第42話「護衛、夜の山を駆ける」
それから俺は、残り2つの社の浄化に向かった。
途中、遭遇した魔獣は【クロヨウカミ】1体だけ。
それはすぐに倒せた。
魔獣化した天狗──【アオヤミテンコウ】は見当たらなかった。
「となると、【アオヤミテンコウ】は次町の街道にいた奴と、錬州の末姫を襲った奴ですべてだったのかもしれませんね」
『あり得るお話です』
精霊経由で、杏樹の答えが返ってくる。
『あるいは【アオヤミテンコウ】が、魔獣使いに操られていた可能性もあります』
「昼間の襲撃のときは魔獣使いが近くにいた。でも、今はいない。だから【アオヤミテンコウ】は現れない……ということですか」
『推測です。社の破壊は魔獣ではなく、人の手によってなされたものですから』
「社を壊した犯人が、魔獣使いかもしれないわけですね」
『はい。正直……魔獣使いは苦手なのですけど』
「わかります」
杏樹の気持ちはわかる。
俺も魔獣使いは嫌いだ。
5年前に紫州候──杏樹の父君が襲われたとき、護衛についてた俺の父さんが死んだからだ。襲撃者は魔獣使いと流れ者の剣士だった。敵は全員倒されて、降伏したけれど……ひとりが隠し持っていた武器で、背後から父さんを刺したんだ。
あのときの魔獣使いは全員捕らえられ、紫州候の命令で処断された。
それは俺も知ってる。
それでも、魔獣使いが嫌いなのは変わらないけれど。
「だけど……5年前に出会った魔獣使いは、すぐ側で魔獣を操ってたな」
なのに、今回は魔獣使いの姿が見えない。
街道で次町の兵士たちが襲われていたときにも、錬州の末姫の襲撃現場にも、いなかった。
事件に魔獣使いが関わっているとしたら、奴らは離れた場所から魔獣を操っていることになるのだけど……。
「そんな術があるんですか? 杏樹さま」
『今「九尾紫炎陽狐』さまの記憶を検索しております』
杏樹は言った。
『四尾霊狐』と合体した杏樹は、最強の霊獣『九尾紫炎陽狐』の記憶と知識を見ることができる。
『九尾紫炎陽狐』は数百年間、紫州を守ってきた霊獣だ。術や魔獣にも詳しい。
魔獣を操る術のことも知ってるかもしれない。
『そうですね。いくつか、引っかかるものはあるのですが……』
「手がかりが足りないですか?」
『……申し訳ありません』
「杏樹さまが謝る必要はありませんよ。それじゃ、第3の社に向かいます」
第2の社には手がかりがなかった。
最初の社と同じように、魔獣の血が撒かれた社に『魔獣核』が供えられ、浄化の泉が埋められていただけだ。
それらはすべて、俺と杏樹で浄化した。
でも、犯人の手がかりはみつからなかった。
3つ目の社は、州境に近い場所にある。
州境──つまり、紫州の町から遠く、錬州の町からも遠い。
もっともたどり着きにくい場所だ。
「犯人が拠点にするとしたら、その近辺かもしれません」
『でも、零さま』
「どうされましたか、杏樹さま」
『零さまは今日のうちに、犯人を捕らえるおつもりなのですか?』
「できれば……そうですね。事件を長引かせて、錬州の思惑に乗りたくはないですから」
数日後には杏樹と、錬州の末姫との会談が行われる。
その席で、錬州の末姫は知っていることを教えてくれるだろう。
もしかしたら紫州と錬州で、合同調査が行われることになるかもしれない。
でも、それでは、錬州の思惑に乗ることになる。
あの州は信用できない。
錬州の思惑に乗って『紫州乗っ取り』を企んだ副堂親子は破滅してるわけだし。向こうの思い通りにするのは危険だと思うんだ。
だから、錬州の末姫から話を聞く前に、できることはやっておきたい。
「無理はしません。相手が多数だったら逃げますよ。俺の戦い方は不意打ちとトラップ──じゃなかった、罠を張ったりするものですからね。一騎当千をしようとしたり、『やーやー我こそはー』と叫びながら切り込んだりしません」
『ふふっ。零さまならそうでしょうね』
杏樹の優しい声。
それから、杏樹は真面目な口調で、
「私は……側で、零さまをお助けできないのがつらいです」
「気にしないでください。杏樹さまは十分、助けてくださってますよ」
『はい。代わりに、わたくしは全力で零さまの補助をいたします。精霊たちの視覚と聴覚を借りて、周囲の分析を続けます。零さまは、どうか、お気をつけください』
「わかりました」
そうして俺は速度を上げて、最後の社に向かったのだった。
数分後、俺と精霊たちは第3の『邪気払いの社』にたどりついた。
地面が湿っていた。
3番目の社にある泉は、かなり水量が多かったらしい。岩で塞がれてはいるけれど、わずかに水が漏れ出ている。地面が湿っているのはそのせいだ。水は社の前まで流れ出て、そこで地面に吸い込まれている。
「……ふむ」
『どうされましたか? 零さま』
「いえ、犯人の足跡が残ってないかと思って」
『難しいと思います。先の2つの社でも、足跡は見つからなかったのでしょう?』
「きっちりと、足跡は消されてましたからね」
足跡を消す方法はいくつかある。
俺のように空を飛ぶやり方もあるし、地面をホウキのようなもので掃いてもいい。そもそも山の中は気候が変わりやすいから、足跡は残りにくい。
だけど、ここまで地面が湿ってるなら──なにかあるかもしれない。
「少し、調べてみます」
俺は目を閉じて、精神を集中する。
さっきやったように、足に霊力を集中。それを地面に流し込むようにする。
それから──
「『虚炉流・邪道』──『地面を歩く』」
俺は地面に向かって、霊力を流し始める。
『邪道・壁を歩く』と同じだ。
霊力を循環させることで、足下の地面を、擬似的に自分の一部にする。
『壁を歩く』は樹や壁に霊力を循環させることで、そこに吸い付くことができる。
『地面を歩く』はその応用。自己流の技だ。
壁に吸い付くのではなく──ただ、地面に霊力を循環させる。
自分の一部──皮膚のようにして、感覚を研ぎ澄ます。
人間の皮膚感覚は、意外と敏感だ。
肌に羽虫が留まっていればすぐに気づくし、靴の中に砂粒が入っていればわかる。
それを、地面に適用する。
地面に生えている草。でこぼこ──足跡のようなものがないか、探っていく。
効果範囲はそれほど広くない。
俺を中心として、せいぜい半径5尺──1.5メートルくらいだ。
でも、その状態で歩き回れば、周辺の地面の変化を探ることができる。
もしも誰かの足跡が残っていれば、わかるはずで──
『あの……零さま』
「どうされましたか。杏樹さま」
『……なんだかとても、くすぐったいのです』
「そうなんですか?」
『は、はい。裸で外を歩いて……風に肌をなでられているような感じがします。こ、これは……なんでしょうか』
「それは杏樹さまが、俺と霊的に繋がってるからですね……すみません」
俺と杏樹は『四尾霊狐』を通して、繋がってる。
杏樹が覚醒状態だと、繋がりはさらに強くなる。
だから、俺が技を使うと、杏樹にその感覚が伝わってしまうらしい。
でもまぁ、これは仕方ない。
杏樹には我慢してもらうとして、俺は感覚を研ぎ澄ます。
周囲、半径1.5メートルの地面を自分の皮膚と見立てて、表面を──前世の世界風に言えば『スキャン』していく。すると──
「……見つけました」
『は、ひゃい……は、犯人の手がかりですか?』
「はい。地面に、数人分の足跡があります」
『灯』の精霊の光を地面に向けると、そこには誰かが歩いた跡があった。
社は邪気を噴き出していた。村の者は近づけなかった。
この足跡は、社に術を仕掛けた犯人のものだろう。
「足跡はまだ新しいです。追いかければ、犯人の手がかりがわかるかもしれません」
『気をつけてください。相手は、邪気に覆われた社に近づけるほどの術者です。どんな力を持っているかわかりません』
「相手が危険な連中だったら、場所だけ特定して帰りますよ」
杏樹が心配する気配が伝わってくる。
「無理しないで」「安全第一に」「できるなら、一緒に」
──杏樹は必死に、そんな想いを伝えてくれる。
たぶん……こんな主君はこの世界で杏樹だけだ。
だから俺は杏樹のために、できるだけのことをしてあげたいと思うんだ。
「無茶はしません。それより杏樹さま」
「は、はい」
「杏樹さまは明日、州都を出発する身です。今日は早めに休んでください」
社の浄化は終わった。
この後は犯人捜しだ。俺と精霊たちでなんとかなる。
杏樹は旅の前日だから、そろそろ休んで欲しいんだけど──
『いいえ。最後まで見届けます』
杏樹は言った。
『零さまが向き合っているものに、わたくしも向き合いたいのです。眠ってなどいられません』
「わかりました。では、追跡に向かいます」
早めに済ませよう。
杏樹が、明日、健康な状態で出発できるように。
主君の健康を守るのも、護衛の務めだからな。
そんなことを考えながら、俺は足跡をたどりはじめたのだった。
いつも『最強の護衛』をお読みいただき、ありがとうございます。
次回、第43話は、明日か明後日くらいに更新する予定です。
書籍化の作業も進んでいます。
零や杏樹、四尾霊狐のキャラクターデザインもいただいています。
詳しい情報をお知らせできる時期になったら、こちらで公開する予定ですので、ご期待ください。