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さいごのひ

作者: 山吹弓美

「こんばんはー」

「いらっしゃいませ」


 やたら人が多い。深夜だというのに、我が主の屋敷は久方ぶりの盛況である。

 壁に掛けられた時計を見ると、十一時五十七分。日付が変わるまで、あと三分というところか。


「リアルから来られる方々が、今日は妙に多いですね」

「そうですね」


 通りすがった同僚……この屋敷のメイドと、声を交わす。

 ここ数年、この屋敷にはほとんど人が来なかった。それなのに数日前からちらほら増え始め、今日などは夕方頃からこの有様である。


「何かあるのでしょうか?」

「しすてむがシュウリョウ、とかおっしゃっておりますけれど。私にはよく分かりません」

「なるほど。ありがとうございます」


 客人が多いため、私たちメイドも仕事が増えている。お互いに礼をして、その場を後にした。ああ、また入口から新しいお客人が入って来られたわ。


「いらっしゃいませ」

「おう。今日で最後だからな、見納めに来た」

「はあ」


 弓兵の姿をしたそのお客人は、それだけを言って奥に入っていく。私はそれを、見送るしかなかった。

 この屋敷は、『旅立ちの屋敷』と呼ばれている。屋敷の主が心の広い方で、この世界にやってきた人々を温かく迎え入れ常識を教えて送り出すというお仕事をなさっておられるからだ。

 最近、と言っても数年前からはリアル、という世界から来る人が増えた。時には一人、時には数十人という大集団に主は全てを教え、世界へ旅立つ手助けをなさった。

 主の手が空いたのは、そのリアルという世界とのつながりが薄れてきたからだろう、と主ご自身がおっしゃっていた。だから、あちらからおいでになる人たちが減ってきたのだと。


「いらっしゃいませ」

「こんばんは。お世話になったから、最後にお会いしに来ました」

「どうぞ。主も喜ばれると思います」

「ありがとう」


 軽装鎧をまとった剣士の女性が、礼儀正しく通っていかれた。ああ、あの方はなんとなく覚えている。割と最近、リアルから来られた方だ。

 かつて旅立った人たちが、近くを通ったときに懐かしいから、世話になったからと立ち寄ってくれることも時折ある。

 主はそんなときとても喜んで、そうして後輩となる人々に彼らと同じように全てを教えるところを見せていた。


 しかし、最後とはどういうことだろう? 本当に、リアルとのつながりが断たれてしまうというのだろうか。同僚が言っていたしすてむがシュウリョウ、という言葉がそれを示すものなのか、私には分からない。

 そうすると、リアルからこちらに来た人々は一体どうなるのか。もっとも、主の教えがあるからこちらで生活していくには何の問題もないのだけれど。

 そんなことを考えながら、大広間に入った。いつもはここで、主がお客人を出迎える。今宵もおられるはずなのだけれど、お客人の数が多すぎて小柄な主を見つけることは、私にはできない。


「おい、もうすぐだぜ」


 お客人の一人が、そう声を上げた。時計を見上げると、間もなく十二時になるところだ。


「もう終わりか」

「楽しかったね」

「今度はリアルで遊ぼう」


 一度周囲がざわりとどよめき、そうして次の瞬間にはしんと静まった。全てのお客人が、時計に視線を向けている。

 この部屋にある大型の時計は、正時になるとその時刻の数だけ鐘を打つ。その瞬間を、皆が待っているのだろう。


 そうして針が重なり、鐘の音が始まった。


 途端、面白いことになった。

 立ったまま凍りつくように動かなくなった者。

 座っていた椅子からずり落ちて、床に倒れ伏した者。

 現実(リアル)とかいう異世界とのつながりは、たった今終わったらしい。


 この世界に、累々と倒れ伏す屍を遺して。

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