第37話「護衛、山の調査に向かう」
今日は2話、更新しています。
本日はじめてお越しの方は、第36話からお読みください。
「大田黒と申します。よろしくお願いいたします」
兵士の男性は言った。
少し、高い声の人だった。
黒髪で背が高い。優しい雰囲気の人だ。
背中には弓を背負っている。さっき【アオヤミテンコウ】に止めを刺した弓だろう。
あの破魔矢はいい一撃だった。
「自分は子どもの頃から次町に住んでいたのでございます。普段は狩りを趣味としております。ですが、最近の『狼牢山』のことは、わかりません」
大田黒さんは悔しそうに、頭を振った。
ため息をついて、腰の袋から紙を取り出す。
「これは地図です。この場所が『狼牢山』です」
「紫州と錬州の間にあるんですね」
「山頂が州境となっております。標高の低い数カ所に、錬州に通じる街道がございます。魔獣よけの社があるのは、このあたりです」
大田黒さんが3カ所を指し示した。
どれも、街道に近い場所だった。
「霊力の異常は、街道にも影響をおよぼしております」
「目まいや吐き気が起きるんですよね?」
「そうです。強さは、その日によって異なります。歩けないほどのこともあれば、わずかな目まいで済むこともあると聞いてございます。それと……」
太田黒さんはふと気づいたように、
「そういえば……副堂どのが追放される直前、錬州の嫡子が街道を通り、自州に戻っていたと聞いてございます。あの頃は、まだ影響はなかったのかもしれませんな」
錬州の嫡子か。
確か、その人と副堂沙緒里の縁談が進んでいたんだっけ。
今回の件にも関係してるんだろうか。
錬州の嫡子のことは、州候の屋敷の者たちが知っていた。
副堂親子を訪ねてきた男性──名前は、蒼錬将呉。
あとは護衛の兵士と、側近っぽい女性が一緒にいたらしい。
「太田黒さんは、錬州の嫡子に会ったことはありますか?」
「いえ、その頃の自分は投獄されておりましたから」
「投獄?」
「副堂勇作どののやり方が腹に据えかねたので、屋敷の門前で怒鳴りつけたのです。『我らの山を返せ』『私物化するんじゃねぇ』『ふざけんなこらぁっ!』って」
穏やかな表情で告げる太田黒さん。
……すごいことするなぁ。
大田黒さん、見た目は女の人みたいで、優しそうなのに。
ブチ切れて副堂勇作のところに怒鳴り込んだのか……。
この世界は封建制で、上の人間の権力がめちゃくちゃ強いのに。
「つい、我を忘れてしまいました。お恥ずかしい話です」
大田黒さんは恥ずかしそうに、頭を掻いた。
「妻にも、よく怒られているのでございます。『ちゃんと考えてから口を開きなさい』と。まったく、妻には頭が上がりません」
「……奥さんがいらっしゃるんですね」
「はい。自分が投獄されている間は、毎日様子を見にきてくれました。妻は次町で役所の仕事をしておりましたからな。比井沢さんにお願いして、こっそりと。それで自分は数日間、投獄されていたのですが……比井沢さまの取りなしで処分を緩めていただき、謹慎していたのでございます」
「そうだったんですか」
「本当は、もっと副堂どのに抗議したかったのですが」
大田黒さんは腕組みして、うなずきながら、
「それで、錬州の使節についての話ですが……私も妻も、比井沢さまも……とにかく、ここにいる者はみんな、副堂さまの元では息を潜めておりました。ですから彼らの姿は見ていないのです。お役に立てずに申し訳ございません」
「気にしないでください」
俺は言った。
「でも、副堂勇作を怒鳴るなんて。どうしてそこまで……」
「自分は代々、狩人の家系なのです」
大田黒さんは胸を張った。
「亡き父が弓の腕を買われて州候さま……紫堂暦一さまに、兵の隊長に取り立てていただいたのです。その後は山の整備や魔獣退治の役目をしておりました。社の維持管理も、自分たちの役目でした。ですから、自分にとって山は大切な場所なのです」
「……なるほど」
この人は信頼できそうだ。
代官さんも兵士さんたちも、ここにいる人たちは副堂親子から、いい扱いを受けていなかったみたいだ。それなら、副堂親子の息はかかっていない。
杏樹のいい味方になってくれるだろう。
俺は山に入って、異常の原因を突き止めればいいな。
それから杏樹と『精霊通信』で話して、対処法を考える。
兵士さんたちで対処可能なら、やり方だけ教えて、あとは任せればいい。
杏樹の手が必要なら来てもらうか……精霊を通して対応できないか試してみよう。
杏樹の仕事は、できるだけ減らすようにしたい。
彼女は働き者で、責任感も強いからな。
仕事があると、つい根を詰めてしまう。それはよくない。
杏樹が働いてるのに、俺がのんびり休んでいるわけにはいかないからだ。
できるだけ無難に仕事をしたい俺としては、杏樹にも休んで欲しい。
そのためには、杏樹の仕事を減らすのが一番てっとり早いんだ。
だから、さっさと次町の問題を解決したい。
政治や統治については、執事の橘杖也さん、杏樹の母方の家族がサポートできるけど、霊力や霊獣、術や呪詛に関することは杏樹メインで対応することになるからな。
彼女が家にいるまま解決できるように、俺が調べをつけておこう。
「俺は明日の夜明けと共に、『狼牢山』の調査に向かいます」
すでに、もう午後の遅い時間だ。
今から山に入るのは危険が大きい。
「泊まる場所を貸してください。弟子の茜と、御者の人にはいい宿を。俺は……寝る場所があればそれでいいです」
そうして、俺は調査の準備をはじめたのだった。
翌日。
俺は夜明け前に動き出した。
まずは顔を洗って、濡れた水で身体を拭いた。
身を清めるのは、山に施された術に引っかかりにくくするためだ。
血の跡や、傷に反応する術もあるからな。
術や結界の中に入る前には、身体のチェックをしておいた方がいいんだ。
「あれが『狼牢山』か」
宿舎の庭から北を見ると、山が見えた。
うっすらと朝靄が掛かっている。
それほど標高は高くない。道がわかっていれば、1日足らずで山頂まで行けるらしい。
「精霊たちは、ついてくるのは無理かな?」
俺は精霊たちに訊ねた。
昨日も同じことを聞いた。
あの山は、精霊たちも嫌な感じがするようで──
──ざわざわします。
──ぶるぶるします。
──むむむ、むむむむ、なのです。
返ってきたのは、そんな反応だった。
光の球体の『灯』も、しゃぼん玉のような『泡』も、羽のような形をした『晴』も、硬直したようになってる。
よっぽど嫌な気配がするらしい。
「お前はどうだ? 『緋羽根』」
『クルルゥーン』
霊鳥『緋羽根』は俺の顔に翼をこすりつけた。
大丈夫そうだ。さすが3文字の霊鳥。
「……師匠」
振り返ると、茜が宿の前に立っていた。
普段着で、腰には太刀を差している。
いつでも出掛けられる姿だ。
「やっぱり、あたしがついていくのは駄目ですか」
「危ないからね」
「……むぅ」
「茜には、連絡役をお願いしただろ」
俺が言うと、精霊たちが茜の近くに移動する。
彼女を囲んで『だめだめ』『あぶない』と言ってるみたいだ。
「茜は町で待っていてくれ。なにかあったら精霊たちに合図をして。そうすると『灯』がすごい光を放って、『晴』が巨大な破裂音を鳴らすようになってる」
「わかったです……」
「連絡係も大事な役目だ。なにかあったらためらわずに、俺を呼ぶように」
「はい。師匠」
「頼んだ」
俺は茜に手を振って、宿を出た。
霊鳥『緋羽根』を肩に乗せたまま、町の門へ向かう。
所持品を確認。地図はある。食料もある。水もある。
太刀は背中に。魔獣に使った棒手裏剣も回収済み。予備の短刀も装備済み。
体力と霊力も問題なし。健康ってすばらしい。
でも、この『健康』がいつまで続くかわからないからな。
転生して16年経つけど、俺もまだ、自分の健康に慣れてない。
だから健康なうちに、できることを無理せずにやっていこう。
そんなことを考えながら、俺は山に向かったのだけど──
「お待ち申し上げておりました。月潟どの」
町の門の前で、兵士たちが待っていた。
数は3人。
中央にいるのは、弓を背負った大田黒さんだ。
「自分は山道を案内できます。行けるところまでお付き合いしたく思います。どうか、ご同行を許可してください!」
「「お願いいたします!!」」
「あ、はい。よろしく」
反射的に、俺はうなずいていた。
茜は旅の疲れが残っているけど、この人たちは地元民だからか、元気そうだ。
これなら、一緒に行っても大丈夫だろう。
普段の山を知っている人なら、山の異常を知るのに役に立つはずだ。
「でも、お仕事はいいんですか?」
「自分には、代官どのに山の維持管理を任されております。『狼牢山』の異常を確認するのも、お役目のうちです」
「わかりました。では、道案内をお願いします」
「承知しました!!」
「「全力でご案内いたします!!」」
そうして俺は兵士さんたちと共に、山に入ったのだった。
いつも「護衛さん」をお読みいただき、ありがとうございます!
次のお話は明日か明後日くらいに更新する予定です。




