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ほほえみ社長  作者: とみた伊那
44/54

44.A4事件

『都合によりABC薬局は○月○日をもって閉店いたします。今後のお薬については、その日までにご相談ください』

というお知らせを店の前に貼った。


閉店後は

『○月○日をもってー移転いたしました。今までのご愛顧、ありがとうございました』

と貼りかえることになる。


最初の閉店予定のお知らせは手書きをしたが、貼ってみるとあまりキレイではない。

「ちゃんとしたキレイな活字のお知らせを貼りたい」

そう思ったが、ここにあるのはレセプト専用コンピューターのため、ワープロとして使用することはできない。当時はインターネットどころか、ワープロすら店には無かった。


しかし、そんな時こそチェーン店。しかも年商何億と言っていたほどの規模なのだから。

私は本社の事務所に電話をした。

「お忙しいところ、申し訳ありません。こちらにはワープロが無いので、次の文をワープロでA4の紙に打って、こちらにFAXで送ってもらっていいですか」

「え! えええ! これをワープロで打つのですか! 」

電話の向こうではすさまじく驚いていたので、思わず

「あのぉ、事務の方ですよね」

と確認してしまった。

繰り返し書くが、私がお願いしたのは

『○月○日をもって閉店いたしました。今までのご愛顧、ありがとうございました』

の一文だけである。

「あの、この文を店の外に貼りたいのです。読みやすいようにA4の大きさでお願いします」

「A4ですか。あ、え、ええ、はい、分かりました」

電話の向こうの返事は悲鳴のように聞こえた。それでもとりあえずお願いすることはできた。


3時間後、ワープロで打った文がFAXされてきた。それを見て、今度は私が悲鳴をあげた。

確かにA4である。

そしてその紙の真ん中に「都合により……」の一文が、新聞の文字ほどの大きさで一行印刷されていた。

「確かに、間違っていない……」

思わず出た言葉だった。大きなA4の紙の真ん中に、アリの行列のように一行。


私は今まで一度も事務という仕事をやったことがない。そのため、事務職というものに対してある種の憧れを持っていた。

事務職ならばワープロが使えるだろう。

事務職ならば、さらに文字を大きくすることができるだろう。ましてや年商何億という会社の本社の事務をしているのだから。

しかしそれは、単なる他の業種に対する単なる憧れ、誤解であった。


「きっと私がとてつもなく無理な注文を出してしまったにちがいない」

そう自分に言い聞かせ、とりあえず薬局に置いてあるFAXを使って、文字として許される最大限の大きさまで拡大した。


ABC13号店最後の日、シャッターを降ろし、拡大のし過ぎで文字の四角い並びまで見えるお知らせを、店の表に貼った。

この妙な貼り紙が、この場所にふさわしいのかもしれない。いずれにしろ、もう二度とこの場所に来ることは無いだろう。


夢野薬局を閉店させ、ABC13号店も閉め、このシャッターと二階の整体院の看板にサヨナラを言って、そこを後にした。


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