第28話「巫女姫と護衛、遠隔会議を開催する」
──鬼門での事件から1ヶ月後。紫州の州都で──
ここは、紫州にある、州候の屋敷。
その広間で、俺と杏樹は向かい合っていた。
「……そ、それでは、お見せいたしますね」
巫女服姿の杏樹は、真っ赤な顔でうなずく。
俺は無言で、礼を返す。
部屋の壁際には、祭壇がある。
紫州の土地神を祀るものだ。
ここで今、杏樹はひとつの儀式を行おうとしていた。
「あの……零さま」
「どうされましたか。杏樹さま」
「零さまは……これがお好きなのですか?」
「いえ、特に好きというわけではないですけど」
「では、お嫌いなのですか?」
「…………」
「はっきりおっしゃってください。でないと……勇気が出ないのです……」
杏樹は巫女服の前を押さえて、もじもじしている。
まだ数回目だからか、緊張しているようだ。
「これから何度もすることになるんですから、慣れた方がいいですよ」
「……お話を逸らしていらっしゃいませんか?」
「……俺の好みの話ですよね?」
「そうです。お聞かせください」
「…………嫌いではないです」
「…………安心しました」
そう言って杏樹は、祭壇の方を見た。
『九曜神那龍神』と書かれた札に向けて、一礼する。
「州候代理である紫堂杏樹は、これより秘密の姿となります」
杏樹は深呼吸。
それから、足元にいた銀色の狐──霊獣『四尾霊狐』を抱き上げて、
「お願いいたします。『四尾霊狐』さま」
「…………むにゅぅ」
「お仕事ですよ? 目を覚ましてくださいませ」
杏樹は優しい目で、狐の毛並みを撫でる。
それでも眠そうな『四尾霊狐』に、杏樹は優しい声で、
「これから零さまに、ひとつになった姿を見ていただくのですよ?」
『きゅっ!!』
その言葉に、『四尾霊狐』が目を見開く。
杏樹は満足そうに『四尾霊狐』を抱きしめて、
「『紫州の巫女姫──杏樹が願いたてまつる』」
『キュキュ』
「『我が霊獣と我が身はひとつ。この身を器とし「九尾紫炎陽狐」の力を解放す。魂魄、霊力、心を合わせ、天地の清浄を守らんことを! 急々如律令!!』」
『キューッ!』
杏樹と、四尾の狐の姿が、重なる。
光が杏樹を包み込む。
やがて、光が消えて──
「ど、どうでしょうか。零さま」
杏樹は狐耳と、9本の尻尾を備えた姿に変わっていた。
これが、杏樹が覚醒した姿だ。
『四尾霊狐』は、高位の霊獣『九尾紫炎陽狐』の幼体だ。
まだ幼いせいか、100パーセントの力は出せない。
だけど杏樹は『四尾霊狐』とひとつになることで、真の能力を使うことができる。
代わりに杏樹は狐耳に9本尻尾の、いわゆる獣っ子になってしまうんだけど。
俺と杏樹は共同で『四尾霊狐』と契約している。
正確には、俺は霊力を提供しただけで、契約の主体は杏樹だ。
だからこうして時々、俺は杏樹の補助をしているんだ。
「……いかがでしょうか。おかしく……ありませんか?」
「まったく問題ありません。おきれいですよ」
別に俺は獣耳が好きというわけじゃない。
でも、『四尾霊狐』と一体化した杏樹を見ていると、不思議な感覚になる。
この世界の神秘を見ている気分になるからだろうか。
思わず手を伸ばして、狐耳と尻尾をなでたくなるんだ。しないけど。
「その姿の杏樹さまもかわいいです。親しい人はみんな、そう思いますよ。きっと」
俺は言った。
「小間使いの桔梗さんや、執事の杖也さまの前なら、その姿になってもいいんじゃないでしょうか」
「そ、それは……まだ恥ずかしいです」
大きな尻尾をなでながら、杏樹は照れた様子だ。
「しばらくは、零さまの前だけにしておきたいと思います」
「わかりました」
俺はうなずいた。
「それでは予定通り、『遠隔会議』を始めましょう」
「はい。零さま」
杏樹が宣言すると、彼女のまわりに精霊が集まりはじめる。
球体の姿をした──光の精霊の『灯』。
泡のような姿をした、水の精霊の『泡』。
羽のような姿をした、風の精霊の『晴』。
霊獣・精霊の中では下位に位置する、1文字の精霊たちだ。
彼らは『四尾霊狐』の眷属であり、今は杏樹の支配下にある。
最弱と呼ばれてきた精霊たちだけど、俺と杏樹には大きな力となっている。
「杏樹さま。精霊の配置は済んでいますね?」
「街道沿いと、周辺の村や町で待機するように指示を出しました」
「村や町の代官との連絡は?」
「済んでおります。皆さま、この時間に合わせて、待機されているかと」
「わかりました。では──」
「はい。第1回、紫州遠隔会議を始めましょう!」
杏樹は宣言した。
俺たちのまわりにいる光の精霊『灯』の形が、変わっていく。
『灯』は光を司るものだ。
だから、光を操り、彼らが見たものの姿を映し出すことができる。
その能力は【禍神・斉天大聖】との戦いで実証されてる。あの戦いで『灯』たちは俺の姿になってくれた。分身として【禍神】の気を引いてくれたんだ。
俺の姿になれるんだから、当然『灯』の精霊は、別の姿になることもできる。
そして杏樹の支配下にある精霊たちは、全員が繋がっている。離れたところにいても、意識や感覚を伝えることができる。
俺の前世で言うなら、携帯や、その基地局のようなことができるんだ。
つまり──
「各地の代官の姿を映し出してください! 精霊たち!」
『ふよふよ、ふよ!』
精霊『灯』たちが光を放ち──
やがて精霊たちは、各地にいる村や町の管理者──代官たちの姿を映し出した。
『──お、おお? 目の前に、紫州候の家紋が!?』
『──この家紋が杏樹さまと繋がっているのか? 本当に?』
『──精霊を通して杏樹さまと話が出来るなんて……』
さらに、代官たちの声が伝わってくる。
こっちは現地に派遣した風の精霊『晴』の能力だ。声や音は空気の振動だから、風の精霊を使えば、こういうこともできるんだ。
『四尾霊狐』の眷属である精霊たちは、互いに繋がってる。離れた場所にいても、眷属同士なら、見たものや聞いたことを伝えることができる。
もちろん、伝えられる距離には限界がある。だから、町や村の間には中継役の精霊を配置してる。そうやって情報をリレーしながら、精霊たちは代官の姿と声を伝えてくれているんだ。
光の精霊は、代官の姿を俺たちに映し出している。
風の精霊は、代官の声をこちらに伝えて、代官には杏樹の声を届けてくれている。
これが、精霊たちを利用した、紫州の新たな統治システムだ。
杏樹は正式に、紫州候代理として、皆に認められている。
でも、彼女はまだ若い。
人望はあるけれど、若さゆえに舐めてかかる代官もいるかもしれない。
だから俺と杏樹と『四尾霊狐』は、各地の代官と、簡単に連絡を取ることができる方法を考え出した。
こうすれば、代官たちのところに、常に杏樹の目が届くようになる。
紫州の統治も、やりやすくなるはずだ。
ちなみに代官たちの方からは、杏樹の姿は見えていない。
向こうに映し出されているのは、紫州候の家紋だけだ。
要は杏樹だけ『サウンドオンリー』になっている状態だ。こっちの方が威厳が出るのと、杏樹が狐耳の姿を皆に見られるのを恥ずかしがったというのが理由だ。どっちかというと後者かな。
「会議に参加していただき、ありがとうございます。紫州候代理を務めております。紫堂杏樹です」
杏樹は代官たちの映像に向かって、告げた。
代官たちが目を見開く。左右を見回して、杏樹の姿を探している者もいる。
「はじめに、皆さまにお礼を申し上げます」
落ち着いた声で、杏樹は続ける。
「このようなかたちでの会議に応じていただき、ありがとうございます。鬼門の事件の影響もあり、わたくしは州都を離れるわけにはいかないのです。ですから、精霊を通しての会議をさせていただくことといたしました」
『……おぉ』
『これはまさしく、杏樹さまのお声』
『州候代理の地位に着かれてすぐに、このようなお力を示されるとは……』
代官たちが感心したような顔になる。
「このような形の会議を計画したのは、州候代理として正しく仕事を行うためです」
杏樹は話し続ける。
凛とした表情だけど、緊張しているのは間違いない。
狐耳も、9本の尻尾も、小刻みに震えているから。
「人々を守る州候であるためには、紫州の状況をきちんと把握しなくてはいけません。今回の会議はそのために開催しました。代官の方々ひとりひとりから、町や村の現状を伝えていただくために」
『……おぉ!』
『我らの話を聞くために会議を開かれたというのですか!』
『さすがは……紫堂暦一さまのご息女』
『よろこんで協力させていただきます!』
各地の代官たちは、いい顔でうなずいてる。
初めての会議の成果としては、十分だろう。杏樹の権威も示すことができたし、代官たちに対して『杏樹の目が届いている』と知らしめることもできた。
この時点で、会議の目的は半分、達成されているんだ。
「それでは、ひとりずつお話をうかがいます」
杏樹は姿勢を正して、代官たちを見た。
「紫州における町や村、人々の状況を、わたくしに報告してください」
お待たせしました。『護衛さん』の第2章、スタートです。
しばらくは、週1回ペースの更新になる予定です。
書籍化の作業も進んでいます。
情報が公開できるようになったら、こちらでお伝えしますので、ご期待ください!




