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悪寒

作者: 在り処




 久方ぶりに友人と飲む約束をした私は、行きのタクシーの中で思い出していた。


 

 もう15年前の夏の日。私と友人に起きた恐怖体験を。







 




 私の地元にある有名な心霊スポット。

 それは小さな無人の島だ。

 100m程の赤い橋を渡ってたどり着く島には、小さな神社と灯台があるだけ。

 そんな島が有名なのは、近くに日本屈指の自殺の名所があるからだろう。

 海流の影響でそこで身投げした者はこの島に流れ着く。


 噂が噂を呼び、夏の夜になれば肝試し目当てで若者たちが集まってくる。そんな島だ。


 かくいう私も何度も肝試しをしにその島に足を踏み入れたものだ。

 時には大人数で。時には少人数で。時には蝋燭を灯りにして。


 肝試しの方法は簡単だ。

 橋を渡り、島の外側にある、人が2人並んで通れるだけの道を一周して戻って来るだけ。

 おおよそ30分もあれば戻ってこれるコースだ。


 もちろん有名な心霊スポットだけあって、二つのルールが存在する。

 一つ、島を反時計回りで回ってはいけない。

 二つ、橋の途中で引き返してはならない。


 肝試しの性質上、橋の途中で引き返す者は少ないが、反時計回りで回る者は多数いる。

 おそらく何も知らなければ反時計回りを選ぶ者が多いからだろう。


 


 















「なぁ、アキ。今から肝試し行かないか?」

「いいねぇ。どうする、また○島行く?」


 その日もする事がないからとそんな話が出始めた。

 暇だが金のない大学生にとって肝試しは適度なスリルを与えてくれる娯楽だ。


「えーっ。なんか怖いよ」


 反対したのはマサの彼女であるチヅル。

 チヅルは少し大人しめな子で、いつも古めかしい人形を大事に持ち歩く不思議ちゃんだ。

 もしかしたらマサは出来たばかりの彼女に良いカッコをしようと画策したのかもしれない。


 マサの説得にチヅルは折れて、結局3人で車に乗り込むことになった。

 市街地から30分も車を走らせると夜の海が現れる。

 空には雲一つなく、月や星が綺麗な光を放って神秘的な光景を作り出していた。



「あっ、今日祭りしてるぞ」

「本当だぁ」


 島へと続く橋のある村では祭りが行われているのだろう。至る所にのぼり旗と提灯が飾られている。

 ただ祭りのメイン会場は別の神社にでもあるのか、人通りは少なかった。


「どうする? 祭り寄ってく?」

「うーん。帰りにまだやってそうなら寄ってこう」

「じゃあそうするか」


 橋の手前の駐車場に到着しても、ぼんやりと村を照らす祭りの光が確認出来た。


「おっ、珍しいな」


 マサがそう言って私もすぐに気づいた。

 駐車場には私達の車以外に一台も止まっていない。

 今まで何度か来たが、必ず同じように肝試しをしに来ている連中がいて、駐車場に一台もないということはなかったからだ。


「やっぱり祭りだからかな?」

「そうかもね」


 無理矢理納得するようにマサと肩をすくめてドアを開けると、生ぬるい湿気を持った風がやけに強く吹いていた。

 月明かりで懐中電灯さえいらないほど外は明るく、風のせいかうなりを上げる波音が響きわたる。

 もうこの時すでに私は異様な空気を感じとっていた。


「なぁ、マサ」


 私の言葉少ない問いかけに、マサは苦笑いを浮かべる。

 きっとマサも同じ気持ちだろう。

 生温い風が体にまとわりつくような不快感。

 風に乗って祭囃子が聞こえてくるのだが、ちっとも心は弾まなかった。


 島へと続く橋を目の前にすると、その異様さは倍増した。

 すでに足が一歩先に進むことを拒絶する様に震えている。



「ど、どうする?」

「ど、どうするって」


 正直に言えばもう引き返したい。

 チラとチヅルを見ると不気味なほど無反応で、マサの手だけを握っていた。


「と、とりあえず行くだけ行くか」

「そ、そうだな」


 つまらない意地なのだろう。

 無理に気を奮い立たせて一歩一歩、橋を渡り始める。

 海上に出ると風は勢いを増す。

 ひたすらに前だけを見て歩くのだが、誰も一言も発しなかった。

 100mの橋を通り抜けると大きな鳥居が姿を現す。

 そこで私達はピタリと足を止めた。

 そう。まるで結界でも張られているかのように前に進む事が出来なくなった。

 本能が引き返せと警鐘をならす。

 そしてマサと目を合わせた時だ。


『オォイィ』


 確かな男性の声が私達に呼びかけた。

 風の音なんかじゃない。低くくぐもった声がハッキリと聞こえた。

 それも後ろからじゃない。前から。


 私は「逃げなきゃ」と考えるよりも早く駆け出していた。

 マサもチヅルの手を引いて走っているのが分かる。

 何度も何度も転びそうになりながらもようやく駐車場にたどり着くと、私とマサはアスファルトの上にへたりこんだ。

 不思議なことにその時にはあの不快な異様さは消えていた。

 荒い呼吸を繰り返し、ようやく落ち着いたところで私は口を開く。


「な、なぁ。聞いたか?」

「あぁ。聞いた。あれはヤバいだろ」


 お互い恐怖で震えているのが分かる。

 汗だって尋常じゃないくらい吹き出している。


「でも、なんでアキは急に駆け出したんだ?」

「はぁ?」


 今しがたあの不気味な声を確認したというのに、マサが変な事を言い出した。


「いや、マサも鳥居の前で聞いたんだろ、あの不気味な男の『オイ』って声を」

「ちょっ、ちょっと待てって。俺はアキが突然走りだしたから急いで後を追ったんだぞ!」


 マサの顔は真っ青で、とても嘘をついてるようには見えない。


「はぁ? マサもあの声を聞いたんじゃないのかよ?」

「俺が聞いたのは橋を走ってる最中だ。後ろから不気味な女の声で『マテェェ』て聞こえただろ?」


 全身に悪寒が走る。

 マサは私の表情だけで察したのか、小さく「嘘だろ」と呟いた。

 私はそんな女の声なんて聞いていない。


「とにかく、もう帰ろうぜ」


 私は声も出さずに頷いた。


「チヅル、帰ろうっ」


 私達から離れるように背を向けて座っているチヅルにマサが声をかける。

 だがチヅルはなんの反応も示さなかった。

 いや、何かをしているのか、小刻みに頭と肩が揺れていた。


「おい、チヅル。帰ろうって」


 マサがチヅルを前から覗き込んだ時だ。


「おい、チヅル、チヅル!」


 激しくチヅルを揺するマサ。

 その大声にチヅルの方を見ると、揺れ動く顔から何かがはみ出している。

 それが何なのかはすぐに気づいた。


 ――人形だった。


 チヅルが大事にしている人形が、口から胴体だけをのぞかせているのだ。

 まるで頭からかぶりつかれたように。


「おい、チヅル、チヅル!」


 どうしようも無くなったのだろう。

 マサはチヅルの頬を叩いた。

 マサが二発目の平手を打つと、まるで夢から覚めたようにチヅルはキョロキョロと周りを確かめていた。


「あれっ? マサくん?」

「チヅル、大丈夫か?」

「えっ? 何?」

「いや、だってお前人形を……と、とにかく帰るぞ」


 車に乗り込んだ後もチヅルはポカンとしていた。

 話を聞くと駐車場に着いてからの記憶がないらしい。

 まるで眠っていたように。目が覚めるとやけに頬が痛くて目の前にマサがいたそうだ。


 それ以上の会話はなく、私達は戻ってくるとそのまま別れた。


 その日からだ。

 夜眠っていると窓ガラスから「ドン」と音がしたり、金縛りにあったり。

 マサはマサで、行きつけの食堂で立て続けに不気味な事が起きたらしい。

 その食堂は食後にコーヒーを出す店だった。

 その日から2回連続で出されたコーヒーが1つ多かったそうだ。

 2人で食べに行くと3つのコーヒーが出される。

 1人で行くと2つのコーヒーが出される。

 考え過ぎかもしれないが、私たちにとってはどれも恐怖の対象になっていた。


 さらにマサが言うには私達が島に向かった翌々日の新聞に、身投げした遺体が漂着したと載っていたそうだ。

 発見されたのは向かった日の翌日。

 私達がいたあの時に漂着していたんじゃないかと想像させられてしまう。


 結局私達は神社でお祓いを受けた。

 神主からは興味本位ですることではないと、説教も受けた。





 それから何事も無く半年が過ぎた頃、私の携帯に友人からの電話がかかる。


「マサがバイクで事故った」

「はぁ? マサが?」

「今、集中治療室だって」


 私は不意にあの日のことを思い出していた。

 もちろん因果関係なんてあるわけない。

 だが、もしかしてと思う自分がいた。


 マサは命に別状はなかったが、一年という長い入院生活を送ることに。

 私も何度もお見舞いに行ったが、本人は「ただの追突事故だよ」と笑っていた。


 マサは入院のせいで一年留年したが無事大学を卒業。そのままチヅルと結婚した。


 私も結婚して会う頻度は目に見えて減って行ったが、久しぶりに飲もうと集まることになった。


 そして笑い話としてあの日のことを話していた。

「あの日はヤバかった」だの、「もう二度とごめんだ」など。

 あの異様な空気を思い出して鳥肌を立てながらも、楽しく飲んでいた。


 ラストオーダーも終わり、そろそろ帰ろうかと話していると、不意にマサの顔から笑顔が消える。


「なぁ、アキ。言うかどうか迷ってだんだけどさ」

「なんだよ。急に真剣な顔して」

「……チヅルが大事にしてた人形覚えてるか?」

「あ、あぁ」

「あの人形、あの後もチヅルは大事にしてたんだ」


 マサはとうとう私から視線を外すように俯いた。


「あの人形、失くなったんだ」

「はぁ?」


 そりゃいくら大事にしてたってチヅルがいつも持ち歩いてた人形だ。

 失くす確率だってそこまで低いものじゃない。そう私は考えていた。


「失くしたのは俺が事故った日だって。チヅルはさぁ、ずっと俺に隠してたらしい。ほら、俺あの時一年近く入院してたからあの人形のことなんて気にもしてなかったし。チヅルは「失くした」って言っただけでいつとは教えてくれなかったんだ」


 私は声を出す事が出来なかった。

「偶然だろ」って言ってあげたいのに、その言葉を拒否するように鳥肌が全身を駆け巡った。


「悪い。忘れてくれ」


 そう言ってマサは腰を上げた。


「マ、マサ」


 マサはそのまま動きを止めた。


「……またな」

「あぁ、またな」


 気まずい雰囲気のまま私はマサと別れた。

 とっくに酔いは覚めていて、マサの言葉を考えるたびに身震いが起こる。










「お客さん、着きましたよ」


 飲み屋からタクシーで帰って来ると、玄関の鍵を開ける。モヤモヤをかき消すように、明るい声で「ただいま」と家に入った。


 すると妻の怒った声が聞こえて来る。

 よく聞こえないが、どうやら娘が何かをしでかしたらしい。


「ヤダヤダやだ!」


 リビングに入ると娘が駄々をこねてる最中だった。


「んっ、どうしたんだ?」

「あなた。イツキがね、今日汚い物を拾ってきたのよ。だから新しいのを買ってあげるから捨てるわよ。って言ったんだけど」

「ヤダヤダやだ。それがいいの!」

「なんだ。イツキが宝物でも見つけたのか?」

「宝物なんかじゃ無いわよ。ほら見てよこの汚い()()


 妻が手に持つ人形を目にした時、私に今までにない悪寒が走るのだった。
























お読み頂きありがとうございます。


この話は私の体験談を半分ほど取り入れています。

心霊スポットでの肝試しは本当におすすめしません!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 後書きの体験談の文字に身震いしました…… 心霊スポットは興味本位で行くものではないですね…… 私は廃墟の映像を観るのが好きなのですが、心霊スポットではないかと震えながら観ています。
[良い点] これ、ゼッテーマジな体験談混じってっだろ在り処くん!? 怖えよ! ゾクッとしたよ! フツーに怪談集とかに載ってるレベルだよ! ……でも、そういう体験って貴重なものでもあるんだよねえ……御…
[一言] 半分も実体験が入ってるんですか! そりゃあ怖すぎるわけですわ。 夕立、小さい頃、田舎の墓場で肝試ししようぜって話になった時、まじで怖くて離脱したことがあります。 「やべぇはこれ」って思う時…
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