表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

25/90

第25話「術者、破られた術の代償を支払う」

 ──同時刻、紫州の州都にて──




「ああああああああああああああああああああっ!!」


 州候の屋敷に、沙緒里(さおり)の絶叫が響き渡った。


「こわれた……術が……私の霊力が(こわ)れ……ああ、ああああああああああっ!!」

「沙緒里、しっかりするのだ! 沙緒里!!」


 父の──州候代理の声など、沙緒里の耳には届かない。

 彼女は身体をかきむしりながら、床を転げ回る。


 痛みが、全身を()け巡っている。

 彼女の身体にある霊力の流れ──霊脈(れいみゃく)が激しく脈打っている。焼けるような熱と痛みが止まらない。

 逃げ場はない。痛みの源は、自分の身体の内側だ。


 すぐ側に、巨大な猿猴(さる)の気配を感じる。

 それが沙緒里から、すべての霊力を引きずり出そうとしている。


 それは、邪悪な儀式の代償(だいしょう)だった。

 儀式が果たされたのなら、【禍神(かしん)】は杏樹を生け(にえ)にできた。

 沙緒里の代償は、儀式に使う霊力だけで済んだはずだ。


 だが、『二重追儺(ふたえついな)』の儀式は破壊(はかい)された。

 杏樹を喰らうことができなかった【禍神(かしん)】は、術者である沙緒里から、その代償(だいしょう)(うば)うことにしたのだ。



「ああああああああああっ!!」



 沙緒里は(のど)がかれるほどの叫びを上げる。

 自分が腕を振り回しているのにも気づかない。

 (ぜん)がひっくり返り、料理が飛び散る音にも。熱い汁物が、自分の(あし)を灼く痛みも。


(──痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!! なにこれ! これはなに! なんなのよぉ!!)


 力が抜けていく。

 霊力を感じる力が、消えていく。 


「助けて……沙緒里(さおり)を助けて! 『緋羽根(ひはね)』! ひはねぇ!!」

『?』


 沙緒里の叫びに、霊鳥は答えない。

 意思が、通じていない。


 紫州の霊鳥(れいちょう)『緋羽根』は、沙緒里を見て、首をかしげただけ。

 まるで初めて出会った人間を前にしているかのようだった。


 そして──


「な、なんだ!? 『緋羽根(ひはね)』が炎を!?」

「お嬢さま……(かご)が、(かご)が燃え落ちて……」


 誰かが叫んでいる。

 沙緒里が目を開けると、『緋羽根』を閉じ込めていた(かご)が、焼け落ちるのが見えた。


『緋羽根』は全身から炎を噴き出している。

 部屋が深紅の光に満たされる。

 まるで、ここだけ真昼になったようだ。


『クルル?』


 (かご)を破壊し、自由になった『緋羽根(ひはね)』は外を見た。

 方角は、北東。鬼門のある方だ。

 そこに大事な者を見いだしたかのように、霊鳥は翼を広げる。


『クルル──ッ』

「待て! どこへ行くのだ! 待ってくれ『緋羽根』!!」


 州候代理の声は、『緋羽根』には届かない。

『緋羽根』は(かご)残骸(ざんがい)を蹴り、飛び立つ。


 そのまま窓を蹴破(けやぶ)り、外へ。

 霊鳥『緋羽根』は、手の届かない場所へと飛び去って行った。


「……どうしてこんなことに。沙緒里。大丈夫か! 沙緒里!!」


 州候代理が、娘の沙緒里を抱き起こす。

 彼女の身体に触れた州候代理の顔が、真っ青になる。


「な、なんだ……この熱は。なにが起こったというのだ!?」

「……こわれ、ました」

「な、なんだと?」

「『二重追儺(ふたえついな)』が…………破られました。呪符(じゅふ)が破壊されて……【ヨミクラノヤミオニ】が……」


 ──違う。

 違和感に気づいて、沙緒里は弱々しく(かぶり)を振る。

 倒されたのが【ヨミクラノヤミオニ】ならば、ここまで強い『呪詛返(じゅそがえ)し』は来ない。


 沙緒里は、目を閉じる。

 まぶたの裏に、巨大な猿猴(さる)の姿が浮かぶ。


(……【ヨミクラノヤミオニ】…………いえ、これは……【禍神(かしん)】?)


 その姿を見て、沙緒里は鬼門に行ったときのことを思い出す。

 あの地で、彼女は儀式を行った。

 煌都から(・・・・)来た神官(・・・・)と共に。


 忘れていた……いや、忘れさせられていた。

 あの儀式を行うには、沙緒里(さおり)だけでは霊力が足りなかった。

 だから、神官たちが協力してくれた。沙緒里に「指示通りの祝詞(のりと)を唱えるように」と言った。力を貸す代わりに、すべてを自分たちの言う通りにするように、と言ったのだ。


 沙緒里は、その通りにした。

 彼女の記憶があいまいになったのは、そこからだ。


(あいつらは……呪符(じゅふ)をすり替えて……儀式を書き換えたの……?)


 他に考えられない。

 煌都(こうと)から来た神官たちは、『二重追儺(ふたえついな)の儀』に介入し、儀式そのものを書き換えたのだ。

 蒼錬将呉(そうれんしょうご)から教わった【鬼】を召喚するものから【禍神】を召喚するものに。


(あいつらは……他に……なにを……言っていましたか……?)


 少しずつ、記憶がはっきりとしていく。

 儀式の時に聞いた神官たちの言葉を、思い出す。


 神官たちが口にした言葉は──



『──あなたには才能がある』



『──母君は、これくらいできた』



『──術式は我々が書き換えて差し上げましょう』



『──あなたは、紫堂杏樹の死を望んでいるはずなのだから』



(……違う)


 そんなこと、望んでいなかった。

 沙緒里が望んでいたのは、杏樹に勝つことだ。


 州候の娘としての地位も、霊鳥『緋羽根』も失い──行くべき場所も失い──。

 そうして、()()のなくなった杏樹に、沙緒里はこう言うのだ。



『負けを認めるなら、沙緒里の側にいてもいいわよ』


『沙緒里の下にいなさい。仕えなさい』


『それがあなたの、唯一の生きる道なのだから』



 杏樹が死ぬことなど、ひとかけらも望んではいなかった。


(……なのにどうして。沙緒里は……さおりは!!)


 沙緒里は全身をかきむしる。

 身体中を走るのは、血管を引き抜かれるような激痛だ。


 だか、引き抜かれているのは、彼女の霊力だ。

 沙緒里の霊脈(れいみゃく)が破壊されて、すべての霊力が失われようとしている。

 彼女自身が召喚した【禍神(かしん)】が、沙緒里に代償を求めているのだ。


 信じられなかった。

 かすかな記憶の中にあるのは、人の数倍の体長を持つ、巨大な猿猴(さる)だ。

 神官たちは、異界の神だと言っていた。


 それは大きすぎ、強すぎ、邪気が濃すぎた。

 この世界の霊獣や魔獣とはまったく違う。存在自体が別物だった。


 なのに、術は破られた。

 ありえないことだが、事実だ。

 煌都(こうと)の神官と協力して召喚(しょうかん)した【禍神】──神が、倒されたのだ。


 神は消える前に、沙緒里に代償を求めている。

 杏樹を喰らうことで得られるはずだったものを。

 なのに──


(……どうしてさおりはまだ、いたみをかんじてるの…………)


 あれは杏樹を殺すための呪詛(じゅそ)だった。

 それが破られたのなら、沙緒里は絶命(ぜつめい)しているはず。

 召喚した【禍神(かしん)】の怒りによって、潰されていてもおかしくない。


 なのにまだ、生きている。痛みを感じている。

 沙緒里は絶望と敗北感に打ちのめされながら、呼吸している。


 消えていくのは命ではなく、霊力。

 さらに、霊力と関連した記憶──巫女姫としての知識と技術も消え去っていく。


 霊力が感じ取れない。

 自分がどうやって術を使っていたのかも、わからない。


 それは、ある意味、(おだ)やかな呪詛返(じゅそがえ)しだったのだろう。


 零は呪符を、霊力に沿って断ち切った。

【禍神・斉天大聖】そのものには、一切の傷を与えなかった。

 だから、沙緒里は霊力と霊脈を失うだけで済んでいる。


 沙緒里は、生きながらえる。

 二度と、杏樹に対抗することはできないけれど。

 杏樹に勝つという彼女の夢は、決して、叶うことはなくなるけれど──



(いやだぁ……いやだあああああああああっ! 殺して、殺してよおおおおお!)



 泣き叫びながら、沙緒里は胸をかきむしる。


 これは杏樹の怒りだろうか。

 杏樹は、沙緒里からすべての能力を奪い、ただの人間にしようというのか。


 そう考えて、沙緒里はすぐさま否定する。

 杏樹はそんなことはしない。

 そんなことはしない人間だからこそ──沙緒里は、憎んだ。


 絶対に敵わないから。


 州候や巫女姫の地位を奪っても、杏樹は揺るがなかった。

 沙緒里は神官の力を借りて行った呪詛さえも、破壊した。

 彼女にどうすれば勝てたのか……もう、わからない。


(なんなのよぉ。杏樹姉さんは、どうして私にこんな思いをさせるの!? どうして見下してくれないの!? どうして殺してくれないの!!)



 勝てなかった──杏樹に負けた。

 勝ち、負け? どうすれば勝ち? どうすれば負け? わからない。

 自分はどうしてこれほど杏樹を憎んでいたのか。

 どうして巫女姫の地位を奪うだけで満足しなかったのか。



 どうして、殺そうとしたのか──



沙緒里(さおり)。あなたの方が、杏樹よりもすぐれているのです』



 それは、亡き母の言葉だ。



『命令です。それを周囲にわからせなさい。母が煌都(こうと)から嫁いできたのは、こんな村の代官の妻になるためではないの』


『お父さまは駄目でも、あなたは違うでしょう?』


『杏樹に勝ちなさい』


『強い力を持つ州候は、この国には不要』


『偉大なる皇帝陛下にお仕えする、巫女衆(みこしゅう)の娘として──すべては(・・・・)陛下の(・・・)ために(・・・)



 繰り返し、繰り返し、埋め込まれた言葉。

 いつか自分の血となり肉となり、骨となっていた。

 自分のものだと思い込み、母が死んだあとは、父の耳に吹き込み続けた。


 そうして、父が煌都(こうと)から神官を連れてきたとき、彼らを無条件で、信じた。

 将呉(しょうご)から教わった術のことも、話した。

 助言を受けた。指導を受けた。『二重追儺(ふたえついな)』も、手伝ってもらった。


 彼らの名前も、顔も、今は思い出せないけれど。



「……かぁさま、さおりはどうやって、あんじゅねえさまにかてばよかったの……」



(……勝つって、なに?)


 やがて、母の言葉も、彼女の記憶から消えていく。

 からっぽになった沙緒里の中に残ったのは──



(……本当は私は、杏樹姉さまと一緒に)



 ──そんな言葉を思い浮かべたあと、沙緒里は意識を失ったのだった。




 州候(しゅうこう)の屋敷から副堂親子(ふくどうおやこ)が姿を消したのは、その翌朝のことだった。






次回、第26話は、明日の夕方くらいに更新する予定です。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
書籍版「追放された最強の護衛忍者は、巫女姫の加護で安定した第二の人生を送ります」の2巻は、2023年4月14日発売です!

【画像をクリックすると書籍情報のページに移動します】

i716984


新作、はじめました。
「天下の大悪人に転生した少年、人たらしの大英雄になる -傾国の美少女たちと、英雄軍団を作ります-」
https://ncode.syosetu.com/n1462ie/
中華風ゲームの悪役に転生した少年が、破滅フラグを回避しながら大英雄になるお話です。
こちらもあわせて、よろしくお願いします!

+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ