第36話「護衛、『狼牢山』の異常事態を知る」
──零視点──
「……なんとか倒せたか」
意外と時間を取ってしまったけど、しょうがないよな。
【アオヤミテンコウ】と戦うのは初めてだったんだ。しかも飛べる相手との戦闘だもんな。
模索しながら戦ってたから、瞬殺というわけにはいかなかったんだ。
魔獣を倒したあと、俺は街道にいた兵士たちと合流した。
兵士の中には、次町の代官もいた。
彼らは杏樹の使者が来る前に、街道の調査をしようと考えたらしい。
そして【クロヨウカミ】の討伐は済ませたけれど、今度は【アオヤミテンコウ】が出現した。
奴らと戦っているところに、俺がやってきたらしい。
「……本当に……危ないところをありがとうございました」
次町の代官──比井沢さんは、俺に向かって頭を下げた。
「我々は空飛ぶ魔獣への対策をしていませんでした。破魔矢で手傷を与えることはできたのですが……あのままでは力及ばず、次町に魔獣の侵攻を許していたでしょう。本当に……ありがとうございました」
「「「ありがとうございました!!」」」
比井沢さんに続いて、兵士の人たちも一斉に礼をした。
『クルル』
「も、もちろん。霊鳥さまにも感謝しておりますとも!!」
俺の肩に乗った霊鳥『緋羽根』にも頭を下げる代官さん。
……正直、やりにくい。
今の俺は杏樹の代理人だから、仕方ないんだけど。
「……師匠の戦いが……見られなかったのは残念なのです」
俺の後ろで、茜がつぶやいた。
茜の馬車とは、とっくに合流してる。
彼女のところには精霊を残しておいたからだ。
精霊たちは、ふるふる震えて、戦闘終了を知らせてくれたんだ。
「兵士の人たちは、師匠が木の幹に足をつけて、真横に立って──空飛ぶ天狗と斬り合ったと言ってるです。あたしも……見たかったのです」
「邪道『壁を歩く』だね。いつでも見せてあげるよ」
あれは対象に霊力を循環させて、自分の一部にする技の応用だ。
木に霊力を循環させることで、自分の一部にしてる。
立ったり踏ん張ったり、走ったりできるんだ。
これは『影縫い』と同じく、自己流で編み出した技だ。
前世の忍者でいたからな。普通に壁を歩いてる奴が。
同じことができるんじゃないかと思って、がんばって修業した。
できるまでに半年くらいかかったはずだ。
でも、やり方がわかった今なら、効率よく教えられると思うんだ。
「いつか茜もできるようになるよ」
「え、ええええええっ!?」
「大丈夫。任せて。そのうち俺がやり方をマニュアル化……いや、練習用の教本を作るから」
「…………は、はいです」
茜はびっくりしたような顔で、うなずいた。
それから俺は代官たちの方を向いて、
「改めて自己紹介します。俺は月潟零。紫州候代理の任についていらっしゃる紫堂杏樹さまの護衛です。今は、次町の調査任務をうけたまわっております」
「次町の代官、比井沢と申します」
代官の比井沢さんはそう言って、俺に向かって、深々と頭を下げた。
「今回の件につきまして……いえ、次町の事情につきまして、月潟さまにはすべてをお伝えいたします。我々は杏樹さまに相談できなかった理由も、すべて……」
代官の比井沢さんは説明を始めた。
「副堂勇作が、『狼牢山』を禁足地に……つまり、立ち入り禁止にしていたんですか……」
話を聞いてみたら、驚いた。
杏樹の父が病で倒れると同時に、副堂勇作はそういうことをしたらしい。
『狼牢山』の周辺には、錬州に通じる街道がある。
副堂勇作は、そこを通るにも許可が必要ということにしたそうだ。
さらに、自分が連れてきた者たちに、山の管理を任せた。
だから次町の者たちは、『狼牢山』がどういう状態にあるのかわからない……ということだった。
しかも副堂勇作は、自分に逆らう者を謹慎処分にした。
逆に気に入った連中は取り立てていたのだけれど……副堂勇作が失踪したあと、取り立てられた連中は全員、逃げてしまった。
そのせいで町の政治体制は大混乱。
下級役人だった比井沢さんが代官になったものの、町の資料も一部しか残っていない。
でも、副堂が治めていた町ということで、杏樹に相談するには気が引ける。
だから自分たちで問題を解決しようとして……こうなった、ということだった。
「『狼牢山』の件ですが……山道に入ると、めまいや吐き気に襲われるのです」
次町の代官、比井沢さんは言った。
「原因はわかっておりません。山には、魔獣避けの社があるはずなのですが……それがどうなっているのかも不明なのです。我々は、そこまでたどり着くことができませんで……」
「魔獣避けの社ですか」
「山の安全を祈るためのものです。近くに清浄な湧き水があり、太刀や矢をその水に浸してから使うと、魔獣を斬りやすくなると言われております」
「……霊力を宿した泉、ということですね」
そういうものは、あちこちにある。
俺が杏樹と行った『隠された霊域』を流れる川も、浄化の力を宿していた。
杏樹がそこで身を清めたのもそのためだ。
俺の前世の知識でいえば『聖水』──ただし効果は弱め、みたいなものだ。
「そういう社が、山の数カ所にあったのです。ですが、今はどうなっているのか……」
比井沢さんは頭を抱えていた。
「本当なら杏樹さまにお伝えする前に、我々で解決するつもりだったのですが……結局、こんなことに」
「まさか【アオヤミテンコウ】が出てくるとは思いませんよね」
俺が言うと、比井沢さんは恐縮したように、
「我々は杏樹さまをないがしろにしたわけではありません。ただ……次町も混乱しており、すぐにお伝えすることができなかったのです。申し訳ありません……」
そう言って、代官さんは地面に膝をついた。
うしろにいる兵士たちも、同じようにする。
「あの山では一体……なにが起きているのでしょう? 副堂勇作さまは、あの地でなにをしたのでしょうか? 我々にはわからないのです。どうか……お力をお貸しください。お願いいたします……」
「「「お願いいたします」」」
状況はわかった。
問題はシンプルだ。副堂勇作が禁足地にしていた山で、異常事態が起きている。
まずは山の社の状態を見る必要がある。
あとは怪しい術が使われていないかどうかチェックすればいい、ということか。
「お顔を上げてください。次町の皆さん」
俺はうなだれる人々に向けて、言った。
「俺は今回の異常についての調査を命じられております。できるだけのことはしますよ」
「杏樹さまには……さぞ、お怒りのことでしょう」
「いえ、杏樹さまは、怒ってはいないと思います」
そもそも杏樹は、副堂親子を恨んではいない。
もちろん、紫州候代理として、彼らに罰を与えないわけにはいかない。
けれど個人的に、怒りや恨みを抱えているわけじゃないんだ。
ただ、杏樹は副堂沙緒里と話をすることを望んでいる。
彼女がなにを考えていたのか。どうして『二重追儺』の儀をしようと思ったのか。
それを知りたいと考えている。
そんな杏樹が、次町の代官に怒りをぶつけたりはしないだろう。
杏樹はそのままでいい。
疑うのは──彼女の背後を守る、俺の仕事だ。
「代官どのは町に残り、立派に治められています。それだけでも信頼に値すると、俺は考えております」
普通は町の統治を任されている人が、魔獣と戦ったりしない。
でも、代官の比井沢さんは【アオヤミテンコウ】相手でも退かなかった。
兵士たちも比井沢さんの指示のもと、踏みとどまって戦っていた。
みんな、信用できる人たちだと思う。
「副堂勇作の部下たちが行方をくらませた中、あなたは町に残り、住民をまとめあげていらっしゃいます。『遠隔会議』にも進んで参加してくれました。そんな方を杏樹さまは、疑ったりしません」
「…………ありがとう……ございます」
代官は頭を下げたまま、涙をこぼしていた。
この人も、辛い立場だったんだろうな。
町の代官だった副堂勇作が紫州を乗っ取ろうとして、失敗して逃げて、とばっちりを恐れた部下たちも、姿をくらましてしまったんだから。
下級役人だったこの人は、町がバラバラにならないように、代官となり、町を治めてる。
杏樹なら、その働きを評価してくれるはずだ。
「それでは、山に詳しい人を紹介してください」
さっさと調査に行こう。
この地は副堂勇作が治めていた町だからな。また変な術が仕掛けられていても困る。
手に負えないようなら、上司 (杏樹)の判断をあおぐことにしよう。
そんなことを、俺は考えていたのだった。
いつも「護衛さん」をお読みいただき、ありがとうございます!
次回、第37話は今日の夕方くらいに更新する予定です。




