獣との戦い
シグナルはあったが無意識的に無視していた問題でもある。森を開拓して農地にするその時に、イノシシやクマなどに遭遇することが増えてきている。そのために新しい狩りの道具についての相談は受けていた。ただ、狩りの道具が自分に向けられる、もしくは戦争の形態を変えてしまうのではないかと考えて躊躇していた。何となくこの世界に慣れてきたので、この村は安全なんだと勝手に信じ込んでいた。そういった誤解も事件が起きて幻想だと思い知った。あの時こうしておけばよかったと思うこともあとにはどうしようもない。今できることをするだけしかない。
この世界の熊は人間より巨大で、戦いになれば一撃で人間の命を奪う。熊じゃなくて羆やグリズリーと呼ぶべきかもしれない。縄張りはできるだけ接ししないように気をつけられていたが。森を切り開くことで、野生動物の縄張りに入り遭遇することが増えていた。ただなんとなく人が死ぬことはないだろうと甘く考えていた。
突然に訃報が届いた、熊と遭遇し一撃で即死だったようだ。その後、重傷者を出しながら遺体を引き上げていった。重傷者は現地の伝統的な医療者に引き取られたが、手当のしようがなかった。現代的な医療をもってすれば対処もあるのだろうが、医者と呼べる人がいない中では機材を揃えても治療は難しい。だんだん弱っていく患者の話を聞きながらなす術がなかった。医者でないものが医療行為をしてはいけないという名目と、どうすれば良いのかがわからないという葛藤のまま治療行為に及ばなかった。軽症者には消毒液と抗生物質を与えたかったが、信用があまりないので苦労した。傷口を縫うための針と糸は渡すことができた。もともと革の裁縫自体はしていたようなので、その応用なのだろう。
狩りの道具の相談に応じていなかった、せめてもの償いとして狩りの道具を渡そう思う。銃器はこの世界では扱えるものがいないのと、作れる人がいないのでコンパウンドボウを5つ渡した。渡したコンパウンドボウは代官に説明のもと問題がないと確かめられた。
「これで、あの猛獣たる熊を葬ることができるのか。弓では致命傷を与えることが難しいと聞いているが」
「この弓は小さい力で引けて、今までの弓より威力が大きくなるのが特徴で、熊などの狩りにも使われているようです」
「これまでのこともあるから、いちおう狩人に渡して使い心地を聞いてみることにする」
クロスボウが兵器としては効果が大きいが、大型の動物の狩りとして現代でも使われている。仮に使われている道具として扱いやすく威力が大きいコンパウンドボウを選んだ。ただ、弓をもともと扱っていた人も勝手が少し違うようでなれるまで時間がかかっていた。それでも狩人として弓を扱っているのですぐに勝手を掴んでいた。
「これはいいな、まず引いて保持する力が少なくて済む、それに弓のブレも少ない」
「滑車を使って引く力を少なくしているのか、弓に使う発想がなかった」
などとまずまずの反応であった。
亡くなった人の子供が敵討ちをしたいと申し出てきた。猟師見習いとして父親と一緒に何度か狩りに出かけていた。猟への参加の条件として「大型の生き物に見立てたモノを貫通するほどの弓力を備えていること」とあった。子供では、今までの弓では致命傷を与えるほどの強弓を使えなかったが、コンパウンドボウならそれが可能かもしれない。コンパウンドボウを貸してほしいと私に言ってきた、領主の許可は得ているらしい。
「父の敵を取りたいので弓を貸してくれ、コンパウンドボウを貸してくれたら猟へ参加ができるんだ」
「貸し賃が1日で1金貨でどうだろう」
「そこで金を取るのか、親がなくなって大変だろうってかしてくれるのかと思ったのに」
「死ぬかもしれないので、できれば行ってほしくないな。親と子揃って私が原因で死ぬと嫌な気持ちになりそうだ」
「この弓があれば死なずに倒せるから渡したのだろう、だったら問題ないじゃん」
「んー、もしものこともある。私も連れって行ってくれるなら貸してもいい」
話の流れで、私もついていくことになってしまった。熊への対策は餌でおびき出し、樹上から弓を射かけるようだ。丸一日樹上で熊を待ち伏せして来たところに一斉に射掛ける手はずになっている。
「ナビ、熊を倒せる武器はあるか」
「武器リストを紹介します、この中から選んでください」
「これは熊どころか、象でも跡形もなく吹っ飛びそうなんだが、まぁないよりいいか」
狩りの当日、熊が好きそうなものを開けた場所に設置して熊が現れるまで樹上で待っていた。弓の部隊は5人と子供が一人と私となっている。私は見ているだけのつもりだが、特別な兵装を構えてもしものときに備えている。
現れた熊に合図とともに一斉に矢が放たれた、弓矢のいくつかは熊の体を貫通した。絶命するまでに勢いのまま木を登り近くまでやってきたが、そのまま息絶えた。
弓矢の威力と熊を倒したことに歓声が広がったいた。
「やったぞ、敵を取った。とうちゃん」
知らせを聞いた代官は喜びもあったが、もう一つの問題に頭を抱えていた。思ったよりも威力が大きかったからだ。
「もし農民一揆でもあったら、兵士が対抗できないのではないか。これは危険だ」
威力が大きくなり飛距離が伸びたことで相手の攻撃が届くよりも遠くから一方的に攻撃ができる。攻撃力が大きくなったことで兵士の鎧も貫通する。コンパウンドボウを持つことで兵力バランスが大きく崩れてしまった。そして代官に呼び出されることになった。
今回は流石に問題になることはないだろうと安心して代官の屋敷に向かっていた。ついてきた領主の娘の顔はいつになく険しかった。
「新しい武器の提供はありがたく思う。ついてはさらに10ほどの提供を受けたい」
「熊を討伐したのだからそれほど必要になくなるでしょう」
「しかし、農民だけがあれだけの武器を持つのは危険ではないか、兵力のバランスも考えねば」
「私としてはあの弓を人に使ってほしくはないと考えています。なので人に使うというのであればこれ以上は提供しません」
代官に控えていた神官が話しに割って入った。
「わたしに案があります。この弓を聖なる武器として指定してはどうでしょう。そうすれば領主が管理する名分になります」
「聖なる武器として、用途を害獣の駆除に限定するということか。別に聖なる武器じゃなくても」
「一方的に領主が決定するよりもいいと思いますが」
だんだん政治の話になってきていた。話に割り込んだ。
「弓矢を鍛冶に作らせる許可をいただけないでしょうか、弓矢は何度も使い回すと流石に壊れるので」
参考
メカニカルな弓を作ってみた
熊 (ものと人間の文化史) 赤羽 正春 (著)
これから始める人のための わな猟の教科書 日和佐 憲厳 (監修), 東雲 輝之 (著)
次は工業製品の量産についてかいてみよう。




