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誤字脱字でもラノベ作家を目指します!  作者: かむけん@サンバ
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四話 ヒロイン争奪戦は突然に!? ラノベⅤS漫画

今回は四話で最終話にしたいと思います。リクエストがあれば、五話も考えたいと思います。ここまで読んでくれた方、本当にありがとうございました。



――それはわたしが小学生の頃だった。

――国語か何かの授業で、今年で一番楽しかった思い出の作文を書く内容だったと思う。

 ――わたしは何気なく作文を書いたと思う。その作文の内容が学校だよりに掲載された。先生から聞いていたのか、わたしの作文が掲載されたと、お母さんが教えてくれた。

 ――最初に学校だよりに掲載されたわたしの作文を見て、何度か読んでも分からないほどわたしの作文は編集されていた。誤字脱字が酷く、恐らくは先生か誰かが修正したのだろうと思われた。わたしが書いた事を示すのは修学旅行の思い出を書いた事と「誤植愛」という名前だけだった。

「これ……本当にわたしが書いたやつなのかな? 間違ってない? わたしの作文と似たような内容の書いた人と取り違えたとか?」

 ――わたしはリビングのソファに寝転がり、学校だよりに掲載された作文を何度も見直し、お母さんに聞いた。

「なに言ってるのー。先生に聞いたんだから、間違えるはずないじゃないー」

 お母さんは呆れ顔で答えた。

「じゃあ、お母さんが絵本作家だから採用したんだよ。わたしの苗字を使って、学校のカブとかを上げたいんだよ」

「もうー。愛ったらー。何処からそういう言葉を覚えてくるの? 学校だよりにわたしの紹介は書いてないわよー」

「でも……」

 ――わたしは納得できないといった風に子供っぽく頬を膨らませた。

「愛、貴方の病気の事は知ってるわ。でもね。貴方の修学旅行の思い出がよく伝わったから、貴方の作文が選ばれたと思うの。それを誇って良いのよ」

 ――そう言ってお母さんはわたしを抱き寄せた。暖かいハグ、お母さんの好きな化粧品のローズマリーの匂いがする。

「そうだね。お母さん。わたしにもお母さんみたいに文字で物語を伝える力があるって、信じたい」

 ――そう言って、わたしもお母さんを抱き締めていた。

 ――そして学校だよりにわたしの作文が掲載された事はクラスメイト数人の噂になっていた。それはわたしにとって大事件だった。

「これって、愛ちゃんの作文だよね?」

 ――わたしに学校だよりを見せ、話しかけたのはクラスメイトの女子、田貫(たぬき)さんだった。たまに話す程度の友人だった。

「そうだよ」

 ――わたしは笑顔で答えた。

「でもこれって、愛ちゃんの文章じゃないよね? 教室に貼られている愛ちゃんの作文の文章とだいぶ違うし……」

「どうかな……」

 ――わたしはたまにからかってくる田貫ちゃんを警戒してか、言葉を濁らせた。その反応に田貫ちゃんは面白くない顔をする。

「ねえ! 愛ちゃんの作文が学校だよりに載ったんだけど、有り得ないよね!」

――田貫ちゃんが叫ぶように言うと、クラスメイト達の視線が向けられ、わたしは臆病な草食野生動物みたいにビクッとなった。

『マジで?』

 男子の一人が反応する。

『オレも見た……あの愛が何でだよって思ったよ。ほとんどの作文が誤字脱字だらけなのにな』

 呼応するようにもう一人の男子生徒が言った。

「何をそんなに学校だよりごときで問題視してるの? 愛ちゃんにはそれなりに文章力があったんじゃないの?」

 転校してきたばかりの男子生徒、吉音(きつね)君が言った。

「だって愛ちゃんの作文、酷いんだよ。吉音君、ちょっと見てよ」

 田貫ちゃんが吉音君の手を引っ張る。

「や、やめてよ! 田貫ちゃん……」

 ――わたしの作文が誤字脱字だらけだと理解していたけれど、それを知らない他人に読ませられるのは凄く恥ずかしいように思えた。

「田貫ちゃん、分かってて作文を提出したんじゃないの? 見られて良い作文だって」

 田貫ちゃんの悪戯な笑みが向けられる。

「愛ちゃん。とりあえずどんな作文か見せてよ。それで学校だよりに載せられるような文章か見て、判断できるから」

「でも……」

 ――わたしはあの文章を見れば、いくら吉音君でも幻滅するのではと思っていた。

「これでもボクは作文で金賞をとってるんだ。批評ぐらいはできると思うよ」

「でも、わたしは見て欲しくないよ……恥ずかしいし……」

「恥かしがることないよ。だって学校だよりに載るほどの作文なら」

「吉音君。こっちだよ」

 ――田貫ちゃんは吉音君の手を引っ張り、教室の外に貼り出されている作文を見に行った。

『これは酷い……』

 教室の外の廊下から吉音君の声が聞こえる。

『でしょー』

 田貫ちゃんの声も教室の外から聞こえてきた。

 しばらくして、田貫ちゃんと吉音君が戻ってきた。

「君の作文を読んだけど……学校だよりに載せられるほどの文章じゃないよ」

 ――その吉音君の言葉は心にナイフでえぐられたような言葉だった。なぜわたしをよく知らない人がわたしの心にナイフを突き刺すのだろうと、何度も自問自答した。

「やっぱり誰かと間違えたんじゃない? 似た内容を書いた人と入れ替わったんだよ」

――下を向くわたしに田貫ちゃんはからかうような笑みを向けて言った。

「原文を見せてくれれば分かると思うけど、作文はある?」

 吉音君がさも当たり前かのように作文を要求し、手を向けた。

「見て……どうするの?」

「照らし合わせるに決まってるじゃん」

 田貫ちゃんがけらけらと笑うように言う。

「……嫌だよ!」

 ――わたしは激しく首を横に振った。

「素直に出して……はっきりしようよ」

 田貫ちゃんが軽く机を叩く。

「君のプライドの為にも……出した方が良いと思うよ。こうやって田貫ちゃんが馬鹿にしてる訳だし」

「嫌だなぁ吉音君―。わたしは愛ちゃんの事を考えて言ってるんだよ。こんな恥ずかしい文章が世に出ないようにさー。恥だよ、恥―」

 田貫ちゃんが手を振り、あくまでも馬鹿にしている事を否定しているが、顔はにやけているように思えた。

「……分かったよ。でも、そのかわりにわたしの作文を馬鹿にしないでよ」

「馬鹿にする? しないよー。ねぇ?」

 田貫ちゃんが吉音君に視線を送ると、馬鹿にしない事を肯定するようにこくりと頷いた。

「じゃあ、分かったよ。本当に……馬鹿にしないでよ」

 ――わたしは教室の壁際にあるランドセルロッカーからランドセルを取り出して開け、その中から作文用紙を取り出した。聞かれた時に自慢しようと思っていたぐらいの気持ちだった。それがこんな形で見せる事になるとは思ってもみなかった。

「なんだ……持ってんじゃん」

 ――田貫ちゃんが駆け寄り、わたしの作文用紙を取り上げる。

「ちょっと勝手に見たら悪いだろ」

 そう言いながらも吉音君は止めもせずにわたしの作文用紙を覗き見ている。

「良いって言ったんだから、見てるだけじゃん。んんっ!? 学校だよりと文章が違くない?」

「確かに文章が違うようだけれど……」

 吉音君がスマホで検索し、学校のブログに載っている学校だよりの作文と照らし合わせる。

「はぁ? 愛ちゃんの作文と学校だよりに載っている作文がぜんぜん違うんですけど!」

 田貫ちゃんがクラスメイトに聞えるように大きな声を上げる。

「ちょっと大きな声を上げてどうしたの? もうすぐホームルーム始まるのよ。隣の教室まで聞えちゃうでしょ」

 担任の中立(なかだち)先生が足早に教室に入ってくる。

「だって先生、愛ちゃんの誤字脱字だらけの訳わからない作文が学校だよりに載ってます。多分、書いてる人は違うと思いますー」

 田貫ちゃんが不服そうに言う。

「そうなんです。誤植さんの作文が学校だよりに載りました。みんなで誤植さんを褒めてあげましょう。表彰もされるようですよ」

 中立先生が一人で拍手すると、クラスメイト達からざわめきが起こった。

『あの誤植が……』

『なんで?』

『あんな作文で表彰かよ』

 表彰という言葉を聞いて、田貫ちゃんは舌打ちをし、わたしを睨んでから、先生の方を向いて口を開いた。

「どうして愛ちゃんの学校だよりが載ったんですか? ここに作文の金賞受賞者がいるのにおかしいですよね?」

 田貫ちゃんは吉音君を見て言った。吉音君はどうしていいか分からずに頭を掻いていた。

「誤植さんにはとても良い作文を書いたと言っていた方がいました。それで選ばれたのだと思います」

 ――中立先生はわたしを少し見て、気まずそうに言った。

「愛ちゃんの文章とだいぶ違いますよね?」

「間違った文字を少し変えて、修正したんだと思いますよ。それにほら……誤植さんのお母さん、絵本作家さんでしょ? それなりに文章の才能があるのかも?」

食い付くように言い続ける田貫ちゃんに中立先生は少し焦ったような口調になる。

「それって……親の七光りって事ですか? そういう世の中だから裏口入学とかが増えて、才能がある人が認められない……ニュースとかでやってましたよ」

「親の七光りとか、裏口入学とか、難しい言葉を知ってるのね田貫さん。とりあえず今はホームルームの時間ですし、作文の話は後でしましょう」

 田貫ちゃんは納得しないものの、黙って席についた。



 ――それから表彰式の当日、田貫ちゃんはわたしを目の敵にしていた。

「あんた! 分かっているんでしょうね? 表彰式で賞状なんて貰ったら、恥よ! 恥!」

 ――教室に入るなり、田貫ちゃんに言われた言葉が挨拶ではなく、非難の言葉だった。

「わたしの作文をお母さんが褒めてくれたし……わたし、賞状は欲しいし……」

「はぁ? あんたは! 偉い人に賄賂をくれるって言ったら、貰うわけ? 親が裏口入学してくれるって言ったらするわけ? そういう奴が悪い政治家になったり、役員になって汚職事件を起こしたりするのよ!」

 ――田貫ちゃんはわたしを睨み続け、声を上げた。

「わたし、そんな事しないよ」

 ――わたしは首を横に振る。

「とにかく! 賞状を貰うのを辞退しなさい」

「そんなことできないよ!?」

「すべてなかった事にするのよ……これはあんたの為に言ってるんだから」

「えっ?」

「あんたが賞状を貰うのをみんなが許すと思う? あんたが悪人だと、みんなが知ったら、あんたが虐めの対象になるんだからね」

 ――クラスメイトの何人かこちらを見ているのに気付き、わたしはビクリと身体を震わした。

「別にわたしは悪い事してないよね? わたしが賞状を貰っても誰も怒らないよね!?」

 ――わたしがクラスメイト達に聞いても、その答えは返ってこない。視線を逸らして、黙るだけだった。

「あーあ、もう虐めが始まっちゃった? そんなに気になるなら、吉音君か誰かに聞いてみれば良いじゃない。わたしは賞状を貰って大丈夫ですかって……」

 ――耳元でわたしに言う田貫ちゃんの横顔は笑っているように思えた。

「どうして吉音君に……?」

 ――わたしは教室を見回し、席に座る吉音君を見つけると、思わず駆け寄っていた。

「吉音君……賞状を貰って大丈夫だよね? だってわたし悪い事をしてないもん」

 ――わたしが泣きそうな表情で言うと、吉音君は溜息をついた。

「そもそも君はあの文章で賞状を貰えると思ってるの? お情けで貰うような努力賞だったら、田貫ちゃんの言うように恥なのかもね……賞状を貰うの辞退したら?」

 吉音君は冷たく言い放った。

「でも……わたしは」

「じゃあ、愛ちゃんが賞状を貰うのを辞退した方がいい人? みんな、真面目に答えてあげて! これは愛ちゃんの社会勉強の為にも!」

 田貫ちゃんがにやけ顔で言うと、クラスメイトの半数が手を上げていた。

『よく分からないけど……下手な作文が学校だよりに載るとか訳がわからん』

『吉音君の作文が選ばれるべきだったんじゃん、あっちの作文は金賞だし』

『先生の人選ミスだろ?』

 ――わたしの作文を否定するクラスの男子生徒達、「可哀想だよ」「やめてあげて」と言う女子生徒も何人かいたけれど、その声は掻き消されそうなほど、小さな声だった。

「こら! 誤植さんを囲んで何やってるの?」

 ――中立先生の声が聞こえる。わたしは下を向いたまま、前を向けない。

「なんでもないです」

 田貫ちゃんが誤魔化すように言って、吉音君と一緒にすぐに席につく。

「朝礼の為、これから体育館に行きます。喋らず静かに歩いてくださいね」

 ――それからわたしの頭が真っ白になり、体育館に向かうみんなの歩行がスローモーションのように思えた。

『愛ちゃん……元気ないけど大丈夫かな?』

 ――吉音君の声が何処かからか聞こえる。

『親の七光りで調子に乗った報いだよ』

 ――これは田貫ちゃんの声だ。

『でも、辞退させるのはさすがにハードルが高いんじゃないの?』

『やってくれなきゃ困るわよ……じゃないと、愛ちゃんが馬鹿なまま、犯罪者になっちゃう』

 ――列を歩くわたしは無意識に愛ちゃんと吉音君の声がする方向を探り、探していた。

 ――わたしが顔を上げた刹那。悪い暗殺者のように駆け寄り、強面で顔を近づけ、囁くように口を開いた。

『ねぇ聞いてる愛ちゃん? わたし、賞状を貰うのを辞退しなかったら、愛ちゃんのことをずっと軽蔑するから!』

「じゃあ……辞退すればいいの?」

 ――わたしに選択肢はなかった。

『これは口約束じゃないわ……本当にやりなさいよ』

 ――わたしは黙ってこくりと頷いた。それを肯定と見た田貫ちゃんは嬉しそうに吉音君がいる列に戻っていく。


【誤植愛さん】

 ――朝礼の後に中年の教頭先生にマイクでわたしの名前が呼ばれるが、無視した。

【誤植愛さん? 誤植愛さん! 誤植愛さん、壇上に上がってください!……今日は誤植愛さんは欠席でしょうか?】

 ――無視をしてもその行為は無意味だという事は幼いわたしでも分かっていた。それはわたしなりのわずかな反抗でもあったのかもしれない。

 生徒の列の横に集まっていた教師と共に居た中立先生は少し前に出て、無言で首を横に振る。

【誤植愛さん? どうしたんですか? 聞えていますよね?】

「ごめんなさい……わたし……受け取れません」

【誤植愛さん……よく聞こえません。壇上に上がってください】

『もっと大きな声で』

 田貫ちゃんが言う。

「わたし、賞状を受け取る資格はありません!」

 ――わたしが体育館に響くような大きな声で言うと、生徒達の列がざわつき始める。

【えー……静かに! 誤植愛さんは都合が悪いそうなので……後日に賞状を職員室に受け取りに来てください……これにて朝礼を終わりにします】

「よく言えたね……これで良かったと思うよ」

 吉音君が肩を叩く。

「ちゃんと言えたじゃん……この後も賞状を受け取らないでね」

 ――動かないわたしに田貫ちゃんが笑って言って、通り過ぎていく。わたしは涙を堪える事しかできなかった。

 ――わたしの文章は何?

 ――わたしの文章はこんなにも……誰の心にも響かないものだったの?

 ――わたし……わたし……わたしは……

『愛?』

 ――誰? わたしを呼ばないで……もう賞状を貰いたくないの!

「愛!」

 優しく触るような手が触れて、部室の長机から愛は飛び起きる。

「……あれ? 書也君も朝練に来てたんだ」

「レインチャットで教子先生から朝練で部室を解放するって聞いたからな……それよりも愛、大丈夫か? 涙が……」

 書也が言うと愛は慌てて、袖で涙を拭く。

「ちょっとあまり寝てなかったからかな? あははっ」

 空元気のような愛の受け答えに書也は困った表情をする。

「まだ朝練前の十分前だぞ。どんだけ早く来てたんだよ? まだ友美の言ってる事を気にしてたりするか?」

「ほ、本当に違うんだよ!? 嫌な夢を見たというか……」

 その時、ドアの錠が開く音がして、噂をすればなんとやら。友美が部室に入ってきていた。友美は書也と愛がいるのを確認すると、駆け寄って愛に頭を下げた。

「この前はごめんなさい! わたしその……口が悪いから!? 本当にごめんなさい!」

 友美が真っ先に謝罪を早口のように言い、頭を下げ続けた。

「大丈夫だよ、わたし気にしていないから」

 愛が笑顔で言うと、友美はぱっと明るくなっていく。

「やっぱり! 持つべきものは友達よね!」

 友美は強く愛の肩を抱き、すぐに機嫌を良くしている。

 後から理香が部室に入ってきて、愛の肩を抱く友美を珍しそうに見た後、少し呆れ顔になる。

「友美君。親しき仲にも礼儀ありという言葉を知ってるかな?」

「はぁ? 先に謝っているんだから良いじゃない!」

 その後にエロスが部室に入ってくると、エロスも愛の肩を抱く友美に呆れ顔になる。

「友美さん。変わり身の速さはさすがですわね。親しき仲にも礼儀ありという言葉を知っていますか?」

「何であんたまで同じことわざを言うのよ!?」

「愛に馴れ馴れしい……離れて」

 いつの間にか後ろにいたのか、幽美が両腕で愛と友美を引き剥がす。

「あんた、いつからいたのよ!?」

 神出鬼没の幽美に友美は気色悪そうに離れる。

「理香の後ろにずっとついてた」

「あんたの存在感、なさすぎでしょ」

「ところで朝練は聞いてましたが……朝の部活は何をするんです?」

 と、書也が聞く。

「だいたい自分のプロットや小説の執筆を進めていますけど……あら? 今日は現国学院(げんこくがくいん)新聞の締切じゃなかったかしら?」

エロスは「はっ」としたように何かを思い出した表情になる。

「現国学院新聞って、うちの学校新聞ですよね? ラノケンは新聞小説も担当してるんですか? じゃあ、月刊の連載小説ですか?」

 書也が聞くと、エロスはこくりと頷いた。

「ええ、そうですわ。うちの現国学院新聞は月一で発行されます。採用されれば、一年間の連載が決まります。学校だよりの掲載も推薦してくれるそうなので、積極的に参加していますの」

 幽美が言うと、学校だよりというワードに愛がなぜか小動物のように身体をビクリとさせたように見えた。

「愛? どうした?」

 書也が聞くと、愛は黙ったまま、下を向く。

「わたしもすっかり忘れてたわ!? 締切日にあいつら、借金取りみたいな小説の取り立てをするから、質が悪いのよ!?」

 友美は顔を青ざめたかと思うと、慌てて自分のタフブックをスポーツパックから取り出し、電源を入れた。

 友美だけでなく、エロス、幽美、理香までもが席につき、慌ててノートPCを立ち上げる。

「皆様、現国学院新聞に載せるSS(ショートショート)は完成していますわね? 完璧に誤字脱字を無くし、仕上げますわよ!」

【はい!】

 エロスの声に友美、幽美、理香の揃った声の返事が飛ぶ。

「あの……エロス先輩。俺達も書いた方がいいんでしょうか?」

 蚊帳の外の書也と愛は呆然とするも、すぐに助けを求めるようにエロスに歩み寄った。

「入部したばかりの貴方達は隠れてくださいまし。新聞部に目をつけられると厄介です。下手をすれば、朝練の時間までにSS(ショートショート)を書けと言われかねません」

「隠れろと言われましても……」

 部室は教室のように広いが、身体を完全に隠す遮蔽物や人が入れそうなロッカーやクローゼットすらない。

『開けろ! 新聞部だ! 朝練でラノケンがいる事は分かっている! 出てこい!』

 部室のドアを激しく叩く音と少女の荒ぶった声が部室の外から聞こえてくる。それは不思議な事に同じ声が重なっているように聞こえた。

「こうなっては仕方ありませんわね。書也さん、開けて差し上げて」

「は、はい。今、開けます」

 エロスに言われ、書也がドアを開けると、双子の女子生徒が睨んできた。双子はお互いツインテ―ルにし、一人はうさ耳の付いたヘッドフォンをし、もう一人は口に鼠色の布マスクをしている。

【見ない顔だな。ラノケンの新入りか?】

 双子の女子生徒は声を揃え、同じタイミングで書也の顔を覗き込んだ。

「ライトノベル研究部の物部書也、一年です」

「新聞部の諜報院聞姫(ちょうほういんきき)

 うさ耳の付いたヘッドフォンが聞姫。

「同じく妹の口姫くちきだ」

 鼠色の布マスクをしているのが口姫のようだ。

 そして名刺をまるで刑事ドラマの警察手帳のように見せ、双子の聞姫と口姫は書也に渡した。

「はぁ」

 名刺はかなり作り込んであり、SNS、ブログのURLやら電話番号、QRコード、顔写真までカラー印刷されている。名刺を見ると、二年の社会学科らしい。

「しかし、新しい新入部員とは……誤植はともかくとして、情報は聞いていないぞ」

 聞姫がむすっとした表情で言う。

「きっとエロスの奴が、情報を渡さずに出し抜こうとしてやがりますよ」

 口姫がマスクをずらし、にやけた顔で聞姫の耳元で言う。

「エロス、許さん! 口姫、ラノケン部室に家宅捜査だ!」

「ラジャー!」

聞姫と口姫がするりと、部室のドアを勝手に入って行く。

「ちょっと勝手に困ります!」

 いくら新聞部で先輩とはいえ、常識がなさすぎる気がした。止めようとするが、聞姫と口姫は部室の中を自由奔放に動き回る。聞姫は小型のアクションカメラで部室を撮り、口姫は手帳型ケースのスマホを操作している。

「ちょっとエロス先輩よぉ。話が違うんじゃねぇですか?」

 口姫が手帳ケースのスマホをエロスに向けながら、ヤクザのような喋り方をする。聞姫はそれを楽しそうにアクションカメラで撮影している。

「現国学院新聞に載せる小説でしたら、すぐに終わりますわ」

 エロスは溜息をついて言う。

「そうじゃねえ! 新入部員の事を何で黙ってた?」

 口姫が長机を叩く。

「言う必要あります?」

 エロスが疲れたような表情で言う。

「エロス先輩よぉ。まさかお前……新入部員に小説を書かせずに上級生だけ手柄を横取りする気じゃねぇだろうな? 名誉ある現国学院新聞の小説が載るのは厳選な審査をして、たった一人だ。それを伝えてなかったなんて言わねぇよな?」

 口姫がエロスの顔を覗き込むように睨み続ける。

「すいません……伝え忘れていただけですわ」

 エロスが頭を下げる。

「今日の号外は……ラノケンのエロス先輩、後輩のパワハラ発覚!? 学校新聞の小説候補を一年だけ外すと……」

 聞姫が独り言のように言い、アクションカメラを回しながら、手帳ケースのスマホを片手で操作する。

 戸惑う書也と愛に理香が口を開く。

「気にしなくて良いよ書也君、愛君。新聞部の締切は思った以上にシビアなんだ。いくら

SS(ショートショート)の短さでも締切が一週間もない事がある。入部したばかりの人間にいきなり難題をふっかけるのはかぐや姫かうちの新聞部ぐらいだろう」

「言ってくれるじゃねぇか理香! だけどなぁ。お前のド外道物語は一度も審査に通った事はない。お前の代わりに一年に任せた方が良いんじゃないかって、考えてる」

「それは酷い言われようだね……まあ、私の小説が学内向けではない事は認めるよ。どうも癖で道徳に反した事を書いてしまうようだ」

 顔を近づける口姫に理香は参ったといった風に両手を上げるも、その顔は少し笑っているように見えた。

「一年の……語部だっけ? 今から書けるって言うんだったら、待っても良いんだけどなぁ」

 口姫の言葉に書也は手を横に振る。

「無理ですよ。朝練の時間、もう三十分もないじゃないですか」

 部室の壁掛け時計を見ると八時を回っていた。朝礼が始まるのは八時半だ。

「わ、わたしは新聞部の小説の事は覚えていて……書いてきました!」

愛はキューピッド人形のUSBメモリを好きな人にバレンタインチョコでも渡すかのように頬を染め、聞姫に差し出した。

「誤植か……確かに中等部の体験入部時には、お前の小説を見ていなかったな」

「駄目よ!? 愛のはまだ編集が終わってないの!」

 友美が駆け寄り、愛のUSBメモリを取ろうとするが、先に聞姫が奪い取ってしまう。

「編集が終わってないだぁ? 他人の小説をお前が管理してるのか熱情さんよぉ?」

 聞姫が怪しそうに何度も愛のUSBメモリを眺め回す。

「誤植、この小説を私に渡すって事は当然に完璧な作品として仕上がっているって事で良いよなぁ?」

「……は、はい」

 自信なさげに言う愛に書也は両手で頭を押さえる。

「愛、お前!?」

「口姫! 念の為にデータチェックだ。理香のようなド外道物語か、エロス部長様のド変態小説か、それとも怪奇のようなやべぇ奴しか出てこない小説か、熱情の設定破綻小説か……どんな爆弾が眠ってるか分からねぇからな」

 聞姫が愛のUSBメモリを口姫に投げ渡す。そして口姫は素早い動きで教子先生のデスクトップPCを立ち上げ、愛のUSBメモリを挿入した。

「勝手にやめなさい! それは教子先生のパソコンですのよ!」

「そう……さすがにプライバシーの侵害!」

 エロスと幽美が駆け寄り、口姫を止めようとするが、聞姫がバスケットボール選手のディフェンスのように両手を広げ、二人に立ち塞がる。

「これは新聞部の小説掲載の為に拝借する。それに本人の同意を得ているなら、プライバシーの侵害もないだろがぁ!」

「そうそう。さすがにルーキーの小説は信用ならないからなぁ。この編集のプロである口姫様が修正箇所をレクチャーしてやろう」

 いくら一般的に扱っているPCといえども、教師が扱うPCである。そのパスワードは突破できないはずなのだが、口姫は少し考えてから、入力して一発でログインしてしまった。

「どうしてログインできるんだ!?」

 書也が声を上げる。

「まあ、教子先生の生年月日がパスワードという事はよくやる手だよ。これだな……学校新聞提出用小説と……」

 口姫はワープロソフトを立ち上げ、愛のUSBメモリを読み込んだ。

「こ、これは!?」

 PCのモニターに映り込んだ文字を見た口姫は思わず声を上げる。

「どうした口姫!?」

 呆然とする口姫に必死にブロックしていた聞姫がPCの方に振り向いた。



科学の力で異世界攻略 誤植愛


 魔王の科学の光の(ライトセイバー)が砂塵や石礫を吸い込みながら勇者の首筋に迫る。それに対して勇者の魔剣ブラックホールイーターの刃は光を放ち、目を眩ませた。

 ――魔王バルバドス……立場が逆だったら、俺はお前だった。そう、逆だったのかもしれない!

(何なのだこの小説は……立場が逆というか……二人が持っている剣の描写が逆じゃねぇか!?)

 王国軍と魔王軍は長い間、清掃中となっていたが、この勇者サンダルと魔王バルバドスの戦いで終わりを継げようとしていた。

(清掃中? まさかこれはコメディなのか? いや、戦争中の間違い? でも、履物みたいな勇者だし、いや、しかし終わりを継げようとしていたはさすがに誤字なのでは……)

 勇者サンダルフォンの光の剣が魔王のロープを切り裂いて、牙のような鎧が姿を現す。

(さっき勇者の名前がサンダルじゃなかった? さっきは急に何で勇者の名前を略した!? ロープを切り裂いて……魔王が縛られて、縛りプレイってか? いや、ロープじゃなくてローブの事か!?)

 ――光の(ライトセイバー)は背中のボンベのガスの出力をどんなに揚げても一命取るが限界だ。それに対して魔王の魔剣は百六十mなのだ。

(ガスで何を揚げているんだ!? 一mの刃で一命取るってかぁ? 可笑しいだろ!? 魔剣の長さが高層ビル並になっているんだが……アーサー王もびっくりだ)

 ――考えている内に魔王の魔剣の検圧が白粉の壁を壊し、瓦礫を吸い込んでいく。力強く踏み込んだスパイクブーツが床に食い込んでも、強力粉な吸引で少しずつ滑り始める。

(検圧……圧力を検査してどうする!? 剣圧だな! それと白粉の壁ってなんだよ!? まさかお城の誤字か!? 強力粉が強力になっているのか? 粉が余計だ!? まさかオートコレクトが馬鹿な方向に機能しているのか!?)

「くっ!? 超重力装置で鍛えてなかったら……スパイクブーツが無ければ、あの魔剣に簡単に吸い込まれていた!? くうっ!? 奴は何処にいる!?」

「クククッ! 蕎麦煮るぞ!」

(魔王が蕎麦を煮てどうする!? まさか側にいるぞか?)

「閉まった!?」

(何のドアが閉まったんだ!? しまったが漢字に変換されてしまったのか!?)

 サンダルフォンは後ろにワープして現れた魔王の魔剣を避けるが、まるで磁石が反発されたかのように勢いよく斑点し、吹き飛ばされた。サンダルフォンは受け身をとれずに壁に当たり、化石のように埋め込まれてしまう。

(斑点……蕁麻疹でもできる魔剣なのか!? 反転か?)

「クククッ……勇者の化石とは珍しいな。そのまま飾ってやろうか」

「ふざけるな!」

 サンダルフォンは態勢を立て直し、腰に差した極限まで短くした三段重を発泡した。散弾は魔王の魔剣に全て吸い込まれて消えていく。

(三段の重で何をする気なんだこの勇者は散弾銃だろ! そのお重から泡が吹いてるしな……発泡じゃなくて発砲な!)

「無駄だ!」

「くそっ!? こうなったら!」

 サンダルphoneはスマホを操作し、布で隠していた四機の小型ドローンを動かした。浮遊するドローンは魔王を囲む。

(スマホを操作するサンダルフォンのフォンがiPhoneみたいになってるから!?)

「ふん! 小細工な玩具で何ができる」

「そいつは自爆ドローンって言ってな……自動で追尾し、狙った箇所を確実に当て、爆発する!」

「ぬおおおっ!?」

 自爆ドローンは魔王の両腕と両足に当たり、爆破し、布団だように思えた。

(爆発して布団が飛んでいるが、吹っ飛んでいるだな)

「馬鹿な!? 無傷だと!?」

「もうやめて兄さん! その人は……」

 扉を開けて入ってきたのは、サンダルフォンの妹のジブリール、略称ジブリだった。

(緊迫感のあるシーンなのに略称? 誤字じゃないけど、略すと某アニメ会社をイメージする名前だな)

「死ねえええっ! 勇者あ!」

(RPGで面倒くさいから付けた勇者の名前「あ」みたいになってるから!?)

「うおおおおっ!?」

 そしてサンダルフォンは魔王の魔剣に吸い込まれる覚悟で腰のホルスタインの五十口径のマグナムを抜き、至近距離で発砲した。市販の打ち上げ花火が暴発したような音と共に魔王の腹部から鮮血が散った。

(腰のホルスタインって牛かよ!? ホルスターだろ!?)

「どうしてよサンダル兄さん!? どうしてメタトロン兄さんを撃ったの!?」

 ジブリはポロポロと涙を流し、サンダルフォンに言った。

(略称がサンダルを履いたお兄さんみたいだな!? あと、略称のジブリはやめないか? 違うものを想像する……おにぎりを食べるあれを想像してしまう)

「ちょっと待ってよジブリ……メタトロンって!?」

 サンダルフォンは唖然とした表情で思わず光の(ライトセイバー)を落とし、魔王と思われたメタトロンを見下ろした。

「これで良かったんだジブリ……」

 サンダルフォンが兜蟹を外すと、それは間違いなく弟のメタトロンの姿であった。

(魔王が被っていたのは兜ではなく、兜蟹なのか!?)

「消えないでサンダル!」

 サンダルフォンが声を上げて鳴いた。それは獣の咆哮のように城内に響き続けた。

(おいおい!? 自分の名前を呼んで消えるな!? また名前が間違ってるぞ!? それじゃあ魔王メタトロンじゃなくて勇者のサンダルフォンが死んでるだろ!? しかも泣き声じゃなくて、鳴き声になっているから、それじゃあサンダルフォンが獣だろうが!?)

 こうして勇者メタトロンによって、魔王サンダルフォンは倒され、世界に平和は訪れた。だが、その勇者ジブリの悲しみは深く、校正に伝えられる事となり、悲しき戦争は末永く起きる事はなかったという。

(もう……名前がもう滅茶苦茶だよ!? しかも校正じゃなくて後世な! これじゃあお前の文章に校正が必要だろ!)



「何があったんだ口姫!? 口姫! 口姫!」

 PCのモニターを見つめたまま、口姫は魂を取られたようにしばらく動かなかった。口姫は眼が点になり、聞姫が何度も激しく身体を揺らしても反応がなかった。その反応にラノケン部員達は頭を押さえ、または目を逸らし、明後日の方向を向いて残状を直視できないでいた。

「聞姫、こいつはよぉ……熱情のような設定破綻の小説でもなければ、エロスのような、ど変態小説でも、怪奇のようなヤンデレ登場人物が出る話でも、理香の倫理観がぶっ飛んだ話でもない……ラノケンのビックバンだ! 久しぶりに見ちまったよ。文字の三途の川よぉ……」

 口姫は眼が点になったまま、白くなりがらも聞姫に言った。

「文字の三途の川!? 口姫、何を言って……こいつは!? なるほどな……ククク。良い事を思いついた口姫! 今回の学校新聞の小説は誤植にしよう。この誤字脱字だらけの小説で、学校中に笑いの渦を巻くんだ!」

 聞姫の笑い声に同調するように口姫も部室に笑い声を反響させた。

「ククク! 聞姫、私も同じ事を考えていた!」

「おい! 本人の許可無しにそんな事をするな! 愛はそんなつもりで書いたんじゃない!」

 書也が口姫と聞姫に非難の声を上げる。それでも口姫はパソコンの電源を落とすと、愛のUSBメモリを抜き、それをハンドスピナーのようにくるくると回し、書也を面白そうに見つめた。

「あん? 新人の素人は黙っとけ。そもそもこれは誤植が提出した物だ。もちろん誤字脱字をチェックし、これが完璧な状態なものだと思って、提出したんだろ? そうだろ誤植? これが完璧な状態で、もちろんこの小説で笑いをとりたいから、新聞部に提出するんだよなぁ?」

 口姫がマスクを外し、笑顔で愛に顔を近づける。

「そ、そうです!? これが完璧な状態です! も、もちろん笑いを取るために書いたんです! 学校だより……いえ、学校新聞の為に!」

 愛は目を回したように視線が定まっておらず、目が泳いだまま答えた。だが、両手はぶんぶんと回し、身体は拒否しているようにも見える。

「おい! 愛、それで良いのか? いくら小説が学校新聞に載るからって……恥をかくのはお前なんだぞ! 目を覚ませ!」

 書也は愛の肩を掴み、何度か揺らす。

「書也君、わたしは……笑い者になってもいい! 学校新聞に載って……多くの人がわたしの小説を見て笑ってくれるならそれで良いと思ってるんだ!」

 愛は書也の腕を掴んでそう言った。真っ直ぐな瞳で、それでも書也の腕を掴むその愛の手は震えているようであった。

「愛……何があったか知らないけど……本当にそれで良いの? 愛、今日はなぜかすっごく怯えているような気がする……どうして?」

 今まで黙って見ていた幽美が心配そうに近づき、愛の頬を優しく触った。

「幽美ちゃん、大丈夫だよ。ちょっと怖い夢を見て……思い出して、動揺してるだけだと思うから」

 愛は幽美の頬を触った手を優しく握り、笑顔で答えた。だが、その笑顔は作り笑顔のような少しぎこちなさを感じた。

「本人が良いと言っているんだ。決まりだな! 口姫、すぐに編集作業だ!」

「ククク! 新聞部の腕が鳴るな」

 口姫と聞姫が部室のドアから出ようとすると、友美が両手で二人を遮った。

「ちょっと待ちなさい! いくら本人が良いと言っても愛の小説を侮辱するような編集の仕方だったら許さないわ!」

 その時だった。ラノケンの部室をコンコンとノックする音が聞こえた。

「こんな時に……誰ですの?」

 エロスが苛々した感じに部室のドアを開けると、見知らぬ男性が立っていた。背は高く、色白で、髪を結い、いかにも芸術家風の少年であった。

「すまない……ここに新聞部がいると聞いて来たんだが……口姫か聞姫はいるか?」

 その男性は書也にだけが見覚えがあった。画竜点睛……その生徒は幼馴染であり、ラノベ作家を目指す書也をけなす因縁の相手でもあった。

「点睛! 何でお前が……ここにいるんだよ!」

「それはこっちの台詞だ書也君。小説家になれやしないのに学費だけが高いラノベの専門学校にでも入学してると思ったよ。まさか同じ現代国語学院に入学しているとはね。ああ、そういえば日本文学科もあったのか」

 点睛は呆れ顔で書也に言った。

「そういうお前は何科なんだよ!? この学校に漫画研究部はあっても……美術科は無いだろ?」

 書也は思わず点睛をきりっと睨む。

「書也君、学校のパンフレットをよく熟読したまえよ。考古学科の中には再現美術という専攻があってね。有名絵画の模写や絵の復元などを行っているよ」

「何ですの……この生意気な方は……」

 エロスが思わず小声で書也に聞く。

「画竜点睛……俺のラノベをけなす奴、腐れ縁って奴ですよ」

「心外だね書也君。本当の事を言ったまでじゃないか……途中で漫画の道を踏み外し、漫画やゲームのパクリみたいな物語を書き連ねる外道な文字表現を続ける小説家に君はなるんだったかな?」

 その発言にエロスも思わず点睛を睨んだ。

「漫画やゲームのパクリですって!? ラノケンでライトノベルを馬鹿にする行為は許しませんわよ!」

「失礼、部長さん。漫画を一生懸命に教えていたのに絵から文学に転向する彼をどうしても裏切り者として見てしまうんですよ。そのせいか、ラノベというコンテンツに恨みを抱いてしまうようでして」

「それを世間では逆恨みと言うのではありませんの? どんな理由にせよ、ラノベや作家をけなす行為は許しませんわ」

 睨み合う書也、エロス、点睛に口姫が割って入る。

「画竜、良いところに来た。新聞の四コマ漫画の他に小説の挿絵を描いて欲しいと思っていたところだ」

 口姫は馴れ馴れしく、点睛の肩を掴み、笑顔で言う。

「ラノケンの小説の挿絵ですよね? 嫌ですよ」

「そう言うなって、今回のラノケンの小説は面白い! お前の挿絵があれば、さらに面白くできる」

「ちなみに……誰の小説です?」

 点睛は言って、ちらりと書也を見る。

「お前と同じ一年の誤植愛の小説だ」

 口姫が愛に指をさして言うと、点睛は愛を見た瞬間、頬を染めてなぜか顔を逸らした。

「いや、誰であろうと……ラノケンの書いた小説の挿絵なんてごめんですよ。だいたい四コマ漫画だけでもギリギリなんです」

「そこをなんとかだな……もちろん放課後まで……部活時間で仕上げてくれるなら、待ってやってもいい」

 口姫がにやけた顔でキスするぐらいの勢いで顔を近づけ、点睛に迫る。

「む、無理なものは無理です!」

「だったらわたしが描きますよ!」

 拒否する点睛に愛が手を上げ、言い放った。

「はぁ? お前はラノケンだろうが? 小説以外に絵まで描けるって言うのかよ?」

 聞姫が不良かヤクザのように愛に顔を近づけ、睨むように見る。

「はい、描けますよ。わたしのそのUSBメモリの中に【科学の力で異世界攻略】をイメージしたイラスト画像があるんです。それを参考に使っても良いと思いますし、数時間もあれば新しく描く事もできると思います」

「今度はイラストときたか。誤植、まさかピカソみたいな絵じゃないだろうな? 社会学科の私と口姫でも理解できる画力のクオリティか?」

「愛の画力だったら俺が保証しますよ! なんたって、俺が愛の自宅に行って描いたイラストを見てますから」

 書也が自慢気に言うと、理香が興味津々と愛と書也の顔を見比べた。

「書也君? 愛君の家に行ったのかね? いつからそんな仲に?」

「たまたまです!? とにかく愛のイラストを見れば、分かります!」

 書也は慌てて誤魔化すように言う。

「証人がいるのか。まぁ。そこまで言うなら見てやらんでもないが……くだらねぇイラストだったら許さねぇぞ」

聞姫は溜息をつき、再び教子先生のデスクのPCを立ち上げ、愛のUSBメモリを挿入した。

「なぜラノケンがイラストを……」

 点睛は首を傾げながらも、聞姫が立ち上げたPCのモニターを見つめていた。

「これか……確かにこいつは……しかし、クオリティが高いだけに謎だ。なぜ小説の文章はまともに書けないのに、絵を描く道に進まねぇ?」

 PCのモニターを見ていた口姫が首を傾げて、愛に言う。

「それは絵ではなく、わたしが小説を書きたいからです。いけませんか?」

 言った口姫に対して、愛が怒った表情をすると、聞姫は意外そうな顔で見た。

「じゃあ、実は手書きで書いた方がまともな文章になるんじゃないか? パソコンのキーボードが苦手なら、同じ線を描くイラストのように手書きの文字なら多少はまともになるとかな」

 聞姫はなぜか愛に対して面白そうに言うと、スマホでメモをとり始める。

「えっとですね。手書きでも同じです。わたしの目で見ると、絵の場合は文字のようにグニャグニャに歪んだり、文字化けにならないからです」

『文字がグニャグニャ?』

 愛が笑顔で言うと口姫と聞姫が同じタイミングで首を傾げ、言葉をはもらせる。

「お、おい愛!?」

「え、なに!? 書也君!?」

 書也が慌てて愛の口を押えると、その手を引っ張り、PCのデスクから離れた隅に移動する。

『さすがにまずいだろ失読症の事を言ったら……新聞のネタにされるぞ』

 小声で言う書也に愛は今更ながらしまったといった風な感じで、慌てたリアクションをとった。

『そ、そうだよね!? さすがにまずいよね』

 愛も小声で書也に言葉を返す。口姫と聞姫は書也と愛にちらりと視線を向けるが、どうやら怪しんではいないようだった。

「す、素晴らしい! 君は素晴らしいよ! あんなイラストが描けるなんて! 一万人に一人の逸材だよ君は! 誤植さん! いや、愛さんと呼んで良いかな?」

 点睛が書也を押しのけるように割り込み、愛の手を掴み、賞賛する。

「そ、そうかな? えと……画竜君?」

「君も僕の事を点睛と呼んでくれたまえ!」

「馴れ馴れしいぞ点睛! 俺の彼女に手を出すな!」

 書也は声を上げ、ボディーガードかSPのように点睛に割り込み返し、愛の前に両手を広げ、守るように立った。

「ん? 俺の彼女? お前達は付き合ってるのか?」

 点睛は意外そうな顔で書也と愛を見比べた。

「か、彼女!? 書也君、まだそんな関係じゃ……友達だよね!?」

 愛が頬を赤くして恥ずかしそうに言うと、書也も思わず頬を赤くする。

「た、確かに友達だが……愛を彼女と言って何が悪い? さっきの発言は二人称だ!」

「では、愛さんは君のものではないだろう。絵が上手なら、僕と一緒に漫画研究部に来たらどうかな愛さん」

 点睛は書也の隙間から愛の顔を覗きこむようにして、笑顔を向ける。

「ふざけるな! 愛はお前と一緒に漫画なんか描かない!」

「決めるのはお前じゃない。愛さんじゃないのかな? 愛さん、どうかな?」

 見つめる点睛に愛は首を横に振る。

「画竜君。さっきも言った通り、絵が上手でもわたしは小説が好きなんだ。わたし自身の小説作品の挿絵を描いても漫画を描く事はないと思うよ」

 愛は書也の前に出ると、点睛を真っ直ぐな目で見て答えた。

「それは実に勿体無い! このイラストのクオリティーで漫画を描けたなら、きっと小説より良い物語を表現できるはずだ」

「画竜君、何を言われようともわたしは漫画は描かないよ」

「そこまで言うなら分かったよ愛さん……なら、僕の漫画と君の小説と勝負して……僕が勝ったら漫画研究部に入部という事で良いかな?」

「えっ?」

 いきなりの点睛の発言に愛は妙な声を漏らす。

「この勝負に引き受けてくれるかい愛さん? もちろん引き受けるよね愛さん? だって君の描いたイラストよりも小説の方も自信があるんだろう?」

「おい点睛! ふざけるな! 愛にメリットも無い賭けは成立しない!」

 書也は再び前に出ようとすると、愛が片手で制止させていた。

「じゃあ、わたしとラノケンのみんなとマンケンで勝負はどう? わたしが勝ったらマンケンの誰かがラノケンの小説の挿絵を好きな時に描いてもらうよ」

「はははははっ! うちのマンケンとラノケンで勝負か? いいよ! うちの先輩方もラノケンにぎゃふんと言わせたいと話していたし、うちの部員も断らないだろう」

「おい、愛!?」

 戸惑う書也に口姫は笑い声を上げる。

「うはははっ! 聞いたか聞姫? ラノケンとマンケンが勝負だとさ」

「こいつは面白い! すぐに記事にしないとな! で、ラノケンの部員は当然にこの勝負に乗るよな?」

 聞姫がアクションカメラで撮影を始めると、友美が前に出る。

「もちろんよ! この勝負、受けるわ! わたし達、ラノケンは逃げも隠れもしない!」

 響くような声で言う友美に思わず書也が青ざめる。

「なに言ってんだ友美!? 愛がいなくなるんだぞ!? エロス先輩も何か言ってください」

「いいですわ! ラノケンの部長としてその喧嘩を買いますわ! ラノベを侮辱した事を後悔させてあげますわ!」

 本来は仲裁しなくてはいけないはずのラノケンの部長のエロスがその喧嘩を買うと言いだし、書也はさらに青ざめる。

「ぶ、部長!? 理香先輩、エロス部長を止めてください! このままじゃ愛が!?」

 書也が理香に視線を向けると、あの冷静な理香が点睛を睨むように見た。

「良いじゃないか書也君。ラノベと漫画、どちらが上か研究してみたいと思っていたところだ! 勝負を受けようじゃないか!」

「ええっ!? 幽美先輩、言ってやってくだい! この勝負は無効だって」

 堂々と前に出る幽美はなぜかゴスロリチックな手袋を装着したかと思えば、その手袋を脱ぎ、すぐに点睛に投げつけていた。

「愛に喧嘩を売るなんていい度胸! 叩き潰してあげる!」

点睛は咄嗟に幽美のゴスロリ手袋をキャッチしていた。

「はははっ!? ラノケンの方々は面白い人達ばかりだね。だけど書也君、君だけ参戦を棄権するのかな? それでもいいけど……」

「分かったよ! 俺も参加する! ただし、ラノケンが勝ったら二度と愛に近づくな!」

「そうこなくちゃな……一応、マンケンの顧問の先生にも話しておく。君達もきちんとした取引になるように顧問の先生に話したまえ。どのようにして漫画とラノベで競うかは決まり次第、連絡しよう」

「はははっ! いいじゃねぇか! この勝負、新聞部が盛り上げてやるよ!」

 口姫が楽しそうに言う。背後では聞姫がアクションカメラを回し続ける。これは確実に勝負は無効にできず、学校中にラノケンとマンケンの対決する話が広がるだろう。

 点睛、口姫、聞姫がラノケン部室を出ていくと、ラノケン部員達はしばらく沈黙し、怒りを燃やしているようだった。



 エロス部長がマンケンと勝負する事になった事情を教子先生に話した。すると、教子先生が青ざめた表情になったかと思うと、頭が痒くなったかのように両手で髪を掻き、苦虫を噛み潰したような表情でエロスを見た。

「マンケンと勝負だぁ!? お前達はいったい何をやっているんだ!? 部長のお前がいながら、なぜ止められなかった!?」

「ですが!? マンケンいえ、画竜点睛という考古学科の一年はラノベを侮辱したのですよ! 愛さんが勝負すると言うのであれば、私達も引き下がれませんわ!」

「エロス、気持ちは分かるが、部長ならそこは抑えろ! マンケンの顧問の先生とは仲が良かっただけに残念な事件に発展した。合同企画でマンケンに挿絵や描いて貰ったり、お前達にマンケンの漫画原作を書いてもらう内容を企画していたんだぞ! だいたいスケジュール的にお前達は新人賞の応募作に挑んでもらう予定もあった! それを全て無駄にする気か!」

「ご、ごめんなさい教子先生!? わたしが画竜君の勝負を了承してしまったから!?」

 愛が申し訳なさそうに教子先生に向け、小さく頭を下げる。

「……分かった。新聞部が盛り上げてしまってはもう中止にはできないだろうしな。既に新聞部がラノケンとマンケンの対決を学校関係のブログで掲載してしまっている。勝つしか方法はないだろう」

 教子先生は溜息をつくように言った。

「マンケンに勝つ方法はあるんですか? さすがに漫画とラノベじゃ認知度は違いますし、読者層もだいぶ違いますよね?」

 書也が言うと、教子先生が今度は本当の溜息をつく。

「そこだ。絵が好きな人間と文字で物語を読むのが好きな人間とでは読者層がそもそも違う。そして一番の問題はラノベの認知度だ。ラノベはアニメ化によって、認知度は高くなってきてはいるが、漫画ほどではないし、文字を読むのが嫌いな人間は未だに多い。文字より絵の方がインパクトがあるし、動きの表現があるぶん、分かりやすいからな。これは確実に分が悪い賭けと言える」

「それでも勝てますわ! 私達は純文学を書いている訳ではありませんわ! よりエンターテイメントを求めるラノベです! 漫画には引けを取りませんわ!」

 エロスにしては珍しく熱く言い続ける。そして同調するように友美も立ち上がった。

「そうです先生! ラノベを馬鹿にされたまま、引き下がれません!」

 狂犬のように吠え始めるエロスと友美の二人に教子先生は再び溜息をつく。

「ふう……お前達が作家になった時にSNSでお前達の小説作品が馬鹿にされていたら、いつもそんな反応をとるのか? 身が持たないぞ。じゃあ、エロス。純文学とラノベの違いは何だ?」

 エロスは少し考えてから答える。

「そうですわね……中高生向けである事と表紙絵と挿絵が付いているぐらいの違いでしょうか?」

「そうだ。ライトノベルの対象年齢は十代の少年少女で、表紙絵や挿絵でキャラや世界観をイメージしやすいようにしてある。その他にも文章も読みやすいように配慮がなされていたりする。マンケンに対して文字だけで勝負するのは難しい。そこでラノケンの作品にはラノベらしく、文章に表紙絵と挿絵を付けて勝負する……どうした怪奇? 不満そうだな」

 教子先生はむすっとした表情で見る幽美をチベットスナギツネの眼で視線を返した。

「勝負するのは良い……でも、ラノケンがマンケンに対して絵で勝負するのはちょっと納得できない」

「怪奇、お前はいずれラノベのプロ作家になるんだろう? そうしたら嫌でも表紙絵や挿絵が付く。そのへんは納得してもらわないと困るぞ。お前が表紙絵や挿絵を頼むときの練習だと思えばいいだろ」

「ゴーストライターやってた時にプロの絵師に表紙絵なら何度も頼んだ事ある。どの絵師も真摯な態度で接して、イメージ通りに描いてくれた……けど、あの絵師? あの漫画家死亡野郎は別!」

 幽美は思わず長机に置いてあったノートをペーパーナイフで切り裂き始めていた。その声も途中で裏返り、イントネーション的に恐らくは「漫画家志望」が「漫画家死亡」になっていたのがはっきりと分かってしまうぐらいである。

「ペーパーナイフだろうが、その物騒な物をしまえ怪奇」

「は……はい」

 幽美が梟のように首を横に曲げ、威嚇したかのように教子先生を睨むと、ゆっくりと座った。

「いちいちお前の行動は怖いな……ところでお前達にマンケン以外のイラストが上手い知り合い、もしくはイラストが描ける奴はいるか?」

 ゆっくりと手を上げる愛に対し、エロスはウキウキとした目で手を上げていた。

「私の知り合いにたくさんいますわよ。レッドムーンの屈強なイラストレーター達が! 彼ら彼女達なら……」

「駄目だ。さすがにプロを使うのはフェアじゃないだろ。できれば年代が近い生徒、学校内での絵の上手い友人か知り合いにしてくれ」

「それは残念ですわ。皆様の小説の表紙絵や挿絵が高クオリティーになる機会でしたのに」

 エロスは本気か冗談か、本当に残念そうであった。

「愛は自分の表紙絵や挿絵を描くぶんには問題ないと思うが、執筆に影響はなさそうか?」

 教子先生が本当に心配そうに視線を向けると、愛は笑顔を見せる。

「教子先生、わたしにみんなの表紙絵と挿絵を描かせてください!」

「それは構わないが……誤植、お前の執筆時間はイラストに裂かれる事になる。間に合わせられるのか? 私が考えているルールでは一ヶ月ぐらいしかとれないぞ」

「なら、私も手伝いますわよ愛さん。これでもレッドムーンのイラストレーターを手伝っていましたわ」

「どの程度のクオリティーを出せる?」

 教子先生が聞くと、エロスがノートPCを開き、USBメモリを挿入する。エロスは素早いマウス操作ですぐさま画像フォルダを表示させた。

「頭身が高い人物は中学生程度の画力ですが、レッドムーンでデフォルメ絵や背景絵を手伝った事がありますので、こちらならプロに負けないレベルです。その他にもタイトルロゴなどの表現もサポートできますわよ」

 エロスの画像フォルダに表示されているイラストはまるで、子供向けシールのような天使や悪魔、グリフォン、ゴーレムなどのファンタジー的な二頭身イラストばかりであったが、背景は絵画のようなクオリティーで、タイトルロゴもゲームのような凝った作りの表現が多かった。

「助かるよエロスちゃん」

「これでも部長ですわ! 任せなさいな!」

 エロスは胸を叩くような仕草で言った。



 そこはまるで異世界だった。現代国語学院の体育館がまるでオペラ劇場のように彩られていた。舞台はゴージャスな紅い舞台幕になり、複数に付いていた天上の照明は巨大なシャンデリアに変わり、バスケットゴールを操作する為の二階ギャラリーは三階に変わり、観客席となっていた。一階の木床にはゴージャスな座席が敷き詰められ、わずかな通り道しか隙間がない。あえて学校らしさが残っているとすれば、舞台幕の上部の一文字幕の王冠型の校章の刺繍ぐらいだろうか。

「これがメタバースか?」

 書也が手を見ると、肌は少し黒くなり、袖なしの剥き出しの腕は女性のように細くなっている。何かの設定ミスだろうか? 名前と写真を元にグラフィックデザイナー部が発注し、VRのアバターを制作したと聞いたのだが。

「書也君!」

 背後から愛の声が聞こえたと思うと、宙に天使姿の幼女が転送され、フライングボディープレスをかます。咄嗟に書也は受け止める。さすがに痛覚は感じないが、両手に持つVRコントローラーから、バイブレーションの振動が走る。

「わっ!? その声は……やっぱり愛か?」

 抱き止めた愛をゆっくりと降ろすと、幼女の天使のアバターの顔はどことなく愛に似ている。天使の輪っか、袖なしのドレス、手には小さな弓とハートの矢を持っている。

「画面に表示されている通り、愛だよ。書也君」

 キューピッドの愛のアバターにはゲームのステータスのように学年と名前、所属している科と部活動の名前まで表示されている。

「愛はずいぶん可愛いアバターになったな」

「へへっ。良いでしょ。でも、書也君のアバターも結構、可愛いよ。何で性別まで変わっちゃったのかな?」

「性別まで変わった!?」

 書也は慌てて、ボタンを押して、三人称視点に切り替える。書也と表示されているアバターはアラビアンチックな衣装の少女になっていた。長い髪に頭にはチェーンティアラ、衣服は袖なしで、肌の露出が多いペリーダンスの衣装のようであった。そして手にはなぜか古代文字か何かが書かれた百科事典のように分厚い本。書也の顔は全く再現されておらず、性別すらも違うのだ。

「……マジかよ。しかも、これ教子先生の書いている十二星物語のアニメ版のキャラじゃなかったか? 確か名前は……」

 肩を落とす書也に微かに笑い声が聞こえてくる。

「くす……手に持っている本とアラビア風な衣装から、その姿はアラビアンナイトで物語を語るシェヘラザードを模したアバターだろ。愛君の【愛のキューピッド】からイメージしたように【語部】からアバターを制作したんだろう」

 理香の声と共に新たなアバターが転送される。現れたのは白衣を着た少女人型ロボットだった。メカ耳が付いた以外はほぼ理香そのものような気がした。

「理香先輩はメカ娘ですか。他のみんなは何処ですか?」

「操作のチュートリアルが済んだらここに転送されるはずだから、他のみんなもすぐにここに来るだろう」

「何よその書也のアバター。完全に女の子じゃない」

 次に転送されたのは声からして、友美のようだった。炎の髪に竜のような角、衣服はビキニのような鱗を模した鎧に燃え続けている蜥蜴のような尻尾が特徴だった。

「友美はサラマンダー娘か? 凄いエフェクトだな」

 友美のエフェクトは特に凝っているようで、身体からも炎のエフェクトが常に出ている。

「熱情だから炎のサラマンダーって、安易すぎじゃない」

「熱情ならかっこ良いからまだマシ。私なんか幽霊」

 その次に転送されたのは幽美だった。額の三角の白い布の天冠と死装束、両足は無く、二つの人魂のエフェクトが左右に浮いている。しかし、死装束から人魂まで黒く染まっている為、より邪悪に見える。恐らくは幽美の「幽」から幽霊の発想なのだろうが、なぜ黒になったのだろうか?

「でも、幽美ちゃんの幽霊も可愛いよ」

 下を向く幽霊の幽美にキューピッドのアバターの愛が髪を優しく撫でる。幽美は愛に髪を撫でられ、されるがままに猫のようにじゃれているが、霊魂を天に帰す存在が親しいというのもあれだが、問題はそこではない。

「何で幽霊なのに黒に染まっているんですかね?」

 書也はグラフィックが意図的ではないような気がして、青ざめた表情で幽美に聞いた。

「グラフィックデザイナー部によると……バグだって、何度直してもこうなるみたい。グラフィックデザイナー部の調整に何度も付き合わされて、これが限界だって」

 幽美は欠伸をしてから、ぼそりと呟くように言う。

「うわ……」

 書也は心霊的な怖気を感じ、思わず後退する。

『私、機械に弱いというか、機械との相性が悪いみたいで……映像でも音声でもノイズが走るみたい』

 幽美の言う通り、黒幽霊のアバターは時々、ノイズが走り、音声もトランシーバーのように砂嵐の音が混じる。

「ところでエロス先輩は何処ですか?」

 書也は幽美の不気味な姿に視線を逸らして言った。

「エロスなら、アバターの衣装でグラフィックデザイナーと揉めてた……多分、遅くなる……エロスのこだわりが強いから」

 エロスのこだわりと聞いて書也が何か嫌な予感がした時、噂をすればなんとやら、エロスの声が聞こえた。

「お待たせしましたわ」

 エロスの声と共に転送されたアバターの少女。その腰にはパレオを巻き付けているものの、上半身は全く身に着けていなかった。しかし、さすが健全なグラフィックデザイナー部が作ったVRのアバターで、乳房をよく見れば乳首は見えず、肌色で隠れていた。恐らくは乳房を覆うビキニを肌色に変えて、なんちゃって裸を再現しているのだろう。

「エロス先輩、何ですかその姿は……」

 恐らくはエロスだと思われるアバターの少女に書也は呆れ顔で言う。

「絵画の美の女神を模したアバターですわ。絵画では乳は隠れていませんのに……センシティブになると、グラフィックデザイナー部の方に無理矢理に肌色のブラを付けられましたわ」

 エロスはそう言って、脱がされた訳でもなく、逆に着せられたのに、恥ずかしそうに胸を覆い隠し、頬を染めた。

「服を着ているのに……手ぶらすると、エロく見える。不思議……」

 幽美がエロスを呆れ顔で見た後、ぼそりと呟いた。

「それよりも何でメタバースで対戦の形式の発表になったんでしたっけ? 部員同士の戦いだったらラノケンかマンケンの部室を借りれば良いと思いますし、それこそ視聴者を集めたいなら本物の体育館か校庭を借りればいいわけですよね?」

 書也が周囲を見回して言った。

「メタバースでやる利点が二つありますわ。一つは施設を借りずに多くの人を呼べるという事ですわね。もう一つはラノベと漫画を試合形式にする時にデジタルな数字で表示し、可視化しやすくするという利点がありますわ」

「でも、ログインできているのは俺達、ラノケンだけみたいですし、大丈夫なんですか?」

「忘れていましたわ。ここは練習ステージだそうです。操作が慣れたら、メニューの本番ステージのボタンを押して欲しいと……グラフィックデザイナー部の方が言っていましたわね」

「メニューの本番ボタンステージって、これか?」

「ちょっとお待ちくださいね。まだリハーサルが……」

 書也は何気なくボタンを押してしまう。すると、書也は一瞬にして転送されてしまう。

『おっ!? ラノケン側の準備ができたようだな』

 口姫のマスクをしたような声と共に多くの歓声がVRゴーグルのヘッドフォンから聞こえてくる。

 転送された場所は同じオペラ劇場化した体育館だが、埋め尽くされた百鬼夜行のような人外のアバター達と観客席とその前にある解説席と記載された長机には口姫と教子先生、教師らしき眼鏡の女性がいた。

 口姫のマスクはそのままだが、英語のマウス(口)とマウス(鼠)を連想してアバターを作ったのか、頭には鼠耳と、鼠の尻尾があった。教子先生は(教)は(京)の京都に変換したのか、花魁風の着物姿になっている。もう一人の教師は植物系のモンスターであるアルラウネ娘か何かをイメージしているのか、髪は大きな花が咲いており、葉っぱと蔦で編み込まれたような衣服を着ている。

 現れた舞台の書也にスポットライトが当たる。当然のように注目が集まり、観客席の座っている人数に圧倒され、バーチャルな世界である事を忘れ、書也の足がガクガクと震えた。

「書也さん、一人が本番ボタンを押してしまうと、ラノケンメンバー全員が転送されてしまいますのよ」

 ラノケンメンバーと共に転送されたエロスが溜息をするように言う。

「す、すいません!?」

 書也は勢いよくエロスに頭を下げる。

『くくっ。性別を間違えているラノケンのルーキーもいるみたいだが、そのアバターは新聞部に小説を出そうともしなかった罰ゲーム的なプレゼントだと思ってくれ』

 舞台に立っている口姫が言う。

「バーチャルな世界に誘い込んで、いきなり罰ゲームかよ!?」

 マスクを上げて悪戯な笑顔の口姫に書也の抗議の声も無視され、代わりに観客席から笑い声のガヤが聞こえ、「マジうける」「バ美肉少年かよ」「www」など、画面にコメントが流れてくる。

『このVR生配信は現国学院のブログで限定配信となっている。観客席のアバターで参加しているのは、現国学院の初等部、中等部、高等部、卒業生OBと先生方だ。なお、先生方の配慮から、実名を避け、ペンネーム表記とする。ラノケン側とマンケン側のアバターには実名とペンネームが表記される仕様だ。MCは私、新聞部の口姫と……』

 口姫が手を向けると、スポットライトが当てられ、バニーガール衣装の聞姫が現れる。

『同じく実況の聞姫が進行する。そして解説はご存知の方も多くいると思われる現語教子先生、ラノケンの顧問でもあるお方だ。担当教科は現代語、ライトノベルはもちろん、ラノケン側の解説をしてくれる』

「……よろしく」

 スポットライトが照らされ、解説席と記載されている長机に座っている教子先生は軽く頭を下げる。

『次に漫画研究部の顧問、素描花美(すがきはなび)先生。担当教科は美術。科によってはこの先生に美術を教わったという人も少なくはないだろう」

 教子先生の隣の解説席に居た眼鏡のアルラウネ娘の教師にスポットライトが照らされる。

「素描花美です。絵の観点から解説したいと思います」

 ぶっきらぼうな教子先生に対し、花美先生は笑顔で言って、会釈した。

『次に紹介するのはラノケンメンバー! ペンネーム中二病だ。一年のルーキーで、駆け出しの実力は未知数。やはりペンネームの通りに中二病作品か!? ダークホースなルーキーだ』

 シェヘラザードの書也に再びスポットライトを照らされ、聞姫によってオークションの商品のように手をかざした。舞台のスクリーンには書也のレーダーチャートで【文章表現力】【構成力】【キャラ設定】【世界観設定】【知識】【リアリティ】【台詞回し】【コンセプト】などが表示されるが、全て?マークとなっていた。

『では、中二病。意気込みを語れ』

 聞姫がマイクを向けると、恥ずかしそうに書也はもじもじとする。その反応に『恥じらう姿がかわいいとか』とか『男の娘かわいい』などのコメントが飛び交った。

『えと……が、頑張ります!』

 その書也の返答に聞姫のうさ耳が垂れ下がる。

『はぁ? それだけかよ。次!』

 キレ気味に聞姫が言った後、口姫が腕を動かし、スポットライトが照らされる。

『同じくルーキーと言っても中等部からラノケンに入部を続けている期待の新星! ドジっ子食いしん坊! ラブコメからファンタジー、幅広いジャンルを書き、ラノベのキモである挿絵はマンケンを凌ぐ事ができるのか?』

 愛のレーダーチャートは一~五ある数値の中で【文章表現力一】【構成力三】【キャラ設定三】【世界観設定三】【知識三】【リアリティ四】【台詞回し三】【コンセプト三】と表示されている。

『ドジっ子食いしん坊でネット小説をあげている事から、既にファンは獲得済みのようだ。応援してくれるファンに応えてやれ、ドジっ子』

 聞姫がマイクを向けると、愛は緊張した表情も見せずに口を開いた。

『みんなの期待に応えられるように頑張るよ!』

 愛が笑顔で両手を振ると、観客席から歓声が上がる。愛のファンは多いのか、『ドジっ子食いしん坊頑張って!』や『応援してるぞ!』のコメントが多かった。

『次は……ツンデレ。このペンネームについては察していただければ分かるだろう。ラノケンで二年間、書き続けた努力は伊達ではない! 巨大ロボットものやヒーローものが大好きで、小説に取り入れている。愛、友情、努力といったものをテーマにした小説が多い。見た目通りに熱いラノベ作家だ』

 友美のレーダーチャートは一【文章表現力三】【構成力二】【キャラ設定三】【世界観設定二】【知識二】【リアリティ二】【台詞回し五】【コンセプト二】と表示されている。

 腕を組む友美は恥かしいのか、頬を赤く染めながら、彼女のサラマンダー娘の身体のアバターの炎エフェクトが燃え上がり、火柱を上げる。顔から火を吹くとはこういう事を言うのだろうか?

 友美に対し、『お前の熱血小説を見せてやれ!』『俺だ! 大好きだ! 結婚してくれ』などのコメントが流れ、友美はさらに恥ずかしくなったのか、腕を組んだまま、顔を逸らした。

『ツンデレ、お前は現国新聞であげている連載小説やネット小説での人気も高いようだな。ファンに対して言う事はあるか?』

 聞姫の質問に対し、友美はさらに顔を真っ赤にする。

『まあ、頑張れって応援してくれる奴が一人でもいるなら……頑張るけど……も、もちろん! マンケンには絶対に負けないわ!』

『ファンに対しても妙なツンデレ……さすがだな。次は……マッドサイエンティスト』

 聞姫からそのペンネームが出た瞬間、ブーイングと歓声が同時に起こった。『鬼畜作家!』『グロ外道小説やめろ!』『神作家降臨!』『マッドの小説、俺は好き』など、賛否両論のコメントが流れていく。

 遅れて、理香にサーチライトが照らされ、レーダーチャートが表示される。理香のステータスは【文章表現力四】【構成力三】【キャラ設定二】【世界観設定二】【知識五】【リアリティ四】【台詞回し二】【コンセプト三】であった。

『ん? マッドはファンもいれば、アンチもいそうだな? この状況でマンケンとの勝負は勝てそうかマッド?』

『無論だとも。皆に私の研究の成果を見せ、ラノベに漫画より優れている部分があるという事を知らしめようじゃないか!』

 理香のコメントが終わっても、ブーイングと拍手は鳴り止まなかった。

『静粛にしろ! メタバースといえど、ここは学校だ! ファンもアンチもあんまりうるさくすると、垢BANするからな!』

 口姫がマスクを取って、恫喝すると、観客席から嘘のようにブーイングと歓声が静まっていく。

『まったくしょうがない奴らだな……次はヤンデレ……ツンデレの親戚みたいなものだが、察してくれ。ちなみにヤンデレのアバターにちょっとしたバグが生じているが、パソコンのモニター故障でもパソコン不調や回線の不具合でもない。こういう奴だって事で察してくれ。ネットでホラー小説を書けば一流だが……最近は恋愛小説ばかりだな』

 口姫の紹介でサーチライトが照らされる幽美の幽霊アバター。その幽霊アバターを見る観客達からざわめきが起こる。何しろ幽美のアバターは映像だけが砂嵐のように乱れたり、白くなったりと、本物の幽霊のようでもあった。

 幽美にレーダーチャートが表示されるが、やはり砂嵐になったり、ステータスの数値が?になったり、Sや九十九になったりした。正常な数値と思われる比較的に長い間に表示される数値は【文章表現力五】【構成力二】【キャラ設定二】【世界観設定三】【知識三】【リアリティ三】【台詞回し四】【コンセプト三】であった。

『噂では、ある霊能者のホラー小説のゴーストライターとして活躍していたとか。これはそのせいか? 私はこういう現象は信じない質なんだが……機械の不具合ばかり起こされるとな……』

 聞姫が恐る恐る幽美にマイクを向けると、火花が散るような音と共に女性の悲鳴のようなハウリングが響いた。

『っ……ぇ……よろしく』

 幽美が何か意気込みを言ったように思えたが、マイクの不具合か、雑音によってほとんどの声が掻き消されてしまった。

 観客のざわめきが静まらない中『またホラー小説、書いてください!』『ヤンデレさんのヤンデレな小説、期待してます!』などのコメントが流れた。しかし、拍手の中、観客の音声から【助けぇて……助ケテ……タスケテ……】と微量な音声で聞こえてくる。

『次、いくぞ聞姫……ヤンデレばかりに構っていると、なんか呪われそうだからな……最後はラノケンの部長、エロお嬢様だ!』

 口姫の指示で聞姫が手を向ける。すると、サーチライトが照らされるエロスの裸みたいなアバターが姿を現すと、観客席から歓声が巻き起こる。

『その名の通りのエロをギリギリな展開で攻める小説はヤングな少年達にも人気が高い! しかし、何度かネット小説では何度も垢BANされ、諸刃の刃となっている。今回は垢BANされずマンケンに打ち勝つ事ができるか?』

 エロスのレーダーチャートのステータスは【文章表現力四】【構成力二】【キャラ設定五】【世界観設定三】【知識三】【リアリティ二】【台詞回し四】【コンセプト三】であった。

『これでもゲーム会社レッドムーンの社長の娘で、シナリオを手伝った事もあったらしい。同人誌では毎年、一千部を売り上げるんだってな? エロお嬢様、今回は垢BANされずにマンケンに勝てる自信はあるのかな?』

 悪戯な笑みでマイクを向ける聞姫にエロスはむすっとした表情になる。

『垢BANされる訳がありませんわ! これでも性的な表現はギリギリにしているだけで、私の表現ぐらいなら、アニメ、実写の昼ドラ、洋画でもやっている表現ですわ。そもそも絵画や彫刻作品には……』

『そのへんにしておこうかエロお嬢様。お前の音声だけでも本当にピー音を入れないといけなくなる』

 観客席から笑い声が起こり、エロスはますますむすっとした表情になる。『勝負なんだからもう垢BANされるなよw』『マジでエロ小説、期待してるぞ!』などの本気か冗談か分からないコメントが多かった。

『後でルールは説明するが、当然に垢BANされたら、失格だからな』

 耳元で言う口姫にエロスはそっぽを向く。

「分かっていますわ」

『じゃあ、次はマンケンの紹介だ。マンケンの期待の新星、DRAGONEYE(ドラゴンアイ)! 部長にもバトル漫画の天才と言われた実力だ!』

 スポットライトが当たるDRAGONEYEは竜の角を持った竜人のようで、半分が欠けたような鎧を纏い、蜥蜴のような尻尾と剥き出しの肌には鱗が見える。特に目立ったのは紅い瞳と白い瞳だった。そのアバターの表示は画竜点睛と表示されていた。

 点睛のレーダーチャートのステータスは【画力四】【構成力三】【キャラ設定二】【世界観設定三】【知識三】【リアリティ三】【台詞回し四】【コンセプト三】と表示されている。

『今はラノベがなぜかアニメ化してもてはやされているが、漫画の表現力こそ最強だ! なぜなら小説の文章では激しい攻防の殴り合いのバトルシーンを再現できないからだ! だから必ずマンケンが勝つ!』

 点睛は聞姫からマイクを奪い取ると、拳をぐっと力を入れ、観客席に言い放った。すると、歓声が巻き起こる。

『DRAGONEYE! 調子に乗ったラノベを叩き潰してやれ!』『お前のバトル漫画大好きだ!』などのコメントが流れる。

 聞姫が嫌な顔をしてマイクを点睛から奪い返すと、営業スマイルで喋り始める。

『DRAGONEYEは小学生の頃からネット漫画投稿サイトでUPを続けている猛者でもある。続いては同じく一年の笑屋本舗(わらいやほんぽ)。マンケン内でもコメディー漫画を描かせれば右に出るものはいないと言われる実力者だ!』

 続いてスポットライトで照らされたのは着ぐるみのような虎の毛皮を被り、ハリセンを持った部族の少女のようなアバターであった。

 アバターの表示には大阪笑美屋(おおさかえみや)と記載され、レーダーチャートのステータスは【画力二】【構成力四】【キャラ設定四】【世界観設定二】【知識三】【リアリティ三】【台詞回し五】【コンセプト二】と表示されていた。

『いきなり勝負に巻き込まれて訳分らんけど……よろしゅうな』

 虎少女、笑美屋が大阪弁を喋り、笑顔で手を振った。

 笑美屋に対し、『大阪の漫画、本当に笑えるw』『作画崩壊漫画乙』など、賛否両論のコメントが流れていく。

『何でうちの苗字言うてんの!? 大阪弁やからか!? 作画崩壊!? しょせんはギャグ漫画やから許しぃや。多分、漫画キャラがツッコミすぎて骨格が曲がったんやないかな?』

 笑美屋のツッコミに観客席から笑い声が響く。

『なんか漫才で盛り上がっているが……次、いくぞ。マンケン二年のロボ太。SFや巨大ロボットものが大好きで描き続け、そのオリジナルロボットの設定資料は同人誌で一千部を売り上げた事もあるとか……』

 刑事ロボのようなアバターであったが、その背丈はまるで小学生のように感じた。実名の表示には祭防具炉保(さいぼうぐろぼ)と記載されている。

 炉保のレーダーチャートのステータスは【画力四】【構成力二】【キャラ設定五】【世界観設定四】【知識四】【リアリティ四】【台詞回し二】【コンセプト二】と表示されていた。

 ロボ太は同人誌で売れていた事もあり、かなり人気の漫画家のようだ、『ついにロボ太のロボット漫画が見られるのか!?』『あのロボットの設定が出るなら、かなり期待!』と、高評価のコメントが流れていく。

『今回は好評だった設定資料X計画のパワードアーマーの漫画を描くつもりだ。期待して待っていてくれたまえ!』

 聞姫に向けられたマイクに炉保が発言すると、一斉に歓声が上がった。

『期待の漫画家だけにファンも多いようだ。これはラノケンがピンチか? 次のマンケンの部員は……二年生、シャーロック・クィーン。彼女の推理漫画は誰もトリックが予想できないと、推理小説マニアや推理漫画好きの読者までもが魅了したと評判だ!』

 スポットライトが当たり、現れたアバターはシャーロック・ホームズのコスプレをしたような少女であった。帽子とコートと口にはパイプを咥えている。シャーロック・クィーンのアバターの表示には明智紗麓(あけちしゃろく)と表示されていた。

 紗麓のレーダーチャートのステータスは【画力三】【構成力四】【キャラ設定二】【世界観設定三】【知識五】【リアリティ五】【台詞回し二】【コンセプト三】と、表示される。

 観客席から歓声が上がり、『次の新作も期待してますシャーロック先生!』『難解なトリックをラノケンに見せつけてやれ!』などのコメントが流れた。

「漫画とラノベ……どちらかが上か推理しなければいけないが……これは考えるまでもない! なぜなら私の漫画の方が優れているからだ!」

 マイク無しで紗麓が咥えたパイプを向けて言うと、観客席から歓声が上がる。

『彼女は漫画投稿サイトでは十位にランクインした事もある実力だ! 次は、こちらもかなりの実力者だ! 三年の副部長、白面九尾(はくめんきゅうび)。なんでもある有名な漫画家の息子であり、アシスタントも担当しているとか』

 白い狐耳に九尾を備え、それに対して衣装は真逆な陰陽師のような烏帽子と狩衣に身を包んだアバターだった。表示には神狐晴明(じんこはるあき)と表示されていた。

 神狐のレーダーチャートのステータスは【画力五】【構成力四】【キャラ設定四】【世界観設定三】【知識五】【リアリティ五】【台詞回し三】【コンセプト四】と、かなり高い評価だった。

 しかし、観客の反応はステータスの表示と真逆の反応であった。晴明のアバターを見るなり、観客席はざわつき始める。それは歓声でもブーイングのような声ではなく、疑問符が浮かび上がるような会話だった。『マンケンに副部長なんていたのか?』『白面九尾? どんな漫画を描いてる奴だ』など、画面にコメントが流れてくる。

 聞姫はわざとらしく咳をすると、晴明の補足説明をする。

『白面九尾先生には新聞部も何度も連載の四コマ漫画を頼んでいて、各広報誌でもなかなか高評価だ。しかし、漫画投稿サイトや同人誌の経験は無しだそうだ。先生、コメントがあれば』

 あの聞姫がなぜか恐る恐る晴明にマイクを向ける。

『ん? 僕? 特にコメントは無いよ。ただ、僕が言えることはこのくだらない戦いに終止符を打たないと』

『と、言いますと?』

 急に目つきが悪くなる晴明にビクリとしながらも、聞姫は質問する。

『だってこの戦い、口外はしてないけどさ、ラノケンから絵の上手い奴を引き抜きたいからやっている訳でしょ? くだらないよ。正直、漫画とラノベがどちらが面白いかって、絵が好きか、文章が好きかの違いでしょ? 読者の感性の幅がズレてるよね? こんな催し、即刻に中止しようよ』

 晴明の言葉に観客席のざわつきがさらに大きくなる。『何それ? 聞いてない』『ラノケンに絵の上手い奴がいるから引き抜きって……ヤバくね?』などのコメントが画面に流れていく。

 焦る聞姫が目でサインを送ると、口姫が喋り始める。

『えーと。この戦いは双方の同意が行われるものであって……先生方にも協力をいただいている訳でして……』

『それで大半のマンケンがほとんど事情を知らないで、戦いに巻き込まれた訳だ。点睛、言い訳ができる? ああ、ペンネーム呼びにしないと駄目だっけ? ここではDRAGONEYEだったかな?』

「副部長、ラノケンに対して私情が入っているのは確かです……でも、彼女の絵は文章より、イラストいや、漫画を描かせる才能なんです! 人生をくだらない小説に捧げるべきではない!」

『それは本当に私情だな点睛。色恋沙汰かと思えば……偏見に満ち溢れている。本当にくだらない。それは部長が許可したのか?』

「そうだ。私が許可した」

 大人っぽい少女の声がして、スポットライトが晴明から別の場所にシフトする。

『さ……最後のマンケンの部員は同じく三年生、部長の吸血公女(きゅうけつこうじょ)だ。今ではプロの漫画家としても活躍! 知る人ぞ知るゲーム会社、レッドムーンの副社長の娘で、子供の時からイラストを手伝っていたとか。これはレッドムーン対決となるのか!?』

 聞姫が誤魔化すように言って、手を伸ばした先に新たなアバターがスポットライトに照らされた。

 アバターは紅い髪に頭の上には蝙蝠の翼が耳のように付いた少女だった。肌は白く、口には八重歯を覗かせ、黒いドレスにマントを羽織っている。どうやらヴァンパイアのアバターのようだ。吸血公女の表示にはカーミラ・赤月と出ている。

 カーミラのレーダーチャートのステータスは【画力五】【構成力三】【キャラ設定五】【世界観設定四】【知識四】【リアリティ四】【台詞回し五】【コンセプト三】と、表示され、こちらもかなりの高いステータスだ。

『部長、許可したと言いましたか? このような催しを僕に許可無しにですか?』

『吸血公女先生。ではコメントをどうぞ』

 聞姫がマイクを向けると、カーミラがそのマイクを奪い取って、話し始める。

『すまないね白面九尾。君に言うと、君だけが反対しそうだったからね。こっちも人手不足なのは知っているだろ? 三年は四人、二年は三人、そして今年の一年で二人だ。さすがのマンケンも先行きは不安になる』

「だからと言って、無理にラノケンから引き抜くなんて……」

 晴明は納得していないのか、カーミラを睨むように見た。

『経緯はどうであれさ……こういう催しでマンケンの能力が上がるなら良いんじゃないの? それにドジっ子食いしん坊ちゃんのイラストデータ見た? プロ顔負けのかなりの実力者だよ。育てがいがあるよ』

『漫画と小説は違う! 無理に入部させても続かない!』

『ああ、そんな事か。漫画は嫌だって言うかもだけど、もしかしたら漫画原作でもやってくれるんじゃないの? まあ、私の教育方針的に嫌でも漫画制作を好きになってもらうけど、もちろんドジっ子食いしん坊ちゃんも覚悟して、マンケンに勝負を挑むんだよね?』

 カーミラがマイクを愛に投げ渡すと、慌ててキャッチする。

『もちろんラノケンが負けた場合……わたしはマンケンに入部し、漫画を描き続ける所存です!』

 愛の返答に歓声が上がり、画面に『それでこそラノケンだ!』『男ばかりのマンケンをぶっ潰してやれ!』などのコメントが流れていく。

「よく言った! そうでなければな! それに私も私情だが、戦ってみたい奴がいる。なぁ、エロお嬢様」

 さらに歓声が上がり、コメントが流れる。『本当にレッドムーン対決か!?』『ゲーム会社のイラストレーターとシナリオの対決とか熱すぎだろ!』

 エロスが動き、愛からマイクを受け取る。

『吸血公女。貴方との勝負は興味ありませんが……ラノケン部員を奪い取ると言うなら、本気で勝ちにいきますわよ』

『あははっ!? エロお嬢様、私のイラストを凌ぐ、シナリオを見せてくれ!』

 解説席にいる花魁アバターの教子が一息ついて、マイクを持つ。

『なんかいろいろとトラブルや揉め事があったが……ラノベ、漫画どちらも八ページから二十ページ以内の短編作品をアップロードしてもらう。期限は今日から一か月間だ。期限内に投稿できなかった者は失格とする。漫画に関してはアシスタントの補助的な作業の手伝いを可能とする。ラノベの場合は第三者の修正や加筆等を可能とし、表紙絵や挿絵の添付を可能とする。ただし、表紙絵も挿絵も一枚ずつのみ。小説も漫画も(閲覧数)(いいね数)(ブックマーク数)(コメント数)の数値を計算したポイントとする。(閲覧数)は一ポイント、(いいね数)は五ポイント、(ブックマーク数)は十ポイント、(コメント数)は二十ポイントとする。ただし、作画ミス、誤字脱字の指摘コメントが記載の通りにあった場合、マイナス二十ポイントとする。部員同士の(閲覧数)(いいね数)(ブックマーク数)(コメント数)のアクションは禁止とする。また、トラブルを避ける為に対戦相手の(閲覧)(いいね)(ブックマーク)(コメント)のアクションも禁止とする。その他の禁止行為としてはサブアカウントでの(閲覧数)(いいね数)(ブックマーク数)(コメント数)のポイント稼ぎ、敵対者の荒し等を禁止とする。投稿サイトを監視している新聞部が禁止行為を発見次第、失格とする。以上だ……質問はあるか?』

 ラノケンとマンケンの反応が無いのを確認すると、教子は話を続ける。

『また詳細なルールはレインチャットで送るが……これはあくまでも催しだ。互いに学業も部活動もおろそかにしないで欲しい。私的では部員の奪い合いなどせずに話し合いで決着し、この催しを中止にしたいのだが……ラノケンやマンケンの部員の中で催しを中止にしたい奴はいるか?』

 晴明がちらりとカーミラを見るが、教子の問いに手を上げる者や返答する者は誰もいなかった。その反応に教子先生が花美先生を見て、何か言いたそうにしていた。けれど、花美先生はマンケンの部員を見て、ニコニコしているだけで、発言すらしない。

『分かった……無理せずに作品制作をしてくれ』

 そう言うと、教子先生のアバターがログアウトした。



 ――これで二回目だろうか? 女の子の家にあがりこむのは……

 書也は思わず不審者のように周囲を見回し続けた。書也のいる場所は閑静な住宅街、目の前には昭和の時代から建っていそうな二階建ての赤い屋根の家、表札には熱情と書かれている。そう、ここは熱情友美の家なのだ。

「ちょっと! 人ん家の前で何やってんのよ!? 馬鹿みたいに突っ立ってないで、早く入りなさいよ!」

 二階にいた友美が窓を開けて、叫ぶように言ってから、窓を閉めた。後ろから部活通いと思われるラケットバックを背負った体操服の女子テニス部の二人組が通り過ぎ、こちらをチラリと見て、笑っていた。

『何あれ?』

『彼女と喧嘩でもしたんじゃないの?』

 小声だが、そんな声が聞こえてくる。

 どうやら、ここで立ち止まっていたら、よくない事が起き続けるのだろう。書也は意を決して、友美の家のドアを開けて入った。

「お邪魔します」

 玄関からは田舎のおばあちゃんやおじいちゃんの家に来たようなそんな匂いがした。玄関の棚上には木彫りの熊の置物や黒電話が置かれていた。木の廊下先には珠暖簾があり、奥で野球中継のテレビの音声と、何処からかまな板で何かを切る音が聞こえてくる。独特な煮物のような匂いも奥からする。

「おじいちゃんとおばあちゃんいるけど、耳が遠いの。あんまり気にしないで、上にあがってきて」

 階段上から友美の顔がひょっこり飛び出した。

『友美の小説仲間かぃ? お茶や菓子はいるんかい?』

 珠暖簾の奥から老婆の声がする。

「おばあちゃんには聞こえるか……いらないから! 早く上がって、書也」

「ああ」

 ギシギシと鳴る階段を上がると、二階にはトイレと他にも三部屋あった。二部屋は『あけみ』『ともはる』とひらがなで書かれたドアプレートがあった。

「今日は運が良いわ。あけみとともはるはお母さんと一緒に動物園だし、しばらくは邪魔されずに批評ができるわね」

 友美はそう言って『ともみ』と書かれたドアプレートのドアを開けた。

 案の定、多くのプラモやフィギュアが飾られた室内だった。ショーケースや本棚の上、机にプラモやフィギュアが多く飾られている。ただ、本棚にはほとんど漫画はなく、ラノベやライトノベルや小説の書き方、辞書、広辞苑などの本が多かった。友美は思ったより小説の勉強をおろそかにしないようだ。

「な、何を!? 人の部屋をじろじろと見て……これでも片づけた方なんだからね」

 友美は恥かしそうに言って、テレビの下に無造作に置かれたゲーム機と数枚のゲームソフトのケースをテレビ台の下に押し込んだ。

「ところで見て欲しいプロットがあるって言うのは……」

 書也は少し嫌な予感がしながらも、友美に聞いた。

「これよ!」

 友美は目を輝かせ、待ってましたと言わんばかりな表情で、タブルクリップで止めたプロットの束を書也に差し出した。表紙には少女隊確蟹VⅤと書かれていた。

「えと、読み方はしょうじょたい……かく? かにぶいぶい? ん? アルファベットのVと数字の五のファイブが混じってないか?」

「読みが違うわ。これは少女隊確蟹VⅤ(しょうじょたいたしかにブイファイブ)と読むの」

 書也は思わず呆れた表情になる。

「タイトルが愛の誤字や脱字並みにややこしい事になっているだろう」

「このVとⅤは蟹の鋏を現わしているのよ」

 友美はタブルピースをし、横にカニ歩きをして見せる。

「そしたら二つのVでも良かっただろう」

「二つのVじゃ語呂が悪いじゃない。それに五人だし、VⅤのかっこ良いでしょ?」

「いや、そしたらV5にするべきだったんじゃないのか?」

「別にタイトル名を批評してもらいたい訳じゃないのよ」

 そう言って、友美は書也からプロットを取り上げると、プロットから鉛筆で描いたような数枚のラフ画を取り出して、床に置いた。よく見れば確蟹VⅤの少女ヒロイン達のようで、それぞれ五人がツインテ―ルとサンバイザーで統一し、独特なチアガールのような衣装を身に着けていた。

「これは?」

「愛やエロスに表紙や挿絵を描いてもらうラフよ。さすがに絵描きじゃないから、顔までは描いてないけど」

「文章だけだと思ったら……わりとデザインまで考えてるんだな」

 書也は愛のラフの用紙を見て、感心したように言う。

「はぁ? これぐらいは考えるわよ。あんたの方こそ、この一週間、何やってたのよ? まさかプロットはできても、表紙絵や挿絵のデザインを考えてないなんて事はないでしょうね?」

 睨むように顔を近づける友美に書也は思わず怯んだ。

「絵は小説が完成したら、考える方が良いと思って……プロットのキャラ設定の修正で容姿が変わったり、別キャラになったりするだろ?」

「あんたはそういう考えな訳ね。まあ、いいわ。それじゃあ、プロットを見てくれる」

 友美が座布団の上に胡坐で座ると、ガラステーブルにプロットを置いた。

「ああ」

 書也は対面するガラステーブルに敷かれている座布団に座り、胡坐をかくと、プロットを手に取った。前回に比べると、友美の世界観設定やキャラ設定は単純なものになっているような気がした。だが、それは逆に言えば、目新しさやオリジナリティーが無くなっているように思えた。それと単純にこれは……

「友美、これってさ……コメディーのつもりで書いてるんだよな?」

「そうよ」

 すぐに返ってきた返答、それでも書也は頭を掻く。

「友美、これはヒーローものを意識した作品だと思うが……敵怪人のやってる事がしょぼくないか?」

「そうね」

 友美はそんな事かと言うように単調な言葉で返した。

「怪人である黒板当番魔。黒板消しでのチョークの粉を舞わせ、生徒を困らせるシーンがあっただろ? しょぼくないか?」

「軽いノリの方が分かりやすいじゃない」

「軽いノリは良いんだが……怪人はチョークの粉を舞わせただけで、確蟹ホームランのバットで打ち上げられて、花火で爆発四散させられるのか?」

「悪人だからそれぐらいやっても良いと思ったけど……滅殺はやりすぎか……じゃあ、病院送りの設定にしておくわ」

 友美はそう言って、机に置いてあった手帳に何かを書き込んでいく。

「なにか子供向けのヒーローアニメみたいになってないか? 悪の規模が小さいというか……例えば怪人サッカー坊主。サッカー部員達をボールで吹き飛ばし、サッカーゴールのネットに縛り付け、サッカーの試合に参加しないようにさせるとか、怪人ウナギ焼鬼嫌(やきいや)とか、ぬるぬるの天然ウナギで縛り付け、ウナギを焼いて煙でいぶし、うな重を食べるのを見せつけるとか……敵怪人の目的が全く分からないんだが」

「設定を書くの忘れてたわ……怪人は人間達から負のエネルギー的なものを吸い取っているのよ」

 書也は友美の後付け設定に呆れ顔になる。

「怪人は何の為に人間から負のエネルギーを吸い取っているんだよ?」

「確か……新たな怪人を作る為よ!」

 声を上げて言う友美。

「それだったら世界を滅ぼす為の負のエネルギーとか、世界征服を進める為の大魔王復活の負のエネルギー集めの方がよくないか? それだったら怪人を殺しても正当性があるような気がするし」

 友美は何かを思いついたように目を輝かせ、手帳に記載を続ける。

「でも、負のエネルギーを浴びて怪人化する人間とか萌えない? それが友人だったり、恋人だったり……」

 友美の言葉に書也は再び呆れ顔になる。

「さっきと言ってる事が違くないか? その設定だと友人や恋人を確蟹ホームランで爆発四散させて、殺す事になるんだが、さっき設定を変えた病院送りでもまずい気がするしな。子供向けヒロインなら必殺技で浄化させて元に戻していた気がするが」

「そうよね……さすがに友人や恋人は使えないか……じゃあ、負のエネルギーを使って物品が怪人化するとか、付喪神的な何かよね」

「あと、怪人で思い出したが……怪人がやる行為にヤバいのが結構あった」

「ヤバい? 何がヤバいのよ?」

「怪人アルハラなんだが……酔拳までは別に良かったんだが、一升瓶の酒を未成年に無理矢理に飲ませるとか、コンプラ的にどうよ?」

「あれね? 別に良いじゃない。格闘ゲームの投げ技とかで、未成年に酒を飲ませる攻撃技が普通にあったわよ。それにRPGゲームのクロノなんちゃらとかで、ボタン連打で酒を飲み続けるイベントがあったわ。あれも主人公は未成年だったじゃない?」

 そんな事かと、友美はすました顔で前例があると言う。

「あれは酒とは語られていないんだが……ラノベ関連だとコンプラを気にする傾向があるから、そこは注意した方が良いんじゃないか? それと、怪人アルハラが確蟹VⅤにどぶろくをぶっかけるシーンはあるが、これはエロスの影響か?」

 書也の問いに対し、友美は思い出したかのように頬を染める。

「いいじゃない! ちょっとエッチな萌えシーンがあっても……それとも男子が白い酒粕に塗れる方が好みだったり?」

 裸の男子生徒が酒粕に塗れになるシーンを想像して、そのシーンを振り払うように書也は思わず首を横に振る。

「いや、そうじゃない。お前らしからぬシーンが挿入されていると思ってな。その他にも怪人セクシャルキャットの同性の友人の合意を得た上での満員列車で痴漢行為だが。これは大丈夫なのか? いや、そもそもその痴漢行為を確蟹VⅤが来るまで、誰も止めないのか? 満員電車なのにだ」

 書也は人がひしめく満員列車で猫娘が肉球で女子高生の尻を触り続ける姿を想像して、書也は頬を染めて言う。

「そう! そこなのよ! わたしが書きたかったのは!」

 急に声を上げる友美に書也は驚き、仰け反りかける。

「どうした急に!? どういう意味だ?」

「同性同士ならいちゃついても友達同士のふざけ合いみたいな感覚じゃない。さらに言えば、怪人セクシャルキャットは猫に近い獣人。ペットや動物って、実際に裸でいろんなところを触って大丈夫な訳でしょ?」

「怪人セクシャルキャットって……獣みたいに体毛に覆われた完全獣人型タイプの奴なのか? 猫娘みたいな奴なのを想像した。ケモナーかよ!?」

 変な妄想をした書也は思わず頬を染め、声を上げる。

「け、ケモナーでも良いじゃない!? そういうところが好きな読者もいるはずでしょ!?」

 友美はさらに頬を染めて言う。

「そもそも怪人セクシャルキャットで書きたかった部分って何なんだ?」

「よく聞いてくれたわね書也。怪人セクシャルキャットで書きたかったのは悪のグレーゾーンで裁けない悪を書きたかったのよ。友人が同意した痴漢で、相手は獣に近い人、いくら怪人でも確蟹VⅤに対応しにくい相手なのよ」

 思わずおでこを押さえる書也。それに対して友美はなぜか目を輝かせている。

「ん? ごめん、よく分からないんだが……最終的には怪人セクシャルキャットはどうなる?」

「怪人セクシャルキャットを悪として裁けないと知った確蟹VⅤは見守る事しかできずに敗北するのよ」

「ただの迷惑客かよ!?」

「このやるせなさや悔しさを読者に伝えたいのよ!」

 力説する友美に書也は呆れ顔にしかならない。

「分かった……そのへんはつっこまないでおく。最後にだが、明らかにコンプラに引っ掛かる最終話」

「ああ……あれね?」

 少し青ざめた顔になる友美。どうやらコンプライアンスに引っかかる部分の自覚はあるらしい」

「怪人幹部のヘビースモーカー大佐だが。あれは何だ? 確蟹VⅤのメンバーが全員捕まり、分煙室に閉じ込められて、接着剤で金属製のボックスソファに接着され、延々と煙草の煙を吸わされるっていう……」

「だってしょうがないじゃない!? だってここまで悪のシュールな書き方をすれば、敵の拷問だってシュールにならざる得ないし、ギリギリのラインでこれは許されるんじゃない?」

「そこはシュールな悪だって自覚はあったんだな? ヘビースモーカー大佐が他人の吐いた煙を吸うより、自分で煙草を吸った方がまだ長生きできるって言って、確蟹VⅤに煙草を勧めるシーンがあっただろ? 未成年に煙草を勧めるな」

 呆れ顔で言う書也に友美はもじもじと両手の指を何度も突く。

「そこはわたし的に譲れないというか……」

「煙草の煙は嫌な拷問にはなりそうだが、猛毒ではないし、何十年で死ぬかって言うレベルだろ? それに煙草の煙ぐらいなら、我慢強い奴なら耐えられるような想像をしてしまう。煙なら、名前をスモーキー大佐とかにして、確蟹VⅤを網で釣って、燻製にするとかでも良いじゃないのか?」

「少女達を燻製にするなんて、なんて事を考えるのよ書也!?」

 なぜか逆に非難される書也は思わず茫然とする。

「もう、好きにしてくれ」

 こうして友美の小説に対しての批評は終わりを告げた。



 VR世界に入ったアバターのラノケンメンバー達はアンティークな鉄製の鳥籠のような巨大エレベーターが高速で動く中、円陣を組んでいた。シェヘラザードの書也、キューピッドの愛、サラマンダー娘の友美、少女人型ロボットの理香、幽霊の幽美、女神のエロスのそれぞれが手を重ねていた。

「いきますわよみんな! ラノケンメンバーの誇りにかけて……いえ、愛さんを守る為に全力で戦いますわよ!」

 そしてラノケンメンバーが同時に声を上げ、手を掲げた。その手の先には巨大エレベーターの天井に太陽の彫刻が施されていた。それはまるで皆が気を練って作った太陽のようでもあった。

『さて、ラノケンメンバーもマンケンメンバーも準備ができたようだな』

 巨大エレベーターが動く中、微かな歓声の声と共に聞こえてきたのは口姫らしきアナウンスの声だ。

 インジケーターの針が止まり、巨大エレベーターのボタン上部には階の表示ではなく、バスや列車の方向幕(ほうこうまく)のようにラノケンメンバーの各ペンネームが回っていき、エロお嬢様で止まると同時にチーンというレトロなエレベーターの音がして、鉄格子のような扉が軋むような音を立てて、開いた。

「では、行って参りますわ」

 目が眩むほどの照明と共にライブイベントの盛り上がりに負けない歓声が、エロスの言葉を飲み込みそうな音量であった。

「エロス……エロ対策は完璧なの? 私が見た限りではかなり危ない……私が指摘した部分さえまともに修正できてない」

 肩を掴む幽美アバター。幽美の怪奇現象がそうさせるのか、振り向くエロスの笑顔で表示されるアバターの画像が乱れ、消えかけ、死を予感させるほど不吉だった。

「大丈夫ですわ幽美さん。エロは不滅……あくまでも私のポリシーは貫きさせていただきますわ!」

 エロスのアバターはそう言って。髪を払い、巨大エレベーターを出ていた。

「さすがにそれは……一般向けをエロで通しちゃいけませんよ先輩!」

 書也の声もむなしく、エロスには届かず、歓声で掻き消えていた。

『ラノケンメンバーの先鋒はなんと、いきなり部長のエロお嬢様だ!』

 エレベーターが開いた先は前回と同じ現代国語学院の体育館をオペラ劇場のように改造したような施設内だった。さすがVR世界といったところか、体育館の舞台とエレベーターは繋がっているようだ。そしてこちらも前回と同じで、実況席と記載された長机には新聞部の聞姫、解説席にラノケンの現語教子先生、素描花美先生が座り、舞台にはMCの口姫が立っている。

『対するは……おっと!? これは部長対決だ! マンケンもいきなり先鋒は部長!? 吸血公女の登場だ!』

 エロスの向かい側の別のエレベーターの扉から吸血公女こと、カーミラ・赤月のヴァンパイア少女アバターが現れる。

「見せてもらおうか。社長令嬢のシナリオが何処まで私の絵に通用するのかな!」

 吸血公女がマントを翻し、楽しそうに八重歯を出し、笑みを浮かべた。

「いいですわ! 見せて差し上げますわ! 私のギリギリなエロスなラノベを!」

『エロお嬢様の《スープを覗き込んだら擬人化食品少女の異世界だった》を長編予定だったものを短編に仕上げた作品になっていますが……こちらの作品は上手くまとめられた感じになっていますでしょうか現語先生?』

 聞姫が教子先生に質問する。

『本来、小説では長編を短編にするのは難しい事ではあるが、エロお嬢様はゲーム会社でシナリオの補助をやった事もあってか、問題なくまとめている。ただし、私の指摘した部分が直せているかどうかで、変わってくるだろう』

『エロお嬢様の作品に教子先生が指摘した部分が直せていない可能性があると?』

 聞姫が不思議そうな顔をして教子先生に聞く。

『そうだ。表紙絵と挿絵はエロお嬢様とドジっ子食いしん坊が担当している。絵が不慣れなラノケンではこの二人が絵の主力だ。自分の小説だけでなく、他人のイラストを担当するとなると、負担が大きくなり、小説の修正も手が回らなくなる。せっかく小説が完成してもな……エロお嬢様はギリギリのエロ描写を書きたがる傾向がある。それを修正せずにあげた場合、吉と出るか凶と出るか……』

 聞姫の質問におでこを押さえて、悩ましい表情をする花魁風の着物姿のアバターの教子先生。

『なるほど……エロお嬢様がエロ描写を修正できているかで、勝敗が決まってくるわけですね。では、吸血公女の方はどうでしょうか? 素描先生』

 その聞姫の質問にアルラウネ娘の素描が答える。

『そうですね。学生ながらも、プロの意識が強く、プライドが高いのが弱点でしょうか? 絵なら誰にも負けないというプライドがあってか、私のアドバイスもぜんぜん聞いてくれなくて』

 目を押さえて、子供のように泣き声を上げる花美先生に聞姫も思わず呆れ顔になる。

『ええと……つまりアドバイスを聞けば必ず勝てる可能性があるということですね。吸血公女の作品はどんな仕上がりですか?』

 聞姫の質問に花美先生は少し泣き止む。

『そうですね。彼女の漫画、BLOODQUEENは読む人に癖がありそうな気がしますね』

『癖というのは?』

 首を傾げる聞姫。

『吸血鬼を題材にしているせいか、流血シーンが多くあります。その描写部分で読者が離れていく可能性が充分にありますし、それと主人公が二重人格で、男性と女性に別れる部分があり、その謎が伏線の回収が短編では難しく、最後に明かされています。その部分で読者が理解できずにつまらないと思ってしまう人が出てくるのではと、心配しています』

『なるほど……難しい課題はどちらも多くありそうですが、お互いに頑張ってほしいですね。それでは集計の準備ができたようなので、解説は口姫にお願いする』

『じゃあ、説明させてもらう。一週間ごとに集計させたものを表示させていく。つまりは順に一週間、二週間、三週間、四週間後の数値を表示させていく。なお、分かりやすく面白くする為にゲーム風な攻撃エフェクトで表示されるようになっている。では、バトルスタート。レディーゴー!』

「ふふ。メタバースとはいえ、凝った演出にしたものだ。だが、これでお前との決着が分かりやすくなったな。そしてお前は私に負け、マンケンが勝利する。部員を引き抜かれたお前は、吸血公女のアバターに血を抜かれたように干物のようになっているだろうからな」

 吸血公女のアバターが自ら手首を爪で斬ると、多量の血が紅い沼を作っていき、そこから血で作られた無数の狼がエロお嬢様のアバターを襲う。だが、エロお嬢様のアバターが白翼を広げると、光と共に衝撃波を生んで、血の沼と血で作られた狼は吹き飛ばされ、浄化していた。

「初手で私に勝てると思っていますの? その考え、甘いですわね吸血公女!」

「馬鹿な!? 私の絵が奴の文章と拮抗しているだと!?」

『おっとこれは!? ポイントに差がついていないという事なのか!? どちらの攻撃エフェクトもヒットしない!? 吸血公女の漫画をアップロードしてからの一週間後の閲覧数は7351、ブックマーク数761、いいね数384、コメント数0。対するエロお嬢様は7897、ブックマーク数698、いいね数324、コメント数8となっている。閲覧数とコメント数ではエロお嬢様に軍配が上がり、ブックマーク数といいね数では吸血公女が勝っている状況だ』

『どうしてこのようなばらつきの数値になったのか、疑問だな』

 聞姫が少し不思議そうな顔をして言う。

『恐らくはお互いの作品の傾向で、読者がリアクションをとりにくい状況にある。エロお嬢様の場合、ギリギリなエロ描写で攻めているぶん、ブックマークやいいねが押しにくい。ブックマークはコレクションとして表示される。そのギリギリエロ描写の作品をコレクションに加えたり、いいねの足跡を他人に見られるリスクを冒したくないという心理がどうしても働いてしまう。逆に吸血公女のエロ描写が無い作品は他人に見られても問題なく、ブックマークといいねのリアクションをとれるという訳だ』

 聞姫の疑問に教子先生が答えた。

『しかし、エロお嬢様の閲覧数やコメントが多いのはなぜですか? しかもこれだけのブックマークといいねが多いのに、コメント数が0というのは……』

 聞姫の問いに今度は花美先生が手を上げ、口を開く。

『素描先生、どうぞ』

『流血シーンが多いからというのもあるでしょうね。凄惨なシーンを賞賛したりすると、読者が逆に非難もされたり、その異常性を指摘されたりする事を恐れます。それに複雑な設定もあり、読者はその解釈違いや設定間違いを恐れ、どうしてもコメントをしづらい状況に陥ります。漫画は絵で表現するので、設定を説明するのにはやはり絵だけでは不向きなんです。そういった意味では文字で設定を説明する小説の方に軍配が上がりますね。逆にエロお嬢様のギリギリなエロ描写ですと、コアなユーザーが集まり、もっとこういったシーンを書いて欲しいといいうリクエストで称賛のコメントが増えるのかもしれませんね』

『なるほど……小説も漫画も得手、不得手があるようだ。まだ一週間目ではどうなるか分からないぞ! では、二週間目を見てみようか! 第二戦スタート!』

「やるではないか! さすがレッドムーンのシナリオを担当した事もあってか、私と同じクオリティーで、プロレベルという事か。だが、しょせんはエロで読者を釣っているだけ、短編小説のエロ描写では、物語の質を落とすだけ!」

 吸血公女のアバターが目を紅く輝かせ、今度は自らの爪で両手首を切り、血の沼を作る。吸血公女が両手を交差させると、血の沼は二頭の紅い血の龍となり、エロお嬢様にとぐろを巻くようにその巨大な顎で飲み込もうとする。

「貴方は勘違いしてますわ。私は男女の性交を書いている訳ではありません! 貴方も見た事ありますわよね? 魔法少女やヒーローのヒロインが何かに巻き付かれ、ピンチに陥るシーンを! 主人公やヒロインのピンチこそ、読者にエロを掻き立てる。そのピンチを私は少し書き足しただけですわ」

 エロお嬢様の真っ裸当然の女神アバターは巨大な光の槍を生み出し、二頭の血の龍を貫き通し、浄化させ、その光の切っ先は吸血公女の頬を掠め、わずかな焦げ跡を残す。

『おっと!? ここで両者の数値が二倍近くになっている!? 吸血公女の二週間後の閲覧数は14328、ブックマーク数1412、いいね数660、コメント数2。対するエロお嬢様は15155、ブックマーク数1399、いいね数655、コメント数16となっています!? 先ほどと同じで、エロお嬢様は閲覧数とコメント数を伸ばしてきた! そしてさらにエロお嬢様のブックマーク数といいね数が、吸血公女に近づいてきている!?』

 口姫の鼠耳のアバターが声を上げ、興奮したように実況する。

「馬鹿な!? ヒロインのピンチでエロを引き出したとでも言うのかお前は!?」

 頬にわずかな黒い煙を出す吸血公女のアバター。その頬を押さえながら吸血公女は信じられないといった顔でエロお嬢様のアバターを見つめた。

「漫画やアニメでもありますでしょう? 何かに巻き付かれて拘束されたヒロインや主人公達、あれをエロ触手に変え、口や股間に突き込ませただけですわ、おほほほっ!」

 まるで悪役令嬢のように高笑い声を上げるエロお嬢様。

「そこまでのギリギリな描写で、よくアカウントが保っているものだな。ここまで読者を引き寄せるエロ描写だ。かなりの綱渡りだというのに……そこまで書けるというのか!?」

『そして三週間目に突入! 二人の数値はどうなっている?』

 口姫の鼠耳アバターが躍るように両手を上げる。

「貴方もレッドムーンで働いていたなら、もう少しエロを学ぶべきだったのです!」

 エロお嬢様の女神アバターが巨大な光の槍を投げると、その刃は吸血公女の胸を貫いた。さらに新たな槍が光の魔法陣から生まれ、左右の横腹を貫き、数本の光の槍は交差し、十字架となって、吸血公女を宙に貼り付けにした。

「くっ!? 馬鹿な!? これがエロ描写の力だというのか!? 私の漫画がエロ描写の小説に負けるなど!?」

『なんと!? ここで吸血公女の数値をエロお嬢様が上回り完全に圧勝!? 吸血公女の閲覧数は28400、ブックマーク数2801、いいね数1212、コメント数4。対するエロお嬢様は30012、ブックマーク数2822、いいね数1250、コメント数30となっています。先ほどとは違い、エロお嬢様は完全にリード!』

「そう! これが人々の欲望の力、エロスですわ!」

 エロスの女神アバターが白い翼を羽ばたかせ、飛翔すると、再び両手から巨大な光の槍を生み出し、投げる。それは巨大な光の巨鳥となって、吸血公女を飲み込もうとする。

『ここで四週間目に突入!? エロお嬢様が完全勝利か……』

 こっそりと舞台から現れた黒子が歩み寄り、口姫にメモ用紙を渡す。


「えっ?」

 その刹那、エロお嬢様の光の巨鳥が吸血公女に当たる寸前に砕け散って消えた。そして吸血公女を拘束していた光の十字架もガラスのように砕け散った。

『なんと四週間目で……エロお嬢様のアカウント停止!? エロお嬢様の作品《スープを覗き込んだら擬人化食品少女の異世界だった》も削除!? よってエロお嬢様失格!』

「ええっ!? そんなのってないですわあああっ!?」

 エロお嬢様がさらに何かの強い力で引っ張られるように舞台の照明より上に上昇し、見えなくなると、強烈な閃光と共に光の粒子となって、消え去った。

『なんと吸血公女が押されるも、エロお嬢様の失格で幕を閉じたああっ!』

 観客席は寒い空気と共に小さな拍手がわずかに起こった。

「エロお嬢様……エロ描写にこだわりすぎて、まともな勝負もできないとは!」

 吸血公女は怒りを露にし、右腕を震わし続ける。

『やはり……私の指摘した部分を修正しなかったという事か……』

 教子先生は頭を痛めたようにおでこを押さえ、思わず顔をしかめた。



 エレベーター内にワープするように戻って来たエロスの女神アバターは燃え尽きた灰のように白くなっており、頬と腕は痩せこけ、まるで干物のようだった。そんなアバターのリアクション芸よりも、書也は愛がマンケンに取られる可能性を増やしてしまった先輩を思わず少し睨んでしまう。

「何やってんですかエロス先輩!?」

「言わないでくださいまし……私も頑張ったんですのよ……ただ、表紙絵と挿絵にこだわりすぎて、修正が間に合わなかっただけですわ」

「エロスは頑張った。だけど、エロ描写にこだわりすぎて、負けただけ。みんなはいつものエロスだと、笑って水に流してくれるはず……多分」

「はう……」

 なんのフォローにもなってない幽美の幽霊アバターの言葉にエロスは散りとなって消えていく。

「大丈夫よ。エロス先輩の負けはわたしが取り返すから!」

 サラマンダー娘のアバターの友美は右の拳にぐっと力を入れ、左の掌を叩いた。

「でも、友美の出した短編作品って確か……長編だった確蟹VⅤを短編にした作品だろ? 大丈夫なのか?」

「ええ、わたしだってページ数の調整ぐらいできるわ。それにあんたが見てくれたおかげで、だいぶ良い作品に仕上がったわ」

「本当かよ!? だって俺の批評なんてまともに聞きもしなかっただろ!?」

「そうね。でも、20%ぐらいは参考になったわ」

「ほとんど役に立ってねえじゃねぇか!?」

「とりあえず見てなさい。わたしが成長したってところをね」

 エレベーターが開き、サラマンダー娘のアバターの友美は振り向かずに舞台に向かった。その身体と瞳からは炎のエフェクトが揺らめき、まるで闘志を燃やしているようであった。

『初戦で負けてしまったラノケンだが、次の戦いで負けを取り戻せるか? 次のラノケンの次鋒はツンデレだ! 学校新聞の連載小説以外は小説の経歴に特に目立った部分は無いが……そこは努力でカバーするのがツンデレだ!』

 舞台で鼠耳のアバターの口姫が手を向けると、スポットライトが灯り、友美のアバターのサラマンダー娘が照らされる。

『マンケンの次鋒の相手はロボ太。同人誌の人気漫画家でもあるロボ太に対し、あまり実績の無いツンデレはやや不利か?』

 口姫のアバターが手を向けると、祭防具炉保の小学生ぐらいの背丈の刑事ロボのアバターがスポットライトに照らされる。

『教子先生、ツンデレはネット投稿がほぼ初めてとお聞きしましたが……』

『部活ではネット小説を推奨し、その小説を批評する形式はとっているが、ツンデレは機械が苦手で何度か消去してしまったり、小説のアップロードを失敗している事もあってか、ネット小説事態は苦手な人間だ。しかもずさんなデーター管理で、小説のデーターを保存したUSBメモリなどを紛失したり、壊したりする為に過去に印刷した原稿を私の所に持ってくるぐらいだ』

 解説席で思わずおでこを押さえる花魁衣装の教子先生のアバターにバニーガールのアバターの聞姫は思わず呆れ顔になる。

『それは困った問題ですね。では、実際のツンデレの小説はどんな感じなんでしょうか?』

『ツンデレは巨大ロボット、ヒーロー、魔法少女、変身ヒロインなんかの小説も書いたりしているが、設定部分が少し難ありといったところだが、今回の確蟹VⅤはシュールな部分を除けば、設定もしっかりできていて、変身ヒーローでありながら、コミカルな話となっていて、面白かった。人気同人作家でも対抗できる作品となっているだろう』

『今回のツンデレの作品は力作という事ですね。ツンデレには期待したいところだが……ロボ太の作品はどうでしょうか素描先生?』

 聞姫の質問に同じく解説席のアルラウネ娘の素描先生が口を開く。

『ロボ太はツンデレとは真逆で、設定が得意の漫画家です。巨大ロボットの設定資料を同人誌で売り出した時には二千部を売り上げた事もあったそうです。しかし、絵や設定だけで、シナリオは得意ではなく、漫画事態もあまり出していない状況です。漫画が面白いかは人によるかと思いますので、ここでは控えさせていただきます』

『なるほど……イラストや設定に特化した漫画という事ですね。なかなか期待できそうだ。さて、口姫。準備の方を頼むぜ!』

『では、バトルスタートだ! まずは一週間目だ! ツンデレとロボ太のバトルエフェクトに注目だ!』

「くく。お前も巨大ロボットが得意なのか? どんなロボットの物語を書く? リアル系か? スーパーロボットか?」

 舞台に立つ宇宙刑事風なロボットアバターのロボ太が、サラマンダー娘の友美をあざ笑う。

「生憎、今回は巨大ロボットじゃないわ。変身ヒロインよ」

「変身ヒロイン? 同じ巨大ロボを作品にしてくるかと思ったのに……残残念だよツンデレ。まあ、いいさ。どっちにしろボクの巨大ロボには敵わない。すぐにペチャンコにしてやるよ」

「楽しみにしてるわ人気同人漫画家さん」

 くすりと笑うサラマンダー娘アバターの友美にロボ太はすぐに不機嫌になる」

「何が可笑しい! 実績の無い君にボクを笑う資格はない! ボクの漫画の成績を見ろ!」

 ロボ太のアバターの左右の腰部分が開き、銃のような物が飛び出したかと思えば、神速でそれを抜き放ち、トリガーを引いていた、二丁の銃からは銃弾ではなく、光線が放たれ、友美のサラマンダー娘の右肩や左足を貫き、鮮血が舞った。

「くうっ!? 思ったより速い!? さすが人気の同人漫画家は集客力が段違いね……」

 サラマンダー娘のアバターの友美は肩を押さえ、一歩を踏み出すが、その左足はびっこを引き、肩と左足から水漏れのように血が滴り落ち、舞台の木床に血だまりを作り始めた。

「ツンデレ!?」

 思わず書也は女性化したシェヘラザードのアバターを動かし、友美のアバターに駆け寄ろうとしていた。それだけVRの世界でも、リアルに近いほどの表現力だった。幽美の幽霊アバターに肩を掴まれるまでは友美のアバターに駆け寄っていただろう。

『中二病、落ち着いて。ここはVRだからリアルのツンデレに何も起きない』

「分かっています。でも……」

「大丈夫……ツンデレの作品は教子先生の言う通り、本当に力作。だって私も批評したもの」

「じゃあ、ヤンデレ先輩の所にも」

 友美のサラマンダー娘の友美のアバターは落ち着いているように思えた。グラフィックデザイナー部によれば、このVRゴーグルは確かモーションキャブチャーにより、表情すらもアバターに反映されるはずだった。

『おっと!? ロボ太の攻撃エフェクトがツンデレに命中した事から考え、ロボ太が大幅にリードか? ロボ太の漫画をアップロードしてからの一週間後の閲覧数は5101、ブックマーク数350、いいね数144、コメント数8。対するツンデレの閲覧数は2502、ブックマーク数155、いいね数77、コメント数0と大きく差をつけられた!?』

「くく。君の小説はやっぱりたいした事ないじゃないか。いや、当然かな。だって漫画と小説じゃ、絶対に漫画の方が上だ。絵と文字じゃ、絵の方が見たくなるし、読みやすい。君もそう思うだろ? この現状を見れば、尚更だ」

 ロボ太がニヤケ顔を見せるが、それでもツンデレのアバターは余裕な表情を見せる。

「そうは思わないわ! どんなジャンルでも、作品は面白い方が勝つわ!」

「やっぱり認知数じゃ、ロボ太の方が上だ。いくらツンデレの小説が面白くても、読者が集まらなければ勝てないんじゃ……」

 ボロボロのサラマンダー娘のアバターの友美。見た目通りにこんな大差をつけられたら、友美の精神もだいぶやられているだろう。

「ふふ。書也君。君も彼女の負けず嫌いは知っているだろ? ツンデレは私にも小説を見せに来たよ。彼女は君が思ったより本番に強く、負けず嫌い、そして努力家でもある。勝つ為にはどんな手段をも使うだろう。もちろん私と違って、正々堂々とね」

 メカ娘のアバターの理香は新しくできた実験生物でも見るかのように気味悪い笑みを浮かべた。

「マッドサイエンティスト先輩。ここから巻き返せるって言うんですか!?」

「へこたれない精神はさすがだツンデレ! だが、ここからの巻き返しはない!」

 ロボ太のアバターのベルトから、今度はレーザーソードを取り出し、神速で居合のように友美のサラマンダー娘の腹部を斬り裂いていた。鮮血と共に友美アバターは膝を突いた。胸を押さえる手からは、さらに血が滴り落ちる。

『二週間目もやはりロボ太がリード! 閲覧数は6666、ブックマーク数450、いいね数200、コメント数20。対するツンデレの閲覧数は5555、ブックマーク数356、いいね数160、コメント数8』

「またリードされたか……でも! ここからよ!」

「また強がりか。いい加減に諦めなよ。ボクの作品の人気度から分かるだろ? 絶対に勝てないってさ」

「そうかしら?」

 それでも余裕な表情を見せる友美アバターにロボ太のアバターは思わず舌打ちをする。

「いいだろう! 君がそういう態度をとるなら、君の作品を真っ二つにするまでだ!」

 ロボ太はレーザーソードを振り下ろし、マイクのハウリングのようなを音を上げ、そのレーザーの刃を構え直した。

 友美のアバターは指で火の魔法陣を描き、そこから燃え続ける火剣を取り出し、構えた。

「今更、反撃か? もう無駄だ! 作品と一緒に真っ二つになれ!」

 ロボ太のアバターのレーザーソードが友美の頭上に迫る刹那。友美アバターの火剣がレーザーソードを受け止め、刃がバチバチと火花を散らす。その友美アバターの炎の刃はロボ太のレーザーソードをわずかに押し返しているように思えた。

「馬鹿な!? 受け止めただと!? しかも、このボクが押されている!?」

『おっと!? 三週間目にきて、いきなりツンデレが巻き返したのか!? ロボ太の閲覧数は6766、ブックマーク数470、いいね数205、コメント数30。対するツンデレの閲覧数は6800、ブックマーク数475、いいね数210、コメント数25! ツンデレがコメント数以外を上回った!』

「そんな馬鹿な!?  後半からどうやってボクの知名度を上回った!? 分かったぞツンデレ! お、お前は密かにエロ同人小説でも書いていて、ペンネームを晒したんだろ! そうでなければ、ボクに追いつけない!」

「何を言ってんのよ? いろんなSNSを使って、URLのリンクを貼って、読者を集めただけよ。ドジっ子食いしん坊の表紙絵も良かったから、読者がついてきてくれたかもね」

「たかがリンクと表紙絵で読者が集まったって言うのか!?」

「それより、あんたのSNS、炎上してない? わたしのところに飛び火しているけど?」

「はっ? 何を言ってるんだ? ボクが炎上する事なんてない!? こうやって信頼できる読者が集まって……何だこの数値は!? 三週間目からは閲覧数が100しか上がってない? いや、それどころかブックマーク数も10しか上がってないし、いいねも5しか上がってないじゃないか!? ど、どうして?」

「そう。それはご愁傷様!」

 友美アバターが火剣を力強く押すと、そのレーザーソードとロボ太アバターは炎の刃に斬り裂かれ、炎上し、爆発した。

「ばかなああああっ!?」

『四週間目でツンデレが逆転勝利! な、何が起こったんだ!?  ロボ太の閲覧数は6866、ブックマーク数476、いいね数207、コメント数40。対するツンデレの閲覧数は8850、ブックマーク数512、いいね数324、コメント数30! ロボ太の総合ポイントは13351ポイント。ツンデレの総合ポイントは16190ポイントとなり、まさかのツンデレの圧勝だ!』

「……どうして……どうして……どうして……」

 倒れたロボ太のアバターは燃え続け、機械がショートしたように身体中に火花を散らし、壊れたロボットのように同じ言葉を連呼する。

『審査員会から報告があった。ロボ太が投稿サイトにアップした漫画作品はツンデレの言う通りに本当に炎上しているようだな。しかも、指摘コメントでマイナス100ポイントの減点だ。どうして、こうなっちまったんだろうね』

 聞姫が思わず苦笑いして言う。

『やはり予測した通りになってしまいましたね』

 花美先生が溜息をついたように言う。

『と、言いますと?』

『ロボ太君は設定ありきの漫画を描いてしまったんです。短編の漫画ではその設定を活かしきれずに続編を匂わすような展開で終わってしまいました。出す予定のパワードアーマーも予告通りに出せずに炎上してしまった。そして運が悪かったのは、風の噂か何処かで調べたのか、ラノケンとマンケンと勝負する話を知った読者が、炎上するようにツンデレさんが工作していると噂しました』

『しかし、対戦相手は事前に告知される訳ではないのに……ツンデレに飛び火したんです?』

『彼女の過去にネット小説にアップされていた題材が同じ巨大ロボットだったからです。しかも、ツンデレさんは多くのSNSを利用し、宣伝していた為に偶然にもピックアップされていた。しかも、ツンデレさんはロボ太さんの作品に興味を持っていたのか、フォロワーでもあったようです』

『そんな偶然が!? しかし、そしたらツンデレの方もポイントを下げるのでは?』

『いいえ、彼女にとってはそれが起爆剤となりました。敵を知るにはまず、その作品を知って、批評をしなければならない。ですが、彼女の小説はロボ太君のそれより面白く、味方につけてしまったんです。それにツンデレさんに飛び火した時の対応も良かった。一人一人に炎上工作をしてないと、真摯に対応していました。メンタルの強さとそして運、力作を書いた彼女の完全勝利です。敵ながらあっぱれでしたツンデレさん』

『勝者ツンデレ! ラノケン、この勝利で見事にイーブンにした!』

 口姫が勝者を告げると、観客席から歓声が上がる。

『ツンデレ! お前の確蟹VⅤ、面白かったぞ!』

『次の確蟹VⅤの続編も期待してるぞ!』

 観客席のコメントに友美アバターは頭を掻き、照れながらも手を振って、エレベーターに戻っていく。



 それから次は幽美ことヤンデレの番となり、対戦相手は明智紗麓ことペンネーム、シャーロック・クィーンのアバターが対戦相手となった。

 シャーロックはペンネームの通りにガチガチで王道な推理漫画で勝負を仕掛けてきた。対するヤンデレはホラー小説で、異能を持った少年の力が暴走し、家族や親戚が殺されていく話であった。シャーロックは推理小説家の娘で強敵であったが、探偵の主人公ホームズが犯人をはめて陥れる手法で解決させ、自殺させた事が原因で読後感を悪くさせた事が敗因となり、僅差のポイントでヤンデレが勝利となった。

 次に理香のペンネーム、マッドサイエンティストと神狐晴明こと白面九尾との対戦となった。マッドサイエンティストの小説は地球に来た異星人が人間にオーバーテクノロジーを与え、破滅するさまを描くダークコメディーで、倫理観はやはり無かった。対して白面九尾が描く漫画は神様が不幸な人間に魔法で手助けをするが、失敗して大事件になるドタバタコメディーであった。初回はマッドサイエンティストが数値を上げていたが、白面九尾が二週目から数値を押し返し、三週目、四週目と数値をさらに上げていき、マッドサイエンティストは完全敗北となった。やはりマッドサイエンティストの倫理観が崩れた小説よりも白面九尾の明るいドタバタコメディ漫画が読者に受け入れられたのだ。


 そして問題の愛ことペンネーム、ドジっ子食いしん坊の番となった。

「大丈夫かドジっ子食いしん坊?」

 上昇していくエレベーター内でキューピッドの愛のアバターは自分の頬を両手で叩き、自ら気合を入れた。

「うん! 大丈夫! 書也君のアドバイス通りにやったら、良い感じになったと思うよ」

「おい、名前」

 シェヘラザードのアバターの書也が思わず頭を押さえる。メタバース内では生徒だけでなく、一般人もアバターで参加でき、ラノケン対マンケンの対戦状況は動画でもリアルタイムで視聴できる為、プライバシーを考慮して、ペンネーム呼びを推奨していた。

「ご、ごめん!? 中二病君」

「疑う訳ではありませんが、本当に大丈夫ですの? 確かに面白くなりますが、諸刃の刃ですわ。誤字脱字がバレましたら、大惨事ですわ」

 エロスのアバターが心配そうに言う。

「大丈夫です。俺自身も誤字脱字チェックしましたし、トリプルチェックはマッドサイエンティスト先輩やツンデレにも協力してもらいました」

「まさか私の提案を受け入れるとは思わなかったよ中二病君。でも、ドジっ子食いしん坊は芸人で言えば天然素材。それを活かす手はないからね」

 理香のアバターが笑みを浮かべて言う。まさしくペンネーム通りにマッドサイエンティストが倫理を無視した実験でも成功させたような不気味な微笑みであった。

「本当にゲスな発想……エロお嬢様と同じで、わたしも本当は反対! でも、ドジっ子食いしん坊がどうしてもと言うから、許可した!」

 幽美アバターが機嫌を悪くしたかのように頬を膨らませ、理香の提案を受け入れた書也を見た。

「ごめんなさいヤンデレ先輩。でも、この方法でないとドジっ子食いしん坊は勝てないと思ったんです。それにこの方法はコメディーと相性が良いのは確かなんです」

「そ・れ・で・も!」

 幽美の幽霊アバターが書也のアバターに憑りつく勢いで迫る。すると、愛のアバターが優しく幽美アバターの背中を抱きしめる。

「大丈夫だよ。ヤンデレちゃん。わたしがこの方法が良いって、決めたんだよ。それにわたしはどんな手段を使っても勝って、この部活にいたいから!」

 エレベーターのチーンという音と共に止まると、愛のアバターは力強く足を踏み込み、開いた扉を通り抜けた。

『ラノケンの副将戦に当てるのはなんと一年! しかし! 驚く事なかれ、中等部の一年からラノケンに通い続けた実力! その実力は計り知れない! ドジっ子食いしん坊!』

 口姫のアナウンスと共に愛のアバターはスポットライトに照らされた。愛のアバターは恥ずかしながらも手を振って、観客にアピールする。

『対するマンケンの副将は同じく一年、笑屋本舗! 絵は下手だが、ギャグ漫画を描かせれば日本一! 当たれば爆発! マンケンのリーサルウェポン? いや、隠しバズーカーだ!』

『絵が下手は余計やねん!』

 虎の毛皮を被った少女アバターがハリセンで口姫のアバターの頭を叩くと、観客席からどっと笑いが起こった。

『教子先生。ラノケンの副将のドジっ子食いしん坊についてですが、中等部の一年からラノケンに通い続けたベテランという話ですよね? 小説に関しては一年生でも三年生並みのポテンシャルを持っていると言っても過言ではないのでしょうか? 教子先生?』

『……ん?……』

 聞姫のアバターの質問に教子先生は寝言で呻くような言葉を発し、世界の終わりでも見るかのように真っ直ぐな視線で、両手の指を組んだまま、何処かを見ていた。その教子先生の反応に聞姫のうさ耳が二つに折れ、笑顔のまま、首を傾げた。

『通信の状態が悪いのかな? 教子先生? 例えば文章が上手いとか、誤字脱字が全く無いとか、ドジっ子食いしん坊の特徴を教えていただけますか』

『ノーコメントだ!』

『え、えーと……では、ドジっ子食いしん坊の作品の特徴はいかがでしょうか?』

『今回のドジっ子食いしん坊の作品、(異世界勇者娘は日本に行く)は学園モノでもあり、ファンタジーでもあり、コメディー的な要素を入れた作品となっている』

『えっ? 学園モノとファンタジーですか? 全く想像できませんが、魔法学園とかそんな感じの異世界の学校の話でしょうか?』

 苦笑いで首を傾げる聞姫。

『逆だ。魔法が存在する異世界から、地球世界の学校に勇者パーティーが通う事になるという話だ』

『かなりの斬新な話じゃないですか!? 話の流れとしては期待大ではないでしょうか? 次にマンケンの笑屋本舗ですが、素描先生、どんな作品になるでしょうか?』

『彼女の得意な漫画はギャグになります。口姫さんが紹介した通りに彼女の絵は独特ですが、彼女のギャグ漫画はそれを補うほど、面白いです。ドジっ子食いしん坊さんには悪いですが、笑屋本舗さんの勝利は確実だと思います』

『かなりの自信がおありのようですね。では、ドジっ子食いしん坊と笑屋本舗のバトルエフェクトを見てみましょう』

「知っとるで、あんたが誤字脱字の小説を書くのは。しかし、文章が下手と言うなら分かるんやけど、何で誤字脱字やねん? どこぞで気が抜けてまうの?」

 虎の着ぐるみのような毛皮を被った笑屋本舗のアバターがハリセンを愛のアバターに向けて言う。

「こ、これでも! ど、努力はしているんだけど、どうしても字が抜けたり、間違った漢字を使っちゃうみたいなんだよ!?」

 愛のアバターはどもったような喋り方をし、くるくると回ったり、挙動がおかしい行動をする。恐らくは失読症がバレるのではと、かなり焦っているようだ。

「うちも絵は下手やけど、努力はしとるつもりやで! ここは努力勝負といこうか? どちらのメッキが剥がれるか、見物やろ?」

「えっ?」

 笑屋本舗のアバターが残像と共に消えたかと思うと、スパンと物凄い勢いで振り下ろされたハリセンが愛のアバターの頭を直撃し、倒れる。すぐに立ち上がろうとする愛のアバターに笑屋本舗のアバターはさらに両手を押さえ、踏み潰すように両膝に重圧をかけ、完全に動けないようにしてしまう。

「こっからがうちの単独ライブやねん」

「う、動けない!?」

『おっとこれは!? 笑屋本舗のハリセンの猛撃からのマウントポジションだ! ドジっ子食いしん坊! 全く動けない! これはどういった状況だ! 一週間後の笑屋本舗の閲覧数は3111、ブックマーク数159、いいね数78、コメント数4。対するドジっ子食いしん坊の閲覧数は899、ブックマーク数52、いいね数27、コメント数0と大きく差をつけられてしまった!? この差は大きい! ドジっ子食いしん坊、この差を撥ね除けられるのか?』

『おっきく差をつけてしもたね。うちの単独ライブやし、ゆっくり味を覚えへんとね』

 笑屋本舗のアバターは舌なめずりし、牙のような不気味な八重歯を見せたかと思うと、愛のアバターの肩に噛み付いた。笑屋本舗の噛みつきは一度だけでは止まらずに捕食するように愛のアバターの両肩がえぐられ、白い鮮血が飛び散り続ける。その白い血は愛のアバターだけでなく、笑屋本舗の顔や身体も白く染め上げていく。

「あうっ!? あうっ!? あうっ!?」

『まるで虎による惨殺ショーだ! 笑屋本舗の猛撃は止まらずにドジっ子食いしん坊の白い鮮血は舞い続ける! これはドジっ子食いしん坊と笑屋本舗の差は埋まってないという事なのか? 笑屋本舗の閲覧数は6230、ブックマーク数309、いいね数149、コメント数8。対するドジっ子食いしん坊の閲覧数は3003、ブックマーク数154、いいね数70、コメント数2。まだ大きく差をつけられたままだ!』

「そんな……ドジっ子食いしん坊は勝てないのか?」

 思わず両膝を突く書也のアバター。

「嘘でしょ? あんなにドジっ子食いしん坊は頑張ったのに、勝てないの?」

 友美アバターは思わずマッドサイエンティストの身体を揺さぶる。

「落ち着きたまえツンデレ君。ドジっ子食いしん坊君の作戦は成功している」

 理香のアバターは落ち着き、友美のアバターの両肩を叩く。

「作戦は成功している? ドジっ子食いしん坊と笑屋本舗の数値は倍近くの差がついてるのよ! ここからどう巻き返せるって言うのよ!」

「ツンデレ君、よく見たまえ。数値的には徐々に巻き返しているじゃないか? 君にはドジっ子食いしん坊君が負けてるように思えるのかな? 一週間目と二週間目の推移を見たまえ」

 理香のアバターが指で四角を描くと、そこにグラフと数値が表示される。

「はぁ? なに言ってんのよ? あんたの目は節穴? 倍近くの差がついてるのよ! ドジっ子食いしん坊の一週間目と二週間目の推移なんて……何よこれ!?」

 友美は愛の作品の数値が倍以上に跳ね上がっている事に気付いた。そしてそれは三週間目も愛の全体的な数値が倍以上なら、笑屋本舗に勝てる可能性があるという事だ。

「中二病君、この数値を見たのなら、ドジっ子食いしん坊君を少しは信用しても良いんじゃないかな?」

 幽美のアバターが横にグラフと数値の推移を上にスライドさせ、消してしまうと、書也のアバターを睨んだ。

「数値は関係ない。わたしはドジっ子食いしん坊……愛の面白い作品を信じる!」

「そうですわよ! 数値がなんですか? どんな差をつけられても、勝つ事を信じてあげるのが、仲間です! 中二病さん、ドジっ子食いしん坊さんの作品を面白いと思ったのなら、最後まで信じてあげなさい!」

 床に膝を突いていた書也のアバターは幽美とエロスの言葉に促されるようにゆっくりと立ち上がると、顔を上げ、愛のアバターがいる方向を見た。

「先輩、弱気になってました。俺! 最後までドジっ子食いしん坊を信じます!」



「ええ味出しとるけどな、話の作りが甘いんじゃへんの?」

 笑屋本舗のアバターが愛のアバターの胸を噛み、その白い血をすするようにその舌で舐めた。

(ドジっ子食いしん坊の話、面白かったよな? 何で負けてんの?)

(こんな僅差ついてたか? 同じくらいの数値じゃなかったか?)

 VR画面にそんなコメントが流れ、観客もざわつき始める。

『おっと!? この観客の反応は何を意味するのか?』

「何や? うちの漫画が負けるはずがあれへん」

 その時、ドスッという音と共に笑屋本舗のアバターの脇腹に鮮血が舞う。その脇腹に刺さったは愛のアバターが持つキューピッドの矢であった。愛のアバターが力強くその矢尻を笑屋本舗の脇腹に刺していたのだ。

「わたしも! 負ける訳にはいかないんだよ!」

 狩猟者のような獲物を睨む目が、天使であるはずの愛のアバターが笑屋本舗のアバターを睨み続けているのだ。

『では、数値を見てみましょう! 笑屋本舗の閲覧数は12500、ブックマーク数618、いいね数310、コメント数16。対するドジっ子食いしん坊の閲覧数は12000、ブックマーク数609、いいね数310、コメント数13。なんと! ドジっ子食いしん坊、笑屋本舗に追いついてきた!』

「そんなアホな! あれだけの差があったんやで! どうしてこないな事に!?」

「うわああああっ!」

 愛のアバターは笑屋本舗に組まれたまま、叫びながらドスドスと矢尻を突き続ける。愛のアバターの矢尻は笑屋本舗の腕や肩、胸、首に突き刺さり、紅い鮮血を飛び散らせる。笑屋本舗のアバターもひたすら愛のアバターの腕や肩、胸、首を噛み続け、白い鮮血を飛び散らせた。

 しばらくして、愛のアバターと笑屋本舗のアバターもどちらも動かなくなった。

『なんと両者ダウン!? これはどういう事か? 両者の数値を見てみましょう。笑屋本舗の閲覧数は22500、ブックマーク数1209、いいね数600、コメント数21。対するドジっ子食いしん坊の閲覧数は22410、ブックマーク数1210、いいね数600、コメント数25。なんと! ドジっ子食いしん坊と笑屋本舗の数値は、ほぼ同点!。次にポイントだが……笑屋本舗の合計ポイント38010。ドジっ子食いしん坊の合計ポイントは……なんと38010! 引き分けだ』

 観客席から歓声が上がる。

『このドジっ子食いしん坊の土壇場の巻き返しはどういったマジックがあったんでしょうか? 教子先生』

 聞姫のアバターが教子先生のアバターに聞くと、今度は無視せずに視線を向けた。

『ドジっ子食いしん坊による文章の言葉遊びが読者にとって斬新に感じたのかもしれない。文章をダジャレのように面白くする事で、よりコメディーチックに描写している。ドジっ子食いしん坊の作品は異世界と日本では世界観が違うので、言葉の違いで異世界人が勘違いして、暴走する展開にしていた。例えば天皇と聞いて、天にいる王と勘違いして、飛空艇で空を飛んだり、政権を気にしていると言ったら、武器の聖剣だと勘違いしたり』

『なるほど、誤字脱字の弱点をダジャレに変換した訳ですね』

 聞姫がドジっ子食いしん坊に誤字脱字の癖がある事をほのめかす発言をすると、教子先生がギロリと睨む。

『誰が誤字脱字の話をしたんだ?』

『いえ、面白い発想の文章だと思います!?』

 愛のアバターがラノケンが集まるエレベーターに転送されると、ラノケンメンバーは心配そうな面持ちであった」

「ごめんみんな、勝てなかったよ」

 しょんぼりする愛のアバターに書也のアバターが優しく肩を叩く。

「気にするな。引き分けにできただけでも、凄い実力だ」

「うん」

 書也が褒めると、愛のアバターは素直に喜んでいるのか、満面な笑みを浮かべた。

「次は中二病の番な訳だけど、勝てるの因縁の相手、DRAGONEYEに?」

 友美が言うと、書也のアバターは勝利の確信を持っているかのように頷いた。

「勝てるさ。俺はあいつの友人でもあるからな」

 そう言って書也の美少女アバターは笑みを浮かべた。

「なら、何も言う事はないわ。行ってきなさい中二病!」

 友美のアバターは力強く書也のアバターの肩を力強く叩いた。

『最後の大将戦は泣いても笑っても、ラノケンかマンケンのどちらかが勝てば勝利! まずはラノケンのメンバーの大将はなんと一年! 中二病だ!』

 スポットライトに照らされた書也のアバターは恥かしそうに舞台の前に出る。

「やっぱ……性別が逆転していると恥ずいな」

『中二病は入部したばかりのルーキーですが、実力はどうなんでしょうか? 教子先生?』

『可もなく不可もなくといったところだ。作品の傾向としてはペンネーム通り、かっこ良さを追求した内容になっている。キャラの台詞、呪文の詠唱から、設定、技名まで叫ぶこだわりがある。男心をくすぐる内容で、良くも悪くも見る人を選ぶ内容になっている』

『なるほど、男性読者には好かれそうな内容ではありますね。そして次はマンケンの大将もなんと! 一年! DRAGONEYEだ!』

 画竜点睛のアバター、DRAGONEYEは余裕な表情で手を振っていた。

『DRAGONEYEも一年のルーキーですが、どんな漫画を書く方なのでしょうか? 素描先生?』

『二年生に負けず劣らずに絵は上手いですね。ただ、経験不足もあるのか、ストーリー性が弱い部分があるのがネックですね。そういう部分ではどちらが勝ってもおかしくないのではないでしょうか?』

『なるほど、どちらも負けず劣らず、新人ながらも得意、不得意があり、良い勝負になりそうだ! それでは最初に一週間目の……』

 書也のアバターと画竜数値の攻撃エフェクトが発動し、歓声と共に開始した。その場にいながらも、書也は走馬灯のように思えた。興奮していたせいもあり、一瞬で終わってしまったからだ。



「ベタ終わったよ!」

 マンケンの部室で、愛の声が響いた。

「愛君、こんな雑用を頼んで申し訳ない。できるなら、漫画を描きたかっただろ?」

 マンケンのカーミラ・赤月が申し訳なさそうに愛に言った。

「いいえ、背景を描けたのも楽しかったし、裏表紙も描くのも楽しかったんだよ」

 愛が言うと、カーミラは複雑な表情をする。

「やはり勝負とはいえ……漫画研究部に正式に入部しないか? ラノケンと掛け持ちでもいい! 君はやはり文章を書くより、絵を描く方がむいている。その才能を腐らせておくのは惜しい! お願いだ! 部に入ってくれ!」

 部員が見ている前で愛に頭を下げるカーミラに愛は首を横に振った。

「ごめんなさい。それでもやっぱりわたしは文章が、小説が、ラノベが好きです。誤字脱字でもラノベ作家を目指します!」

 愛は笑顔で言うと、踵を返した。

「そうか」

 カーミラは残念そうに言う。

「愛、マンケンの助っ人は終わったか?」

 書也は先ほどの会話を聞いていたかのように戸を開け、マンケンの部室に入って来る。

「うん、ちょうど終わったところだよ」

 愛が答えると、点睛がちらりと書也に視線を向ける。

「点睛、なんだよ?」

 書也が点睛に声をかけると、歩み寄ってきたかと思うと、頭を下げていた。

「すまない書也! お前のこと、今まで見下していて! 漫画でストーリーもまともにできていないのに、お前をけなす資格はなかった!」

「いや、もう気にしてない。お前が俺の小説のことを認めてくれるなら、それで良いよ」

 そう……勝ったのはマンケンではなく、ラノケンだった。書也と点睛の数値は一週目、二週目、三週目と拮抗し、最後は僅差で書也が勝利したのだ。点睛の漫画はバトルで迫力あるシーンを描けていたが、戦闘シーンが長く、物語にひねりがなく、ドラマ性が無く、敵である魔神が殺した人間を主人公がひたすら生き返らし、命の駆け引きやドラマ性を奪っている事が敗因となったのだ。

「それじゃあ、僕の気がすまない! 書也もう一度、俺と漫画家を目指さないか? お前のストーリー性なら、絵が下手でも漫画に活かせるはずだ! 絵が駄目なら漫画原作という手も!」

 書也は首を横に振った。

「点睛、すまないな。俺は漫画も好きだが、やっぱりラノベはもっと好きなんだ。見守ってくれると嬉しい」

「いつでも待ってる……お前が漫画を描きたいと言うまでな」

 点睛は笑みを浮かべて言うと、書也は苦笑いした。

「それは無理じゃないかな? だって、わたしと書也君は卒業までにはラノベ作家になってるから!」

 愛は笑みを浮かべて言うと、書也の手を引いて、マンケンの部室を出ていた。

 ――俺達のラノベ作家を目指す戦いは始まったばかりだ。



「誤字脱字でもラノベ作家を目指します!」どうだったでしょうか? 私的にはなかなかの力作が書けたと思っています。私の経験談のノンフィクション的な部分の話も取り入れていたので、それなりにリアリティーがあったのではと思っています。次に書く小説はまた現代的な話かファンタジーな話か分かりませんが、私が生きている限り、書き続けたいと思います(笑)最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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