戦友
中企業の社長、信広は妻の理恵子と息子の鉄也と3人で暮らしている。
ある夏、信広はいつも通り新聞を開いた。
そこに載っていたのは[旧帝国陸軍南方連帯 戦友会のお知らせ]というのものだった。
八月十四日午後6時日立会館にて開催、と書かれていた。
「ふうん、南方連帯の戦友会があるのか......」
「南方連帯ってあなたがいた部隊なの?」
「戦時中は満州にいたんでしよ?」
「いや、それは最初だけですぐに東南アジアに転属させられて終戦までいたんだ」
信広は戦時中の出来事が脳裏に浮かび通り過ぎていった。
「この戦友会も、あまり気が進まんなあ。同じ部隊の仲間の消息は知りたいけど.....」
ドーーン!!!
途端に外から爆音が響き渡った。
信広は驚き顔が青ざめた。
「な、何だあの音は!?」
音はまだ鳴り響いている。
「ホホホ、花火大会よ」
理恵子は何を驚いているのよ、と面白おかしな顔をして言った。
「やれやれ、打ち上げ花火か 戦争の話をしていたから敵の大砲の音を思い出してビックリしたよ」
「俺のいた中隊なんて300人近くいた中生き残ったのは十数人だけさ」
「敵と戦って死んだのが3分の一で残りはほとんどジャングルで病死や衰弱死.....」
信広は辛い事を思い出して憂鬱な思いになった。
「今でも時々、あの時のことを夢に見てうなされるよ」
「ふうん、大変だったのねえ.....」
理恵子もまた、戦時中を思い出して苦い顔をした。
「私だって実家を空襲で焼かれて、ひどい目にあったし.....あんな戦争はもうこりごりよ.....」
「でも戦争には負けたけど平和になって本当によかったわ おかげでのんびり花火大会もできるもんね」
理恵子は安堵した表情をした。
「ねえ!二階の窓から花火が見えるよ!」
鉄也は興奮して部屋に走ってきた。
3人で二階に行って遠くの花火を見た。
様々な色の花が夜空に咲き乱れる。
ドーンドーン!パリパリパリ!
ーー
ヒュルルルルル!ドーン!!
「なあ、岩田....俺たち生きて帰れそうもないよな.....」
信広は汗だくで、絶望に浸っていた。
あちこちに銃弾や砲弾が飛び交い、ジャングルに煙が巻き上がる。この死と隣り合わせの戦場に希望などないに等しかった。
「おいおい信広、そんな弱音を吐いてどうする」
「俺は何が何でも生きて帰ってやる、いや帰らなくちゃならねえんだ!」
「ほら、これ見ろよ」
それは一枚の写真で、妻と娘が写っていた。
「へえ、美人だな」
「へへへ、俺の女房さ、それに俺のガキよ」
「俺は下町で散髪屋をやっていたんだ......今は女房が、女手一つで店を守って俺の帰りを待っててくれてるんだ」
「そういえばお前はまだ独身だったな もし生きて帰れたらお前は何をする?」
「そうだなあ....俺は軍隊で自動車の修理を覚えたから....自分の修理工場を持ちたいな」
「それにお前みたいな美人の女房とかわいい子供も持ってな.....」
「ハハハ、その調子だ」
「そのためには絶対に生きて帰るんだぞ」
絶望しかない戦時中だが岩田と話している時だけ、信広はちょっぴり明るい気持ちを取り戻せた。
だが次の瞬間その淡い気持ちは一瞬で砕かれた。
ヒュルルルルル......バーン!!!
「ぐわーーっ!!!」
砲弾が至近付近で爆発し、爆風に巻き込まれた信広は意識が朦朧としてきた。
「撤退、撤退だーー!!」
周りの軍人が大声で叫び撤退していった。
「しっかりしろ!信広!!」
(ハッ!)
「また見たか....」
もう何度も夢に出てきたシーン。
暑さもあって信広はかなりの寝汗をかいていた。
嫌なことばかりの戦争の記憶で、岩田だけは懐かしい思い出だ......ずっと同じ部隊で気の合った親友だった。
撤退の途中で別れ別れになったきりだが、どうしているだろうか。生きているならまた会いたいなあ.....
翌日の夜、信広は日立会館に出向いた。
「少尉殿!お久しぶりであります、自分は守島上等兵であります!」
「ハハハ、少尉殿はやめてくれよ もう軍隊じゃないんだからさ」
昔の軍人が上司に挨拶をしている光景があった。
所々見覚えのあるメンツが多くいた。
懐かしんで再会を喜こび乾杯をしているやつ、死んでいたことを知り泣き合っているやつ。様々な人がいた。
「おい、信広!信広だろ!?」
「あ、岩田じゃないか!!」
長年の戦友との再会に、お互い涙が止まらなかった。
「元気でやってるか?結婚は....?」
「ああ、息子も1人いるんだ」
「お前の方はどうだ?奥さんと散髪屋をやっているんだろ?」
「ハハハ、まあな......」
もう深夜11時だが信広は岩田を家に連れ込んだ。
「すいませんねえ、奥さん、夜中にお邪魔して こいつがどうしても家に来いと言うもんで」
「ホホホ、どうぞごゆっくり」
理恵子はビールとおつまみをテーブルに置いていった。
「おい、いい奥さんもらったな、すごい美人だし」
信広は戦友とも会い、奥さんも褒められ嬉しさでいっぱいだった。
「ところで話は変わるけど、今日の戦友会にあんな大勢出席者いるなんて驚いたよ」
「連隊のほとんどは全滅したのに思ったより生存者が多かったんだな」
「そうじゃないよ、かなり幽霊出席者が混じっていたのさ」
「え?」
「お前会場で守島と話さなかったか?」
「守島?ああ守島上等兵か、そう言えばいたな」
「おいおい忘れたのかよ?守島上等兵は戦死したろう あの敵の総攻撃の晩に」
信広は驚愕した。幽霊がいたなんて......。
「他にも田中二等兵に鳥山曹長......とっくに戦死した連中が大勢来てたじゃないか」
「たしかにそうだったかも...実は俺、あの時的な砲弾が近くで爆発したショックで、その辺りの記憶が曖昧なんだよ」
「しっかりしろよ、まあもっとあんな事忘れた方が楽かもしれないけどさ」
ボーンボーン ボーンボーン
振り子時計が鳴った。
「おっといけね、もう0時だ 帰らなくちゃ.....」
「もう遅いから今夜は家に泊まってけよ」
「ええ、本当に遠慮せずに泊まっていってくださないな」
「ハハハ、じゃあお言葉に甘えてそうさせてもらおうかな」
岩田は笑顔で言った。
ヒューン!ドドドドン!ドドン!!
「しっかりしろ、信広!!」
ヒュルルルルル ドン!!!!
「わーーっ!!」
砲弾が岩田の背中に直撃し、生き絶えた。
「い、岩田.....どうした岩田、大丈夫か....!?」
信広は意識があまりない中必死で岩田に呼びかけた。
「い、岩田......」
あなた....ねえあなた!ちょっと起きて!変なの!」
「ムニャムニャ......へ?」
「岩田さんがいなくなってるの!!」
「昨夜確かに泊まったのに...寝床にも全然人が寝た跡がないの!」
「えっ!?」
「夜中こっそり帰ったと思ったけど、玄関も裏口もどこもちゃんと内側から戸締りしてあるし.....」
「まるで蒸発しちゃったみたいよ!」
信広はさっき見た夢を思い出した。
「そうだ、あの総攻撃の晩、岩田は確かに戦死したんだった......すると、昨夜の岩田は幽霊......」
信広は岩田が住んでいた下町に訪ねに行った。
今は奥さん一人で散髪屋を経営している。
「そうですか、主人が...せめて一目親友の信広さんに会いたかったんですねえ」
「どうか主人のお墓に線香をあげてやってください」
「はい....」
信広は岩田の墓に線香と供え物をした。
「昨日はありがとうな、岩田」
信広は手を合わせた。
雲一つない快晴、その日は8月15日「終戦記念日」だった。
完