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第26話「事件の後、陰謀の源」

 ──数日後、錬州(れんしゅう)に向かう街道の宿で──




「そうか。沙緒里(さおり)どのは残念だったな」


 ここは錬州(れんしゅう)に通じる街道。その宿場のひとつ。

 そこで蒼錬将呉(そうれんしょうご)は、参謀の少女と話をしていた。。


 紫州(ししゅう)で起きたことについて、報告は受けている。


 沙緒里が行った『二重追儺(ふたえついな)()』のこと。

 将呉(しょうご)が教えた術式が書き換えられ、【鬼】ではないものが召喚されたこと。

 巨大な【禍神(かしん)】が、紫州の鬼門周辺を、滅ぼそうとしたこと。


 そして、最終的にすべての術式が破壊され、その反動が、副堂沙緒里(ふくどうさおり)(おそ)ったことも。


「沙緒里さまは生き残ったようです」


 将呉の(となり)で、参謀の師乃葉(しのは)は報告を続ける。


「あれだけの術を破壊(はかい)されたのなら、沙緒里(さおり)さまが命を落とされてもおかしくありません。ですが、紫州に残してきたものの報告によると、彼女は霊力を失っただけで済んだようです。紫堂杏樹(しどうあんじゅ)は、どのようにして術を破ったのでしょう?」

「どうだろうな。彼女の力は未知数だ」


 将呉は肩をすくめた。


「それに、杏樹どのの側には得体の知れない者がいる。しばらく手出しするのは控えた方がよいかもしれぬな」

「紫州から手を引かれると?」

監視(かんし)は続ける。あの地はいまだに揺れているからな。ここで手を引くのは……()れて、落ちかけた果実から目を離すようなものだろう?」

「でしたら、紫州には手練(てだ)れの者を送り込んだ方が良いでしょう。将呉さまの方で、なにかご希望はございますか?」

「『虚炉村(うつろむら)』の者を送ろう」


 参謀、師乃葉(しのは)の問いに、短い答えが返って来る。


「あの村の(やとい)(ちん)は、近ごろかなり安くなっている。現村長の方針だそうだが……村の者の腕は確かだ。紫州に送り込むにはちょうどいいだろう」

「承知いたしました」

「錬州に戻れば、私は父から叱責(しっせき)を受けるだろう」


 蒼錬将呉の父、錬州候は、紫州のお家騒動に介入することを選んだ。

 目的は、紫州の秘密について探ること。

 それと、追放された紫堂杏樹を、錬州側に取り込むことにあった。


 沙緒里に『二重追儺』の術書を渡したのは、そのためだ。

【鬼】に追われて居場所を失った紫堂杏樹を、錬州が保護するつもりだった。

 そうして彼女という人材と、紫州の秘密を手に入れるつもりだった。


 だが、作戦は失敗に終わったのだ。


「それでも、紫州をかき乱すことには成功いたしました」


 主君をかばうように、参謀、師乃葉は言った。


「父君が、将呉さまに罰を与えることはないかと思われます」

「そう願いたいな。それと、私は師乃葉(しのは)に聞きたいことがあるのだが」

「なんでしょうか」

「お前が前世で暮らしていた……その世界の話だ」


 蒼錬将呉(そうれんしょうご)は、机に頬杖(ほおづえ)をついて、


お前のいた(・・・・・)世界(・・)では、精霊(せいれい)霊獣(れいじゅう)も、土地神も禍神(かしん)も存在しないというのは本当なのか?」


 まっすぐに参謀を見つめる、蒼錬将呉。


 その威に気圧されたように、師乃葉は息をのみこむ。身体を、硬直(こうちょく)させる。

 そんな彼女の手を取り、将呉は、


「いや、おびえさせるつもりはなかったのだが」

「承知しております」

「すまない。つい、むきになってしまったようだ」

「お気遣いなく。わたしは必要とあれば、斬り捨られても構わない者ですから」


 師乃葉は姿勢を正した。

 それから、将呉に向かって一礼して、


「将呉さまのおっしゃる通りです。前世でわたしがいた世界には、精霊も霊獣も、土地神も、禍神も存在しませんでした」

「だが、鬼門で出現したという【禍神(かしん)】に、お前は心当たりがあるようだ」


 鬼門での事件からは、10日近くが過ぎている。

 鬼門に出現した禍神の情報は、民の間にも広がっている。だからこそ、将呉が送り込んだ間者(かんじゃ)も、情報を得ることができたのだ。


「鬼門に現れたものは【禍神(かしん)斉天大聖(せいてんたいせい)】というらしい。知っているか?」

「物語のなかの存在ですが」


 師乃葉は遠くを見るような目をしていた。

 まるで、夢の中のお話を語るような口調で、彼女は告げる。


「『斉天大聖(せいてんたいせい) 孫悟空(そんごくう)』というものがおりました。物語に登場する、強力な存在です。もっとも、わたしの世界では『禍神(かしん)』ではありませんでしたが」

「それが、お前の(・・・)前世の(・・・)知識か(・・・)

「はい。わたしが生まれながらに持っていた記憶です」

「だが、それを証明する手段はない」

「たわごとと思っていただいても構いません」

「いや、師乃葉(しのは)が事実だというならば、そうなのだろう。言葉の通り、お前は違う世界から来たのだろうな」

「……おっしゃる通りです」

「さぞ、おどろいただろうな。お前も」

「生まれてすぐは、そうでしたが」


 師乃葉は首を横に振った。


「錬州候の配下となった今は、ここがわたしの世界です」

「参謀としての師乃葉に問う」


 将呉は口調を改めて、


「お前の世界に神や精霊がいなかった理由については、どう考えている?」

「仮説になりますが、よろしいですか」

「申すがいい」

「前世のわたしがいた世界は、精霊や霊獣、神を、物語の中に封じていたのではないかと考えています」


 師乃葉と呼ばれた少女は思い出す。

 前世のことを。

 あらゆる情報を(たなごころ)の上で見ることができた世界を。


 あの世界に、精霊や魔獣は存在しなかった。

 物語の中にだけ、登場するものだった。


 だが、この世界では精霊も霊獣も、神も存在する。


「前世の私の世界には、神や精霊が登場する、様々な物語がありました。ですから……人は物語の中に封じることで、それらに直接触れずにいられる方法を編み出したのかもしれません」

「面白い仮説だ」


 将呉は(のど)を鳴らして、笑った。


此度(こたび)の『禍神・斉天大聖』も、呪符(じゅふ)祝詞(のりと)によって召喚されている。祝詞は禍神を讃え、その存在をことほぐものだ。ある意味、短い物語ともいえる。それで異世界の【禍神】は召喚したのだとすれば、興味深いな……」

「ですが【禍神】を召喚したのは沙緒里さまではなく、儀式に介入した者でしょう」

「だろうな」

「将呉さまが沙緒里さまに差し上げたのは【ヨミクラノヤミオニ】の呪符でしたから」

「ああ。それで……儀式をゆがめたのは、誰だと思う?」

「……わたしの口から言うには、恐れ多いことです」

「恐れることはない。間違いなく、煌都(こうと)の者だ」


 吐き捨てるような口調で、将呉は言った。


「煌都の者は、州候の力を弱めるためならなんでもする。巫女衆(みこしゅう)陰陽寮(おんみょうりょう)も、そのための組織だ」

「それを州候代理……副堂勇作さまは、ご存じなかったのでしょうか?」

「だろうな。知っていれば、怖くて巫女衆の者など嫁に取れまい」


 将呉と師乃葉は知っている。

 皇帝を中心とする州候制が、とても不安定なものだということを。


 はじまりの皇帝──煌始帝(こうしてい)は、この国のすべてを支配していた。

 だが、次の皇帝の時代に政変が起こり、皇帝の力は弱まった。


 そうして生まれたのが、州候制だ。

 皇帝を中心とする、8人の州候による分割統治。

 それは表向き、うまく行っている。


 だが、煌都にいる一部の者は、州候制を憎んでいる。


 ──すべての国土は皇帝のもの。

 ──皇帝直々に統治すべき──州候は、弱体化すべき。


 そんな信念を抱えている者たちも、いる。

 たとえば、煌都の巫女衆や、陰陽寮(おんみょうりょう)に。


「杏樹どののお父上……紫堂暦一(しどうれきいち)どのは賢かったな。あの方は可能な限り、煌都(こうと)には関わらぬようにしていた」

「将呉さまのお父上も、そうでしょう」

「この将呉もそうだ。煌都の神官に関わるのが嫌で、『霊鳥継承(れいちょうけいしょう)()』には立ち会わなかったのだからな。わざわざ終わってから、紫州入りしたのだ」


 蒼錬将呉はため息をついた。


「紫堂暦一どのの不幸は、弟の副堂勇作が、煌都と関わったことか」


 副堂沙緒里を(ゆが)めたのは、おそらく、煌都から来た神官だろう。


『二重追儺』の術式を用意したのは将呉だ。

 けれど、それは紫州から追放された紫堂杏樹を、錬州が手に入れるためだった。

 彼女を殺すつもりも、傷つけるつもりもなかった。

 召喚される【鬼】は、本当にささやかなものだったのだ。


 けれど、その儀式に、煌都から来た者が介入した。

 たぶん、将呉が沙緒里に与えた『二重追儺』の術を、【禍神・斉天大聖】を召喚する術に書き換えたのだ。そうして沙緒里に、その術を実行させた。

 杏樹を殺し、紫州の鬼門一帯を荒廃させることで、紫州を弱体化させるために。


「……おそろしいことです」

「まぁいい、とにかく、事件は終わったのだ」


 暗い気分を追い払うように、蒼錬将呉は手を振った。


「今、煌都に対してできることはない。我が父──錬州候が狙っているのは紫州だ。子としては、その意に沿うようにするまでだ」

「はい。将呉さま」

「楽しい話をしよう。なぁ、師乃葉よ」


 将呉は、椅子に身体を預けた。

 

「知っているか、師乃葉よ。錬州(れんしゅう)には、龍が天から人を、この地に連れてくるという伝説があるのだ。ならば、天を異世界と考えたらどうなるかな」

「……将呉さま?」

「ならば師乃葉は、(りゅう)に導かれて、この地に来たのかもしれぬ」

「申し訳ありません。覚えておりません」

「構わぬよ。私のたわごとだ」


 将呉はそう言って、笑った。


「いずれにせよ、父は煌都(こうと)を警戒している。対抗するために力をつけるしかない。州そのものを奪うか、味方に取り込むかは……わからぬが」

「今の煌都(こうと)の状況を考えれば、無理はないかと」

「自分はそのために力を尽くそう。紫堂杏樹どのには悪いが、紫州には狩り場のひとつとなってもらう。この将呉が父の管理下を逃れ、自由になるためにな……」


 蒼錬将呉は、そう宣言した。


 主君の決意を聞きながら、師乃葉は思う。

 自分が錬州候に拾われたのは、幸運なことだったのか、どうか。

 それと、自分の他(・・・・)にも(・・)、異世界より転生した者はいるのだろうか、と。


 錬州(れんしゅう)の伝説は、師乃葉も知っている。

 州候の屋敷にも、それをモチーフにした絵が飾られている。


 それは龍に導かれてこの地に降り立つ、4人の、天から来た者の絵だった。

 その『天から来た者』が、転生者を表しているのだとしたら──



(……それこそ、ざれごとでしょう)



 今は錬州に戻り、次の計画を()るのが最優先だ。

 夢のようなことを考えている暇はない。


 重要なのは師乃葉が、自分の願いを叶えること。

 そのために主君である蒼錬将呉に協力すること。それだけだ。


(ただ……もしも、わたしの他にも転生者がいるとしたら)


 会ってみたい。

 その人がどんなことを考え、どんなふうに生きているのか、知りたい。


 参謀、師乃葉は(かぶり)を振り、浮かんだ考えを追い払う。

 そうして彼女は錬州候の嫡子と共に、次の計画について話し合うのだった。









 ──煌都(こうと)に向かう、街道の(そば)で──




紫州(ししゅう)は荒れた。計画は半ば、成功していた」


 闇の中。

 蝋燭(ろうそく)のぼんやりとした光が灯る、暗い部屋。

 石造りの部屋には、結界が張られている。

 ここに招かれざる者が入り込むことはない。


 闇の中、互いの顔を確認することもなく、誰かがまた、口を開く。


「『異界(カクリヨ)呪符(じゅふ)』は効果を発した。【禍神(かしん)】は確かに出現した。これを失敗と判断するのは、不当では?」

錬州候(れんしゅうこう)嫡子(ちゃくし)を巻き込めなかった」


 感情のない声が、答える。


「副堂沙緒里に『二重追儺(ふたえついな)』の呪術書(じゅじゅつしょ)を渡したのは奴だ。だが、此度の来訪時、奴は副堂親子の様子を見て、即座に立ち去った。我らはあれに利用された可能性さえもある」

些事(さじ)である」

「あくまで狙いは紫州と?」

「そうだ。(われ)らが副堂沙緒里と共に行った『二重追儺』によって、確かに『禍神(かしん)斉天大聖(せいてんたいせい)』は召喚されたはず。それによって鬼門は大きな被害を受けた。まだ若い紫堂杏樹では、立て直すのが困難……な……はず」

「認める。だが【禍神】は消えた」

「………………想定……して……いなかった……こと」

「……我が同僚(どうりょう)よ」

「…………なに……か」

「苦しいのだろう。神官として『二重追儺』を行った貴公も、術の代償は受けているはず」

「くだらぬ…………煌都(こうと)の……今後の栄光に比べれば……苦痛……など」


 答える声が、絶え絶えとなっていく。


「そんなことはどうでもいい。我らは、より強き術を作りださねばならぬ」

(しか)り」

「はは。我は霊力を……失う……記憶も消える。だが、それがなんだ。いずれ……偽りの州候制は終わり…………煌都がすべてを手に入れる……そのため…………」

「ああ。そうだな」


 冷静な方の声が、答える。


「いずれにせよ、火種は生まれた。州候制の終わりは近い。いずれ……」

「…………」

「……我が同僚?」

「………………」

「…………ああ。耐えられる時間を過ぎたか。ならば、休むがいい」


 眠りについたのは、紫州に入り込んでいた神官だった。

『二重追儺の儀』と『霊鳥継承(れいちょうけいしょう)の儀』で、副堂沙緒里(ふくどうさおり)を助け、ふたつの儀式を成功させた。


 今は、意識を失っている。

『二重追儺の儀』を破られてしまったために、霊力と霊脈を失ってしまったからだ。

 目覚めたとき、彼はただの人になっているのだろう。


 神官だった者を見下ろしながら、もうひとりの男性はため息をついた。

 彼は仲間に、冷え切った視線を向けて、


「だが、お前は【禍神】を倒した者の情報を、なにも得ることができなかった。なんとも、情けないことだな」


 そう言って、男性は眠り続ける仲間に背中を向けた。


「【禍神】を倒したのは、一体誰なのだ。その者の能力いかんによっては……すべての計画を練り直す必要があるかもしれぬ。我らの望みの障害(しょうがい)となる者ならば……」


 暗い部屋に、深刻そうな声が響く。

 そうして男性は、部屋に仲間を残したまま、その場を立ち去った。



 煌都(こうと)に戻り、事件の結末について、報告するために。








次回、第27話は、明日の夕方くらいに更新する予定です。


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