおりますから」


 ふふ、と、優しく笑う杏樹。

 本当に、杏樹には(かな)わないな。さすが俺の主君だ。


「承知しました。では『紫州候代理のおすすめ』ということで、お茶請(ちゃう)けに出すことにします」

「お願いいたします」


 そうして、俺の『プレーンオムレツ (やや甘め)』は、錬州の末姫のお茶請けになることが決まったのだった。

 次回、第48話は、明日か明後日くらいに更新する予定です。




 いつも『最強の護衛』をお読みいただき、ありがとうございます。


 書籍版の発売日が決定しました!

 12月15日頃、GAノベルさまから発売になります。


 イラストは、kodamazon先生に担当していただくことになりました。

 キャラクターデザインも公開中です。

『活動報告』で公開しています。ぜひ、アクセスしてみてください。


 それでは今後とも『最強の護衛』を、よろしくお願いします!


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書籍版「追放された最強の護衛忍者は、巫女姫の加護で安定した第二の人生を送ります」の2巻は、2023年4月14日発売です!

【画像をクリックすると書籍情報のページに移動します】

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