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俺tueeeハーレム VS 悪役令嬢逆ハーレム

作者: 昼熊

 それは一瞬の出来事だった。

 交差点で愛しの彼女に暴走するトラックが突っ込み、それを庇おうとした彼氏が飛び込んだのだが間に合わず、無残にも二人は撥ねられ宙に舞う。

 衝撃と薄れゆく意識の中、女は男に感謝をした。


(命懸けで助けようとしてくれたんだね、きょうくん) 


 男は女を助けられなかったことを悔やむ。


(俺はみっちゃんを助けられなかったのか……)


 でも二人は一人だけ現世に取り残されることがなかったことに、安堵もしていた。

 そして――


((生まれ変わっても、必ずまた一緒に!))


 と誓い合い息を引き取った。




 それを遠い空から眺めていた黒髪の美しい女は……号泣していた。

 互いを思いやり、最後まで愛を貫いた人間の恋人同士に感動した女神は、二人をこことは異なる世界へ転生させる手続きをする。

 赤子からやり直すことになるが、二人には前世の記憶を残しておく。

 そうすることで、いつかお互いを見つけ出す日が来ると信じて。




 ギステモ王国に一人の勇者が訪れる。

 彼はすべての属性魔法を操り、身体能力も人並み外れていて、いつの頃から人々に勇者と呼ばれるようになっていた。

 彼は常に見目麗しい女性に取り囲まれている。

 そんな彼の職業は冒険者で、五人一組となって荒事に対応していた。時に魔物を倒し、時に盗賊団を壊滅させる、危険と隣り合わせの職業だ。

 だというのに、彼と共にいるメンバーは何故か全員女性だった。

 この世界では男性の方が肉体能力も魔法の力も優れているので、冒険者は九割以上が男なのに、何故かパーティーメンバーは女性で占められている。

 彼は一人でも十二分に強いので仲間は必要ないはずなのだが、女性メンバーだけは定期的に増えていく。

 そんな勇者には悪癖があった。

 強者と戦い圧勝するとここぞとばかりに上から目線で煽り、説教をするのが趣味の一つだった。


「あれー、早く本気出してくださいよ。まだ十分の一の実力も出してないんですけど。もしかして、本気でした? すみません、それだけイキっているならもっと強いのかと思ってましたよ。口よりも腕を磨いた方がいいんじゃないですかね」


 その言葉に打ちのめされて何人の冒険者が剣を捨てたことか。

 長年、厳しい鍛錬を続けてきた男が、ひょろっとした優男風の男に敗れる。どれ程のショックだったことだろう。

 今日も冒険者ギルドで上位の戦士を叩きのめし、酒場で仲間の女性にちやほやされている男の名はモーテオ。

 女性からの評判はいいが、男性からの評判は地に落ちている勇者様だ。




 そんなモーテオがある日、この国で王に次ぐ権力者の公爵に呼び出されていた。


「貴族がなんのようなのかな。また褒美だったりして」


 モーテオの腕を胸で挟んで甘えた声を出しているのは、取り巻きの魔法使いチャラオーベン。褐色の肌に赤い髪が特徴の少女。


「きっとそうに決まってますわ」


 反対側の腕にそっと身を寄せるのは神官服を着た二十代の女性。金髪碧眼で整った顔も特徴だが、何よりもその大きく膨らんだ胸部が人の目を引く。

 その後ろでぴょんぴょんと跳ねて、モーテオの首に飛びついたのは猫耳に尻尾の生えた獣人の少女。

 更に黒いゴスロリ姿で肌が真っ白な女性に、街中だというのに露出狂もびっくりな服装で、肌を晒している女性までいる。


「そうかもしれないね。怒られるようなことをした覚えはないから」


 と当たり前のことを口にするだけで「さすが、モーテオ様」「やっぱりモーテオ様は素敵」と、もてはやされている。

 モーテオは満更でもないようでドヤ顔で鼻を擦ると、褒めてくれた女性全員の頭を撫でた。

 それだけで全員の目がとろーんとなり、発情したかのように頬が染まり息が荒くなる。


「こらこら、こんなところで興奮したらダメだろ。それは帰ってからのお楽しみだ」


 モーテオの言葉が聞こえた道行く人々(男性限定)は顔をしかめると、忌々しげに地面に唾を吐く。

 そんな周囲の様子に気づくことなく、モーテオは意気揚々と屋敷へ向かうのだった。




 無駄に大きな屋敷のバラが咲き誇る中庭で、一人の公爵令嬢が佇んでいる。

 シミ一つないテーブルクロスの上にはティーセット。金髪碧眼のすらっとした長身の執事が恭しく、お茶を注いでいた。

 それを受け取り微笑むと、優雅にお茶を楽しむ公爵令嬢。

 執事や庭師、更に私兵たちまでもがその姿に魅了されている。

 公爵令嬢は屋敷の男たちだけではなく、各国の王子すら虜にする魔性の女と呼ばれていた。

 美形であれば既婚者であろうが自分の取り巻きの一員として受け入れる。

 そんな彼女は男性からの評判はすこぶるいいが女性からは害虫のように嫌われ、嫉妬を込めて悪役令嬢などと陰口をたたかれていた。


「今日は誰と一緒に散歩に行こうかしら」

「是非私めと!」


 令嬢の前に跪き、同行を申し出たのは黒縁眼鏡の知的なイメージを抱かせる執事。


「そうね、あなたとでも……」

「ちょっと待ってよ! 今日は僕との約束だろ」


 手入れが行き届いた庭の木の上から一人の男が飛び降りてきた。

 身長は公爵令嬢より少し高いぐらいで小柄で顔も童顔。子供っぽく見えるが、その服装は一目見て高級な品だとわかる。


「あら、幼馴染みでもあるショータ様に言われては、断りづらいですわね」

「待ちたまえ。麗しのレディーに相応しいのは、このケイメンに決まっている」


 中庭にバラが咲き誇っているというのに、バラの花束を手に現れたのは妙に手足が長く、顎の尖った男性だった。


「あらあら、私の身は一つですのよ。困りましたわ」


 公爵令嬢は悩んでいる振りをしているが、その口元は愉悦で歪んでいた。

 一人の女性の奪い合いを満更でもない顔で眺めていた彼女の下に、一人のメイドが駆け込んでくる。


「ビールエ様。公爵様がお呼びです」

「お父様が? 何用ですか」

「なんでも、ちまたで噂の勇者様を招いたらしく――」


 その言葉を聞いた途端、公爵令嬢は椅子から腰を浮かした。


「皆様、申し訳ありません。父が呼んでいるようなので、また後日お誘いくださいね」


 謝罪と同時に笑顔を向けただけで男たちは争いをやめ、潤んだ瞳でぼーっと彼女を見つめていた。


 


 公爵令嬢は眉目秀麗の執事二人と警護担当の元騎士二人(全員イケメン)を連れて、父である公爵の部屋を訪れた。


「お呼びになりましたか」


 なんて素知らぬ顔で言っているが、噂の勇者をここに呼ぶように懇願したのは彼女である。

 街中で噂になっている勇者の話を聞きつけた彼女は、そろそろ周りのイケメン軍団に新しい風を取り入れようと考えていたので、丁度いいとばかりに頼み込んだのだった。

 公爵令嬢の目にまず飛び込んできたのは、勇者らしき男の後ろ姿と周りに付きまとっている女たち。

 取り巻きの女が一斉にこっちに振り向くと、憎悪を隠そうともしない目で睨み付けてくる。


(あらあら。本当にかなりのモテ男みたいね。ふふっ、心の底から惚れ込んでいる男を目の前で奪われたらどう思うのかしら。あの顔が泣きっ面になるのを想像するだけで……ぞくぞくしちゃう)


 快感に体を震わし、獲物を狙う鷹のような目つきで勇者の後ろ姿を値踏みしている。

 ……公爵令嬢はかなりいい性格をしていた。


「こちらに来なさいビールエ」

「はい、お父様」


 つんとすました顔で父のソファーの隣に座る直前、テーブルを挟んだ反対側に座る勇者と目が合った。

 その瞬間、互いの頭に衝撃が走る!


「「えっ?」」


 同時に驚きの声が漏れた。勇者と公爵令嬢は震える指を相手に向け、大きく目を見開いたまま、その言葉を口にした。


「みっちゃん?」

「きょうくん?」


 二人は前世で(生まれ変わっても、必ずまた一緒に!)と誓い合ったカップルの生まれ変わりだった。


「おや、勇者殿はうちの娘とお知り合いかね?」


 互いに指を指したまま膠着状態の二人を見て、公爵が声を掛ける。

 その声に反応して顔を向けた二人の顔面は蒼白だった。


「「え、ええと」」


 二人の戸惑う声がシンクロした。

 今二人は何を考えているかというと、


(おいおい、マジか嘘だろ! 髪色も目の色も違うけど、彼女はみっちゃんで間違いない。まさかこんなところで、こんな再会をするなんて誰が考えつくんだよ! 俺はもう諦めて何人もの女に手を出しちゃったよ⁉)


(あのちょっと冴えない顔はきょうくんよね……。ど、どうしよう。生まれ変わっても一緒なんて誓ったのに、今まですっかり忘れてイケメンあさりしてたなんて言えない!)


 互いにもう一度顔を合わせると、冷や汗だらけの顔を強引に笑顔に変えようと努力する。

 びしょびしょのこわばった笑顔で見つめ合う二人。

 前世で恋人だった二人は言い訳をしようとして口を開いたが、言葉が出ない。

 異常なまでの緊迫感に耐えきれなくなった公爵は一度咳払いすると、


「お互い既知なようだ。我々には聞かれたくない話もあるかもしれぬから、席を外すとしようか」


 そう言って立ち上がると逃げるように部屋を出て行く。


「勇者様とお話がしたいので、あなた方も部屋を出てもらえますか?」

「俺も彼女と話があるので、キミたちも別の部屋で待っていてくれ」


 二人の取り巻きは抵抗しようとしたが、有無を言わせぬ迫力のある笑みに負け、廊下へと出て行った。

 他の人がいなくなったというのに、二人は何も発せずにただ見つめ合っている。

 どれだけ沈黙の時が流れただろう。先に口を開いたのは……元きょうくんこと、モーテオだった。


「……久しぶりだね、みっちゃん。元気してた?」

「……うん。きょうくんも元気そうだね」

「……ああ」


 再びの沈黙。

 互いの心にあるのは気まずさと後悔。

 二人ともこの世界に転生した当初は、生まれ変わった相方を見つける気は満々だった。

 だけどある日、ふと冷静になって辺りを見回してみると、元パートナーとは比べものにならない美人がそこら中にいた。

 この世界の人々の顔面偏差値は地球より高く、女優やモデルですら太刀打ち出来ないような美形が当たり前のように存在している。

 前世では接点すら持てなかった高嶺の花。普通ならば今世でも彼ら、彼女らは見向きもされなかっただろう。

 だが二人にはそんな人々を魅了する手段を所有してしまっていた。


 転生する際に与えられた能力《運命の赤い糸》の存在!


 これは女神が二人を哀れに思い、いつか巡り逢えるように渡した特別な能力。

 その内容は相手を強く想うことで自分の小指から赤い糸が伸び、それが相手の小指に絡みつくと、向こうが自分を運命の人と認識する、というものだった。

 転生した相手を見つけられるようにという女神からの贈り物だというのに、二人は悪用してしまったのだ。

 初めは互いに、


(いざという時に発動しなかったら困るもんな試しに使ってみるか)

(発動距離とかを確かめておかないと、あとあと困るもんね)


 言い訳をして、イケメン、美女に向けて発動。

 結果、いとも容易く相手をゲットできてしまった。

 そこから二人の堕落は早かった。欲望の赴くままに美女、イケメンをはべらせて、気がつけばこの有様。

 前世のパートナーのことはすっかり忘れていたところに、運命のいたずら。


「まさか、こんなところにいるなんて。俺はみっちゃんに見つけてもらうために、必死に頑張って有名になったんだよ」


 と咄嗟の出任せを口にする、きょうくん。

 曲がりなりにも女性とふれあう機会が増えたおかげで、口は少し達者になっていた。


「そうだったのね。美女に囲まれてご満悦だとばかり思ってたわ。私はあなたのことを一時も忘れたことなかったのに」


 声を震わせてハンカチで目元を押さえる。

 もちろん涙なんて一滴も出ていない。こちらも心にもない嘘だ。


「俺だってそうだよ。みっちゃんのことを忘れたことなんて一度もない」


 多くの女性を魅了してきた笑顔を向けるが、みっちゃんには通用していない。

 毎日イケメンに笑顔を向けられて耐性が出来ているので、フツメンの笑顔ごときには何の魅力も感じないようだ。

 そこからは互いの現状を話しつつ、腹の探り合いを続けていたが、二人は同時にあることを思ってしまう。


((こいつ、面倒臭い))


 二人ともこの世界においてモテモテだったが、それは能力を悪用した結果。

 それを除けば互いの取り巻きと比べて劣るどころか、比べる価値もないとまで思っている。

 ――そこまで二人の性根は腐り果てていた。

 互いに前世のことは忘れて今日のことはなかったことにしよう、と話をまとめたかったが、この世界に転生する前に女神から言われていたことを、二人は覚えていた。


『いつか再び巡り逢えたその時、あり得ないとは思いますが、もし結ばれずに別れてしまったら……与えた能力も記憶もすべて消え去ります。ないとは思いますが、気をつけてくださいね』


 この言葉があったからこそ、二人は恋人を探そうとはしなかったのだ。

 出逢わなければ別れることもない。一生この便利な能力を使い人生を謳歌できる、と。

 だから、二人はこの場で「別れよう」とも「なかったことにしよう」とも言い出せずにいる。

 とはいえ、今更取り巻きを捨てて冴えない相手と一緒に二人きりで過ごそうなんて、これっぽっちも脳の片隅ですら考えていない。

 どうしたら、この最高の状態を維持しつつ、縛られずに生きていけるか。

 二人はその最高の未来だけを妄想して、頭をフル回転させていた。

 そして同時にある結論に達する!


((こいつを能力で魅了したらいいんじゃね?))


 《運命の赤い糸》を先に使えば、相手は自分に魅了される。

 そうなれば他の連中と同じくぞっこん状態となり、どんな命令でも言うことを聞くようになる。

 結ばれればいいだけの話なら、何も一人に絞る必要はない。元恋人と結ばれたうえで、ハーレムの一員に加えればいいだけの話。

 互いにその答えにたどり着くと《運命の赤い糸》を発動させた。

 小指から伸びる赤黒い糸。それが真っ直ぐに相手の小指に進んでいく途中で、ぶつかり合った!

 二本の糸が同時に弾かれるが、再び相手の小指目指して前進する。

 二度、三度、四度と赤黒い糸同士がぶつかり火花を散らす。

 二人ともがその光景を目の当たりにして、互いの考えを瞬時に理解した。


(なんて男なの!)

(なんて女だ!)


 似たもの同士である。

 結果を出せない赤い糸を操作しながら、二人は更に思案する。


((このままでは勝負が付かない。だからといって、このまま放置というわけにもいかない。どうすればいい。どうすればこの幸せを手放さずに幸せになれる))


 無言の戦いが続く中、赤い糸の攻防に変化があった。

 ほんの少しだがきょうくん――モーテオの方が優勢になりつつある。

 僅かだがみっちゃん――ビールエの赤い糸が圧され、徐々に自分へと相手の赤い糸が迫ってきていた。

 そのことに気づきほくそ笑む、モーテオ。

 その顔を見て怒りを覚える、ビールエ。


(この野郎! でも、なんで私の方が負けそうなのよ!)


 目を凝らし赤い糸の戦いを睨んでいたビールエは、あることに気づいた。


(きょうくんの小指から伸びている赤い糸の数が、自分の小指から伸びている赤い糸の数より多い! ……赤い糸で相手を魅了すればするほど、新たなイケメンを落とす時に楽になった。つまり、魅了した数が向こうの方が多いから能力が上回っているのね! なんて最低な男なの!)


 実は魅了している相手は一人しか差がないのだが、そこにはあえて触れないようだ。

 このままでは勝ち目がないと考えた彼女は、素早く考えを巡らせて口を開く。


「きょうくん。醜い争いはやめましょう。私はあなたのものになるわ。でも、少しだけ時間が欲しいの。考えてもみて、私が急にあなたと一緒になると言い出したら、私が魅了していた男たちがどう思うか」


 そう言って赤い糸を自ら引っ込めた。

 相手の潔さに戸惑うモーテオだったが、自分の勝ちが揺るがないと確信しているのか、それとも彼女の言い分に興味が湧いたのか、赤い糸を巻き戻した


「続きを話してくれ」

「きょうくんを逆恨みしないように言い伏せて、全員の赤い糸も解除しないといけないから……二ヶ月、ううん。一ヶ月でいいから時間が欲しいの」


 右手を包み込むように握りしめ懇願する元彼女。

 ゲス野郎に生まれ変わったとはいえ、愛した人からの頼みを無下に断ることは出来なかった。


「わかったよ。一ヶ月後、キミをもらいに来る。それまでに身辺整理しておいてくれ」

「バカな女になって、ごめんね……」

「俺も人のことは言えないよ……」


 二人は力なく笑うと、一ヶ月後の再会を誓いその場で別れた。




 その日の夜。屋敷にて。

 全裸でベッドの上に寝転び、悪態を吐くビールエの姿があった。


「あのバカ、相変わらず押しに弱いわね。誰がこの生活を手放すもんですか! あの赤い糸の数で力が変化するなら、もっともっと男を魅了すればいいだけの話じゃない。でも……発動制限があるのよね」


 二人の能力《運命の赤い糸》は一週間に一度しか発動できないという制限がある。一ヶ月の猶予はあるがその間に発動できる回数は四。

 モーテオが同じように女性を魅了したら、その差は縮まらない。


「となると、相手の赤い糸を切断するしかないか」


 彼女は自分が伸ばした赤い糸を切断された経験が何度かあった。

 その時は決まって、相手が自分よりも愛する女性を見つけた時だった。相性の悪い相手を強引に赤い糸で魅了しても、その糸はか細く切れやすい。

 なので相手を魅了する場合は、自分も相手の好みに合わせて演じる必要があった。


「あんな冴えない男を好きになる女なんている訳がない。だったら、こっちのイケメンをぶつけて別れさせればいい。そうよ、そうやって相手の赤い糸を減らしたら……私が勝てるわ!」


 過去の自分を棚に上げて相手を罵ると、歓喜の声を上げてベッドでバタバタと暴れるビールエ。

 勝ちを確信したところで心地の良い眠りに落ちていった。




 一方その頃、宿屋の一室でモーテオは一人酒を飲んでいた。


「さっきの攻防は紙一重だった。もっと赤い糸の力を増さないとな。一ヶ月の間に四人は新たに囲むか。でもそれじゃ、まだ不安だ。ダメ押しとして、みっちゃんの力も削っておきたい。となると……周りの男連中を奪っちまうか」


 モーテオも同じ結論にたどり着き、策略を練り始めていた。

 だが、二人はまだ気づいていない。

 相手の取り巻きを無くしたいという考えの根源には……ほのかな嫉妬の炎があることを。


 自分が愛した恋人に惚れている相手が許せない。


 それに気づかぬまま、二人の醜い戦いの幕が切って落とされた。

 




「あのー、放って置いていいんですか」


 そんな下界の様子が映るテレビを眺めている女神に、おずおずと天使が意見を口にする。

 女神は白い雲のような床に寝そべりながら、スナック菓子をかじり尻を掻く。


「いいのいいの。あの頃は純愛が好物だったけど、今はドロドロした人間関係とかコメディーの方が好きだから。丁度いい感じでしょ」

「……はあ」


 女神は当時トレンディードラマにハマっていて、純愛を貫いたように見えた恋人同士のラブロマンスの続きが見たくてしょうがなかった。

 だから気まぐれで能力を渡し、異世界に送ったという経緯。

 あの時に流した涙は本物で、感動していたのも嘘じゃない。ただそれは、テレビドラマを観て感情移入しているのと同じレベルであっただけの話。

 異世界に送ってからトレンディードラマ熱はすっかり冷めて、十数年間も二人の存在を忘れていたのだが、異世界の神から「最近うちの世界で好き勝手にやり過ぎている異世界転生者がいる」との苦言を聞かされていた。

 それで久しぶりに異世界を覗いて二人を思い出し、今に至る。


「でさ、あんたはどっちが勝つと思う? 暇だし、賭けでもしようよ」

「女神様、悪趣味ですよ。……そうですね、男性の方でしょうか」

「乗ってくるのね。ふっ、でも甘いわ。長年人間観察をしていた私に言わせてもらえば、あの女の方がやり手よ」


 などと賭けの対象にする始末。

 そんな自分たちの現状も知らずに、昔愛した相手を出し抜く方法を考える元恋人たち。


「昔あれほど愛しあったというのに、今は嫌悪の対象となっている。人はどこまで愚かな生き物なのですか?」

「うーん、愛なんてものは勘違いと妥協の産物だからね。でもそれを認めたくない人は、罪悪感から本気で愛していると思い込み自分を欺す。もしくはあの人を本気で愛している私って、俺って素敵! と自分に酔っているのよ」

「つまり、恋愛とは素面ではやってられないものなのですか?」

「そりゃそうでしょ。熱愛中の行動を後から冷静に見直してご覧なさい、恥ずかしくて熱が出るレベルよ。酔っぱらってなければ、あんなの無理だって」


 面白がって眺めていた女神は小さく息を吐くと、冷めた目になる。


「えっ、昔になんかありました? こっぴどく男の神に振られたとか。婚姻間近で振られたとか」


 半眼で睨まれた天使は目を逸らして一歩下がる。


「お黙り。……愛に酔っていた二人が、今度は欲望に溺れて争う。最高の見世物ね。あっ、これを動画にして投稿とかしたら人気者になれない?」

「話題沸騰でしょうね。でも神が動画配信者とかやめてください。人間の真似をして稼ぐなんて恥ずかしいので。ちなみにこの二人の結末を見届けたらどうするのですか?」

「両方の能力を無くして、正気に戻った連中に命を狙われる逃亡劇が始まるわ」

「転生前は愛し合っていた二人が身を守るために協力して逃避行。……おや、それって彼らが生前に望んでいた展開では?」


 もしそうなれば、転生後も二人で一緒に手を取り合って生きるということになる。

 生まれ変わっても、必ずまた一緒に、と誓った二人の言葉を思い出し、天使は女神に視線を向ける。



 「神は優しいのよ。ちゃーんと願いは叶えてあげないとね」

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― 新着の感想 ―
[一言] 面白かったです。チーレムを逆手にとりましたか
[良い点] 起承転結もしっかりしておりとても読みやすい 短編なのでサクッと読めてしまうのがとてもいい
[一言] この二人は生前恋に落ちていたのであって、愛ではなかったということだと自分の中で思い込んでます。……女神様も実際は愛なんてわからないんでしょ?
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