飛べますよ。人間ですもの
暖かくなってきたなーって思ったら雪ですか。
「逃げて!」
先ほどの狼男との戦いから数時間。その後も私は少女と共に、他の人たちを助ける為に戦いを繰り広げていた。
最初に戦った狼男と類似した奴や、虫のように這うモノ、動く人骨などを相手にし、そして今私たちは鳥のような翼が生えた人間と戦っている。
「くっ、また飛んで!」
一旦少女に戦いを任せ、私は逃げ遅れた老人達を比較的安全な場所へと連れていく。そして戻ってくると、少女は空を飛び回る鳥人間に対して石ころを投げていた。
「あいつ、空にいる?」
「見ればわかるでしょ!どうするっ」
「こっちも飛べばいいでしょう!」
「人が飛ぶ?バカ言ってんの!?」
バカを言ったつもりなんてない。風の魔法を使えば自らの体を浮かせることができる。空が自分だけのものだと思うなよ!
「行ってきます!」
返事を聞くより早く魔法を唱える。空を飛ぶのは久しぶりだが、体が感覚を覚えているようで自由自在に動き回ることができた。鳥人間は普通の人間が空を飛ぶなんて思ってもみなかったようで、わかりやすく驚愕の表情を浮かべている。そしてその表情のまま、鳥人間は最期を遂げることとなった。
ゆっくりと地面に降りる私を、少女はどことなく呆れた顔で迎えに来てくれる。
「…まさか本当に人が飛ぶなんて」
「飛べますよ。人間ですもの」
「普通は飛ばないでしょ。あんた、本当に勇者様なんだ」
「勇者は関係ないです。ところで、大方片付いたってことでいいんですかね」
耳を済ましたところで、先ほどまでの悲鳴は聞こえない。それは目を通してもわかることで、辺りを見渡してもモンスターの存在は見当たらなかった。
「だろうね。アタシ達も教会に戻ろうか。怪我をした人たちの手当てでもしようよ」
「喜んで。それにしても、死体が転がるようなことがなくて良かったです」
実際に戦ってみると大した襲撃ではなかったものの、どんな戦いでも犠牲者は出るものだ。その犠牲が小さなことで済むのであれば、理屈抜きで嬉しくなる。人が死んで喜ぶ人などいないのだから。
「そういえばさ、シロカは怪我してない?」
「大丈夫です」
実際はかすり傷くらいはしているが、こんなもの怪我のうちに入らないだろう。そう思って教会への歩を進めていたのだが、急に腕を強く掴まれる。何事かと思って振り向くと、少女がえらく真剣な瞳で私の首元を見つめてきた。
「な、何ですか。吸血鬼にでもなったつもりですか」
「首元、怪我してるよね」
「大丈夫ですよ。痛くないんですもの」
「動かないこと、いい?」
少女はズボンのポケットから塗り薬を取り出し、それを人差し指に付けると、そのまま私の首元まで指を運ぶ。首元を襲う冷たい感触に、思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。
「…首、弱いの?」
「…」
何だか恥ずかしくて、小さく頷いた。すると、少女はもう一度首元へ指を近づける。
「ちょ、まっ、何をする!?」
「可愛い声だったから、もう一回聞こうかと」
「性格の悪いっ、人だ!」
ちょこまかと指を動かす少女から逃げる為、首を引っ込めながら走り出す。全くなんて人だ、意地悪な人とはこういう人をいうんだ。
「いつまでやるつもりですか!」
「声を聞くまで!」
「子どもなの!?私より大きな体してる癖に!」
教会に辿り着くまで、鬼ごっこは続いた。結局私は鬼ごっこに負けて、少女の言う可愛い声を延々と上げる羽目になったのだが、それはまた別の話だろう。